Ⅲ262.来襲侍女は駆け寄り、
「終わりました。入ってきて大丈夫です」
そうアラン隊長が明るい声で呼びかけてくれたのは、一番隊のお二人が突入してから十分も掛からなかった。流石は切り込み特化隊。
奴隷達の調教部屋……もとい拷問部屋に辿り着いてから、今にも奴隷狩り達が彼の舌を抜こうとしていると聞いた時は手足が冷たくなった。すぐに彼を確保することを決めたけれど、ただ拷問部屋の一番奥にいる彼の姿は奴隷狩りの男達の背中で私達の場所からはどうやっても確認できなかった。
ステイルも視界で捉えられる場所なら言ったことながない場所でも瞬間移動できるけれど、人の壁で覆われていたらどうしようもできない。明らかにラジヤ帝国としても違法な存在だろう奴隷狩り達を一掃することは難しいことではないけれど、奴隷の立場の彼を無事に助け出すとなると少し難しい。アラン隊長とエリック副隊長が辿り付く前に、向こうは無防備だろう彼を殺すも舌を切るも抜くも一瞬だ。
地下室の通気口がどこに繋がっているかもわからない以上、気付かれないように音が響く銃は鳴らさない、使わせないと打ち合わせたから余計に難易度が高かった。彼が繋がれているだろう壁は当然回り込める場所もなく檻に囲われているし、遠距離武器も無しに間に合うかはわからない。
だから特攻するお二人には奴隷の元に辿り付くよりも〝奴隷狩り達を除ける〟ことを優先してもらった。
様子を伺う私達の位置から彼のいる場所が目で確認できれば、あとは距離も遮蔽物も関係ない。ステイルがアーサーを瞬間移動させ、後はもう一瞬だった。
「結構汚れたなぁ」
「彼らも武器に躊躇がありませんでしたから。お互い素手で済めば一番平和だったんですけれど」
まぁ無理ですよね、と。エリック副隊長もアラン隊長からの投げ掛けに剣を腰に収めながら答えた。最初は二人とも素手で突入していたけれど、相手は拷問道具や武器を掲げた臨戦態勢だったからそれを振り上げられることは目に見えていた。
額に飛んだ血を手の甲で拭うアラン隊長と、手袋を予備と取り替えるエリック副隊長に招かれるまま私達も拷問部屋に入ればなかなかの血の海だった。カラム隊長と温度感知の特殊能力者のロドニーには私達王族が見るような場所ではないから無理しなくても良いと言われたけれど、今は一番に彼を確認したかった。それに、私もステイルも王族だけどもう今更これくらいで怯えない。………とは思いつつ、やっぱり檻の中に入れば足下の死屍累々や無力化された男達……よりも壁に掛けられ並べられている拷問道具の数々の方には思わず喉が鳴った。背筋がぞわぞわして、一瞬目が釘付けになって意識的に逸らした。
足下で息がある男達も動けないくらいには痛い思いはしたと思うけれど、この悪趣味グッズの凶悪さには敵わない。
「アーサー、保護対象者の体調はどうだ。問題なさそうならジャンヌの元に戻ってくれ」
「いやそれが……わりぃけどちょっと来てくれねぇか?」
床にへばりつく男達を踏まないように除けながら歩く中、ステイルは見事に躊躇ない。意識を取り戻した相手に見られないようにか、瞬間移動を使わずの移動だけれど男達を平然とまたぐ。彼もハナズオの防衛戦を経験しているものなぁと思う。
私一人が血ぐらいはまだしも男達を除けて歩こうとする中でカラム隊長とロドニーに付き添ってもらって進んでいた。ロドニーに背後を守られ、カラム隊長に手を借りながら進む。
途中で床の隙間がないくらい男達が倒れて埋め尽くしていたところで見かねたカラム隊長が最終地点まで抱えてくれた。「宜しいでしょうか」と確認を取ってくれた彼に、私も申し訳なくなりながらも今回は甘えさせて頂いた。戦闘服だったら良かったのだけれども、このスカートで大股や長距離を跳ねるのはなるべく避けたかった。緊急事態でもないのにスカートの下を容易に翻すわけにも、…………もう、梯子のように悠長としているわけにもいかない。
「申し訳ありません、カラム隊長。お手数をおかけします……」
「いえ、……女性には不便でしょうから。奴隷狩り相手とはいえ、その背や頭を踏んで進まれるよりは遙かに宜しいかと」
至近距離だとカラム隊長の表情筋に力が入っているのがすごくわかる。
