そして見送る。
「特殊能力者用の手枷よ。フリージア王国の騎士が所持している特別な物で、これを付けている間は絶対に特殊能力は使えないの」
「そっそんなのあるの…………?!」
ぽかんと口を力なく開けたままになってしまうオスカーから、力が抜けていくのがわかる。
彼にとってフリージア王国のこと自体殆どわかってないのだから、枷の存在だって知っているわけがない。流通もしていない品だ。
さっきまで怯えていたようにすら見えたオスカーが、じっとマートの枷を凝視しながらも促される前に自分から両手を差し出してくれた。腕からぷるぷると震えていたのが身体にそれだけ負荷がかかっているのか、それとも半信半疑の為かはわからない。マートも安心させるように「失礼します」と柔らかな口調で一声かけてからオスカーに枷を嵌めてくれた。ガチャンと、無機物の音がオスカーに掛けられるのは少し胸が痛むけれど、これで彼にとっても安心だ。
無事、枷をかけられた後もオスカーはじっと手枷を見つめては首を傾けてしまう。もともと無自覚に特殊能力を使っていた彼には、実感もしにくいのだろう。
「あの………これ、本当に大丈夫、ですか………?こっこんなので本当に呪いがとか………」
「特殊能力は呪いなどではありません」
怖々と尋ねる彼に、そこだけははっきりとさせてもらう。うっかり否定したかったあまり少し強い口調になってしまったことを直後には反省して口の中を噛む。だけど、本当のことだ。彼が特殊能力者であることは、誰よりも私がよく知っている。そして特殊能力は呪いでもなければ、特殊能力である限り我が国の枷で封じられる。それは絶対だ。
不安ならと私から触れたくなったけれど、手を差し出すだけで留めた。握手を求めるように手のひらを見せたけれど、オスカーはわからないかのようにじっと見つめるだけだ。私の手の中に何もないことを確かめた後も、自分から触れようとはしない。彼から触れてくれればと手を差しだしたまま待ち続けると微弱にオスカーが右手を私に伸ばしてくれた、瞬間。ぬっと、別の手が私の横からオスカーに伸びた。アーサーだ。
「絶ッッッ対大丈夫です。自分の手ですみません。けどこの通りです」
さっきまで様子を窺うように黙していたアーサーが、がっつりとオスカーに手を掴んで力強く握手したことに私までちょっと肩が跳ねた。びっくりした。
多分、オスカーが握手の意思を示すまでは待ってくれていたのだろう。毒の特殊能力者とはいえ枷の効果は皆わかっていることだしと思ったけれど、………よくよく考えればまず安易に触れること自体、私は警戒中だったのだと今更ながら思い出す。ついオスカーが相手だから気が抜けていた。
私にとっては人となりも把握できているつもりの攻略対象者でも、アーサー達にとっては予知した民というだけで他に安心できる要素がどこにもない。もしかしたらあと一歩遅かったら背後で目を光らせてくれているハリソン副隊長の御怒りが走ったかもしれない。
前のめりに私の代わりに握手してくれたアーサーに、ちょっと顔が笑顔のまま引き攣ってしまう。ごめんなさいアーサー!
自分の手で、と言っているところからも、アーサー自身ここで自分が前に出るのは心苦しく思いながらも代わってくれたのだろう。アーサーならたとえ枷をしていなくても唯一この中でオスカーと握手ができる人ではある。本人もそれをわかって………いや、本当に私をただ心配して前に出てくれたのだろう。今の今までずっと傍で離れず付いてくれているアーサーだ。
オスカーもいきなり接点のなかったアーサーに手を掴まれて「えっうわ!うわああ?!」と大きな声を漏らして全身ごと肩が上下していた。ちょっと心の準備が足りなかったのもあるだろう。足までバタつかせる動揺っぷりだった。
「やめっうわ!!ああっうわ!!!だめだ!って………………、………」
本来なら両手もバタつかせていたかもしれない、それでも振りほどけない力でがっしりと自信をもって掴み続けるアーサーに瞼を無くして見つめ返すオスカーは、バタついた身体が次第に呼吸を整えた。
もうアーサーよりも掴まれた手から目が離せないように、呼吸が落ち着いてくるとぎゅっと自分からもアーサーの手を握り返しているのが分かった。…………私の反対隣で、ステイルがその間ぷるぷると肩を震わせて顔を背けていたけれど。
アーサーのガッツある行動がどうやらツボにはまったらしい。くくくっと堪える笑い声も真横にいる私には聞こえてきた。
「一度立たせますね。酷く傷むとか感覚が変なところはありませんか?」
「なっない、ない、たぶっ……ない!多分!!」
ゼロ距離が慣れないのもあるだろう。
力強く手を取ったまま丁寧に彼を立たせるアーサーに、オスカーの声が何度もひっくり返る。敬語も崩れる余裕のなさだ。辿々しく返す間にも、アーサーが手枷のオスカー肩と脇を掴み支える形でがっつり触れてくれるからとうとう喉まで張っていた。そのやり取りに少し微笑ましくも見えたけれど、……オスカーが立った途端、その両足を見て一気に血が引いた。
