Ⅲ255.来襲侍女は訪問する。
「ッ良いから追っ払え!!!」
嘘じゃねぇのか、隠せ、奥に行け、追い返せ、なんで、冗談だろ?!
そう、とある奴隷収容所がざわめいたのは昼過ぎのなだらかな時間だった。いつものように奴隷を働かせ、調教し、高い柵に囲まれた広場で放牧のように開放と決められたスケジュール通りにこなしていた。
大事な予定も差し掛かり少なからず浮き立つ気持ちと準備の慌ただしさもあったが、それも疲労よりも楽しみの方が大きい。さっさと明日になってくれと思いながら既に酒を楽しんでいた者もいる。
一息吐いたら今日の分の奴隷を荷車に出荷する頃だと、時計を確かめた。
見張りや用心棒の意図で雇われた奴隷狩り達も時間を潰しているほどの穏やかさだ。
大規模な出荷を終えた後にはまた忙しくなる分、今は身を休める時という考えの者もいた。現状では箝口令を敷かれているが、明日になれば大々的に新たな商品補充で忙しくなると知る。
奴隷狩りにとって最大最高の標的である貧困街を襲うのは自分達だけではない。全ての商売敵が一人でも多くの新たな奴隷を狙い挙って貧困街に駆除へ向かう。一般の浮浪者を狩るのとは違い、貧困街はその存在自体が自分達と同じ犯罪組織だ。どれだけ暴れようと殺そうと嬲ろうとも、治安が良くなると喜ぶ者はいても困る人間などいない。
そして一番に大量大捕りをするのは首を掴み情報を独占する自分達だ。
今夜は一日早い祝杯をしようかと語らっていた業務員もいる中で、それは嵐そのものだった。
「よりにもよってフリージアだと?!あそこは商品を買う側じゃなくて〝なる〟側だろ!!」
しっ!!馬鹿、黙れ、ぶっ殺すぞと口汚くなる男にその他大勢が目を尖らせ殺意に近い感情で歯を剥く。
全員気持ちは同じだが、それを万が一にも外にいる〝来客〟に聞かれたらこの場でやり過ごす前に職場ごと自分達が消されかねない。
滅多な発言を放つ人間が出るだけで、周囲が恐怖心を紛らわすように殴り蹴り怒鳴り散らし発散する。しかしいくら口を塞いだところで、喚いたところで目をそらしたところで現実は変わらない。
突然の訪問は、馬車と共に現れた。最初は大口に客が来たか、取引先のどこかかと何食わぬ表情で立派な馬車を眺めた門番もすぐにぎょっと顔色を変えていった。
まず、馬車から出てきたのは小綺麗な格好をした商人ではなく上から下まで純白の団服を身に纏う騎士だ。自分達が見慣れている奴隷狩り達に負けず劣らない屈強な身体付きの騎士が次々と馬車を降りてきた。
騎士達はすぐに門番へ声を掛けるわけでもなく、警備体制を整えるだけだった。それから間もなく馬やその足で更に大勢の騎士が列を成して集まってきた。彼らもまた自分達を建物ごと包囲するかのように連携を取って散らばるが、入ってこない。
騎士の軍団へ無理矢理聞きに行かされた者もいたが「現れるまではお話しできない」と断られた。いつもならばそこで胸ぐらを掴んででも脅して聞き出す男達だが、今回は騎士の団服を前にできるわけがなかった。睨み付けることすら難しく、なるべく穏便にと腰を低くして探るしかできない。せめて知れたことは、その騎士がよりにもよって〝フリージア王国の騎士〟という最悪の情報だけだった。
フリージア王国、と。奴隷売買に関わっているラジヤの人間でその名を知らない者はいないといっても過言ではない。そして、更に有名なのはフリージア王国にいる化物とも揶揄される王国騎士団だ。
とうとう本命が来たのだとわかったのは、騎士が乗ってきた場所とは全く異なり際立ち豪奢な馬車がそこで停車してからだ。
その馬車の豪華さに、頼むからそのまま素通りしてくれと祈ったが無駄だった。馬の扱いを知る騎士の手によりぴたりと門前で止められた馬車から姿を表したのは、明らかに高貴な身なりの男だ。そして共に並ぶのは護衛であろう騎士。
他の騎士達全員から敬礼を受けるその騎士が騎士隊長かそれ以上の身分であることは明らかだった。そして、その騎士に礼を尽くされ馬車を降りた高貴な男が何者か、考えるだけで男達は喉仏が上下し脂汗が滲んでいった。これが買い手であれば、どれだけ歓迎だったかと思う。しかしフリージア王国に買い手など存在しない。
