そして探る。
「結構遅かったな。何かあったか?」
「いえ、その…………」
首を窄めながら片手で衣服の皺を伸ばすプライドに、そこでアランも「ぁー……」と音を漏らした。
もともと降順はざっくり想像できていたが、エリックの次がプライドだったのかと思えばそこで遅れた理由も色々察せられた。
最初は、危険度からプライドよりも先にステイルが降りようともした。しかし、もし彼女が落下しても受け止めることを考えればエリックの後が最善だった。敵からの安全確保だけでなくプライドが手を滑らせても受け止め支えられるように彼女の足並みに合わせたエリックは、アランを追って降りた時の十倍は遅い、ゆっくりとした足並みになった。
運動能力自体だけで言えば梯子を下りるのも遅くはない、むしろ一般女性よりも手早い筈のプライドだが、今回は格好が悪かった。
気恥ずかしさと申し訳なさから消え入りそうな声で説明をしながら、パシパシと今度は両手でプライドは自分のスカートの皺を伸ばす。いつもならこういう事情説明はアーサーやエリックの役目だが、今回はプライド本人でないと伝えにくい状況だった。バツが悪そうに頭を低くしたままのプライドに、エリックも表情が少しぎこちない。
「ごめんなさいエリック副隊長……私が意地を張ったせいで無駄にすごく時間かかってしまって…………」
「いえっ……!とんでもございません。お怪我、がなくて何よりでした。こちらこそ配慮が遅れて申し訳ありませんでした。……ご心配も、なく……!」
ある意味待っていた投げ掛けに、エリックは両手を左右に振りながら僅かに背中を反らした。あまりの気まずさを誤魔化すように、昇降中だけ預かっていたプライドの剣を丁寧に彼女へ返した。
エリックの〝心配〟の言葉もくみ取ったプライドもペコリと頭を下げてそれ以上の発言は飲み込んだ。本当に梯子だなんて……!!と降りながら十度は頭の中で嘆いた言葉がまた蘇る。もともと商人の侍女という立ち位置での移動だったこともあり、宿に戻っても戦闘服ではなくスカートのままで行動することに何も思わなかったプライドだが、今回ばかりは後悔する。
あくまで潜入で騎士達も大勢協力してくれる、最悪の場合は戦闘になってもスカートを裂けば良いと思っていたプライドは梯子だけは全く想定していなかった。ステイルや騎士達が許してくれたらいっそ梯子無しで最初から一気に飛び降りたかったと切に思う。
自分にもしもの時の為に足下に待機して降りる足並みを合わせてくれるエリックの前で、自分は片手で丈の長いスカートの裾をたくし上げかつ押さえつけながら降りなければならなかった。
片手で梯子に掴まりながら反対の手でスカートの裾を掴み押さえながら梯子も握ると、とても時間の掛かる方法を使ってしまった。騎士であるエリックが覗くともからかってくるとも決して思わないプライドだが、それでもやはり淑女としてスカートの下を気にせず、足下に男性がいる前でズカズカと降りるわけにはいかなかった。
そしてエリックもエリックで、ほぼ片手で梯子を降りるプライドから目を離すわけにもいかなければ、間違ってもスカートの下を覗くなど不敬は死んでもできない。視界の悪い暗がりで狭い通路で良かったと思うが、敵陣の真ん中で会話もできない中ではなかなか気まずい息の詰まる空気感だった。
「それで時間が掛かりすぎた私を見かねてス……フィリップ様が、アランさんの元に」
降りようとする時点で提案してくれたけどその時は私が断って、と。両頬を押さえるプライドの背後では、エリックから安全確保の合図を受けたステイルがストンと待機していた位置から自分の足で梯子から降りてきた。
プライドがスカートの裾を押さえながら梯子に足をかけた時点でアランの元へ直接瞬間移動を提案したステイルと、その為に降順を変えることも提案したカラムだが、プライドが「大丈夫」と断行してしまった。
もともと安全確保の為にアランがいるとはいえ、地下がどのような状態かも誰の目があるかもわからないのに瞬間移動は得策ではないと思った。スカートだけを理由にそんな危険な橋は渡れない。
しかし実際に降りればプライドの想定以上に時間はかかり、一歩一歩足を下に掛けるのにもスカートを理由に手間取ってしまった。
結果、自分の頭上で順番を待っていたステイルから無言のまま手を差し伸べられれば、もう諦めるしかなかった。こんなことの為に瞬間移動を見られる危険を犯したくなかったが、ヴェストが時間を稼いでくれている中でこんなことを理由に時間を消耗するわけにもいかない。なにより、暗闇にゴーグル越しでもわかるステイルの見事な無表情は「もう良いでしょう」といわんばかりなのが、長年の経験で痛いほどわかってしまった。またステイルが叔父に似てきたとプライドは密かに思う。
ステイルも、プライドをアランの元へ瞬間移動させる直前にその周囲が危険そうであれば躊躇したが、アランも暇そうに待っている姿に問題なしと判断した。
