第61話「第一の心珠 ――レッド・ストーン――」
「いつまでそうやって美少女二人を押し倒しいているんだい?」
後ろ側が透けて見える少年は空中で胡座に頬杖をついて、ニヤニヤと楽しそうに陽斗たちの体勢を眺めていた。
その顔立ちは陽斗に似ていたが、ボサボサの陽斗と違って髪が大人しくしている。
それだけでここまで雰囲気が変わるのかと言いたくなるような、文学少年といった風体だ。
「お前はブッ」
「いつまで上にいんのよっ!」
澪とソフィーを押し倒したまま誰何しようとした陽斗の顔が、ソフィーの掌底で押し退けられる。
陽斗がソフィーの力加減に悪態を衝きつつ、澪が若干名残惜しそうにしながらも三人は立って、この部屋の主と向かい合った。
「改めて聞くぜ。お前は誰だ?」
「その様子だともう予想は付いているんじゃないのかい?」
「ああ、まあな」
初代が作ったダンジョンの最下層。初代は日本人。そして目の前にいる日本人風の少年。
これだけヒントがあって分からないという者はいないだろう。
「でも一応聞いといた方がいいと思ってな」
陽斗はチラリとソフィーを横目で見た。
少年はそれだけで三人のパワーバランスを感じ取り、小さく「ふふっ」と口の中に笑いを含む。
「いいだろう。君の先祖としてぼくから名乗ろうじゃないか。お察しの通り、ぼくの名前はファースト・N・セブリアント。またの名を……」
言葉のタメ。視線の圧力。自信に満ちた表情も。最初に感じた文学少年という印象はもはや消え失せていた。
その雰囲気は演技では到底作れない。
(これが一代で王国を築き上げた王の……)
「七星一という。よろしく」
そう名乗る少年の不敵な笑みは、長年繰り返してきた動作であるがゆえの染み付いた凄みのようなものを感じさせた。
「……っ!」
彼の名前に対し、陽斗と澪はやはりなと思う程度だったが、それではすまない人物もここにはいた。
ハジメのセブリアント国王としての名前を耳にしたソフィーが、AEDでも当てられたかのように身体を大きく跳ねさせる。
これでもかと目を見開き、喘ぐように唇を震わせた。
「しょ……だい様……?」
「その通りだよ」
「?!」
本の中の存在だったはずの、歴史上の偉人に直接声を掛けられたソフィーが石のように硬直した。
ハジメはソフィーには取り合わず、全員に向かって話しかける。
「ところで君たちの名前も聞いていいかい?」
「え? 知らないのか? レムは知ってたのに?」
「そうか。彼女は第二階層の門番にしてたんだっけ。レムは元気だったかい?」
陽斗は無言で頷いた。
「そうか……」ハジメは喜色を浮かべた後、レムに関する話は打ち切った。「ぼくが君たちの名前を知らないのかってことだったね。ぼくはこの……」
祭壇の上に祀られるようにして安置されている、セブリアントの紋章が描かれた箱を見下ろす。
「棺桶に取り付いた地縛霊みたいなものだと思ってよ」
陽斗は地縛霊などと言われても特に驚いたり、訝しんだりはしなかった。
魔法のある世界なんだから、幽霊くらいいても可笑しくないよなと思った程度である。かなり魔法世界に染まっているようだ。
「ここから動けないし、ここで起こった以上のことを知ることも出来ない。だから君たちのことも何にも知らないんだ」
ハジメは言い終えると、誰にも聞こえないように「どうやら予言とは違ってきてるみたいだしね。本来ならここに一番に来るのは――」と呟く。
「……最後、何か言ったか?」
「いいや何も」
「そうか。……そういうことならじゃあ俺たちも名乗るとするか。俺の名前は陽斗だ。虹乃陽斗」
「私は水野澪っす。よろしくっす。同士!」
「やっぱりそっちの二人は日本人か……ところで同士ってなんだい?」
ハジメが首を傾げたが、それに答える前にソフィーが一歩前に出た。
肩を強張らせて、一目で緊張しているのが分かる。大きく息を吸い――
