Ⅲ256.来襲侍女は気配を消す。
「流石騎士団長。やはりこちらの通路で正解のようですね」
ああああ怖かったぁ……。
そうね、と商人の服に着替え直したステイルの言葉に相槌を打ちながら、私は早くも胸を撫で下ろす。いまだに心臓がばっくんばっくん言っている。
騎士達の警備態勢と混乱に乗じている私達は、今は騎士団長達の後を追う形で奴隷収容所の深層部に近い、整頓された通路の端を歩いている。
騎士達だけではなく、当然侵入を阻むように収容所内の警備も注意深く騎士達を警戒している。その中、私が何よりも動悸が凄まじい理由はその警備の凄まじさではない。……この警備と警戒を優に上回る威厳と圧力で門をこじ開けたヴェスト叔父様にだ。もう、本当に怖かった。背後に騎士団長も従えてるから余計に敵に回しちゃいけない感が凄まじかった。
母上の命令のもと、私達に同行兼協力をしてくれたヴェスト叔父様は、門兵に言葉と権威だけで見事に突撃訪問を認めさせていた。
もともとはステイルが担ってくれる予定の役割だったけれど、ヴェスト叔父様が加わってくださった流れでこれも担ってもらえることになった。
ステイルも所長を説き伏せて訪問許可を得るのは可能だったと思うけれど、ヴェスト叔父様はそこに加えて本当に威厳が凄まじかった。相手を焦燥させて燻り出す方向だっただろうステイルと違って、ヴェスト叔父様は最速最短で津波で押し出したようだった。
まるで時限爆弾のように、時間をかければかけるほど自分達が不利な立場になると一方的に宣告した時のヴェスト叔父様の眼差しが絶対零度に冷え切っていた。いつも規則とか厳しい人だけど、普段は基本的に目元の優しい叔父様だから言動はさておき目まで厳しく研ぎ澄まされているのをみると胃が縮こまってしまう。この年になっても未だ慣れないのに、あの眼光は心臓に悪い。やっぱり母上の右腕として外交になれてらっしゃる方は違う。王族とはいえ招かれざる客である我が国フリージアの来訪に、明らかに追い払いたい様子の門兵達の向かい風を平然と逆風にして退けたのだから。
最終的にはこちらに迷惑そうだった門兵も含めて看守達も全員青い顔をしていた。
「警備一名ですけど、多分あの先には大勢いますよね」
「彼らの仲間もここを通るだろう。気絶させては大ごとになる」
「前に立っていなければ素通りも可能だったのでしょうけれど……」
アラン隊長に返すカラム隊長、そして困り笑いのエリック副隊長の会話を聞きながら私も改めて目を凝らす。
騎士団長が騎士達の伝令で私達へ報告してくれた通路横の厳重な扉には、文字通り立ち塞がるように元々は見張りだろう警備の男が佇んでいた。通路の角で立ち止まり影からそっと様子を伺う私達には気付いていない。それよりもパタパタと各所に配備し立ち止まる騎士達の方を睨みつけている。……というよりも私達のことは気にもとめていない。これもネイトの発明のお陰だ。更に言えば、ネイトが短期間で大量にゴーグルを製作してくれたお陰だ。
私とステイル、近衛騎士達に温度感知の騎士、そしてヴァルも今は全員がネイトの発明のゴーグルをつけて一緒に行動している。
ヴェスト叔父様の背後にこっそり潜んでいた時からゴーグルをはめていたお陰で収容所の誰も私達を気にもかけない。一応角で立ち止まって覗いているけれど、この場で通ってもきっと気にかけられないだろう。
ヴェスト叔父様と騎士団長という存在感と圧力の塊お二人が注意を引きつけてくれている間に、私達でレオナルド達をこっそり捜索する。それが今回の目的だ。
騎士団に任せる手段もあったけれど、今回はあくまで収容所全体の奴隷摘発でもなく、たった一人の捜索だ。レオナルドの姿を〝予知〟で知っている私が見つけるのが一番確実と母上にもそこは許可を頂けた。今思えば、あの時から騎士団長を護衛につけるつもりだったのかなと思う。
今もヴェスト叔父様の目の前で堂々とステイルだけでなく私もばっちり剣も銃も武装させて頂けているのは、それだけもしもの時に備えろという意味だろう。
今のところ騎士団長が途中で目につけてくれた関係者入り口までは問題なく辿り着けたけれど、ここから先が関門だ。ネイトのゴーグルはあくまで気にされないだけで、見えなくなるわけでもない。丈夫そうな扉の前から見張りを退かそうとすれば同然気付かれる。その前にこの人数じゃ真正面に立っただけで認識されるだろう。
他の騎士に協力してもらって退かそうにも、あの扉が重要であればあるほど絶対に見張りはそこから動かない。
先がどうなっているかも見えない扉ではステイルも瞬間移動できないし、どうやって扉を抜けるか。
「扉の先は通路が張り巡らされているようです。こちらの壁から二十センチほど先にも、見張りらしき人物が一名は確認できます」
温度感知の騎士、確かロドニーだ。彼が睨むのは私達が覗く角の先ではなく、その壁を直視していた。私達には単なる障害物だけれど、彼には特殊能力で見えている人物の温度で大体の距離感と範囲も把握している。そこまで広範囲ではないから、全体までは見渡せないようだけど今の情報で充分だ。
一度首を引っ込めてロドニーに振り返った私は、そのまま別方向に顔を向ける。私だけではない、ステイルも同じことを考えたのだろう同じように動きと言葉まで少し重なった。
