Ⅲ257.来襲侍女は見定める。
「貧困街の首領なんざ殺してやって感謝される覚えはあっても奪われてやる覚えはねぇぞ⁈」
「わかってる!あんな野郎野放しにするわけねぇのは所長もわかってるだろ!!」
ぎゃあぎゃあとした怒号をぎゅっと唇を結んで聞く。
温度感知の特殊能力でも部屋の中に確認できたのは二名だけ。ならばこのまま素通りしても良いだろうかとも思うけど、彼らの情報も気にかかる。明らかにレオナルドのことを把握している。いっそここで捕まえて尋問しようかと考えたけれど、私達の情報が漏れてしまうのも困る。
ここで気を失わせても、これでレオナルドが見つからなかったらフリージアの騎士が不法に侵入してきたという事実しか残らない。やっぱりレオナルドが見つかるまではなるべくこちらを認識されたくはない。
三分近く耳を澄ませ続けたけれど、あまり有用な情報は得られなかった。この先の部屋が何かはわからないけれど、彼らの主張は一貫してフリージアがレオナルドを回収する可能性の危惧と不満だけだ。確かにレオナルドは貧困街という犯罪組織を取り纏めている首領だし、彼だけがフリージアの民というだけで助かるのはと思うのは無理もない。……彼らが純粋に〝悪人を捕まえた〟という認識でレオナルドを確保している場合に限って、だけれども。
少なくても法律で禁止された我が国の民をわかった上で商品にしようとしている時点で彼らも間違い無く罪人だ。
溜息と共に短く肩が落ちてしまう。今も「フリージアってだけで」「ラジヤに勝ったからってふんぞり返りやがって」と繰り返す彼らからは現状の愚痴は聞こえるけれど、それ以上の行動予定は全く語られない。もうここは素通りした方が良さそうだ。
ステイルもそう判断したのか、私の肩にそっと手を置いた。視線が合えば、すぐに首の動きで更に先へと示された。行きましょう、という意味だろう。
途端に背後からちょっと寒い気配を感じてしまい、ステイルへ頷く前に振り返るとハリソン副隊長が剣を構えたままゴーグル越しに紫の瞳と目が合った。潜めた声ではあるけれど「一瞬で済ませます」と言われ、慌てて首を横に降る。確かにハリソン副隊長ならさっきの看守と同じように気付かれる暇も与えないだろうけれども!
アーサーも気付いて、顔がちょっと強張っていた。
先に行きましょう、と私からも抑えた声で意思を示せば、ハリソン副隊長も他の騎士達と同じように頷きで答えてくれた。多分今が私の護衛じゃなくて八番隊としての任務だったら間違いなく彼らのことも無力化していたのだろう。
「あの化物を晒してやれる日をどんだけ楽しみに今日まで生かしてやったと思ってんだ!!!」
扉の傍から離れたところで、一番の怒号と共にテーブルを叩くような音がドンと響いた。
またここでも化物だと、その呼び方に半ば慣れてしまった自分を自覚しつつ、我が国の民に対してと思えば慣れてしまってはならないと気を引き締める。……ただ、この後のレオナルドに関しては。
そう考えると、一瞬過ってしまった思考にブンブンと一人小刻みに首を振る。今はそんなことよりも助け出すことが最優先だ。
温度感知の特殊能力でロドニーが行く先を確認してくれながら安全を確保しつつ奥へ奥へと進んでいく。途中に何度か見張りらしい人達がいたけれど、全員今の異常事態にじっとしていることがなかったのが幸いだった。言い合いをしていたり情報交換をしている中、気配さえ消せば彼らに気に留められることもなくその横を素通りできた。
途中で扉があっても、鉄格子状であれば問題なくステイルが瞬間移動で順番に檻の先へと運んでくれる。分厚い鉄の扉もあるけれど、温度感知による透視で見張りの位置さえ分かれば、最初と同じ要領で乗り越えることができた。つくづく、ヴァルもステイルも特殊能力は悪用させちゃダメだなと思う。
ヴァルなんて騒ぎを起こして良いなら一人でこの建物ごと崩壊することも難しくはないだろうと、壁に手を当てながらこっそり確信する。
ロドニーが認識できる範囲の中で、なるべく人が多く集まっている方向を選ぶ。人が集まっているということはそこに護らないといけないものや、もしくは違法な存在がまとめて隠されている可能性もある。今のところ多くても五人前後の集団だけど、奥に進めば進むほど人の固まりが多いのがやっぱり本命はこちらなのだとわかる。
早足で進んで、とうとう突き当たりに辿り付く。壁の先は温度感知でもその先に誰がいるわけでもないらしい。突き当たりまで廊下には部屋が複数並んでいたけれど、どこも施錠付きだ。
カラム隊長やエリック副隊長もコンコンと壁を叩いたり備品に仕掛けがないかと手探りで確認してくれるけれど、それらしいものは見つからず最後はカラム隊長が首を横に振った。
「何の変哲もない壁ですね。目立つ模様も細工らしきものも確認できません」
「ロドニー、どこか途中に大勢が集まっている部屋はありませんでしたか?」
「最後の施錠扉を抜けてからは三箇所です。しかし、どこも二名三名程度でこちらから判断はつきません」
申し訳ありませんと、ロドニーが抑えた声でステイルの問いに謝罪する。
施錠付きの部屋ということよりも、中に少人数しかいないのかが問題だ。単純に広い部屋がないとは考えにくい。ここまで入り組んだ施設だもの。こういう時、設備の地図でもあればそれなりに検討も付けられたのだけれどそんな猶予も今回はなかった。
