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第65話「Ver.烈火 ――変幻自在の王――」

 炎の中から姿を現した陽斗は、雰囲気もそうだが、その装いも変化していた。

 一仕事を終えて戻ってきた澪の眼に映ったのは赤、朱、紅。


「おおっカッコイイっす!」


 澪が興奮した面持ちで拳を握る。

 一方のソフィーは陽斗のオーラを間近で受け、ビリビリと鳥肌を立てていた。


(この存在感……澪と戦った時と同じ……いやそれよりもっと上?! それに……)


 ソフィーは陽斗の姿に強烈な既視感を覚えていた。


「その赤髪赤目……じゃああの時のは……!」


 自分がピンチの時に助けに来てくれたのが陽斗だった。

 そして自分を抱き起こし、あの言葉を言ったのが――。


『――――』


 ソフィーの脳内で陽斗の言葉がリピート再生されると、ボフンとソフィーの顔が赤く染まった。


(え、うそ……何これ?! ……そう熱いから! ハルトが……熱いから……)


 実際陽斗の周囲は陽炎のように歪んでいる。

 三人の視線を一身に集め、陽斗は泰然と佇んでいた。


 額に巻いた赤のハチマキは尻尾を長くたなびかせ、ボタンの留まっていない紅い長ランもまた風に煽られたように波打つ。

 中のシャツは白いが、ズボンにブーツにバンテージ(拳を保護する)にと、装備の全てから紅い燐光を撒き散らしている。

 さらに背中には大文字焼きの如く、『天火無双』という文字が背中に張り付いていた。それはさながら金炎の刺繍。


「澪、ご苦労だったな。後は俺に任せろ」


 陽斗は入れ違いに澪の肩をポンと叩き、巨大ゴーレムの方へと歩き出した。

 澪は頬を上気させてその背中を見つめていたが、やがてハジメの様子がおかしいことに気付く。


「……どうしたんすか? そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいた顔して」

「だって……なんで彼は髪や眼まで赤くなってるの?!」

「あれは全属性持ちには普通のことじゃないんすか? 前に火属性の魔力を発揮した時もああなったっすよ」

「……心珠の力無しで魔力を発動させたことも驚きだけど、普通は髪や目まで紅くはならないよ?! ってか彼だけズルい! ぼくの時は黒髪黒目であの格好だったんだよ?! 彼のことも似合わないって笑ってやろうと思ってたのに! 恥ずかしい呪いを受け継がせてやろうって……あれじゃただカッコイイだけじゃん?!」

「…………」


 駄々をこねる子どものように取り乱すハジメに、ソフィーはなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。

