そして促す。
「ッエルド!!早く彼らを止めなさい!!!」
叱咤に近い首領本人への怒声と、この場にいない筈の甲高い女性の声だ。
騒然とした中でははっきりと通らなかったが、後方から押しのけかき分けられる中で少しずつその声は最前列に立つエルドの耳に届いた。
今の今までハリソンの一番近くにはいたものの、一歩も動かなかったお陰でまだハリソンに攻撃もされていない。仲間が暴動を起こしかけても見ているだけだった彼は棒立ちだった。
七度目でやっと聞き覚えのある女性の声が近付いてきては自分に呼びかけるのに気付いた。
見ればテントで待っている筈の相手が騎士に囲われ守られながらとうとう最前列まで顔を出していた。腕を折られた幹部を運び出し、その後もハリソンに返り討ちに遭った者を運び避難させる中で、密集していた人の流れも変わっていた。
行き交う中に紛れ込み、アラン達に守られかき分けられながらハリソンに追いついた。何度も繰り返した言葉をまたエルドに投げつける。ハリソンを止めることは自分達にできても、武器を構え殺しにかかる貧困街の男達全員を止めることができるのは幹部がやられた今、首領である彼しかいない。
さっきまで無言で眺めるだけだったエルドだが、ジャンヌとフィリップそしておまけの騎士達の存在に気がつけば顔色を変えた。
現れた黒髪の男が同じ騎士だとやっと思い出した。またコイツらかと、殺気が湧きながら拳を握り声を張り上げる。テメェら武器を下ろせ!!!と怒鳴れば、声を拾った者から「おい首領が!!」と周囲へ呼びかけ止める。
今にもハリソン対貧困街の戦争が起きかねない暴動が、少しずつ時間をかけてだが鎮まっていく。騎士達に囲まれる形でプライドとステイルもやっと開けた場所に顔を出せば、ハリソンも無言のまま剣をしまった。
平然とした様子のハリソンに、アランは苦笑い気味に周囲を見回した。自分達がここに辿り付くまでの数分間に、何人が避難し何人が運ばれていったかとすれ違った数でも相当だ。
「ハリソン~ちょっとやりすぎじゃねぇか?」
「死者は出ていない」
ここにカラムがいればもっと的確に指摘したんだろうなと思いながらのアランの言葉に、ハリソンは一言で返す。
全員が五体満足かつ出血をした者も殆どいない状態を思えば、同じ八番隊のアーサーも心の中では確かに頷いてしまう。しかし骨折者を複数出している状態は八番隊ではないアランやエリックにとっては充分〝やり過ぎ〟の状態だった。そんな手当たり次第ボカスカしなくても、やり方はあっただろうと思う。
アランであれば幹部一人倒してから言葉で牽制し、エリックであれば幹部を倒すまでもなく所持している銃を鳴らせば充分牽制できたと思う。あの一瞬で的確に動き阻むことができたのはハリソンの手柄であることは誰もが認めるが、もっと怪我人を出さない方法はいくらでもあった。
死者は、という言葉を聞きほっと息を吐くエルドだが、しかしそこで許せる状況でもない。
一度吐いた後は再び意識的に肺に熱を込め、一度口を固く閉じて歯を食い縛る。「またテメェらか」と声を低め、騎士に守られた中心人物二人を睨み付けた。
他の貧困街の住民には体が大きな騎士ばかりが目に入るが、彼らの中心に誰がいるかもわかっているエルドにはもう耳と頭で認識できてしまう。今もこそこそと騎士達の壁の中で耳打ちをしているプライドと聞くステイルに向かい、敵意を研ぐ。
「どういうつもりだ。まさかテメェらが毒を入れさせた主犯か。それともこっちの事情も知らねぇでまた偽善ぶりたいか?」
「……彼について一度穏便に話し合いたいと、フィリップ様は仰ってる。事情があるならそれも聞かせて欲しい」
答えたのは、エリックだった。
既に彼らの主人がフィリップと、そして出しゃばるのがジャンヌという侍女だとわかっているのはエルドと限られた幹部だけだ。ここでステイルやプライドが話すよりも、ゴーグルをしていない騎士が話せば大勢からはまだ認識はされずに済む。
自分が話しかけた相手が口を開かず、あくまで護衛の口を通すやり方にエルドはチッと舌打ちを鳴らし、唾を地面に吐き捨てた。ただでさえ部外者で、不快な要素ばかりある彼らに立ち入られるだけでも腹立たしい。
