第62話「心珠の使い方 ――その剣の名は――」
「これで俺も……どうやって使うんだ?!」
陽斗はレッド・ストーンを握りしめて、ハジメを仰いだ。
「まあそう焦らないで。説明するから」
「……っ」
陽斗は内心を見透かされたような気がして、出鼻を叩かれたようにたじろぐ。
「いいかい? 七属性持ちの魔力はどうしても体内で混ざり合ってしまうんだ。そうして混ざると無属性の魔力になってしまう。残念ながらこれはもうどうしようもない」
澪が首を傾げた。彼女は四属性を持つが、そのような現象は起こらない。
どうして混ざり合ってしまうのか。どうして混ざると無属性の魔力になるのか。
ハジメはその疑問を意味深長にはぐらかした。「その謎の答えは君自身が探してみなよ。きっとその方が楽しいから」ということらしい。
「コホン……そこでその心珠だ。それが君の魔力に“仕切り”を作ってくれる」
「仕切り……属性ごとに部屋のようなものを作って、混ざり合わないようにするってことっすか?」
「ザッツライト! 素晴らしい理解力だ! まさにその通りだよ」
幽霊のように実態がないはずのハジメが指を弾くと、パチリと小気味よい音が鳴った。
「いやあそれほどでも……それでこれで陽斗様が魔法を使えるようになるんすか?」
「レッドストーンだと、火属性と炎属性だけだね」
「……そういえば、その心珠? もこの神殿に来た時には六個あったわね。それはどこに行ってしまったのですか?」
ハジメは、「にひひ」といたずら小僧のような笑顔で陽斗を見る。
「ぼくからの君へのプレゼントさ。冒険という名のね。七属性持ちがここに来たら目の前で転移するようにトラップを仕掛けといたのさ。心珠が世界中に散って行くようなね」
「悪趣味っすね……というか誰かに持ち去られてしまったらどうするんすか?」
「悪趣味とは心外だなあ。これにもちゃんと意味はあるんだよ? 空属性の転移魔法で飛べるのは、行って風景を思い浮かべられるところだけだからね。この機会に転移できる場所を増やしておきなよ。……誰かの手に渡ったらその時はその時だね。近づくと心珠同士が共鳴して光るから、家屋の中とかでも分かると思うよ」
その場合は忍び込むか、交渉で譲り渡してもらえということらしい。
「ん? そういえばなんでストーンは六つしか無かったんすか? レッドストーンで火系統の魔法しか使えないなら7つないとおかしくないっすか? 属性は全部で七つあるんすから」
ハジメは痛いところを衝かれたという風に、一瞬だけ顔を歪めた。
陽斗はこの神殿の入り口から祭壇を見た時のことを思い出す。確かに澪の言う通り、その時にあった心珠は六つだった。
「ん……まあ七つの属性を一つずつに分けるのに、仕切りは六個あれば十分でしょ? だから七つ目の心珠はないんだ」
「……? 納得できるようなできないような話っすね」
「ま、六つ目の心珠を手に入れれば七属性目の魔力も使えるようになるから、あんまり気にしないでいいよ」
「……ってちょっと待て!」
陽斗は切羽詰まったような声を上げて、澪とハジメの会話に割り込んだ。
「どうしたんだい?」
「俺たちが見た心珠は全部で六つ。色は赤・青・緑・茶・黄・紫だった。これってそれぞれ火・水・風・地・光・闇属性を表す色だよな? ってことはさっきの話と合わせると、六つの心珠を集めてようやく空属性が使えるってことなんじゃないのか?!」
陽斗は強い口調でハジメに食って掛かりながらも、心のどこかでは否定してくれと懇願していた。
しかし――。
「その通りだよ。よく分かったね」
「……!」
あっさりとハジメよって肯定されてしまった。
陽斗は体中の力が抜け落ちたようにへなへなと崩れ落ちる。
「つ、つまりあれか……? 世界中に散ったとか言う心珠を全部集めなきゃ、元の世界に帰れないってことか……?」
震える声は怒りというよりもむしろ、心の内の動揺を如実に表していた。
澪も「あっ」と声を上げ、ソフィーが心配げに座り込んでしまった陽斗を見る。
しかしハジメだけは泰然とした笑みを崩さなかった。
「まあまあそのことはひとまず置いといてさ。……それの使い方知りたくない?」
「おいっ! 誤魔化すなよ!」
「聞かないと、ますます帰るのが遠ざかるんじゃないかな?」
「……っ」
ハジメの口ぶりは脅しというよりも、「ぼくはどっちでもいいけどね~」というニュアンスが見え隠れしていた。
この場の主導権を握っているのはハジメ。
それを認識させられた陽斗は飄々とした態度のハジメに、イライラを募らせながらも従うしかなかった。
「ぐ……ぐ……心珠の使い方を教えて下さい」
