Ⅲ261.騎士は救出する。
「おい!!もう良いからさっさとやっちまえ!!」
「ア゛ァ?!させるかよ!!テメェの所為でどんだけ額が下がると思ってやがる?!」
専用の危惧を握り構える男達を、また別の輩が止めては牙を剥く。
均等に半々とはいかずとも、それなりに拮抗する状態で彼らは互いに互いを牽制し合う。有事の際に施設の最奥へと控えるようにという指示は雇われた時点で教えられていた彼らだが、珍客の来訪を知った彼らは他の棟や部屋ではなく全員が同じ場所に集まっていた。収容所の中でも最も奥深く見つかりにくい場所であることと、もう一つはそこに捕らえられている商品が原因だ。
フリージア、というその名が上がった時点で、その来訪者の狙いもそして一番見つかったらまずい存在もまた一人の奴隷であることは全員が理解していた。壁に固定された鎖に手足だけでなく首まで繋がれた一人の男性に、奇しくも奴隷狩り達全員の命運も握られているも同然だった。彼がもし来訪者に捕らえられたらそれだけで全員が奴隷一人分の損害では済まなくなる。
どうせここが見つかるわけがないと高をくくり少しでも高く良い状態で特上商品を売りたい者、見つかるのは時間の問題だと判断し早々に彼の舌を抜き口を利けなくさせたい者、中にはそのどちらでもなく早々に息の根を止めたい者もいた。自分達の情報を握っている商品が、よりにもよってフリージア王国の手に渡るなど冗談ではない。ただでさえ、目の前の奴隷になった男に今まで煮え湯を飲まされ続けた者ばかりだ。
ただの高級商品ではない、彼は貧困街の首領である。特上品として売れた暁には自分達にもその分け前が少なからず入るという事情がなければ、今日までもっと痛めつけたかったほどだ。
「大体よぉ!テメェらが怯えてるだけで本当にそんなやべぇもんなのかよたかが騎士だろ?!そりゃあ大群で来られちゃあ面倒だが」
「その大群が今ここに来てんだよクソが!!」
「フリージア騎士団の噂を知らねぇのか!!?ッこの!!レオナルドみてぇな!!バケモン連中がうじゃうじゃいる組織だぞ!!」
馬鹿はこれだからと言わんばかりに唾が飛ぶほど声を荒げる男の一人が、繋がれた奴隷の頭をわし掴んだまま大きく振って主張する。
大きなくくりでは隣国とはいえ、彼らにとってのフリージア王国は王都から離れた田舎だ。国内の巡回や遠征を行う騎士団に遭遇する機会など多くはない。フリージア王国騎士団の噂を聞いたことはあっても、誇張し過ぎた噂だろと舐めて考える者もいる。
実際に、特殊能力者を運良く捕らえた事がある者ほど騎士程度に今の自分達の数でならば負けない自信もあった。
自分達はあくまで〝狩る側〟だと信じて疑わない。しかし一度でもフリージア王国騎士団の活躍を目にしたことがある者、そして実際に見聞きした話を信用できる情報として得た者ほど決して自分達が束になっても敵わないという自覚があった。今まで自分達が徒党を組んでも確保どころか追い詰めることもできなかった、特上の奴隷すらも及ばない上位の化物だと心底思う。
ぐしゃりと頭を掴まれた男は、何も発しない。そもそも喋ることもできない。
他の壁際に固定された奴隷達は手足の鎖だけにも関わらず、彼一人は首まで猛獣のように鎖で壁に繋がれ厳重に捕まえられていた。その上で今は異常事態に薬を打たれ、自分の手足の力では立つことすらままならない。目だけはギラリと男達を睨むが、鎖に繋がれていなければ、床に倒れ込むしかできないほどに今は力が入らない。
本来は〝出荷用〟に用意されていた薬を、彼の舌を抜くぞと息巻いた男達に打たれた後だった。鍛え抜かれた手足も何の役にも立たない。うっかり打ち過ぎて死なないように舌が回る程度の余力は残されていても、奴隷狩りの男達に顎を掴まれ力尽くで開かされるのを抗うほどの力まではない。追う眼光の先で自分の舌を今にも引っこ抜こうと機具が構えられている中で、開きっぱなしの口から涎を垂らす以外にできることはなにもなかった。
ただでさえ抵抗しなくても無遠慮に引っ張られることで枷で自分の首がかすかに絞まって呼吸が苦しくなっている。
「だからってコイツは所長の商品だぞ?!移送もすぐだ!俺らが勝手に不良品にしたら報酬が下がるどころの話じゃねぇんだ!」
