Ⅲ248.副騎士隊長は準じ、
「なんだコイツ!!」
「仲間か?!」
「!おい待て行くな!!そいつッ確か……!!」
一瞬の出来事に、貧困街の男達は動揺と警戒を露わにする。
つい先ほどまで、頭に血を上らせてしまった幹部の男を止めることに精一杯だった。幹部の憤りも当然だと全員がわかるからこそ、強く止めることも心象として難しかった。
何日も血眼になってようやく見つけ出し、更なる被害を出してまで捕まえた男が尚妙なところで言い逃れしようとする。間違い無く毒を放り込んだ本人の横行際の悪さに、苛立ちを溜め今すぐ息の根を止めてやりたいと思ったのは幹部一人だけではない。エルドのやり方が手ぬるすぎると胸の底でふつふつと煮詰めていた者も少なくない。
何故、誰に頼まれたのかを実行犯に聞き出さなければならないことはわかる。しかしそれ以上に自分達に刃を向けたことを後悔させてやらないと気が済まない。
限界を超えた幹部に止めに入る手も無意識に緩む。ただでさえ幹部相手に自分達は強く出られない。このまま幹部が殺してくれれば気も晴れる。理知的に考えればまだ殺すべきではないとわかっていても、感情的には今すぐ苦しんで死ねというのが多くの心の声でもあった。
むしろ、首領であるエルドの言うことを聞けという意味では他の幹部達の方が本気で彼を止めに入っていた。しかし立場ならばまだしも、腕っ節だけで怒り狂った大男を止めることは難しい。
明らかに身体の大柄な幹部を前に、毒投げ犯が怯え慄いても痛快さが増すだけだ。縛られた状態で必死に喚き身体を捩り足をバタつかせる青年に逃れるすべはない。幹部の片手でも貧弱な青年の首を絞め、骨を折ることはたやすい。
頭に血が上っていた男も、殺そうとするつもりはなかった。今すぐにでも首を締め上げて顔を苦痛に歪ませ口沫吐かせ青い顔をさせてやりたいと思い、同時に加減するつもりもなかっただけだ。そんな中、虫のように身体をくねらせ縛られたまま暴れようとしたか細い青年の首へ手が伸びたその瞬間に、……突如として腕に衝撃が走った。
今までいなかった一つの黒い影が生じたことに、気付くこともなかった。ボキャッと耳の奥まで響く骨の砕ける音と衝撃に身を強張らせ、更には視界がひっくり返ったと思ったところで遅れて痛覚が叫びを上げた。
指先が主犯に触れるより前にひっくり返り、間違いなく折れたとわかる激痛の走る右腕を押さえ喚き疼くまる。
腕自慢の幹部が一瞬で手ひどくやられたことに、最初は呆然として誰も声が出なかった。奇襲してきたその男がいつの間に現れたのかもわからない中、瞼のなくなった目で数秒間は彼とそして幹部を見比べるしかなかった。
実際、ハリソンがその場に駆けつけたのは今の一瞬が始めてだ。
プライド達のように発明のゴーグルも装備していない彼が、誰にも気付かれずに最前列に紛れ込むのは難しい。もとより、木の上に身を潜めるプライドの為にも目立つような行為をするつもりもなかった。
いくら集団私刑であろうとも、ここはラジヤ帝国の一角で、貧困街という裏家業と下級層の混じったような組織で、自分が聞いた限りでも井戸に毒を放り込むような行為をした人間がどう殺されても自分の干渉すべきところではない自業自得だ。
ここがフリージアであれば騎士として法の下に裁くべく生かして確保するが、個人的にはこのまま見殺しにしても良い状況だとも思う。少なくとも騎士になる前の自分であれば、別段気にすることでもない光景だ。さっさと殺せと思うだろう自覚もある。
それを今護衛対象であるプライドの傍から離れても幹部を強制的に無力化した理由は。
『触れさせては駄目!!!』
護衛対象であるプライド本人からの命令だったからだ。
木の上から見下ろしていたプライドにとっては、近衛騎士達に対してではなく幹部を止めに入っているエルド達貧困街の男達に向けての叫びだったが、彼らに向けて張り上げた声は当然木の上で待機していたハリソン達にも優に届いた。そしてプライド本人からの命令に誰よりも速く決断したのがハリソンだった。
