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第66話「帰還 ――終わらない関係――」

 祭壇へと帰ってきた陽斗はファンタズマの装備を解いた。

 制服と外套という異世界での常服へと戻ると、陽斗はその場に崩れ落ちる。


「陽斗様ッ!」


 さすがの陽斗も魔力切れかと澪とソフィーが慌てて近寄った。


「ハル――」

「また……」

「え?」

「またやっちまった……」


 陽斗は頭を抱え込み、羞恥に悶える。


「またあんな偉そうな態度……何が――『澪、ご苦労だったな。後は俺に任せろ』――だよ! しかも肩ポンに加えて、あんな鋭い目を作って……カッコイイつもりかよ……後の俺のことも考えろよ……別人格って訳でもないのが、余計にたち悪い」


 ソフィーが何これと澪に目を訊ねると、彼女は陽斗の傍にしゃがみ込んで、慰めるように背中に手を置いた。


「陽斗様カッコ良かったっすよ! ファンタズマの装備も『虹の器』も『虹族の血』も!」

「……虹の器? 虹族の血? なんだそれは?」


 澪が陽斗の能力アビリティについて説明すると、その時間が彼に少しだけ立ち直らせる元気を与えた。二回目だというのも、これだけ復活が早い理由の一つだろう。


「身体が全属性に適正を持つ『虹の器』に、王としての態度を自然に取る『虹族の血』か……前者はいいとして後者がなあ……俺も澪みたいな魔眼が良かったぜ」

「贅沢言わないの。能力は一つでも、六国で将来を約束されるほど稀少なのよ? アタシだって持ってないんだから」


 陽斗がバツの悪い顔をすると、それまで黙っていたハジメが口を開いた。


「ところでファンタズマの具合はどうだった?」


 ハジメが空気を読んだとは到底思えないが、なんと言って良いか迷っていた陽斗は渡りに船とばかりにハジメの話題に乗る。


「めちゃくちゃ凄かったぜ! 力が止め処なく溢れてくるっていうか、これなら誰にも負けないって思えた。赤の長ランもカッコ良かったし」

「だろ! 長ランには漢のロマンがあるよね!」


 意外にも陽斗が理解を示した長ラン談義に花を咲かせること数分。

 話が一段落すると、陽斗は悲しげに呟いた。


「はあ……それにしてもこれからまた心珠を探して世界中を回らなきゃいけないのか……」


 郷愁に満ちた声音。

 陽斗の願いを叶えてあげられなかった澪は無念そうに唇を噛み、ソフィーがその心情を慮って悲痛げに顔を歪めた。


「そうだねえ。自分で心珠を世界中に飛ばしておいて何だけど、ぼくとしては早く集めてほしい。まあでもその前に一旦帰郷して骨休めでもしたらどうだい?」

「それができたら苦労は……って、え?」


 三人の視線が一斉にハジメに集まる。


「いま、何て……?」


 ハジメは確信犯的にニヤリと口を吊り上げ、


「だから一旦、地球に里帰りでもして、心珠集めの英気でも養ってきたらって言ったのさ」

「ちょっ、は?」


 混乱する陽斗に代わって、澪がその疑問を口にする。


「……空属性の魔力は心珠を全部集めなきゃ使えないんじゃないっすか?」

「そうだよ。でも現時点で帰れないとは一言も言ってないなあ……ぼくの話を聞かないと帰るのが遠ざかるとは言ったけどね」


 陽斗が心珠を全部集めるまで空属性の魔力が使えず、帰れないと知った時にハジメはこう言った。


『まあまあそのことはひとまず置いといてさ。……それの使い方知りたくない?』

『聞かないと、ますます帰るのが遠ざかるんじゃないかな?』


 陽斗はこの言葉を『心珠の使い方を覚え力を得て、残りの心珠集めを効率よくこなさないと帰るまでどれだけ時間が延びるか分からない』という意味で取った。