 それに対して、澪はようやく合点がいったとばかりにポンと手を打つ。


「もしかしてセブリアント王国を興した後、初代が魔法を使ったという記述の文献がなかったのは……」


 澪は図書館で空属性や全属性を持った初代の魔法について調べたが、徒労に終わったことを思い出す。


「若い時はノリノリでファンタズマの各属性分の装備のデザインをしたんだけどさ、齢とってくるとキツくてだんだんと黒歴史に思えてきたから封印したんだ」

「……では王が戦うのはいざって時だけって、遠い目をしながら言ってたのも……」


 ソフィーはまさかという思いから、苦い顔をしながらもハジメに訊ねた。


「なるべくなら戦わないための方便?」

「台無しよッ! いろいろ台無しッ!」


 ソフィーがそう叫ぶと、祭壇の上になんとも言えない気まずい沈黙が降りる。

 それを最初に破ったのはハジメだった。悠然と歩みを進める陽斗の方を見ながら、


「いや……でも凄いね彼。まさかここまでとは」

「髪や目まで赤くなることに何か心当たりがあるっすか?」

「多分だけど」


 ハジメはそう前置きしてから語りだした。


「この世界の人々はみんな、髪や眼の色がカラフルだよね? 地球では考えられないくらいに」

「そうっすね。緑とかの髪の色も自然ではありえないっすね」


 ソフィーは澪の視線を感じて、「え?」と首を傾げる。


「それはおそらくこの魔力濃度の濃い世界で、どれかしらの魔力の属性に適した結果なんじゃないかと思うんだ」

「マンガなんかでよくあるように、髪や眼の色と同じ属性が一番得意になるってことっすか? 魔法使いでなくても?」

「そう、そしてそれは通常一種類。まあ髪と目の色が違ったとしても、多くて二種類が上限のはずだ。だが彼は違う」


 ハジメの声は僅かに上ずり、静かに興奮しているのが傍目にも見ていてよく分かった。

 澪やソフィーもまた「あのセブリアント初代国王が興奮する陽斗の力」ということで、知らず知らずのうちに息を呑む。


「彼は全属性に適正を持つ。おそらくその時々によって、能力アビリティとして身体を属性に合わせて変化させているんじゃないかな。名付けるなら――」


 ――虹の器オールマイティ・ポテンシャル

 ハジメは属性に合わせてと言ったが、もちろん能力のオンオフは出来る。例えば火属性の魔法を発動するからといって、必ずしも『虹の器』を発動させて髪と目の色を変える必要はない。


 また他属性の魔法も、多少効率は落ちるが、問題なく使える。

 ただ、ファンタズマ・虹の器・魔法。全ての属性を合わせた時の威力は計り知れないものとなるだろう。


「虹の器……」

「装備だけじゃない……本人すら変幻自在。――本物の変幻自在の王……彼は間違いなくぼくを超える器だよ」

「やっぱり陽斗様は凄いってことっすね!」


 その陽斗が今、20m級超巨大ゴーレムの足元に立った。



   ■



 陽斗はビルのように聳えるゴーレムを見上げる。

 体の大きさでは比較にならないが、しかし陽斗の存在感はゴーレムのそれを遥かに大きく上回っていた。

 ゴーレムも自身に比べ、矮小なはずの者から発せられる迫力に呑まれて動けない。


「来ないのか? デカイのは図体だけで、存外小心者らしい」


 陽斗の挑発をゴーレムが理解したのかは定かではない。

 しかしゴーレムは直後に、グオオオォ! という雄叫びのような駆動音を上げて、拳を振り上げる。

 視界を覆い尽くさんばかりのゴーレムの拳に対し、陽斗はたった一歩。


「…………」


 ゴーレムは己の攻撃に手応えがなかったことを察すると、陽斗の姿を探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせる。

 陽斗は何十mも離れたところで、ブーツの感触を確かめるようにトントンとつま先で地面を叩いていた。


「少し飛びすぎたか」


 ゴーレムは怒ったように胸を張り、ラッシュを繰り出してきた。

 陽斗は次はとばかりに紙一重で避け始める。


「……こんなものか」


 やがて“準備運動”を終えた陽斗は、パンチの嵐の只中でピタリと足を止めた。

 後方の祭壇から「危ない!」という、どちらかの少女の叫びが耳朶を打つ。

 しかし陽斗はそれに耳をかさず、唸りを上げて迫り来る拳を、動きを止めて無言で睨んでいた。



   ■



「危ない!」


 声を張り上げた後、ソフィーは拳骨に陽斗が潰される光景を思い浮かべて思わず目を背けた。


「…………」


 澪はソフィーのように取り乱してはいないものの、固唾を呑んで陽斗を見守っていた。

 ただ唯一、ハジメだけはニヤニヤとしている。


 あまりに速い拳に舞い上げられた砂塵が晴れてくる。


「陽斗様っ!」


 喜色を滲ませた澪の声にソフィーが恐る恐る視線を向けると、明らかにトン単位の衝撃はあったであろうゴーレムの一撃を、片手で受け止めている陽斗の姿が目に飛び込んでくる。

 ソフィーは唖然として、声にならない口の動きで「ありえない」と言う。


「アハハッ! 彼、最後の最後で少しビビったね!」

「……そのようには見えないっすが?」

「まさか。あの程度の攻撃、ファンタズマの火属性形態――『Ver.烈火』なら小指一本で受け止められるよ。ぼく以上である彼だったら何もしないままモロに受けても平気だったかもね」

「……ふ、ふふふ……」


 いきなり不気味な笑い声をあげた澪に、ソフィーが「ど、どうしたのよ?」と引き気味に訊ねる。


「ふふふ……ついにこれの出番のようっすね……!」


 バッ!