事情を仲間を通して教えてやっただけでも融通を利かせたつもりなのに、更に邪魔をしてもっと聞かせろなど図々しいにもほどがある。「ふざけるな」と低めた声で荒げた。
しかし、それで怖じける者はプライド側に一人もいない。プライドがステイルに事情を説明する間だけでも、仲裁と交渉を担うことになったエリックは表情を変えずに真っ直ぐとエルドを見返した。
「あの少年がどうしてそういう事態に陥ったかもまだ確認できていないんだろ。暴力以外でも聞き出す方法はある」
「ハァッ?!さっきのヤツのこともう覚えてねぇのか?!あいつが死にかけたのもコイツの仕業だ!!殺す気でくる奴にンな話通じるか!!」
冷静に言葉を重ねるエリックに、エルドは怒鳴ればその感情のままに剣を鞘ごと振ってやったがそれも片手で封じられる。パシンッと難なくエリックに掴み返されてしまった。
鞘から剣を抜くことはできるが、それを騎士相手にすれば取り返しのつかない目に遭うのは自分であることはエルドもわかった。ギリッと歯を鳴らし握られた鞘を睨む。抜かないように横に引っ込めようとしても、握られたまま自分の力では微動だにしない。騎士相手に力で勝てるわけもない。今この場で反撃をしないでやっているのはエリックの方だ。
背後ではか細く少年の「違う」「殺す気なんか」と訴えが放たれるが、震え交じりの喉は発声も小さく近くにいるエルド達にもきちんと意識を向けられないと届かない。突然の介入に、一番状況がわからないのは助けられた本人だ。
「どうやって仲間を殺しかけたのかもわからない内から不用意に手を出すな」
「目玉ついてねぇのか?あの馬鹿が勝手に前に出た!!その後大ごとにしたのはそこの黒いのじゃねぇのか??アァ?!」
「首領なら制御できなかったお前の責任もあるだろ。怒鳴れば何でも正論になると思うな」
柔和な顔つきを今は眉を狭め険しい表情で睨み返すエリックは、そこで一度溜息を吐いた。挑発ではない、本心からの嘆息だ。
あくまで自分達が部外者で介入側、相手の事情もきちんと知らずに横入していることもわかっている。だからこそ最低限の礼儀は守っているエリックだが、交渉ではなく説教じみ意見が出てくることに自分でも呆れてしまう。
以前情報共有の際にアラン達からプライドが自ら彼に剣を突きつけて牽制したという話は聞いたが、そうなった流れが今少しわかった気がした。交渉以前に、交渉に立たせることの方が苦労する。
正論や意見で返さず、相手が折れる怯むことにばかり躍起になるからこうなると。頭では思っても、それをここで指摘すればまた論点がずれるのだろうとエリックは静かに先に理解した。同時に、こういう相手は聡明なステイルが出るほどでもないとも。
握ったエルドの剣をゆっくりと自分の顔の横から下へ下へと力尽くで下ろさせ、反対でエルドの握る手を掴み直す。「触るな」と唾を飛ばし叫ばれたが、今はそれも聞き流す。
「こちらが手荒くなったのは謝る。これ以上被害を出さない為にも一度フィリップ様と話し合って欲しい。首領のお前じゃないとこの場は収められない。……その為にも、人払いを」
この場で、と。エルドを掴み押さえたまま、今度は少し声も抑えた。ここで大声で言えば、逆にエルドが引きにくくなるのだと理解する。
話し合いならば首領テントでもできるが、それでは放置している間に青年がまた殺されかねない。
エリックの耳打ちに、エルドも目をギョロリと回し一度周囲を見回した。首領、首領、エルド、と自分が腕を掴まれていることに反応する者はいるが、会話が聞こえている様子はない。騎士一人でも壊滅しかけた貧困街が、これだけの騎士を相手に暴動になればどうなるかは元アネモネ王国の王子である自分が嫌というほど理解している。
クソッ、と今度は吐き捨てるのを堪えまた舌打ちを溢す。息を吸い上げ「テメェら!!」とエリックの耳を壊す気で喉を張り上げた。
まだ自分が取り押さえられる前に、地面に膝を付かされない内に、無様な姿を見られる前に先手を打つ。
一度引け、こいつらに話がある、と。
そう、あくまで首領としての体裁を守ったまま命じた号令に、逆らう者はいなかった。