 しかし実際は『ぼくの話を聞かないと、意地悪して今すぐ帰る方法を教えてあげないよ』という意味だったのだ。

 しかも陽斗たちが勘違いすると分かって、わざとどうとでも取れる言い方をしている。


「は、はああああああああああああっ!?」


 陽斗とてこれはさすがに怒る。

 澪も、


「光属性の魔法で除霊してやるっす」


 と不穏な空気を漂わせながら呟いた。


「……やっていいわよミオ」

「え、メイドの彼女は水属性だけじゃなくて、光属性も使えるの?! 待って待って! それはシャレになってない! っていうか緑髪の彼女はぼくの味方じゃなかったの?!」

「……アタシの初代様への憧れは本の中だけにしておくわ」


 ソフィーは視界から追い出すようにふいっと顔を背け、澪が呪文を唱えだす。


「ぼくを本当の過去の人にしようとしてる?! いや既に死んでるけどさ! ――わっ、ちょっとその詠唱マジなやつだよ! ぼくが成仏したら帰る方法分からなくなっちゃうよ?!」


 帰る方法が失われると言われてしまっては、これ以上手を出すことはできない。

 澪は口惜しげに魔力を散らした。


「ふう……じゃあ教えるよ」


 三人は地面に座ることにした。ちょうど教師と生徒のような構図になる。


「君たちは魔導陣というものを知ってるかい?」


 三人は顔を見合わせ頷いた。

 魔法魔術学院に体験入学したことなどを、代表して澪が話した。


「全員が魔導陣学の教科書に目を通したわけか。これは話が早い。じゃあ陽斗君に答えてもらおう。魔導陣の意義とは?」


 また誤魔化そうとしているのではないかという疑念はあったものの、陽斗は答える。


「『詠唱に魔力を載せることが出来ない者に魔法の恩恵を与えること。そして同一魔法の反復発動における手続きの省略』」

「正解! でもおかしいと思わない?」

「何がだ?」

「――『意味ある言葉。そして意思ある言葉には自然と力が宿る。その力こそ魔力である』」


 澪が魔法発動のプロセスの一つである『詠唱』の大前提を述べた。


「そう! メイドの彼女は分かってきたみたいだね」


 陽斗とソフィーは二人の理解に追いつけない。

 ハジメは説明を続けた。


「詠唱はこの世界で代表的な『意味ある言葉』だ。その羅列を口にすれば誰でも半自動的に属性魔力を体外に放出できるからこそ、無詠唱ではなく詠唱魔法が主流になってるんだ。じゃあ、魔導陣学の言う『詠唱に魔力を載せることが出来ない者』っていうのは誰?」


 ここまで言われれば、鈍い陽斗にもハジメの言わんとしていることが理解できる。


「――全属性持ち……」


 その通りとばかりにハジメは笑みを浮かべた。


「1000年前には魔導陣なんて概念は存在しなかった。心珠に出会う前になんとか属性魔法を使えないかと思って、ロデリカと協力して編み出したのが魔導陣なんだ」


 ソフィーがはたと思い出したように顎に指を当てる。


「聞いたことがあるわ……確かに魔導陣は詠唱を必要とせずに魔力を吸い取って自動で発動してくれるけど、人間に『詠唱に魔力を載せることが出来ない者』がいないから、主にゴーレムなんかの魔導兵器の分野でしか研究が進んでいないって……でも、魔導学の創始者であるロデリカの残した本に記された意義の『者』の部分を、ゴーレムを主軸に据えた表現に変えてもいいかどうかで、学会が今も二つに割れてるって」

「え、じゃあ何か? 俺は魔導陣を使えば、今までも魔法が使えたってことか?」

「まあね」

「まじかよ……」


 試さなかったことを悔いる陽斗に、ハジメは手をひらひらと振った。


「普通にやったんじゃ、使えなかったろうから気にしなくていいよ。それに体内での全属性の混合は強力だ。魔導陣で必要な魔力を引き出すには、クオリティも高めなきゃいけないし、条件というか制約もある」