「不満そうだねえ」ハジメは呵呵と大笑した。「まあいいだろう。まずは君の腰にささってるその剣を抜いてみるんだ」
「……これか?」
陽斗は立ち上がり、分厚い柄の相棒を鞘から出して水平に持った。
「初代様が使い、セブリアント王家に代々伝わった宝剣」
「そうだよ。その柄頭を90度回転させて見るんだ」
よく見ると柄と柄頭の間には切れ込みのような線が入っており、柄に対して直角に捻ることができた。
「思いっきり引いて見るんだ」
「……これは?!」
柄の内部に収納されていた板が、マッチ箱のようにスライドして出てくる。
板には複数の穴が空いており、ちょうど心珠が収まりそうだ。
柄が異様に分厚いと感じていたのは、これが収納されていたかららしい。
「どこでもいいからスロットの一つに、心珠をセットするんだ」
「こうか?」
カチッ。
小気味よい音と共に凹凸にピッタリ嵌めることが出来た。
ハジメはうんうんと頷きながら、飄々とした態度の中でもどこか厳かに告げる。
「それがその剣……『幻剣ファンタズマゴリア』の本来の姿だ ……まあまだ六分の一だけどね」
「ファンタズマゴリア……」
「そ、ぼくは略して『ファンタズマ』って呼んでたけどね。心珠は持ってるだけで、魔力を部屋分けしてくれる効果を発揮してくれるけど、どうせならその心珠そのものの力も使おうってことで、その剣が作られたんだ。……ぼくとロデリカとブラックの最高傑作だよ」
ハジメの言葉の中に、陽斗にとって一人聞き慣れない名前が入っていた。
陽斗たちがい世界の住人と分かった今、ソフィーが説明を躊躇うことはない。
ウンチクを語りたい者にとって、最も恐れるのは相手が既にその知識を持っていることなのだから。
「ブラック……鍛冶師ブラック。初代様のパーティの武器は全て彼が作り、戦いでは一度も破損したことがないという伝説の武器職人よ」
と訳知り顔で陽斗と澪に説明したソフィーだったが、
「まあ実際はそんなことなかったけどね。大事な時に壊れることはなかったけど、どうでもいい時に限って刃毀れしたり、刀身がポキっと半ばから折れたり、弓の弦が切れたりしてたよ」
ハジメは「いやあ何回かそのせいで死にかけたことがあったなあ」と半笑いで、あっけらかんと真実を暴露してしまった。
故人の偉業は往々にして誇大にされるものなのだ。
「…………」
ソフィーが顔を背ける。
耳まで真っ赤に染めて、プルプルと羞恥に身悶えていた。
「あ、ごめんね。幻想ぶち壊しちゃった感じ?」
「い、いえ……」
「そう? じゃあ説明を続けるね……その剣の魔導機構の部分は天才の名を縦にしてたロデリカが、その技術の粋を結集させた変幻自在の剣なんだ」
「……いろんな武器に変形したりするのか?」
ファーストはふふんと得意気に笑う。
「彼女はそんなちゃちなからくり職人じゃないよ。その剣には各属性毎に装備も登録されていて、瞬時に展開してくれる。ストーンを集めれば、君だけの武器と装備で戦えるようになるよ」
その言葉が陽斗の琴線に全く触れなかったといえば、そうでもない。
やはり陽斗も男だ。自分だけの専用の装備と武器。そう言われれば心揺さぶられるものがある。
「お、ちょっとはやる気出てきたみたいだね」
「……ああ! ワクワクが止まらねーよ!」
「良かったっすね、陽斗様!」
そんな陽斗の様子をハジメは目を細めて眺めていた。
その視線を一言で言い表すのならば、『母親のよう』が最も適切なのではないだろうか。
時には我が子を優しく見守るが、時には――。
「さて君は新たな力を手に入れたわけだ。……じゃあ試してみたくなるのが人情ってもんだよね?」
「え?」陽斗は突然雰囲気が変わったハジメに面食らいながらも首を縦に振った。「そう……だな」
直後のハジメの表情を見た陽斗は、失言だったかもしれないと後悔した。
陽斗の背筋を嫌な予感が這いまわる。
「じゃあ――」
ハジメはニヤリと悪役のように唇の端を持ち上げると、両腕を広げて宣言した。
「――このダンジョンの最下層、――第三階層の試練の始まりだ!」
ハジメが言い終えると同時。
――ズウゥゥゥゥゥゥン!
一体今までどこにいたのか。
陽斗たちが神殿へと入ってきた入り口を塞ぐような位置に現れたのは、第一階層と第二階層で戦ったゴーレムとは異次元の大きさを誇る超巨大ゴーレムだった。
20mはありそうな天井にまで、その頭が届きそうである。
「……言っとておくけど、あのゴーレムには生半な攻撃は効かないよ。君がその――」
ハジメは陽斗を鋭く見据えた。
「ファンタズマの力を引き出さない限りね」