高速の足で枝を蹴り、蠢く人混みをかき分けるではなくその頭上を通った。アーサーやアランほどの跳躍力はなくとも、木の上から高速の足で勢いをつければ難しくない。残すは拘束された少年の首へ今にも手を掛けようとする男を無力化するだけ。仮にも敵ではない相手に血を見せるわけにもいかなければ、ここで伸ばされた手を弾くだけでは二撃目が待っている。その程度では頭に血が上っている人間は残っている手足で暴れるだけである。
死なない程度で一番無力化に適しているのが手足のどれかだった。ちょうど狙いやすく無防備な腕は見極めやすい状態で、折れば全て解決する。足さえ無事なら勝手にどこかに離れてくれる。
今こうして実行した後も、ハリソンが見下ろす先の男は這いずってまで縛られた相手への報復をしようとはしなかった。自分の折れた腕を押さえ喚き転がる大男を、ハリソンはいくら身体が出来上がっていても所詮兵士ではなくゴロツキかと思う。更に遠のかせるべく青年と逆方向へ遠のかせるべく蹴り転がした。
バッキリと折った手応えはあるが、容赦なく折ってやった分綺麗に折れて接着も早いだろうと自己完結する。しかし、折られた側からすれば激痛に違いなくしかも無理に蹴り転がされた所為で不用意に腕から肩に負荷がかかりまだ喉を反らして叫んだ。
やっと理解が追いついた周囲も、幹部の二度目の悲鳴にやっと慌てだし急ぎ運べと駆け出した。
良くも悪くも自分達側の方へ転がされたお陰でハリソンに近付くことなく複数人で幹部の男を運ぶべく行動できた。そんな中、当然最も罵声と怒号を浴びせられるのはハリソンだ。
本人は命令を無事遂行したことに自己満足する中、周囲は冷静ではいられない。しかし既にハリソンに徹底的に痛めつけられた人間も多い分、一部は身を乗り出すことに躊躇った。ただでさえ目の前で腕自慢の幹部をやられた後だ。代わりに殺気を剥き出しに武器を構え怒号を上げる。
その中涼しい顔のハリソンは、誰も指定人物に近付いて来ないことだけに留意した。足下に座りこむ少年も、拘束から逃れる気配はない。もし逃げられても触れなければ良いのなら、剣でも鞘でもナイフでも銃でも周囲の男達が自分に向けてくる鈍器でも、足を止める手段も折る方法もいくらでもある。
「おい!!コイツの仲間か!!?テメェが毒を入れろと命令したのか?!」
ハリソンにまだ痛めつけられたことのない男達ほど武器の先を向けてじりじりと歩み寄るが、もともと金のない貧困街では携える武器は殆どが近距離に限定したものだけだ。
唾を飛ばし叫び鋭利な長物を容赦なく突き出したが、ハリソンの許容範囲に武器が入ったところで返り討ちに遭う。切っ先を靴先で蹴り上げ、掴み奪い上面を柄で殴る。
剣を抜くまでもなく、一本長物が手に入れば軽く振るった。自分の中の許容範囲より内側に入ろうとする人間から足の指を叩き折り、武器を投げられれば最小限の動きで避け、奪ったばかりの武器を投げ放つ。小石を投げただけで桑を投げ返された男は、咄嗟のことに身動ぎできていれば逆に首へ穴が空いていた。
やめろ、手を出すな、やばいぞと、ハリソンの容赦なさを一度知っている男達が声を上げ周囲へ距離を取るようにするがそれでも血気を発散させるように武器を降りかかる人数も絶えない。
たった一人を相手に複数で武器を前に突き出し飛び込むが、一瞬で避けられ一番右端の者から蹴り飛ばされれば将棋倒しのように全員が真横に転がった。
あまりの戦闘力差に、ハリソンの背後に縛り付けられた少年ごと死ねば良いと言わんばかりに今度は手にある武器をやみくもに大勢が一斉に投げ出した。
桑や斧、さび付いた剣に槍に大ぶりナイフに鎌と様々な鋭利物が飛べば、そこでやっとハリソンも剣を抜く。まとめて一人避けることの方が楽だったが、プライドが少年を目的に急いだ様子からもここでまだ死なせるわけにいかないと判断する。銃弾ならばまだしも、たかが素人が投じた物を叩き落とすことは難しくない。
仕方なく敢えて少年の前に立ち、そこから直撃する物だけ選び剣で弾き、叩き落とす。反射的にそのまま流れるようにナイフに手が伸びたがぐっと堪えた。今は殺して良い状況ではない。
ほんの一瞬ぴきりとハリソンの肩が躊躇で止まると同時に、人混みの後方からも一回目の声が放たれた。
「ッエルド!!早く彼らを止めなさい!!!」
叱咤に近い首領本人への怒声と、この場にいない筈の甲高い女性の声だ。