 一週間――『火の日』から『空の日』までの属性を冠された七日間――の曜日に対応した属性でないと、全属性持ちは魔導陣での魔法は使えない。

 奇しくも今日は空の日であった。


「魔導陣のクオリティって、筆記具として製造されたもので描かなきゃダメとか、色も重要っていうアレのことっすか?」


 陽斗程ではないが、記憶力の良い澪が教科書の内容を基に訊ねる。


「そ。だから君たちはには今からぼくが言うものを取ってきて欲しいんだ。虹宮か……今は虹族って呼ばれてるんだっけ? その人たちが保管してくれてるんじゃないかな。ぼくが愛用してた、書くと液体状の銀が出てくる魔法のペン」

「え”っ」


 陽斗はできれば騒ぎになりそうな自分の正体は隠しておきたいと思っている。

 陽斗が見知っている虹族はアリサだけだが、自分の正体を明かさずに初代の遺品を譲ってくれと言って素直に渡してくれるはずがない。


「他のもので代用はできないんすか?」


 澪が陽斗の意を汲んだ。


「うーん……普通の人が使う以上の条件があるからなあ」


 この世界に無知な二人よりは自分の方が役に立つと思ったソフィーが、ハジメにその条件を訊ねた。


「筆記具として作られたものであること。色は銀色または白色。に加えて筆記具の全身が同一の物質で作られたものであること――ボールペンとかはダメってことね。魔導陣を書く間もインクとなる部分に触れ続けないと魔力が上手く伝わらないから。それから原材料の組成に金属原子を含んでいること――アダマンタイトとかミスリルとか聞いたことある? 魔力と金属って相性いいんだ……ざっとこんなものかな」


 陽斗は四つの条件を聞き、眉間にシワを寄せる。


「この世界の筆記具って羽ペンとインクだぞ……どうやってそんなの用意するんだよ。ソフィーは今の条件で何か心当たりあるか?」

「……一部聞き取れない箇所があったんだけど」


 ソフィーは原子を知らなかった。

 教養を感じさせるソフィーが知らないとなると、一般的ではないか、そもそも概念自体存在しないのだろう。


「はあ……」

「今、バカにしたでしょ」

「し、してないしてない!」


 例え地球であっても、条件に当てはまるものを陽斗はすぐには思いつけない。

 陽斗がここは腹を括って、自分の正体を虹族にだけでも明かすしかないかと諦めかけていると、澪が勢い良く手を挙げた。


「……澪?」

「私、その条件に当てはまる物、持ってるっすよ!」


 陽斗は驚きに目を見開く。

 澪はごそごそとポーチの中に手を入れ、自分でじゃじゃーんと言って白く細長いものを取り出した。


「そ、それは?!」


 陽斗はそれを知っていた。いや、日本の学生で知らないものはいないだろう。


「チョークっす!」

「なんでそんなの持って……あっ!」


 陽斗の記憶に思い出すものがあった。

 それはこの異世界へとやってくる事になった日。授業中、陽斗は居眠りをして教師にチョークを投げられた。

 そのチョークは誰の手によって掴み取られたのだったか。


「ああ! あの時の!」


 陽斗が滅多にしないアハ体験に、満面の笑みを浮かべる。


「そうっす。あの時なんとなく掴みとったチョークを先生に返さずにポーチに仕舞っておいたのが、こんな形で役に立つなんて思わなかったっすけどね……これなら条件を満たしてるっすよね?」