特殊能力者が世界で唯一産まれるとして有名な国は、古来から奴隷狩りや侵略の危機を受けながら全てを拒み続けることができた国だ。
今は様々な国との交流や同盟に和平を結んでいるが、それでもフリージア王国にとって逆鱗と呼べる存在こそが奴隷であることは有名である。長い年月常に奴隷狩りや奴隷生産国の侵略脅威に日常を脅かされたからこそ、奴隷という存在を生み出す機関自体が好まれない。
「ッたたた大変です!!奴ら、これ以上待たすなら領主の礼状を取り寄せるとかほざきやがって……!!」
「馬鹿できるかそんなこと!!」
「馬鹿はテメェだクソが!!相手わかってねぇのか?!フリージアだぞ?!しかもっ……」
フリージア王国摂政。そんな相手を門前で追い返すことができる者などいるわけがない。下手に無礼を犯せば国際問題だ。
ラジヤ帝国の和平条約違反による奪還戦。たった一日で終えた侵略戦争と結末は大陸を震撼させた。
ラジヤ帝国の支配地であり、奴隷産業で稼ぐ彼らにとってそれは決して他人事ではない。ほどなくしてラジヤ支配下全域に通達された新たな法と規約も当然知っている。その所為で自国まで衛兵により調査と取り締まりが行われた。その元凶であるフリージア王国の人間が、今自分達の収容所の目の前に訪れている。
門兵に突然の訪問と先約を理由に何度も断られた訪問者だが、拒まれるなど最初から想定内。
突然の訪問を謝罪した上で、彼は「個人的な訪問」と銘打った。ただの見学でも、まして奴隷を買い付けにきた訳でもない。ちょうどこの地に滞在していたところ、気になる噂を聞いたから発つ前に〝調査〟で訪問した。そこで語られた要件に、門兵は真正直に顔が青くなった。
『そちらの取り扱う奴隷の中に、我が国の民が紛れ込んでいると聞いた』
柔らかな目元の男性が、その言葉の際に氷のような眼差しに研ぎ澄ましたと門兵は歯を震わせながら収容所の人間に物語る。
何故そのことをと目を血走らせ思ったが、フリージアの情報網など計り知れない。つい昨日も大勢の騎士らしき影が街中を調査し回っていたという噂を思い出せば、そこで知られたのかと考えた者もいた。噂の出所犯人を捜す余裕など今はない。
少し、ほんの少し昔であれば一蹴できた。いくら王族といえど、フリージア王国の人間といえど、ここはフリージア王国ではない。しかし今は新たな法改正によりラジヤ全体が正式に禁じられた。
ラジヤが条約を反し、ラジヤが敗戦し、返り討ちにしたフリージア王国により新たな和平と共に誓約した。現在のラジヤ帝国では特殊能力者は愚か、フリージア王国の人間は奴隷にできない。フリージア王国の民と判明した時点で必ず返還が義務付けられた。
たとえ借金奴隷や犯罪奴隷であろうとも、その罪を裁くのはラジヤではなくフリージア王国としていかなる理由の奴隷もフリージアは本国へ返還することを命令した。その所為で奴隷業者全員が煮え湯を飲まされ、高級な奴隷をいくつも手放すことが決まった。
殆どの奴隷は法制定されてから素直に引き渡すか、そうでなければ水面下で早々に売り出した。ラジヤ帝国は植民地国の条例違反に容赦しない。気付かれないところでやらなかった時点で、厳しく罰せられる。もし所有や売買が知られれば、ラジヤ帝国本国により国家規模での報復を受ける可能性もある。
そして今、訪問者が何者かを知った彼らはここで一方的に門を閉じるわけにはいかない。たとえ異国であろうとも王族は王族、しかもラジヤが敗戦したフリージア王国だ。
なんとか穏便に日を改めて貰えないか交渉を続けていた彼らだが、先に一手切り込んだのは訪問者の方だった。隠すことがないのならば何故拒むのか。これ以上待たすのならばこの地の領主から令状もしくは本人を連れてきても良いのだぞと、そう仄めかせばもう逃げ場はない。
大手の奴隷収容所として富を得ている分、領主ともそれなりに良い関係を築いてきたがフリージアの王族を前にすれば自分達に見切りを付けることは目に見えている。ここで自分達だけでなんとか乗り越えれば何事もなく済むが、しかし領主の耳に届けばその時点で自分達の関係に亀裂が入る。
流石に領主の命令では自分達も門を開けるしかなくなる。そして、もし何も見つからなくても巻き込んだ時点で領主の心象を悪くすることも間違いない。
