第64話「再びの覚醒 ――王が戦う時――」
陽斗はゴーレムへと向かう少女たちの背を焦りとともに眺めていた。
「ほら、やらないの?」
「や、やるよ!」
そう言いつつも、陽斗はどうしても澪とソフィーのことが気になるようだった。
ハジメは「ふうー……キャラじゃないんだけどな」と重たく溜息を付いて、視線を鋭くする。
「じゃあ集中しろ。ぼくの……ぼくたちが作り上げた力は片手間に扱えるものじゃないよ」
おちゃらけた雰囲気が鳴りを潜めたキツイ物言いに、弾かれたようにハジメを振り仰ぐ。
陽斗に向けられる細められた双眸は「本気でやらないなら教えないよ」と語っていた。
「くっ……」
陽斗は歯を食いしばり、断腸の思いで澪とソフィーから目を切った。
「やり方教えろ! とっとと使い方覚えて、助けに行くぞ!」
ハジメは相好を崩し、
「生意気すぎ……じゃあもっともっと魔力込めるんだ。そんなんじゃ全然足りないよ」
陽斗はありったけの魔力を剣に注ぎ込んだ。
が。
「な、なんで何の反応もないんだよ?!」
「慌てない。魔力の方は合格だけど、イメージが足りない。魔法はイメージだよ」
「お、俺は魔法使ったことないんだよ。イメージってどんなだ?!」
「今最も必要な力。あっと――」
「――ふんっ!」
「おいおい……」
陽斗は目をギューっと瞑り、アドバイス通りに『今最も必要な力』をイメージと共に魔力を練り込んだ。
(……二人を守る力が欲しい。これ以上俺のせいで二人に怪我をさせたくない……!)
しかしやはりファンタズマはピクリともしない。
「な、なんで――?!」
陽斗が苛立ち紛れに叫ぶ声は、ドッガッーン! という大音量にかき消され、陽斗は心臓を鷲掴みにされたような悪寒に襲われた。
「澪! ソフィー!」
やがて壊された柱のすぐ傍からソフィーが姿を見せ、陽斗は人心地がつく。
一方のハジメは実体がないくせに意味があるのか、手を拡声器のようにして大声を出した。
「あ、ごめんね。言い忘れてたけど、その柱は雰囲気作りのために置いてあるだけだから、割と簡単に壊れるよ」
緊張感のないハジメの言葉が神経に触るも、さっさとファンタズマを発動できない自分が悪いと理解している陽斗は何も言えない。
ハジメに文句をつけるのならば、それはこの戦いを終わらせてからだ。
だが焦れば焦るほど、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。
幾度挑戦しただろうか。陽斗の時間感覚はすでに失われていた。
「ふ、ぐぐぐぐ……」イメージとともに魔力を込める……がまた失敗。「……だぁ! なんでうんともすんとも言わないんだよ!」
「もっともっと強くイメージしなくちゃ」
ハジメの気楽な口調が陽斗を苛立たせる。
「――やってるよ! やってるのにできねーんだよ!」
仲間は陽斗がファンタズマの力を引き出せないせいで、今も攻撃の効かない相手にただ躱すだけの戦闘を続けている。
陽斗は目尻に涙さえ滲ませて、うわ言のように繰り返した。
「くそっ、俺がやらなきゃいけないのに……俺があいつらを守らきゃ……!」
そんな陽斗の脳裏にはベイルスツァートの言葉が掠めていた。
陽斗はあの後色々と考え、彼のどの言葉が心にしこりを残したのかを理解した。
陽斗はドラゴンにさえ立ち向かう男だ。本当の意味でモンスターを怖がっているというわけではない。
陽斗は己のせいで仲間が死ぬのが怖いのだ。
(もし……もし俺のせいであの二人が……)
陽斗の焦りが強くなる。
頭から最悪の想像を追い出し、もう一度もう一回。
しかし魔力を剣に注入し強くイメージをしても、ヒナを助けた時のような高揚感がやってくるようなことはなかった。
「くそ!」
陽斗は近くにいる存在にすら気付かないほどに取り乱している。
ハジメは陽斗のそんな様子を見て、得心したように話しかけた。
「――君はあの二人を守るための力をイメージしているのかい?」
「ああ?! 当然だろ! 早くしないと二人が……!」
「それじゃダメだね」
「――え?」
陽斗は思わず、ハジメを振り返る。
「な、なんでだよ! お前が今必要な力を想像しろって……!」
「君が最後まで聞かなかったんだろ? 分かってると思って言わなかったが、今君に必要なイメージは相手を破壊する圧倒的な力だ」
「――っ!」
「そもそもファンタズマに限らず火属性や炎属性の魔法が司る象徴は『純粋な力』。誰かを守るためだとか『目的のための手段としての力』のイメージじゃ、普通の魔法は発動できても、属性の到達点たるファンタズマの力は発動できないよ。『純粋な力』ってのは、それ自体が目的で自己完結的じゃなきゃいけない」
ハジメは力強く「だから!」と言って、
「一旦でもいいからあの子たちのことは忘れろ! 敵のことも考えちゃいけない。自分のことだけを考えろ! 圧倒的な力を手に入れた自分の姿を想像するんだ!」
「でも……!」陽斗は悔いるように過去の己を呪うように思いを吐き出す。「そんなのちょっと前までの俺と何も変わらない! 防御も仲間の危険も顧みず、考えなしに敵に突っ込んで澪やソフィーに何度もフォローさせてた! ソフィーに怪我させちまった!」
陽斗のまぶたの裏に焼き付いているシーンが二つある。
一つは陽斗自身が言ったように、陽斗を庇ってヨツアシアタマに体当りされて倒れこむ姿。そして己の考えなしな行動のせいで幼馴染を死なせかけたと悔いるベイルスツァートの暗い表情が、交互にフラッシュバックしていた。
(もし俺のせいで二人が死んだら悔やんでも悔やみきれねーよ……! 二人のことを一瞬でも考えないなんて無理だ……!)