一手が詰まったかと口元に指関節を添える中、コンコンと床を叩く音が聞こえた。見れば、アラン隊長が苦笑気味に唸りながら床を蹴り、視線は天井に向いている。アーサー達も同じように床を軽く踏み鳴らし始めた。視線は上に、そして動かすのは足下という不思議な構図だ。それを見て、ヴァルも僅かに眉が上がっていた。
ステイルが「そういえば……」と小さく漏らしてからしゃがむと、彼まで手の甲でコンコンと床を叩いた。
「人身売買連中なら大概は天井上か床下なんですけどねー」
「ロドニーが感知できない距離であれば地下の可能性の方が高いでしょう。空洞があるかどうかは温度感知では認識できません」
独り言のように説明してくれるアラン隊長に、カラム隊長も続く。なるほど、だから皆して空洞を探していたということか。
流石は歴戦の騎士、こういう組織のやり口は私達よりも遙かに熟知している。今回は人身売買といっても一応は表向き正規の奴隷売買組織ではあるけれども。……何故かステイルまでも「そうでしたね」と覚えがあるように呟いたけ。以前に殲滅戦でヴァルと上級の檻を探しに行ったからその時の話だろうか。
ヴァルも覚えがあったのか、騎士達みたいに実際に叩いたりして探しはしないけれど、視線をぐるりと一周させるように見定めている。なんだかここまで来て私が一番戦力外なのがちょっと悲しい。いやレオナルドの顔がわかるのは私だけなのだけれども!
アーサーが「やっぱどっかの部屋の中ですかね」と尋ねる中、ロドニーは私達をではなく今は部屋の方をじっと睨んでいた。多分、部屋の中にいる誰かが天井裏か床下に移動しないかを監視してくれているのだろう。
このまま動きがないのなら残すのはいよいよ部屋の外にいるお仲間を捕まえて尋問するしかない。直接その部屋が秘密の場所に繋がっていなくても、その場所を知っている可能性は高い。ただでさえこんな深奥まで潜んでいるのが許される立場だ。
そしてもっと奥に潜んでいる仲間は更に出てくることは難しい。こうして奥にいけばいくほどに安心なのだから。騎士達が全員退去したと聞かない限りはてこでも動かないだろう。
少なくとも突き当たりには本当に隠し扉の入口はないことを騎士達全員で確認し、次の手に動くことにする。なるべく音を立てず騒がせないように一人か二人しかいない部屋をロドニーが狙いを定める。残すは誰が聞き出す役を担うかだ。
騎士達は至近距離で認識されたら一目で騎士と気付かれてしまうし、ヴァルの場合は許可を下ろさないと脅しはできない。私かステイルが……というかここで王族に危険な役割をさせるのは騎士達の立場上難しい。ならステイルの上着を体格の近い騎士の誰かが羽織って尋問してもらうか、もしくはヴァルに頼むかのどちらかだろうか。
「……おい、ヴァル。そういえばお前、コレは偽装できるのか?」
アァ?と、面倒そうな声が尋ねるステイルへ返される。
コンコンと手の甲で叩かれた先に、ヴァルも片眉を上げてから肯定を一言返した。ステイルの言わんとしていることを私も理解し、思わず小さく声を漏らしてしまう。確かに、それならヴァルも可能だと私もよく知っている。アラン隊長も思い出したかのように「あ~」と笑い出したところで、カラム隊長が首を捻った。
策士ステイルからの提案に、歴戦の騎士全員が耳を傾ける。私もステイルから「いかがでしょう」と尋ねられ、はっきりと言葉で同意した。
騒ぎにはなるだろうけれど、当初の扉をどうにか開けさせて締め上げるよりも確かにこちらの方が確実ではある。騎士達からも賛成の声を受け、ロドニーに改めてこの場で認識できる部屋までの距離を確認し、それから私達は一度行き止まりの壁際に固まった。
ネイトの発明のお陰で誰にも振り返られないけれど、ちょっぴり異様な光景だなと思う。騎士達と肩が触れるほど密集するのが嫌なのか、それとも協力するのが嫌なのかヴァルからとうとう舌打ちが鳴らされるのが聞こえた。私もアーサーの背中とステイルとエリック副隊長の肩にむぎゅりとぶつかるくらいくっついているけれど、彼は窮屈さの話ではないことはわかる。本当に今回は付き合わせて申し訳ない。
提案の指示通りに特殊能力を使ってくれる間も明らかに顔が不機嫌に偏っていた。
何の変哲もなかった壁が私達を迎えるように数十センチ凹むように開け、更に三歩ほど奥に足を運ぶ私達の視界は順調に暗くなる。
突き当たりの壁に飲み込まれるように、開けた部分が再び埋まって閉じ込められる。ヴァルお得意の壁の偽装だ。
表面上の壁の模様はそのままに、奥に身を潜められる空洞を一時的に作ってくれた形だ。新しく壁を作ることも可能なヴァルだけど、これなら私達壁の中に入っている状態だからこの廊下を見知っている相手にも気付かれないだろう。アネモネ王国や学校でも見せてくれた彼限定の秘密基地空間に今回は全員がお邪魔する。
そこで待て、と。ステイルの指示で最後の数センチを残してぴたりとヴァルの特殊能力が止まる。もうこちらは壁の内側に入っている状態だけど、残り数センチだけが薄く廊下の明かりを溢していた。ヴァルの覗き穴とそしてもう一つは一番端の壁と壁の間の隙間だ。
その小さな隙間へ、次の瞬間一番近くにいたアラン隊長が懐から出した銃を斜め上へと突き出した。そして
パァン!パァンッ!!