私を丁寧に抱えながら、倒れている男達をまたぐというよりも避けれない相手は飛び越えて進んでくれるカラム隊長が言わんとしている相手は確認しなくてもわかる。ステイルも彼らをまたぐことに抵抗はなかったけれど、ヴァルに至ってはまたぐどころかガシガシ背中も頭も踏んづけて進んでいるもの。今も自分は保護対象者自体には興味ないと言わんばかりの繋がれている他の奴隷達の方へ進んでいった。
アラン隊長エリック副隊長も、それぞれ壁や棚を物色している。一足先に合流したステイルが今はアーサーと一緒に保護した彼の顔色を確かめていた。
私も男達の山を超えたところでカラム隊長に下ろしてもらい、やっと彼の顔を見ることができる。アーサーに真正面から抱き止められるような形でぐったりしている彼は俯いたままで直接覗き込まないと顔を確認できなかった。遠目で見ても酷い状態だった彼は、至近距離で見れば思わず息を飲むほどに顔が真っ白で、…………そしてやはり〝彼〟だった。
高身長と筋肉に包まれた男性らしい身体付きの彼は、目立つ外傷はなかった。バサつき癖のある赤髪が前髪も後ろ髪も関係なく鼻までかかり、整った男性らしい顔立ちは少しセドリックと似た系統だけど、眉間に皺が残った雄々しい眉と触れれば固そうな顔立ちだ。ざっと二十代前半くらいだろうか。ゲームでは確かノアと同い年だったけれど。薄く開かれた濃緑色の瞳がぼやりとした光を今は宿している。
ステイルに「間違いありませんか」と囁く声で尋ねられ、はっきりと頷き示す。間違い無い、第四作目攻略対象者のレオナルドだ。蒼白の彼は呼吸こそ聞こえるけれど、ぜぇぜぇと喉が鳴っていた。血を垂らした舌を口から零したままの彼は、上半身は肌を晒したまま両手足に首まで鎖で繋がれていた。
「カラム!一旦鎖頼む。鍵今探してるから」
「鍵だけでなく中和剤の捜索もお願いします。恐らく抵抗できないように何かを打たれた後でしょう」
カラム隊長に鎖を千切るようにお願いするアラン隊長に続き、ステイルからはアラン隊長とエリック副隊長へ呼びかける。
中和剤、という言葉に改めて彼と支えるアーサーを見比べる。私と目が合った途端、アーサーからも首を横に振られた。万物の病を癒やす特殊能力を持つアーサーでも癒やせないということは、毒ではなく麻酔とか痺れ薬の類いだろうか。さっきのオスカーの毒には効果があっても、昔レオンの時には効果がなかったもの。舌を抜こうとしていたのだし、麻酔系が一番可能性は高いだろうか。
舌を抜こうとしたのも、結局は商品としては売りたかったからだ。死なせない為の処置も含まれていたのだろう。一番そういうのに詳しそうな人に意見を聞こうとしても、ヴァルは部屋の反対隅にいたからこの場で判断する。
カラム隊長が怪力の特殊能力で鎖をちぎろうと手に取ったところで、私から待ったをかける。カラム隊長でも可能だろうけれど、相手は鉄だ。
カラム隊長が一度手を離してくれたところで、ステイルも察してか二歩下がってくれた。レオナルドを支えるアーサーに動かないようにだけお願いし、私は持参した剣を抜く。中和剤はどうにもならなくても、せめて鎖くらいならば対処できる。
レオナルドを支える両腕でぐっと彼が微動だにしないように押さえてくれるアーサーに任せ、その背後に回り鎖へ向けて剣を振るう。一閃でまるで蔦のように鎖二本をまとめて両断できた。彼の左手左足の鎖の破片がじゃらんじゃらんと落ちる中、更に一歩進みまた振るう。今度は右手右足の鎖を切れば、別方向から「おぉ!」とアラン隊長だろう感嘆の声が聞こえた。
最後に彼の首を繋いだ鎖を切れば、ボスンッと完全にアーサーへとレオナルドの身体が倒れ込んだ。また切れた後の短くなった鎖が繋がってはいるけれど、これでやっと彼を床に寝かせることができる。一体何時間、何日間あの体勢を強いられていたのだろうと思うとそれだけで胸が痛んだ。
ラスボスチートにかかれば鉄製の鎖も敵ではないことは五年前の殲滅戦でも実証済みだ。彼に固定された手足と首の輪も切ることはできるけれど、直接肌に密着している部分だし緊急性もなくなった今は鍵を待つ。
アーサーが丁寧に床へ横たえさせたところで、レオナルドの舌が口の中にしまわれた。薄く瞬きはしているけれど、喋ろうとする気配はない。
「!ありました!中和剤です」




