第63話「時間稼ぎ ――決戦VS超巨大ゴーレム――」
20m級――ビル七階――の巨大ゴーレムは重く力強く、祭壇へと向かって歩を進めて来る。
遠く、そして祭壇という高い位置にありながら、なお見上げる大きさだ。
「ありえないわよあの大きさ?!」
「落ち着くっす! さっきと同じ戦法で――」
「――さっきまでのゴーレムとは固さは比べ物にならないよ。とても君たち……」ハジメは二人の少女を冷たく見下ろした。「……程度の攻撃力じゃあ壊せないな」
「……っ」
澪はハジメの言葉を無視し、ゴーレムに向けて氷の弾丸を打ち出す。
氷玉はゴーレムに近づけば近づくほど、小さく頼りなく見えた。
そしてハジメの言う通り、カキンと情けない音と共にゴーレムの装甲に弾かれてしまう。
「なっ……!」
「言ったろ? それと第一位階相当の攻撃力でも壊せないように作ってあるよ。あれを倒すには竜位クラスの物理攻撃をぶつけるしかない」
「それってどうしようもないじゃないですか?!」
ハジメは「そんなことはない」と言って首を振った。
ハジメは陽斗の手元を指し、
「彼がファンタズマと心珠の力を引き出せればね」
「お、俺が……?!」
「そう君がやらなきゃあのゴーレムは倒せない」
陽斗は自分に集まる視線の中から、澪を選んで見返す。
彼女は陽斗の師匠であり、陽斗が知る限り最も強い人間だ。
――澪の攻撃が効かない相手を自分が倒す。
陽斗はわなわなと身体を震わせた。
それはもちろん怯えてではなく、武者震い。そんなことで尻込みする陽斗ではない。
「お、お、お、おう! やってやる! どうすればいい?!」
「ファンタズマに魔力を込めるんだ」
陽斗が魔力を剣に流し込み始める。
その様子を見届けたハジメは少女二人に視線を向けると、軽い調子で言う。
「あ、少し時間がかかるかもしれないから、君たちはあのゴーレムの足止めをよろしく」
「……って、おい?!」
「いいから君は自分のことに集中する」
遠距離の攻撃ではいささかの痛痒もあのゴーレムには与えることが出来なかった。
それはつまりゴーレムを足止めするには、近づいて気を引くしかないということ。
そんな危険なことを二人にさせるなという陽斗の抗議の視線は軽く受け流された。
「君が早くファンタズマの力を引き出せばいい。それが結果的に二人を助けることになるんだから」
「大丈夫っすよ陽斗様! 私は陽斗様を信じてるっすからね! すぐ助けに来てくださいっすね!」
心の底からそう言っているのであろう澪に対し、ソフィーはそっぽを向いて唇を尖らせる。
「悔しいけど! ……澪の攻撃が効かないんじゃ、アタシのでもダメでしょうね。……ふ、ふん。仕方ないから、今日だけはあんたの引き立て役になってあげるわ」
陽斗は驚きに目を見開いた。
「お前ら……!」
そう言って澪とソフィーはゴーレムの方へと走っていく。
陽斗はその姿を祭壇の上から眺めていた。
「早くしなくていいのかい?」
「あ、ああ……!」
仲間が自分を信じて、攻撃の効かない敵の膝下まで言って囮になる。
(俺がやらなきゃいけないんだ……俺が――!)