ハジメは呆れたようにガシガシと頭をかいた。
「はぁ……それじゃいつまで経ってもファンタズマの力を引き出せないよ」
「くそぉ……!」
陽斗はハジメのアドバイスに従って、必死に澪とソフィーのことを意識から追いだそうとした。
しかし追いだそうとすればするほど、二人のことを考えてしまうドツボ。
そしてベイルスツァートの声が頭にちらつくのだ。
『あんな攻撃一辺倒な戦い方をしてたらいつか仲間を殺すよ』
――だから色々考えて戦おうとした!
『――いつか仲間を殺すよ』
――でも今だけは二人のことを考えちゃいけないんだ!
『いつか仲間を殺すよ』
――うるさい!
『いつか仲間を殺すよ』
――うるさい!
『いつか仲間を殺すよ』
――うるさい!
『いつか――』
陽斗はとうとう頭の中の声に言葉を返そうと、
「うる――」
「バカハルト!」
「?!」
唐突に胸に感じた痛みに、瞑っていた目を開ける。
陽斗はいつの間にか目の前にいたソフィーに、胸ぐらを掴まれ至近距離で睨みつけられていた。
「ちょっと聞いてたらイライラする会話ばっかり! アタシも! 澪も! 誰もアンタに守られなきゃいけないほど弱くない!」
「――! でも……」
「でももへったくれもない! アンタが前衛で無茶やるのを、アタシが何回フォローしたと思ってんの!」
「…………」
「数えきれないんでしょ! これがどういうことか分かる? アンタよりアタシの方が強いってことよ! アタシより弱い分際で守らなきゃとか何カッコつけてんのよ! ……思い上がりもいい加減にしなさい。女だからって守られる側だと思ったら大間違いよ」ソフィーはすうっと息を吸って大声で一喝した。「……アタシたちをバカにするな!」
陽斗はただただソフィーの剣幕に息を呑んでいた。
ソフィーは苛立ちを隠すこともなく、「いい? 忘れるんじゃないわよ!」と念押しするように言う。
「ハルトが守られて、アタシがハルトを守る側よ!」
陽斗は曇っていた視界が急激に晴れていくような、そんな感覚を覚えた。
強迫観念にも似た呪縛から解放されるようなそんな――。
ソフィーは言いたいことは言ったといわんばかりに、一転して穏やかな口調で語りかけた。
「あんたがその力で相手をビビらせて、多少周りが見えなくなってもガンガン攻める。アタシがそのカバー。これがチームで決めた役割でしょ。どこの誰に何言われたのか知らないけど、アタシはそれくらいで死んだりしないわよ。……あんたはそいつとアタシたち仲間のどっちを信じるの?」
「ソ、ソフィー……」
陽斗はソフィーがチームに入れてくれと頼んできたのは、澪の力を当て込んでだと思っていた。
それなのに足手まといの自分のフォローという、はずれクジを引かされて不満に感じているのではないか。体験入学の日以降は、そう罪悪感さえ抱いていた。
だがそのソフィーが自分を仲間だと言ってくれた。
そして何より――陽斗は守る側じゃなくて、守られる側。
これほど今の陽斗を励ます言葉もない。
「――は、はははっ……守られる側って言われて、こんなに勇気づけられるなんてな……」
(でもこれで燃えなきゃ男――いや仲間じゃねー!)
不敵に唇を釣り上げ、瞳をギラギラとさせる陽斗から出た言葉に、何故かハジメが目を丸くした。
「……緑髪の彼女はいいことを言うね。王は常に先頭を誰にも邪魔されず歩き続けなきゃいけない。でも決してそこは無人の野なんかじゃない。後ろには常に支えてくれる部下――仲間がいる。露払いは彼等に任せればいい。そんな王が戦うのは――」
ハジメは遠くを見るように言う。
「部下では倒せない強敵が現れた時だけだ……」ハジメが陽斗に視線を戻す。「……守られて勇気が出るって言ったよね? 君、王の資質あると思うよ。でも今は……ふふっ、いい目だ。今なら出来るんじゃない?」
ハジメが陽斗にそう水を向けると、陽斗の態度は一変して落ち着いたものに変わっていた。
「……ソフィー、離れていろ」
「え、ええ……」
ソフィーは、陽斗がいきなり放ち始めた圧倒的なオーラに押されように後退った。
直後。
陽斗が持つ剣から灼熱の業火が吹き荒れ、陽斗を包み込む。
「な、なに……?!」
それまで外を水が覆う地下空間ということで、肌寒さすら感じていた神殿内の温度が一気に上昇する。
ソフィーはタラリと流れる汗を自覚しながら、炎に阻まれて見えない陽斗を心配する。
「これ、大丈夫なの……?」
「やっと正解を引き当てたようだよ。……おおい! メイドの彼女ももう戻ってきていいよ! そのゴーレム、足は遅いから!」
陽斗のことが心配で心配で仕方なかった澪は、ハジメの言葉をこれ幸いと飛んできた。
「陽斗様ー!」
炎は渦を巻き始め、やがて四散する。
現れた陽斗は王の覇気を纏い、自信に満ちた表情で厳かに口を開いた。
「待たせたな」