「傷もねぇ顔も売れるしかも特殊能力持ちの特上品だ!!おいお前ら!!機具持ってる奴ら全員ぶっ殺しちまえ!」
「うるせぇ!!所長も看守長もこねぇのに待ってられっか!!もう騎士共に捕まっちまってるかもしれねぇぞ!!」
自分達を雇った所長に許可を得ようにも、いつまで経っても伝言の一つも寄越さない。看守長ぐらい来ても良い筈なのに地下深くの隠し部屋にいるのは自分達だけだ。上階とは隔絶された空間では、来訪者が帰ったのかどころか今も上階で掃討が行われているかも判断できない。もともとが、この地下室が〝何を〟しても音が漏れないように作られた場所だ。
自分達の状況もわからない中で、安全か金かで信頼関係もない彼らが揺れ動くのはまた当然だった。今までは同じ雇い主の元で、標的さえ被らなければそれなりに共生してやった商売敵も、切迫した事態では自分の為に切り捨てるべき足手まといでしかない。そして一番最初に切り捨てたい、そして一番確保しておきたい〝高級品〟こそが彼だった。
「この男が売れるかもわかりゃあしねぇだろ!!特殊能力者なのは間違いねぇが今日まで一度でも出したことがあったか?!」
「わかってるなら問題ねぇだろ!!こいつの特殊能力はどうせ有名なんだ!報復目的に買う奴らでも充分買い手はつく!!」
「報復目的ならこっちで舌の一本二本抜くくらいわけねぇだろ!!」
「うるせぇ!!傷モンはどんなんでも値が下がるっつってんだろ頭空っぽは黙ってろ!!」
奴隷の舌を機具で掴んだ直後、別の奴隷狩りがその手を阻み相手の胸ぐらを掴み上げる。舌が何度も機具に挟まれ離され引っかけられ歯にぶつかり鼻先を引っ掻く。無抵抗な相手の口へ容赦なく拷問具を突っ込む光景に尊厳の欠片もない。報復をしたい奴隷狩りもいる中で、一介の奴隷に成り下がった男へそのようなものを持ち合わせる者など皆無だった。
外の状況が全くわからない中で、針のない時計に追われるように気の短い者からとうとう絶えきれず実力行使へと走り出す。奴隷の口に今度こそ機具をまたこじいれようとしたところで、また奴隷に傷を作るわけにいかない奴隷狩りがその手を止めるべく銃をその側頭部に突きつければ、今度は銃を構えた男に別の男がナイフを首へと突きつける。別の男が拷問機具を並べていたテーブルと椅子を無意味に足で蹴り飛ばし、怒号を上げる。
話し合いの意味もなく、全員が自身の望みを貫こうと武器を構え出す。
高額商品と違い、同業者の奴隷狩りがいくら死んだところで求められるのは死体の処分費だけだ。自分が無駄な危険に脅かされるくらいならば、高額商品を傷モノにされるくらいならば目の前の彼ら全員殺す方がてっとり速いと本気で思う。
その間にも、ただの奴隷と化した男は顎を掴む手に力が込められ顔が変形する。舌が何度も何度も引っかけられては中途半端に機具を引っ込められる所為で、いくつもの引っかき傷が舌の先を血で濡らす。嘔吐感に苛まれながら表情筋に力の入らない顔で目を凝らす奴隷の男の視界に、今は自分への視線は殆ど映らない。
狙いは奴隷の男一人にも関わらず、全員がもう奴隷など歯牙にもかけない。それよりも今自分の邪魔をする相手へと牙を剥き目を尖らせ青筋を立てるその、先で。
白の団服が、はためいた。
奴隷の男は細めていた目を限界まで見開いた。
さっきまで居なかった筈の白い影が二つ、奴隷狩り達の後方から飛び出していた。誰もが背後など気にせずに互いに肩がぶつかる相手から喋れなくしてやろうかと殺気を研ぐ中、彼らの方に顔を向かせられていたその奴隷だけが一瞬先に気がつけた。
騎士、とその言葉だけは知っていた奴隷だが、無意識にもそれを溢すことはなかった。外れんばかりに掴まれていた顎が一度、涎まみれの手を外された。一番後方に立っていた奴隷狩りが、白い影の蹴りにより勢い良く前のめりに倒れ雪崩を起こす。巨体であった分倒れた拍子に他の男達を三人巻き込み倒れ、殺気を研いでいた男達も流石に気付く。
直後には、目玉が落ちてしまいそうなほど大きく見開き絶句した。純白にはためく布に、それだけで自分達が恐れている事態が起きたのだと理解した。
さっきまで味方同士突きつけていた武器を手に、背後へ一斉に振り返る。舌を抜こうと構えていた凶器も多くが手放し己が武器を取る。ほんの一秒にも満たないその間に、茶混じりの金髪の騎士と栗色髪の騎士が二手に分かれ着地と共に地面を蹴った。
