そして聴取する。
「!ありました!中和剤です」
エリック副隊長が引き出しから取り出した注射器を握り、こちらに駆けてきてくれる。
レオナルドの前で膝を付いたエリック副隊長に、そこでカラム隊長が「代わろう」と手を差し出した。エリック副隊長もこういう奴隷被害者や救助も始めてではないだろうけれど、確かに衛生的に見てもカラム隊長の方が良いだろう。
救護は七番隊が特化しているけれど、騎士達全員中和剤の存在や薬を使われた奴隷被害者の最低限の対処法は身についている。……それだけ、我が国は奴隷被害が多いから。
他国の騎士団でも、騎士全員が把握しているのは珍しい。奴隷被害に遭った被害者を救助することも多い我が国の騎士団では必要とされる技能だと、昔副団長に解説を聞いたことがある。
返り血を浴びているエリック副隊長から中和剤を受取ったカラム隊長が、的確な手際でレオナルドに打ち込んだ。すぐには効果がみられはしないけれど、暫く横にしておけば効いてくるでしょうとカラム隊長がそこで団服の上着を脱いだ。そのまま身体を隠すようにバサリとレオナルドへ毛布代わりに羽織らせ、立ち上がる。
「私は他の奴隷被害者達も念の為確認してきます。アーサー、お前はそこでフィリップ様達をお守りするように。保護対象者も安静ではあるが意識はまだある筈だ」
私とステイルの護衛を任せつつ、意識はあるレオナルドにうっかり困る会話を聞かれないようにと暗に念を押すカラム隊長にアーサーも一声を返した。
奴隷被害者、とはいえ名目上は我が国の民でない限りはただの奴隷を連れ出すことはできない。ただ、こんな地下深くに隠されていた彼らが本当に全員〝正規の〟奴隷かは怪しい。我が国の民である可能性も、他の要因で違法な奴隷である可能性も充分にある。彼らの話を聞くでも、様子を見るだけでもカラム隊長に任せた方が良いだろう。
エリック副隊長が棚の引き出しや器具の周囲を入念に探るアラン隊長へと再び合流し駆け出していく中、私達はアーサーとロドニーに守られながらレオナルドの様子を窺い付き添うことになる。
「彼らは、……このまま置いていく場合もあるの、です……よね」
「そうですね。実に腹立たしいですが、本当に正規の〝商品〟とされる立場であれば〝盗み〟になります」
今更ながらに言葉を意識して整えながら零す私に、ステイルがゴーグルを指先で押さえつけた。
あくまでレオナルドを確保できた理由はフリージアの民だからだ。そして、襲ってきた奴隷狩り達を返り討ちにできたのも彼らが先に殺しにかかってきたから。殲滅戦の時とは違う、奴隷全員が保護対象ではない。もしフリージア王国の人間だったとしても、……本人や周囲が証明できる要因がなければ連れ帰ることはできない。
我が国の民は特殊能力者でなければ、本人の証明か残りは顔立ちの差や容姿の感覚だけだ。人身売買組織相手なら、国外でも捕らえられていた時の扱いで判明もしやすい。レオナルドと同じような扱いを受けていたのだからとも考えられるけれども、あの奴隷狩り達大勢がレオナルドだけを一点集中していた理由を考えるとまたわからなくなる。この場の全員が同じ扱いなら、レオナルド以外も舌を抜かれかけていた筈だ。
まさか既に、と。途端に肩が震えたけれど、口の中を飲み込んで堪えた。視線を向ければ、カラム隊長が何か話を聞いている様子があった。良かった、少なくとも全員舌を抜かれた後ではなさそうだ。
「……まぁ、ですが。少なくともこの場にいる奴隷達は重要参考人として、上にいる騎士達に一度連れ出されることにはなるでしょう」
一番彼らが現場を見ていたのでしょうし。とそう続けるステイルにハッとなる。その手があった。
少なくともレオナルドは我が国の民なのはゲームの設定で確かで、私の〝予知〟として立証もされている。なら、どういう扱いを受けていたかの話を聞く為にも彼らを一度連れ出すことは可能だろう。ここでたとえカラム隊長が聞き出しきれなくても、一度場所を移して彼らの詳細を探るまでは保護できる。瞬間移動を見せなくても運びようならある。
そう考えたところで、思わず早くも胸をなで下ろす。全員とは言わずとも、この場の彼らを置いていかないで済むだけで重いものが降りたような気がした。アーサーからもほっと息の音が聞こえた。流石ステイル、ちゃんと彼らのことも最善を考えてくれていた。
「ありがとう」と、今度はレオナルドにも聞こえないように声を潜めてお礼を言えば小さく笑んで返してくれた。
欲を言えば、彼らも全員レオナルドと一緒に自由にしたい。そうでなくても今の状態から鎖を外しててあげたいのだけれども、とそう思って見つめているとそこで不意にカラム隊長が不意に立ち上がるのが視界に入った。会話が終わったのかなと思ったけれど、会話途中で一方向へ振り返ってからの起立にちょっと気になった。
アラン隊長とエリック副隊長が探している棚でも器具の周辺でもない、倒れている男達の内の一人に歩み寄りまた膝をつく。
「…………!アラン、エリック。見つけたぞ、鍵だ」
チャリン、と。倒れている男の衣服を探ったカラム隊長が輪っかに纏められていた鍵を掲げて見せた。どうやら、隠されていたのではなく既に一味の一人が回収していたらしい。