「――は、はじゅめまして……!」
一瞬の静寂が場を支配した。
「……噛んだ」
「噛んだっすね」
「あはははっ! なんでそっちの緑髪の彼女はそんなに緊張しているんだい?」
ソフィーはカーッと顔を赤らめて黙りこんでしまったので、代わりに陽斗が口を開いた。
「こいつはソフィーだ。セブリアントのファンなんだとよ」
ソフィーの様子の理由を説明をすると、ハジメは「へー。ぼくの子孫はみんなよくやってくれたんだ」と破顔した。
そうして自己紹介が終わったところで澪が本題を切り出す。
「ところで私たちがここに来た理由なんすけど……」
「分かってる。元の世界に帰りたいんだろう?」
陽斗は我が意を得たりと点頭した。
「ああ。……でも空属性の魔法で帰れるかもしれないって聞いたんだが、無属性の魔力しか扱えなくて」
「そのことなら多少は教えてあげられると思うよ」
「本当か?!」
ハジメは苦笑した。
「本当さ。……でも懐かしいなあ。ぼくがこっちの世界に転移してきた時は、神様転生……って言っても分からないか」
ハジメが言葉を選ぶ為に詰まると、澪が目を輝かせる。
「分かるっす! めっちゃ分かるっす! やっぱり世界を救ってくれ的な会話があったんすか?! 神様はどんな感じだったっすか?!」
「おお~そっちのメイド服の彼女は分かるのか」
「澪、何だ? その神様転生って?」
澪は興奮冷めやらぬといった感じで、勢い込んで解説を述べる。
「地球で亡くなった後に、天国的なところで神様と出会って、世界を救ってくれって頼まれることっすよ!」
陽斗はそれを聞いても、渋面を浮かべることしか出来なかった。
「んー……良く分からないが……」陽斗は眉間にシワを寄せ、なんとか自分の理解できる言葉に翻訳する。「勇者みたいなものに選ばれたってことか? なんでわざわざ異世界から? とか疑問は色々あるが」
「あははっ。まあだいたいそんな感じ……それで話を戻すけど、その神様から七属性のチートを貰って異世界の地に降り立ったのはいいんだけどさ、今の君みたいに何故か無属性の魔力しか出てこなくてさ。いやあ、苦労したなあ。あの時は……速攻森でモンスターに襲われてさ、その時に偶然通りかかった女の子に助けてもらわなかったら、ぼくはあそこで間違いなく死んでたよ」
ハジメは口では苦労したと言いつつも、遠い目をしたその表情は柔らかい。
今となっては悪い思い出ではないということが、ありありと窺えた。
「初代様にそんな過去が……で、でも伝記では初代様は全属性を操ったって……」
ハジメはソフィーの言葉に何か引っかかったように、意外そうな顔をした。
「全属性……? ……ふうん、なるほどね」
「何がなるほどなんだ?」
「何でもないよ。それでぼくがきちんと属性の魔力を使えるようになった理由だけどね……これを集めたのさ」
ハジメが目線で示したのは、空中で紅く輝く石だ。
ふよふよと飛んできて陽斗の手に収まると、内部から照らされたように強く紅い光を撒き散らし、やがて収束していった。
陽斗は光を直視してしまったせいで、目をパチパチとしばたかせた。
「……なんだったんだ?」
ソフィーと澪が左右から覗きこむ。
「宝石かしら?」
石はルビーのように紅く、そしてダイヤモンドに一般的なブリリアントカットの形をしていた。
大きさはそれほど大きくはない。ペットボトルのキャップくらいだ。
しかしその美しさは比較にならない。
「キレーっすね……それに凄い内在魔力を秘めてるみたいっす」
「メイドの彼女は魔力が見える魔眼持ちか……いい部下を持ってるみたいだね」
陽斗は「澪は部下じゃねーよ」とツッコんだが、誰も聞いてなかった。
全員の視線が一つの赤い石に釘付けになっている。
「それは『心珠』の一つ……レッド・ストーンだ」
陽斗は手の中にあるそれを改めて見る。
力の波動が脈を打ち、己の力強さを主張しているかのようだった。