その噂が嘘偽りで誤解だと言うならば証拠を見せろ、誠意を示せ。そう言葉にはせずとも威厳の交えた声で告げられた彼らは、収容所の奴隷を監査の時以上に用心深く隠すのが精一杯だった。荷車でどこかに避難させようにも、既に周辺一帯は騎士に包囲された後だ。
「…………ッ丁重に、応接室に案内しろ。なるべく時間を稼いでやる」
その間に、と。収容所の代表である所長が脂汗に苦々しい表情で部下に命令する。
本当に領主を巻き込まれる前に、まずは収容所の門を開くことにする。騒動中に奴隷も全てしまわれしんと静まり返った中で、今は慌ただしく所員ばかりが走り慌てふためく。
クソッ!!と、所長はゴミ箱を蹴り飛ばしながら襟を正す。相手の要件を知った今、まずは〝誤解〟を解く為に応接室へ招くことにする。
今まで領主の相手も、衛兵による監査も乗り越えてきた所長も、今回の敵は異質で胃の中がざわついた。針でも飲んだかのようにチクつけばまた八つ当たりに近くにある物を蹴飛ばし唾を吐きながら早足で応接室へと向かう。仮にも所長である自分が、門まで迎えに行ってやるものかと歯をギリギリと鳴らしながら先にソファーにふんぞり座った。
許可を受け、門兵達がとうとう門を開き見張りが整列する。拒むべき相手を通すことを態度で示し、急遽客としてフリージアの訪問者を迎え入れた。
感謝します、と。仮にも無理を通した訪問者として丁寧な動作で礼儀を示した男性はゆっくりと落ち着いた足取りで案内係に従った。共に騎士もずらりと彼の背後に続く中、あまりの数に途中で周囲の人間も目配せを始めた。一体何人なだれ込むつもりだと言葉を選んで尋ねれば、次に答えたのは訪問者ではない。その背後に控える一際屈強な騎士の男性だ。
「安全の為、一時的に建物内にも騎士を配備させてもらう。禁止区域にまで入りはしない」
たった二言だけでも覇気の固まりのような男の声に、それだけで案内役は肩を上下し小さく竦み上がる。
所長に許可を得るまでは……と、細く出かかったか、蒼色の眼光に真っ直ぐ見下ろされれば萎縮して声が出なかった。たかが案内役である自分の意思で許可など下ろせないが、しかし禁止区域に入らないならば大丈夫だろうと思う。取り扱っている商品と施設の性質上、細かに施錠の扉がついている。もし禁止区域に入った時はきっと各所で見張り達が止めるだろうと検討付ける。
所長の命令で騎士に喧嘩を売るようなことはしないが、騎士もあくまで警備と護衛の為ならば鍵の掛かった場所までは無理に入らない。そんなことをすればすぐに騒ぎになる。奴隷が逃げ出した時の為の警報も各所に配置されているのだから。
「伝令!東の通路に施錠確認!ここから先には決して入らないようにと!」
「伝令!!今南の通路に看守一名が入った!奥には他にも看守達がいる為、配慮するように!」
「伝令ー!騎士団長より報告!回廊右手にある看守専用の通路は先に行かないように!!」
「伝令!この先は奴隷居住区とのこと!許可無く入らないように!」
どうぞ、まずは応接室でお話しをと所長がお待ちです。と、無意識に早足になってしまう案内役に連れられ訪問者が続く中、護衛の騎士によりバラバラと施設内に騎士も駆け足で配備に動く。
通常護衛対象が店などに訪問した時と同じように、許される限りの範囲に騎士が配備される。護衛対象本人の命令によっては店内は控え周囲だけにする場合もあるが、今回の訪問者は何も言わなかった。
駆け足で許される限りまで張り巡らされた施設内を進む騎士達を、当然他の見張りを含む看守達も良い顔はせず睨むが、なるべくは目を瞑る。既に見られて困る奴隷や血の気の多い奴隷狩り達は施錠された先に引っ込めた後だ。施錠のない範囲を騎士に立たれるぐらいは我慢してやらなければならない。
せめてできることは、その騎士達が間違っても施錠された先に行かないように目を光らせるだけだ。騎士達も持ち場を決めれば、そこでそれぞれ伝令で伝え合う。あくまで禁止区域に入らないということを、看守達にも目と耳と態度で示す。そして
「どうする?」
「騎士団長の〝報告〟からいきましょう」
伝令という名の、目ぼしい箇所の報告の渦にゴーグルの集団は最小限の会話と共に駆け抜けた。