既に打ち合わせた後の行動に、互いに声を掛け合う必要もない。
「ッ騎士だ!!!」
そう、なんとか口が間に合った男が慄きながら銃の照準を合わせる前に引き金を引きかけた。
しかしその寸前にアランの拳が男の手ごと銃を弾き、次の瞬間にはその腹へ真正面から蹴りを放つ。兵士のように重厚な装備を身につけていない男はバキリと嫌な振動音を内側から聞いた。一人では衝撃を抱えきれず、そのまま背後の男ごと巻き込み飛んだ。
更にまた、別の騎士が反対へと道を開かすように奴隷狩りの側頭部を回し蹴る。真正面からナイフを身構えていたところで視界の外からの攻撃に、奴隷狩りはそのまま脳を揺らされた。
たった一人が倒されたところで怯まず、なだれ込もうとその先にいる男達が大ぶりのナイフを掲げて駆け出したところでエリックは剣を抜く。もともと殺気立ち武器を握っている男達が多くなっていた中で、自分が武器で囲まれることなど想定内。銃を構えている者がいないことを瞬時に判断したところで、手前から順序良く切り伏すことを決める。
ナイフより遙かに鋭く長さのある剣を横降りに、がら空きの腹を裂く。倒れる間際も待たず、その背後の男達に向け今度は上から斜めに振り下ろした。腹を切られた男から頭一つ出ていた男の肩を裂く。二人動けなくなったところで、剣を握ったままの肘で横へと突き飛ばした。
その隙を身体の大きな男の大剣が狙ったが、エリックが銃を抜く方が早かった。ジャキンッと脳天に向けて銃を突きつけ、男の大剣を振り下ろす動きが止まればその瞬間にアランが奴隷狩りの一人を大剣の男へと投げ飛ばす。エリックが銃を撃つことなく突然その場から飛び跳ねたことに、不意を突かれた男はそのまま大剣ごと潰された。
一度高く跳ねたアランは、そこでざっと他に銃を持っている奴はいないかと確認すれば、ちょうど一人見えた。
最奥の、奴隷の口へ機具を突っ込んだまま呆然としている男の隣に立っていた。さっきまでは奴隷の顎を掴んで押さえていたが、今は手放したままだ。あそこまでは自分もまだ届かないなと判断し、先に声で共有を決める。
「一番奥!!」
はい!!と、張りのある声がエリックから放たれる。
奴隷狩り達が騒めくの中でも、鍛え抜かれた喉で一際響かせ、同時に着時直後のアランへ向けて今まさに腰から銃を抜こうとする男を目で捉えた。雑踏の中、自分の手では届かないその位置に喚起より先に、目の前で武器を大きく振り上げてくる男の胸へエリックは拳を打ち込んだ。騎士の一撃に絶えきれず背後を巻き込みドミノ式に倒れた中で、銃を抜こうとしていた男も綺麗に巻き込まれた。
エリックの急な力押しと妙な方向への攻撃にアランも気付き、目を向ける。体勢を崩し銃を撃つ前に邪魔されたまま下敷きから銃を守るように頭上へ掲げる男の手を見てすぐにアランも理解した。
奴隷狩りにしては立派な剣を掲げてくる敵へ、自分もそこで始めて剣を抜く。相手が振る間もなく斬りつけ、血を浴びながら更に蹴り倒す。ぐしゃりと、銃を庇っていた男の手ごとまた肉壁に埋まって見えなくなった。
最初の一手目に倒された同業の下敷きになっていた奴隷狩りの男がやっとの思いで這い出て、彼もまた隠し持っていた銃を抜く。自分に背中を向けているアランへ片手の照準でふらふらと狙いを定めた。パンッ!と頭では響いたが、銃ではなかった。エリックが床から拾い投げた、舌を抜く機具が男の頭に命中した。頭が割れ、そのまま今度こそ無力化される。
おっ良いな、と。エリックが投げ放ったそれにアランも眉を上げて笑った。奴隷の舌を抜こうと息巻いた男達が、襲撃で一度は床に手放した鈍器が足と足の隙間に散らばり転がっている。横降りの剣を避けるついでにしゃがみ、アランは一度に二個拾う。しゃがんだ反動で今度は跳ね上がれば、自分に剣を振っていた男よりも先に最奥の銃を構えている方へ先に狙いを定めた。
右手、そして左手と続けさまに投げれば、一個は銃を弾き落としもう一個は銃を構えていた男の頭に命中した。
奴隷の舌を機具で引っかけたまま固まっている男はその瞬間に顔を青くする。やはり化物騎士なんかに見つかった時点でこうなるんだと思う。恐ろしい化物騎士を前に身体が強ばり思考が止まった数秒で、既に半数が無力化されている光景は悪夢でしかなかった。