 澪の最後の言葉はもちろんハジメに向けられたものだった。


「そのチョークは炭酸カルシウムで出来てる? ……ならOKだ! それを彼に渡して」


 陽斗はハジメの指示に従い、神殿の床に魔導陣を描いていく。

 書き終わると、陽斗と澪は躊躇いなくその上に乗った。


「じゃあ、あとは行きたい場所を明確に想像しながら、魔力を流せば自動で空属性の魔力を選別して引き出してくれるから……またね」


 ハジメはバイバイと手を振った。

 陽斗は寮ではなく、実家の自室を想像しながら魔力を流す。

 すると白銀の光が魔導陣から溢れだし、陽斗たちを包み込んだ。


「色々世話になったな……」陽斗は魔導陣の外にいるソフィーへと向き直る。「……ソフィーも、元気でな」


 陽斗が感傷に浸るように言うと、澪もまた口を開いた。


「え? ソフィーは一緒に行かないんすか?」

「は?」


 ソフィーへの別れの言葉を告げると思われた口は、何故か陽斗に向けられていた。

 ソフィーもまた、


「行くわよ?」

「ん?! んんっ?!」


 一人だけ違う認識に戸惑っていると、ソフィーがひょいと魔導陣の上に乗る。


「ちょ、え?! ……なんでソフィーが付いてくるんだよ?!」

「行っちゃダメなの?」


 ソフィーの予想外の質問に、陽斗は目が点になる。


「えっと……ダメってことはない……のか? でも異世界だぞ?! 怖くないのか?!」

「アンタ達と一緒だし、行き来できないわけじゃないんでしょ?」


 陽斗がハジメを振り返ると、あっさりと肯定してしまった。


「一週間に一度の片道だけどね」


 退路を断たれたとはこのことだと陽斗は思う。


「それにアタシ、ニホンに行ってみたかったのよね。またカップメンが食べたい!」

「いや来るならもっと美味いもの食わせてやるよ! ……ってそうじゃなくて!」


 陽斗がソフィーとすったもんだの押し問答をしていると、澪が陽斗の肩をガシっと掴んだ。


「陽斗様!」

「今度は何だ!?」

「行き先のイメージはちゃんとしてるっすか? なんかもうすぐ発動しそうっすよ!」

「あああああああああああっ! してな――」


 陽斗は最後まで言うことが出来ず、彼等三人の姿が神殿内から掻き消えた。

 ポツンと一人残されたハジメの苦笑の音が、神殿の空気を震わせる。


「あれは行き先のイメージできてないなあ。転移系の魔導陣には全部、緊急避難用の回路が組んであるから、イメージがなくても発動自体はできちゃうんだよね……その場合どうなるんだっけ?」


 ハジメは脳味噌のない頭を捻り、しばし考えこむ。


「あ、思い出した。行ったことのある土地にランダム転移だ! ……まあ地球には戻れてるでしょ」


 ハジメはふふっと笑いを漏らし、そろそろ眠ろうとしたところで気付いた。


「そういえば心珠は地球にも飛ばしたって言ったっけ? ……まあいいか。心珠が近くなればファンタズマが教えてくれるしね」


 ハジメは今度こそ、パッと姿を消した。

 神殿が静寂に包まれる。



   ■



 六国の東に位置する火の国。

 夜も大分更けた時間。その男は今日の仕事を終え、日課になっている月見酒を楽しもうとテラスへと出る。

 ワインを片手に上機嫌に設置されている椅子に腰掛けると、最近弛んできた腹の脂肪が揺れた。


 この世界の双子月は、日毎にその色を変えて楽しませてくれる。

 火の日なら赤。水の日なら水色といった具合だ。


「――っと今日は空の日だったか。だがそれはそれで乙なものだな!」


 ガハハと笑い、男はワインを口に含む。

 そして空を見上げると、


「――ブフーッ!」


 反射的にワインを吹き出した。


「な……あ……!」


 男は驚愕に目を見開いているにもかかわらず、自分の目を何度も疑う。

 空の日は一週間に一度の新月――昏い月の日だったはず。これは500年前・・・・・からずっとそうだ。

 にもかかわらず今日の月は白銀の色を湛えて、世界を照らしている。


「なんっじゃこりゃああああああああああっ!」


 顎が外れんばかりの男の絶叫が、広い建物中に響き渡った。

次回、第二章エピローグ!

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