Ⅲ260.騎士隊長は着地し、
─ わりと結構な深さだなー。
そう、アランは梯子を順調に下りながら考える。
先頭を任されながらも梯子の先を目指し、視線も自分の足下より下へと固定する。トントンと手足を交互に動かすアランに、後続のエリックはじわじわと距離を空けられていくことに静かに焦った。
反響しやすい細長い空洞で安易に声も出せないが、何かあった時の為にも一定以上は距離を空けたくない。何か伝えようにもアランは頭上ではなく足下に集中し気付かない。何より、今のアランも足音を消すべく慎重に動いている分、いつもよりは昇降も遅い方だった。しかしそのアランに、同じく気配を消しながら後続するエリックは流石に苦労させられた。今は自分がアランに追いつけば良いだけの話だと理解しているから余計にだ。優先すべきは早々に梯子の先へと到着することとその先の安全確保であるのだから、梯子で時間を掛けている場合ではない。
アランも決してエリックを置いていこうとしているわけでもなく、ただただ自分にとっての手慣れた分迅速な速度で降りているだけだ。
どうせ自分が着地しても、エリックは梯子の上で様子見で待つことになっているのだからいくらかは距離を空けても平気だと思う。一番隊の中でもエリックは銃の腕が良い方だからという安心感もある。距離がいくらか空きすぎても、最悪の場合は銃で応戦して貰えるのはそれだけでも心強い。
やっと梯子の先にある地面が肉眼で確認できるようになってから、アランは音もなく速度を落とした。
通路の出口から地面が近い。地下室であることからも梯子自体にある程度の距離は想定していたが、てっきりいくらか通路を潜ったらその後は剥き出しの梯子を壁沿いに下りるような形だと思っていた。しかし実際は通路を出たらそれ以上に降りることはなく、ぽつんと地面がある。
先ほどの銃声を聞きつけたのだからそこまで距離はないかもしれないとアランは思ったが、煙突のような通路を長々と降りたらすぐ地面だ。思ったよりも地下の空間は広くないのかもしれないと考える。
井戸程度の深さはあるのではないかと思っていた分、その上で出口がすぐ地面というのならば、先ほどの騒ぎに何故気付いて登ってきた者がいたのかを考える。
梯子通路の先が反響しやすいような地下室の天井に近ければ、そこから銃声が広がったことも考えられたが、こんな狭い空間から音が反響しても離れた距離にいれば聞こえると思えない。残り通路の出口まで三メートルを手前にしたところでアランはぴたりと完全に足を止めた。
頭上で降りてくるエリックへ手で合図を送り、一定距離に追いつくまでそこで待つ。
準備が整ってから、アランは試しに梯子をカンカンとわざと足で蹴って鳴らしてみた。しかし足下に変化はない。
今度は通路を靴先で蹴り、カンカンと大きめに音を鳴らす。衝撃で靴裏の土がパラパラと落ちた。呼吸を潜め、地面を睨み付け待つとそこでやっと気配があった。ただの地面しか見えなかった先に、影がかかる。音に反応したか、それとも土埃に気付いたか。影の持ち主がゆっくりと覗き込むように梯子の下へと姿を見せた瞬間アランは
垂直に、飛び降りた。
音も殆どなく、梯子に引っかけていた手足を放し、狭い通路を落下する。足下にやってきた男の顔面へと足が着地する寸前に再び片手で梯子を掴み、急停止と共にその顎を蹴り上げた。見上げた瞬間の衝撃に、男は相手どころか何が起きたかも認識することができず蹴り飛ばされる勢いのまま後頭部から地面に倒れた。
そのまま顔面に着地しても良かったアランだが、まだ殲滅も始末も命じられていないのに安易に殺すわけにもいかない。飛び降りた距離と自分の体重だけでも、見上げられたあの角度では男の首の骨を折るほうが簡単だった。自分としては、正体を認識される前に無音で意識を奪えれば後は良いのだから。
ぶらりと梯子に右手で掴まり宙づりになったまま、少しだけサーカスを思い出して口が笑う。膝から下が通路から出てしまうからと一度両足を曲げて引っ込めて梯子にかけ直す。そのまま他にも仲間が来るかなと耳を澄ませ様子を見たアランだが、二十秒数えても誰か倒れた男に声をかける様子すらなかった。
他には見張りもいないかなと、判断したところでアランは再び足音を消して残りの梯子を今度は丁寧に背後の一本まで足を掛けて降りた。倒れた男の頭を避け、周囲を見回しながら両足で地面に着地する。