瞬間移動する相手の身体の向き程度ならば変えられるが、体勢そのものまでは変えられない為、一応受け止めてくれるアランの正面に瞬間移動した上で念の為のアーサーだ。プライドの直後には自分の頭上にいたアーサーも、もしもの事態の為に手を伸ばし瞬間移動させた。最終的にアーサーとプライドの間にいたステイルだけが予定通りにエリックの後を追って梯子で降りた。
プライド一人で渋滞していたことを証明するように、ステイルの後は次々と順調にヴァル、カラム、そして温度感知のロドニーが降りてくれば、そこでやっと気を取り直す。
「見張りは一人だけでした。向こうに人の声がするので、恐らくは。結構大人数かもしれません」
声を潜めながらも壁沿いの一方向を指差すアランに、プライド達も改めて耳を研ぎ澄ます。
確かに意識をすれば向こうから男達の声がする。改めてアランとエリックを先頭に、ステイルとプライド、そして背後をアーサーとカラム、周囲をロドニーが注意しながら進む。
地下牢のような狭さとはいえ、しっかりと人工的な手を入れられた空間に、ヴァルは首を回しながらやはり金持ちの設備だと思う。アーサーとカラムの背後をのっそりと歩きながら、きな臭さに鼻を曲げた。明らかな空気感に、間違いなくここはそういう施設だと確信する。
足音を消し進み角に差し掛かったところで、鼻先手前ですぐにアランとエリックが足を止めた。壁にぴったり身体を付けながらプライド達へ腕の構えで制止をかける。耳をすませばうっすらとだが聞き取れる程度まで声がはっきりしてきた為、角を曲がるよりも様子を伺うことにする。壁の向こうの景色を覗ける位置にいるのはアランとエリックだけだ。腰の剣に手を掛けつつ、相手に気付かれないようにそっと首を伸ばし観察する。
「ッせっかく傷のねぇ状態で手に入れたんだぞ?!!まだ誰にも見つかってねぇってのに!」
「そうだそうだ!そんなのここまで来られた時に考えりゃあ良いじゃねぇか!どうせ見つかりゃしねぇ!」
「馬鹿言うな!大体テメェらで散々傷ませたじゃねぇか!お前らはあの国の騎士共を知らねぇからそんなこと言ってられんだ!!フリージアの王国騎士団って言ったら化物って噂で………」
「そいつらがコイツを探しにきたんだぞ!!もう見つかるのも時間の問題だ!!殺さねぇだけ良いだろ!!」
全員違う男の声だ。自分が最初にここに着いた時から騒ぐような声ではあったが、きっとずっと同じような言い合いが並行しているのだろうとアランは思う。
辿り付いた先は想定通り開けた場所ではあったが、ただの空き地ではない。天井までしっかりと強固に嵌められた鉄格子の檻だ。その光景に、アランもエリックもこれを王族二人に見せるべきか悩む。たんなる牢屋であれば良かったが、広々とした空間は複数の檻ではなくまるまると大きな一つの拷問設備のようだった。
奴隷を調教する為かそれとも痛めつける為かわからない数の凶悪な危惧が並び、壁際には並べるように奴隷であろう三人が壁一面につき一人ずつ繋がれている。その中でも、中心に繋がれた一人に対して明らかにただの従業員とは思えない風貌の男達が、ざっと数えただけで二十は集まっていた。重なる温度体は見分けづらいことを考えれば、実際はもっといる。
様子は見えなくても男達の会話を拾うだけで穏やかでは無い状態を察するプライド達も、唇を絞った。
離している内容や口調から、恐らく騎士に見られたら困るような奴隷狩りの類いはここに集まっているのだろうと思う。暫く息すらも抑えて会話に耳を澄ませていれば、大勢の意見が二つに分かれていることは理解した。
文字通り膠着状態のように意見がどちらにも大きく傾かない状況に、暫くしてからエリックが顔を引っ込めた。くるりとアランに背中を向け、背後で待つプライド達へと振り返る。
「…………二十人ほどの男達が、集まっています。恐らくは風貌から奴隷狩りの類いでしょう。奴隷は視認できるだけで三名います。男女はわかりませんが、その内の一名に集まっているようです。恐らくは彼が目的の人物とみて良いのではないかと思います」
「彼らは何を揉めているか聞き取れますか」
潜めた声で簡潔に必要な部分だけを報告するエリックに、ステイルもまた息に近い音で尋ねた。
会話だけでもいくらかは想像できるが、実際に目で見ているエリック達の方が今は自分よりも事実に近い状況が判断できるだろうと考える。
ステイルからの問いに、エリックは一度口の中を飲み込んだ。目標人物すら大勢の背中で姿が確認できないが、何度か一瞬だけ男達が手に構えていたものが見えた。一人ではなく、複数人が同じ物だ。しかも檻の中の設備の方針と、テーブルに置かれていた物を手に取っていた男もいたところからも嫌な想像はできた。
あくまで推測ですが、と。エリックは自分の想像ではあることを前置いた上で今彼らが何を論じているのかを口にする。いつもの柔和な表情を顰め、眉を狭めたままいつもよりも低めた声で。
「舌を抜こうとしている」と。
「どうせこんな奴!誰が買おうとすぐ喋れねぇようにされんだろ!!」
誰の、など確認するまでもなかった。
男達の怒号を聞きながら、プライドは目を見開き呼吸を止める。生々しいその行為に想像するだけで手足が冷たくなるのを感じながら、次の行動を王女として決意した。
自分達はその為にここまで来たのだから。