すると戦闘中の奴隷狩りの一人が歯を剥き出し振り返る。「なにしてやがる!!」と怒鳴り散らし、銃よりも決定的な引き金を握っている蒼白の男へ唾を飛ばす。
「ッはやく殺すか舌を抜け!!!!」
本当は殺してしまいたかった男だが、今は口を封じれられるのならばどちらでも良い。騎士に見つかってしまった時点で、もうその二択しか有り得ない。
奴隷狩りの男のの太い叫びは当然アランとエリックの耳にも届いた。本当は一番無力化したかった相手だが、あまりにも保護対象者との距離が近すぎた。飛び道具を使おうとも、少しの拍子で保護対象の方に危害を加えられてしまう恐れも、自分の攻撃が巻き込むか飛び火させてしまう可能性もある。ただでさえ今は舌を掴まれている最中だ。
そして叫ばれた男もそこでハッと我に返る。そうだもうそれしかないと、混乱に乗じて今度こそ一手を決めるべく機具を握り直した。さっきまで仲間に任せていた奴隷の顎を反対の手で無理矢理開かせ、その隙間にぐりりと機具を更に奥へと突っ込んだ。舌の先ではない、その根元まで機具を引っかける。
喉の近くまで冷たい異物に掴まれ、奴隷は嘔吐感に中身のない胃液が込み上げた。濁った音は漏らすが、抵抗などできる状況にない。
もう奴隷が死んでも構わないと、口封じ最優先に考える男は全く躊躇も手加減もない。もう同業者が次々と倒れ、奇襲してきた騎士の姿が二人ともはっきりと見えるくらいに風通しが良くなっていることが余計に焦燥をかき立てた。「ア゛ッガッ……!!カ、ァッ」と声とも呼べない息の音を吐き出す奴隷の舌を千切らんばかりに挟み、そして手だけではない肩ごと全体重を使い後方へと引き抜
ザシュリ、と腕が切り落とされた。
グアァアッ?!と突然のことに、断末魔を上げるのにも二秒の判断が必要になった。
まだ騎士が辿り付く前だった筈なのに、飛び道具でもなく剣で自分の腕が切り落とされたことで激痛よりも混乱で現実を受けきれなかった。
瞼のなくなった目で凝視した先にはもう、自分の手はない。奴隷の舌を掴んでいた器具ごと落ち、べろりんと力なく奴隷の舌が口から血を溢し垂れているだけだ。
そしてもう一人、さっきまでいなかった筈の純白がそこにいた。見開いたまま凍り付いた首で顔の角度も変えらレズ、居る筈がない白の団服の裾を見た。血が夥しく自分の腕が噴き出る中で、意識を保てたのもそこまでだった。自分達が奴隷にやったのと同じように、頭を髪ごと鷲掴まれ強制的に顔を上げさせられたと同時に顔面に拳が打ち込まれた。
完全に動かなくなった男を床に捨て、今度は両手で丁寧に騎士は奴隷を抱き締めるようにして支える。
長時間鎖でしか支えられず手足の至るところがすり切れ痣になったままの奴隷に、少しでも負担がなくなるようにと自分の腕で持ち上げる。起立した状態しか許されない四肢の鎖の長さだった為、そのまま自分にもたれかからせるようにしてから脈と呼吸を確認した。確保する直前まで奴隷に意識があったことは目の開きと瞳孔で確認したが、いつ途絶えてもおかしくないほど酷い目に遭ったであろう彼の生存をもう一度自分の手で確かめた。
ほっと一息吐き、それから「確保しました」とまだ僅かに戦闘中であろう騎士〝二人〟へ報告を響かせた。
「もう、大丈夫です」
その声に、奴隷の男は一度閉じかけた薄目を開けた。己のほっと吐いてしまう息の音を隠すだけでも苦労した。
痛めつけられた舌と薬の所為で言葉は話せないが、意識はむしろ常人と変わらずはっきりしている。舌を今度こそ抜かれるかと思う瞬間も、抵抗はできずとも意識はあった。しかし、それでも思う。今自分を抱えている男は一体どうやって現れたのかと。
舌を抜かれると見開いた視界の中で、この銀髪の騎士は降ってきたわけでも駆け込んできたわけでもない。何もない場所から表出したようにしか見えなかった。
伸びきった舌を中途半端に開いた口の中へしまう余力もなく、爬虫類のように垂らしたままの男は〝化物の国〟の名を自分を差し置き、静かに思い出す。
貧困街の、今は自分に成り代わり首領の身だろう男が、その他大勢の奴隷狩りと同じように自分をそう呼んでいたことも。