とうとうアランが通路から出たことにエリックも緊張感を張り詰めて銃を片手に注視したが、四方八方に顔ごと見回すアランの様子に異常はない。最終的には気楽そうに自分へ向けて笑顔で手を振ってきたアランに、そこでエリックもほっと息を吐いた。どうやら見張りの男は一人だけだったらしいと理解する。
通路の形態と地面への近さ、銃声を聞きつけてきた男が現れた事実から、出口に最低でも一人は見張りの男が立たされているのだろうと考えたアランの予想通りだった。二人、三人くらいはいてもおかしくないとも思っていたが、倒した男以外は周囲にそれらしい人影はない。
プライド達を連れてくるべく再び梯子を登り始めるエリックを待ちながら、アランは取り敢えず倒れている男を縛り上げることにする。ずるずると両脇から掴み上げ、壁際まで引き摺った。
─多分さっきロドニーが確認した地下から上がってきたのもコイツかな。
そう頭で思いながら、口は意識的に閉じ続けるアランは引き摺った後に一応男の呼吸を確認した。
見張りがこの場には一人しかいなくても、まだどこかに潜んでいる可能性は高い。なるべく音を消しながら男を縛り上げ終えたアランは、そこでぐぐっと背中を伸ばしもう一度周囲を見回した。表向きの大規模な収容所から、相応の地下施設を想像した分少し肩透かしだというのが最初の感想だった。
天井が想定よりも低く、大人一人が両足で跳んだら手を付けられる高さにある。代わりに奥行きは広く、壁沿いを進んだ先には大きな明かりも漏れていた。
ぼわんぼわんと複数人の声が反響して聞こえてくることから、向こうにはもっと広々とした空間があるのかなとアランは見当付ける。人の声自体は結構な声量で響いてくるが、距離と反響し過ぎている所為で山びこの失敗のように上手く聞き取れない。地下施設や地下室と呼ぶよりも、城の地下牢に似た印象だった。地下倉庫といえなくもないが、先にある気配の数はどう考えてもただの倉庫とは思えない。
梯子の下へと顔を覗かせ、エリック達が降りてくるのを目を凝らせ待つ。思っていたよりも長く待たされ、途中で一人首を捻った。上で何かあったのかと思い自分も一度上がってみるか悩み出した時、不意にプライドが眼前に表出した。
「ぉわっと?!」
思わずアランも微かに声を漏らす。
もう見慣れたそれに、ステイルの瞬間移動ということはすぐに頭が判断したが、理由よりも何よりもプライドの体勢にすかさず両手が動く。いつものように安定した体勢ではなく、まさに梯子を降りている途中の体勢だったプライドは数センチだけ地面から浮いた状態だった。右足と左足が交互上下に曲げた状態からの小さな着地にバランスを崩しそうなプライドを、アランも思わず両腕で自分の方に引き込むようにして受け止めた。たった数センチの落下で悲鳴こそ出さなかったとはいえ、突然アランを真正面にプライドも目が丸い。反応したアランと同じように自分も両手でアランに掴まり返し、倒れ込むことなく自分の両足で着地した。
「ご、ごめんなさい」とプライドがぶつかってしまったことを謝ると同時に、今度は追うようにアーサーまでもが同じようにしてプライドの真横に瞬間移動してきた。同じように梯子を下りるポーズから地面の数センチ上で表出したが、少しグラついただけで問題無く着地した。
てっきり全員梯子で降りてくると思っていたアランがどういうことかと尋ねようとしたところで、ちょうど目に見える距離で暗がりに梯子を降りるエリックの足下が見えてきた。
ぺこりと頭を下げて自分と目を合わすエリックにアランは取り敢えず声に出して「おつかれ」と手を振る。見張りの男一人以外巡回に来る者すらいないことを告げながら、プライドとアーサーと共に邪魔にならないように梯子の下から三歩ほど更に後退った。
「結構遅かったな。何かあったか?」
「いえ、その…………」
着地したと同時に潜めた声でアランはエリックに投げかける。アーサーに聞いても良かったが、本来自分の次に先行として安全確保も考慮して降りてくるべきエリックが四番目だったのは少し気になった。
少し強張った顔で言葉を濁すエリックは、珍しく目を泳がせる。すると、控えめな声で「あの」とアランの疑問に答えようと挙手をしたのはプライドだ。