 澪はどこからともなく「うちわ」を取り出し、両手に持って振り上げた。


「うぉぉ! 陽斗様カッコイイー!」


 うちわには、「陽斗様LOVE」と「陽斗様SUGEEE」の文字が描かれている。


「そ、それ用意してたのかい? いつか彼が活躍すると信じて? 重い……重いよ……」


 ハジメは話題をそらすように「そういえば」と呟いた。


「ところで彼、なんだか性格まで変わってるみたいだけど。なんか急に雰囲気も偉そうになって」

「それアタシも気になってた」


 澪は以前にも一度、陽斗の雰囲気が変わったことを話す。


「ふーん……まあ、おそらくそれも能力だろうね。……でもなんとなく分かるなあ、彼がその能力を持つ理由」


 ハジメはどことなく羨望の眼差しで陽斗を眺めていた。


「それは?」

「ぼくも国を作った後は、王としてそれなりに苦労したからさ。特に辛かったのは部下の心を離さない為に、王様らしく振る舞わなきゃいけないことでさ。演技でもあれ、すっごい疲れるんだよね」

「初代……」ソフィーは少し躊躇うように様、と付けた。「……は威厳ある王として相応しい方だったと伝わってますが……」


 何故ソフィーは幻想を壊されると知って、そういうことを聞くのか。

 澪は少し不思議に思いながら耳を傾けていた。


「うん、それ演技。内心はいつバレるかとヒヤヒヤ。冒険者時代の仲間たちはぼくの素を知ってたから、それが救いだったよ」

「え、演技……」


 案の定ソフィーは涙目で微妙な顔をした。


「まあそんなぼくの苦労が、血に受け継がれていって、歴代の王の中でノウハウを吸収。ぼくとほとんど同じ境遇である彼に発現したって感じかな」

「前の時も火属性の魔力を使っていた時だったんすけど、戦っている時だけしか発動しないんすかね。その能力」

「能力と言っても、力の源はやはり魔力だからね。無属性の魔力では発動できなかったか……もしくは必要なかったからとかじゃないかなあ。たぶんこれからは自由に発動できるようになると思うよ」