「ヴァル」とそう呼んだ直後、一番後方に立っていたヴァルが面倒そうにこちらを睨み返した。続きを伝えるまでもなく意図は伝わったらしい。チッと舌打ちをした後、重そうな腕で壁に手をついた。
「覗き穴程度で良い、なるべく音は立てるな」
ステイルがそう命じれば、顔を顰めたヴァルだけれどすぐに応じてくれた。規模にしてはいつもより少し時間をかけて、二十センチの壁に親指の爪くらいの大きさの穴が空く。
指関節でコンコンとかるく穴の位置を示すヴァルに、ステイルも早足で歩み寄った。壁の先の空間を覗き、ちらっとハリソン副隊長と目を合わすと片手の動きだけで無言で呼ぶ。すぐに応じてハリソン副隊長が距離まで詰めたところでステイルがその肩に触れ、瞬間移動した。一瞬で姿を消したハリソン副隊長がどこに行ったかは、……考えるまでもない。
ステイルは座標や行ったことがない先には瞬間移動できないけれど、目で確認さえできれば可能だ。ロドニーが「倒れました」と言うのは、本当に一秒もしない内のことだった。多分、壁の向こう関係なく見張りも声が出る間がなかっただろう。近衛騎士達の中でハリソン副隊長を選んだところがステイルの考えそのもので恐ろしい。速殺、という言葉が頭に浮かぶ。いや生きてると思うけれども!……多分。
「よし。順次行きましょう」
差し出してくれた手に重ね、私とアーサーそしてカラム隊長がまず最初にステイルの視界の先へと瞬間移動する。
視界が切り替わった途端、目の前には棒立ちのハリソン副隊長と見張りだろう男が床にぐったりと倒れていた。一瞬生きてるか心配になったけれど、慌てたアーサーがハリソン副隊長に尋ねるよりも前に呼吸を確認してくれた。
その間に今度はカラム隊長、アラン隊長、温度感知の騎士のロドニーとヴァルがステイルと一緒に瞬間移動してきた。これで一先ず、門兵と扉問題は乗り越えた。アラン隊長達も私と同じことを考えたのかハリソン副隊長に殺していないか確認を取っていた。
ヴァルがステイルに命じられて壁の穴を埋め直している間、くるりと周囲を見回せば分厚い扉の内側と、さらに奥へと繋がる通路が真っ直ぐと左右の三本に分かれていた。
奴隷収容所だし入り組んでいるのは当然だけど、ここまで広々と作られているのをみると本当に騎士達が配備を許された範囲は表面上のごく一部だと改めてわかる。レオナルドの他にも何かやましいことがあるのだろうかと考えてしまう。
「ヴェスト摂取が迅速に動かして下さったお陰で隠蔽も間に合ってはいない筈です。人が集まっている場所を選んで進みましょう」
進行先を睨みながら声を潜めるステイルに私も頷く。
突然フリージアが訪問してきてまだ時間も経過していない。まずいものほど分厚い扉の先に隠すなら、その管理や隠そうとする人達も全員動いている。一番価値がある、そして一番見つかったらまずい存在をどうにかしようとする筈だ。今、レオナルド以上にその存在がいるとは考えにくい。
ロドニーがそれぞれの道の先を温度感知で確認してくれる。感知できる範囲には限界があるけれど、それでも右には四人、真ん中には一人、左には誰もいないと言われれば選択肢は決まる。
なるべく私達自体も気配を消しながら、右の道へと進む。バタバタ大勢の足音で注目されてはネイトのゴーグルも意味がない。逆を言えば気配さえ出さなければ、堂々と通路を進んで見張りがいても素通りできる。
右の通路を進んでも間も無く話し声が聞こえてきた。「クソッ」と悪態付いたまま床を蹴る音まで耳に届く。
「まさかよりによって今日かよ!」
「あと一日遅けりゃあ良かったのに」
「いつでも良かねぇよ!特上以外にもやべぇのいんだろ!」
ビクっと自分の眉が動くのがわかる。聞き捨てならない。
ステイル達も同じだったのか、全体でゆっくりと歩速が遅くなる。灯りも置かれていない暗い通路の先の会話に耳を澄ます。確か、まだ奴隷の檻範囲までは騎士達も立ち入りは許されていない。だけど、上級の檻ともなると他にも我が国の民が捕らえられている可能性もある。やばい、とはどういう意味か。やましさしか感じない。特上というのはレオナルドのことだろう。
口喧嘩のように白熱してることから、多分少し距離をあければ立ち止まって堂々と聞くことも可能だろう。ステイルから無言のまま視線を向けられた。このまま聞くか、進むかといったところだろうか。話を聞きたい気持ちはあるけれど、今は一刻も早くレオナルドを見つけることを優先したい。
首を横に振り、先へと視線で示し伝える。ここで彼らを締め上げれば、先にいる仲間に気付かれるかもしれない。まだ温度感知の騎士の目には更に二人どこかにいる筈なのだから。
彼らの会話に耳を傾けながらも、壁際に寄りかかる彼らの前を横切り先へと進む。会話だけではわからなかったけれど、二人とも看守だった。
以前アレスが捕まっていた奴隷商も奴隷狩りとか雇っていたし、ここにもそういった用心棒がいておかしくないのにまだ見ない。この地で一番大規模な奴隷収容所だし、雇っていないというよりも奥に隠れていると考えられる。
そう考えていると、更に向こうから。今度は通路ではなく、通路にある扉の先からの怒鳴り声がキンと飛び込んできた。
「アァ?!無条件で解放だァ?!フリージアだからってだけで冗談じゃねぇ!!ありゃあ貧困街の首領だぞ?!
解放する必要なんざあるか!と苛立ちをまじえた声だ。