「ッ誰だ!!!」
アラン隊長が打ち鳴らした銃を引っ込めると同時に、ヴァルによって最後の隙間も一瞬で埋められた。殆ど同時にバタバタと扉の鍵がいくつも開かれる音や大人数の足音まで聞こえてきた。今の銃声を聞きつけて扉に引きこもっていた人も何人かは様子を確認したのだろう。
壁一枚向こうで私達が気配も息も殺して身を固くする中、その向こうでは明らかに大人数が集まっているのがわかった。襲撃か、誰が暴発させたと言い合う男達の声だ。
アラン隊長が撃った銃撃の後は天井に残っている筈だけれど、すぐには誰も気付かないらしい。部屋の外から聞こえたぞと何人かが主張する中で、また扉を開く音が時間を開けて聞こえてきた。中にはダンダンと外側からだろう乱暴に叩く音も聞こえてくる。途端にさっきまで水を打っていたのが嘘のように扉が開く音と一緒に勢いよく「うるせぇな!!」と声が飛び出した。さっきの銃声はお前らか、ちげぇ、他の部屋じゃねぇのか、見てねぇのかと責任の押し付け合いと犯人捜しだ。
聞こえている分だけでも、全くこちらの壁に注目している様子がないことにやっぱりこの壁は何もなかったのだなと思う。
「騎士まで聞こえたらどうする」「こんなところまで入ってくる理由なんざやるんじゃねぇぞ」「テメェこそ」と言い合いまで巻き起こる中、息に近い音で「いました」とロドニーが不意に声を溢した。
動きにくい密集した中で視線だけを向ければ、壁際に立っている彼は斜め下へと視線を向けていた。壁を睨んでいるようにしか私達には見えないけれど、間違いなくその先を見据えている。まだ壁一枚向こうで人が引いていない中、ロドニーの視線は部屋のある方向ではない、明らかに部屋の〝下〟へと顔の角度ごと向いていた。
「二つ手前の部屋です。地下からでしょう一名上がってきました」
ステイルの策通りだ。
口の中を飲み込みながら私も見えない先へと見据える。ステイルがよし、と下ろした手で小さくガッツポーズするのが触れる肩と腕の動きでわかった。
私達は壁の中に身を潜み、温度感知の特殊能力を持つロドニーが壁越しに男達の動きを監視する。銃声が聞こえれば当然出所を確認するし、出てくるのは部屋にいた男達だけじゃない。騒ぎを聞きつければ何が起きたのか一人は偵察も込みで様子を見に行かされるに決まっている。
ロドニーが睨んでいる先はそのまま動かないから、偵察係もきっと部屋からは出ず隠し通路から顔を出しているぐらいの状態なのだろう。廊下にこうして潜んでいるだけじゃわからなかった、温度感知の騎士がいてくれたからこその判明だ。彼が今回同行してくれて良かったと静かに感謝をする。……元々こっちの捜索目的で付いてくれているのではないのだけれども。ティペット対策が功を評した。
ともかく、行き先は決まった。突き当たりから手前二番目の部屋。彼らの騒ぎが落ち着けば、今度はその部屋に狙いを定めて訪問しよう。
強固な鉄の扉に、少なくとも一名以上は見張りにいるのだろう部屋だ。隠し通路も、地面の下ならばヴァルの特殊能力も使えるかはわからない。ただの縦穴なら良いけれど、強固な鉄の扉や周囲の設備から考えても木や鉄で通路を保持している可能性は高い。土が素材じゃないとヴァルにもどうしようもないし、逆に唯一の通路を周囲の土で潰してしまう可能性もある。そうなれば下にいる人達が事実上生き埋めにもなりかねない。
隠し通路の位置と、そして壁の前に集まった男達が再び元の持ち場に引くのをひたすら気配を消して待つ。その間、次の一手へと思考を巡らせる。また通路がどういう状態で、施錠の有無もわからない。ただ、間違いなく確かなことはこれからの行き先は奴隷収容所の奥、その更に下へ下へと繋がる地下室だ。
レオナルドの居場所にまた更に一歩近付いた。