「いつでも……自由に……発動できる……オレ様な陽斗様……」


 これが漫画であったのなら、澪の頭上には心象風景を表す吹き出しが飛び出していただろう。

 数秒後、澪は「……ぐふ」と気持ちの悪い笑みを漏らした。


「な、なにを想像したかは聞かないでおくよ。……それより能力なら名前が必要だよね。そうだなぁ……」

「あ、ちょっと待って欲しいっす。今度は私に名前つけさせて欲しいっすよ」

「ん? いいよ」


 陽斗が戦闘中にもかかわらず呑気に会話をかわし続ける二人に、ソフィーは「緊張感なさすぎ……」と呆れる。

 考え込んでいた澪が、やがて頭の上に豆電球を浮かべた。


「決めたっす! あの能力の名前はブラッド――<虹族の血ブラッド・オブ・セブリアント>っす!」


 澪が導き出した命名にハジメが唸る。


「いいねぇ。ぼくはピエロとかクラウン、マスク、オーバーロードなんかの単語を考えたけど、<虹族の血>か。いいね、シンプルさが逆にカッコイイ! 気に入ったよ」

「ふふん。私が陽斗様の為に考えたんだから当然っすよ」


 ハジメが快活な――幽霊に適切な言葉かは分からないが――笑い声を上げた。


「ああ、僕も<虹族の血>があれば、国王政務も楽だったろうなあ」

「発動中のことは全部憶えていて、後で悶絶するほど恥ずかしくなるそうっすけどね」

「うわ……それも嫌だな。でも彼は恵まれてるなあ。まさに王になるべくして生まれてきたって感じだね」

「ふふん」


 澪が我が事のように誇らしげに鼻を鳴らすと、特に示し合わせることもなく、全員が陽斗の方を見遣った。


「そろそろ決着を付けて欲しいね」


 ハジメは楽しそうに、澪はうちわを振り回し、ソフィーが心配げに。

 三者三様の視線が見守る中、陽斗VS超巨大ゴーレムは最終局面に突入する。



   ■



 片手一本でゴーレムの突きを受け止めた陽斗は、力に押されて後退ることすらなく、1mmも元の位置から動いてはいなかった。

 ゴーレムとは反対に、陽斗はトンッと軽く手の平を前に押し出す。それだけで石の巨兵はバランスを崩されて倒れこんだ。


 ――ドゴオォオオオオンッ!


 という爆発音のような衝撃は神殿全体を揺らす。


「思ったより軽いな……」陽斗は手を握ったり開いたりして手に入れた力を確かめる。「……もう少し性能テストに付き合ってもらうぞ」


 起き上がってきて再びブローを放ってくるゴーレムと、拳を合わせるようにパンチを撃つ。

 紅いバンテージが巻かれた握り拳は僅かなタメで音速を超え、ほんの少しの抵抗も感じさせずにゴーレムの拳を右腕ごと破壊した。


 一見柔らかそうに見える陽斗の装備だが、そこは史上最高と名高い魔導技師のロデリカと心珠ストーンが生み出した装備。しっかりと陽斗の拳を守っていた。

 陽斗はゴーレムを鋭く見据える。


「もう一度だ」


 陽斗の視線にも声にも、そういう・・・・力はない。

 しかし睨みつけられ声を投げかけられた者にとって、王の威厳滲む陽斗の雰囲気は、つい従ってしまいたくなるような強制力カリスマを持っていた。

 突き動かされるようにゴーレムは、残った片腕を最大の力を持って差し出す。


「今度は――足」


 空手で言う回し蹴り。

 身体は正面を向いたまま小さなモーションで、陽斗はゴーレムの拳に合わせてハイキックを繰り出す。

 山が崩れるような轟音を響かせ――やはり勝ったのは陽斗であった。


「だいたい分かった……ご苦労だったな」


 陽斗は両腕を失ったゴーレムに向かって、「後は休め」と言わんばかりに労いの言葉をかけた。

 しかし攻撃し続けることをプログラムされたゴーレムは動作を停止しようとはせず、今度は足で陽斗を踏みつけようとする。

 陽斗は嘆息し、


「恨みはない。が、飽くまで俺の前に立ち塞がるというのなら容赦はしない。……千年も前から俺を待っていたという礼だ。お前には俺が引導を渡してやる」


 ゴーレムの土踏まずのない平らな足裏は、今度こそ地面まで踏み抜くことが出来た。

 しかし手応えは全くなく、足を持ち上げてみてもそこに陽斗の姿はない。


「――こっちだ」


 陽斗はゴーレムの脇にある柱を、高速で垂直に駆け上がっていた。

 天井まで伸びる柱は当然、ゴーレムの頭よりも高い位置まで伸びている。

 陽斗はタンッと軽快に柱を蹴って、空を舞った。


 腕のないゴーレムでは、この位置にいる陽斗をどうにかすることなど出来るはずもなく、陽斗のあざやかな身のこなしに魅入るかのように身体を硬直させる。

 キラキラと燐光が陽斗の軌跡を追うように舞う様は、文字通り木石の如きゴーレムであっても見惚れてもおかしくないほどに美しかった。


 陽斗はくるんと一回転。

 極大級の威力とまるで迅雷のようなスピードを持って、ゴーレムの頭から股下へと一直線に踵を落とした。


 そして膝を曲げただけで、衝撃を殺しきる見事な身のこなしを見せて着地する。

 陽斗は祭壇の方へと歩き始め、背後に向かって呟いた。


「――いずれ直してやる」


 直後、ゴーレムは千年の仕事を終え、ガラガラと崩れ去っていったのだった。

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