さっきまでは縛られていることと座っていたせいで気にしなかったけれど、ボロボロのズボンから伸びてる足が恐ろしく細い。ただのスラリとした足なら良いけれど、明らかに不健康な細さにぞっとする。暗闇のせいで一瞬骨が剥き出しと勘違いしてしまった。しかも裸足の爪や足底が真っ黒に汚れていた。土汚れなら良いのだけれど、明かりの下で見たら傷だらけなんじゃないかと予感する。
「いやあの、本当に平気、なん!です……触れるのまだ、俺ッ………!」
「すみません、けどこうしないと立てませんよね。っつーかンなことよりも軽過ぎるンすけど……おいくつでしたっけ?」
十三!十三!!多分!と必死に繰り返すオスカーだけど、これにいは私もアーサーの方に完全同意で息を止める。年齢にしてはかなり背が高いオスカーだけど、まるでもやしのようにヒョロ長い印象だ。足が割合としても長い分、立たせるまで気付けなかった。
触れられるのが苦手なのは変わらないのだろう、がっつり掴み触れてくれるアーサーに今はビクビクビクッと全身を反らそうとしている。けれど力も体格も全てアーサーに負けているオスカーにどうもできるわけもない。
そうなったところで、今度はマートがアーサーへ歩み寄った。「後は俺が預かる」とオスカーを受け取ろうと手を差し出しながらこちらを見た。
「彼は私が騎士団長の元へ届けようと思います。件の被害者達と共に馬車でフリージア王国に」
七番隊の騎士であるマートからの名乗りに、私達も同意する。もともとはレオナルドの為に同行してくれた彼だけれど、オスカーの治療の為にもちょうど良い。彼は傷を癒す特殊能力者だ。近衛騎士達もロドニーも私から離れられない今、これ以上の適役はいない。
ステイルが私の反応を目配せで確認してから「お願いします」と正式に彼へと任せた。
アーサーもそれを受け、支えていたオスカーを負担がないようにマートへ預け出す。アーサーから少し距離が空き、四肢に力が入らない様子のままほっと息を吐くオスカーだけど、……再びぎょっと目を見開いた。
アーサー達に向け背中を丸め屈むマートは、完全におんぶする体勢だ。
「えっ、えっ、えっ!」と、一音を繰り返しながら、まるで拷問機械にでも掛けられるような反応で蒼ざめるオスカーに構わず、アーサーがするするとマートの背中に下ろす。抵抗も儚く、ぺたりと倒れ込むようにして背中に降りても尚怯えるように騒ぐオスカーを、重さを感じないようにマートが背負い立ち上がった。もしかしたらオスカー、人生初のおんぶかもしれない。
けれど、自分じゃ立つのも難しい怪我人を運ぶ方法は限られている。レオナルドの時みたいに両腕で抱えたら暴れるかもしれないし、マートの運び方が最適解だろう。
「首領テントからの騒ぎも大きくなる一方です。私がひと足先に連れ帰る方が目立ちにくいでしょう」
状況を的確に判断してくれるマートに、ステイルが「送りましょうか」と提案したけれど断られた。
瞬間移動が最速なのは変わらないけれど、騎士のマート一人で充分だろう。ちょうど暗闇だし、背負いながら建物の上を使って移動すれば見つかりにくい。私達と帰る場所は実際同じだけれど、せめてラジヤを出るまでは私達の正体を知られない方が良い。ステイルの瞬間移動は、たとえ奴隷被害者の前でも最低限見せないに限る。
騎士団長にさえ届ければ、今日の奴隷被害者達と同じ場所に保護してもらえるだろう。恐らく私達の宿とは違う宿泊施設か医者のもと、もしくは馬車の中かもしれない。早朝には騎士隊が安全にフリージア王国へ向けて出国してくれるだろう。手枷さえしていれば、オスカーは安全な子だ。今もマートの背中にいるだけでいっぱいいっぱいに赤い目を白黒させている。
「宜しくお願いしますマート。オスカー、次はフリージアで会いましょう」
「…………。……う、ん。……はい。………………しっ信じて、大丈夫、ですか」
マートに託し、続けてオスカーへ挨拶すれば少し平静を取り戻そうとゴグンッと喉を鳴らしてから返された。
低い声と真っ直ぐ注いでくれる眼差しに、きっと「信じる」の意味は多くの意味が含まれているのだろうと理解する。その上で、私は心からの笑みで彼に返した。連れ帰ると決めた以上、きちんと責任は持つ。彼に取っては人生がかかっているのだから。
「貴方が望んでくれる限り、必ず」
ぱちりと一度瞬きで返してくれたのを最後に、そこでマートが動けば「わっ」とオスカーの注意が変わる。手枷の鎖をジャリッと鳴らせつつも、安定感を求めるように自分からもマートの首周りに掴まった。「すみませんすみません」とそれだけでマートに真っ青な顔で謝る彼だけど、もう負ぶわれることは受け入れたようだ。
それでは、お先に失礼しますと私達に挨拶してくれたマートはそこで一気に駆け出した。人間一人背負っているとは思えない速度で走り、闇に溶ける直前に木箱や瓦礫を利用して廃墟の上へと飛び乗っていくのが見えた。
音もなく迅速に去っていく二人を見届けてから、私達は来た道をそのまま戻り、歩き始めた。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
第二章まで完結しました!!!
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