――彼女らを一刻も早く危地から救うために。
■
「デ、デカイわね……」
ソフィーは柱のような足下から見上げる巨大なゴーレムに息を呑んだ。
「ソフィー! 止まったらぺしゃんこっすよ! 走って走って走りまくるっす!」
「分かってる!」
ソフィーと澪はゴーレムの前後に陣取り挟撃の形。
「――このっ……<雷撃!>
ソフィーの前に向けた手から電撃が迸る。
〈身体強化〉をしていない人間に当てれば死に至らしめる威力の一撃も、ゴーレムには僅かばかりの焦げ跡も残さずに終わった。
お返しとばかりにゴーレムがその巨椀を振りかぶり、ソフィーに放つ。
「……くっ」
ソフィーが地を蹴ってその場を離脱したのと、ダンプカーの如き拳が床に叩き付けられたのはほぼ同時だった。
その一撃は地揺れを起こし、着地したソフィーがバランスを崩して膝をつく。
「ちょっと! ここ湖の底なのよ?! このゴーレムそのことを分かってるんでしょうね?!」
躊躇のない攻撃にソフィーはたまらず悲鳴を上げる。
それは後方の祭壇で陽斗の傍に控えるハジメにも届いたらしい。
「この部屋は生前のぼくの空属性の魔法で、空間ごと固定されてて絶対に壊れないから安心して戦ってよ!」
ハジメの声はさほど大きくないにもかかわらず、不思議とこの神殿内部のどこにいても聞き取れた。
この部屋の主であることと関係があるのかはソフィーには分からないが、今はそんなことどうでも良い。
実は泳げないソフィーは、どうやら水が流れ込んでくることはないようだとホッとした。
「――<氷の弾>……乱れ撃ち!」
「――っ!」
ソフィーに近づこうとしていたゴーレムの背中に、無数の氷の弾丸が突き刺さり、澪が後ろから気を引く。
「油断大敵っすよ!」
「ミオ! 助かったわ!」
ヒットアンドアウェイを基本として、ソフィーと澪が交互に攻撃することで、互いに互いがゴーレムから離れる時間を稼ぐ。
ゴーレムはその巨体だけあって一歩が大きく、また拳一つ踏み潰し一つとっても、その範囲が人間の何倍もの面積で攻撃してくる。
「地面が迫ってくるようなものよね……そうだ!」
ソフィーの脳裏に妙案がひらめいた。
「ミオ! いいこと思いついたわ! こうやって……」ソフィーは立ち並ぶ柱の影に隠れた。「この空間が壊れないようになってるなら――」
ソフィーは当然のように柱がゴーレムの攻撃を受け止めてくれるのだと思っていた。
しかし――。
パンチが当たった柱は落雷のような音と共に吹っ飛んだ。
「ソフィーッ!」
澪の位置からは粉塵が舞い上がり、ソフィーの姿が確認できない。
だが今、ソフィーが柱の崩落に巻き込まれたように見えた。
「……ソ、ソフィー……?」
澪の頭に最悪の映像がよぎる。
落石に潰された? それともそれ以前にゴーレムに?
晴れた粉塵の中から現れるのは、ソフィーの圧死体なのではないか――。
「――っぶなかったぁ! 嫌な予感して移動してなかったら死んでたわ」
「ソフィー!」
一つピンチを切り抜けた少女たちの耳に、緊迫というのをどこかに置いてきた男の言葉が届く。
「あ、ごめんね。言い忘れてたけど、その柱は雰囲気作りのために置いてあるだけだから、割と簡単に壊れるよ」
「言うのが遅いのよっ! 冗談じゃ済まないでしょ!」
ハジメは言うだけ言うと、陽斗の監督に意識を戻していった。
いつも通り元気に吠えるソフィーに、澪は目尻に涙を浮かべて、
「ソフィー、素が出てるっすよ! 初代にいいんすか?」
「あっ! ……い、いいのよ! てかあんなちゃらんぽらんなのが初代様とか認めないわよ! 私がイメージしてた初代様ってのはもっとこう、優しそうなおじいちゃんっていうか……とにかくそういうのよ!」
ソフィーは「ああもう、ムカツクわね!」と声を尖らせて、ゴーレムに魔法を叩き込む。
その後も二人の少女は時に壁を走り、柱を飛び移り、なんとかゴーレムの撲殺攻撃を躱していた。
「ハァハァ……遅い! ハルトは何してんのよ!」
ソフィーは肩で息をしながら、陽斗を振り返る。
「……手間取ってるみたいっすね。心配っす」
ソフィーと澪が、ゴーレムの股の間を挟んで大声で会話をする。
「ミオは自分の心配をしなさい! さっきからチラチラ陽斗の方を見過ぎよ! 何度か危なかったでしょう!」
とは言え。
(ゴーレムの足止めを始めてもう20分……そろそろ体力も限界ね……)
巨大ゴーレムの面積の広い攻撃は、大きく避けなければ躱せない。
ソフィーたちは一つの回避行動で、大幅に体力を削るのを余儀なくされているのだった。
「仕方ないわね……ミオ! ちょっとここ任せるわよ! ハルトに喝入れてくるわ!」
「それなら私が」
「ミオはハルトを甘やかすでしょ!」
「あ、ちょっと……!」
ソフィーは踵を返して、澪の慌てたような声を背中で受ける。
澪とて一人では危ないかもしれない。
ソフィーは陽斗のいる祭壇まで急ぐ。
「ちょっとハルト! あんた何して――」
「――やってるよ! やってるのにできねーんだよ!」
祭壇まで辿り着いたソフィーが見たのは、アドバイスを送るハジメに声を荒げる陽斗の姿だった。
陽斗にソフィーに気付いた様子はなく、ぶつぶつとうわ言のように呟く。
「くそっ、俺がやらなきゃいけないのに……俺があいつらを守らきゃ……!」