さっき話を聞いていた奴隷が教えてくれたのだろう。「おっ流石!」「ありがとうございます!」とアラン隊長とエリック副隊長が返す中、カラム隊長は手分けしやすいようにか纏めていた輪っかを素手で破壊した。駆け寄るアラン隊長とエリック副隊長に数本ずつ手渡した。形状は違っても印があるわけでもないから、あとは人海戦術で一本一本試すしかない。
騎士三人が私達の元に戻ると、レオナルドの手足や首の枷の鍵を一本ずつ差し込んで確かめる。途中でエリック副隊長が見事本命の鍵を引き当てた。
左手の枷を外したところで、他の手足も首も全て同じ一本の鍵で統一されていた。ガチャンガチャンと、レオナルドの枷も外れて完全にこれで自由にできた。
残りの鍵を再びカラム隊長は回収すると、またさっきの捕まっていた奴隷の元へ戻っていった。気になって目で追うと、交換条件だったのか鍵の在処を教えてくれたらしい奴隷の右手の枷を…………バッキン!と千切った。
「えっ?!えっ、えぇっカラム隊長??それはっ」
「!いえ、まだ逃がすわけではありません。ただ、鍵の在処を教える代わりに手だけでも自由にして欲しいと」
もの凄く自然に鎖をぶち千切るカラム隊長に思わず変な声が出てしまった。
淡々とした説明を聞きながら、そういうことかと胸を押さえて息を吐く。カラム隊長なら鎖を千切れるのはわかっていたけれど、やっぱり結構力を入れていたなと思う。普通の鎖ならば簡単なのだけれど、拷問部屋という使用なのか鎖がかなり丈夫で太いものだったから無理もない。いやそれでもちぎれちゃうカラム隊長が凄まじいのだけれども。
アラン隊長が「鍵あんのに」と笑ったら、鎖が破壊された方が自分で抜けたではなく私達の戦闘のどさくさで壊れたと思われるからと言われれば納得する。左手の鎖もちぎられ、両手が自由になった途端に座りこんだ奴隷の男性もちょっとまだ目が丸かった。彼もきっと鍵を使わず自由にされるのは想定していなかったのだろう。
「行商中に奴隷狩りに襲われたそうです。本人の主張では彼もまたフリージア王国の人間だと」
まさかの。
早速二人目の我が国の民に言葉を失う。予想はしていたけれど、まさかの二人目だ。
もちろん、嘘の可能性もある。カラム隊長もそれを鑑みての〝主張〟だろう。カラム隊長達が騎士なのは、我が国の騎士を知っていれば一目でわかるし、助かりたいから偽証する場合も充分ある。どうやら特殊能力者ではないらしいから、余計に真偽は怪しい。正直嘘でも偽証でもこの場に連れ出せる理由ができるなら一度出したいとは思ってしまう。……ただ。
「……ジャンヌ。奴隷の中には〝犯罪奴隷〟という存在もいることをお忘れなく」
…………その通りだ。
カラム隊長がもう一人の壁に繋がれた奴隷の方へ歩み寄っていく中、私の耳に囁いたステイルの言葉にぎゅっと一度目を瞑る。奴隷が全員可哀想で純粋な被害者とは限らない。
詐欺師だってあり得るし、この場で安易に解放したら実は凶悪殺人犯でしたという可能性もある。だからカラム隊長だって手を自由にはしても、鍵は渡さずにそのままにしている。やっぱり後からココに突入する騎士達に重要参考人として任せた方が良いか。
下唇を小さく噛み、髪を耳にかけて深呼吸する。確証があるのはレオナルド一人だけで残る二人の奴隷はこの後にじっくり話を聞いて
「おいジャンヌ、フリージアの奴隷三人とも連れてく気か?」
…………待って。
ケッと呆れるように吐き捨てた発言者に、私は瞼をなくして目を向ける。ヴァルだ。
今は壁際で拷問具が並べられている棚を興味深そうに背を丸めてまで眺めている彼を凝視する。今、彼は〝私に向かって〟何と言っただろうか。
ステイルも当然気付いたらしく、一度息を飲んでから私と顔を見合わせた。うん、やっぱり私に言ったわよね???
「…………ヴァル。その人達、二人ともフリージアの人間と何故思うのですか」
「あー?ツラみりゃあ大体分かる。何人〝仕分けて〟きたと思ってやがる」
ヴァルは、隷属の契約で私達王族に嘘を吐けない。そんな中であっけらかんと断言されてしまった。……仕分け、という言葉に改めてあの人の前科を思い出す。
良くはないけれど、元人身売買にも関わっていた彼がもしかするとこの場で騎士よりも〝我が国の民〟と〝それ以外〟の見分けがつくのかということを今更ながらに判明した。私達や、奴隷被害者に救出の中で会うことが多い騎士達よりも、遙かに。
まさかのヴァルの発言で、この場のレオナルドを含んだ三人が我が国の民である可能性が濃厚になった。全員我が国に連れ帰るべく民だ。フリージアの民だからって罪人でないとも善人とも限らない。奴隷になった経緯によっては、その後我が国で裁判と刑罰を受けるかもしれないけれど……ひとまずは。
「何故早く言わないの!!!」
「何故早く言わない?!?!!」
気付けばステイルと息ぴったりに地下室中に響く声でヴァルに怒鳴っていた。…………もっと早く教えてくれれば、奴隷市場での我が国の民捜しももっと効率的でかつ確実だったのではないかと。
「聞かねぇからだ」と無慈悲なヴァルの言葉に思ってしまいながら。




