第60話「神殿 ――最下層――」
「ようこそいらっしゃいました。あなた方が初めてのお客様です」
メイド服を着た少女はカーテシーと共に、柔らかく微笑んだ。
「しゃべった?!」
「人間……なの?」
「いいえ、ソフィーさん」
少女は首を振る。
その笑顔、言葉、動作。どれをとっても自然で、作り物の雰囲気は微塵も感じさせない。
「わたしは人間ではありません。対ヒト種用ヒューマノイド・ゴーレムのレムと申します。以後お見知り置きを」
レムの発した『ゴーレム』という言葉に、この場で最も驚いているのはソフィーだった。
ゴーレムとは岩や金属でできた、自らの意思を持たない魔道兵器というのが常識である。
しかしその常識は、目の前の存在によって強いインパクトと共に破壊された。
「ゴーレム……人間にしか見えない。……っていうか何でアタシの名前を?」
「私の知覚は製作者様のお計らいで、虹宮全てに張り巡らされております。虹宮で起こったことや会話は全て把握しているのです」
もしそれが本当なら、(レムがいつから存在していたのかは不明だが)貴重な虹国の歴史の生き証人と言えるだろう。
(いやゴーレムだから生きてはいないのか……? てかゴーレムだから名前がレムなのか? なんというかもうちょっと考えてやれよ。製作者とやら……)
陽斗が益体もないことを考えている横で、澪が感心したようなため息をもらす。
「それは凄いっすね……それで、レムちゃんは何故ここに?」
レムは人と比べても何ら遜色のない、滑らかな動きで隣にそびえる大扉を見上げた。
そしてエレベーターガールのように手の平を上に向ける。
「わたしはここの門を預かる門番です。今から私が出題するクイズに連続で10問正解することができたら、ここをお通し致します」
それを聞いた陽斗が拳を握った。
「よっしゃ! クイズなら得意分野だぜ!」
陽斗はひとつ前の扉で全くの役立たずだった自覚があるだけに、汚名返上のチャンスとばかりに気張る。
「迷路、暗号ときてクイズっすか。この迷宮を作った人は遊び心に溢れる人だったんすね。レムちゃんは誰が作ったのか知ってるっすか?」
澪はレムと会話できることに、もはや疑問を抱いていないように自然に訊ねた。
「この迷宮を作ったのは、ファースト・N・セブリアント様です」
突然、ソフィーが興奮した面持ちでレムの肩を掴む。
「しょ、初代様! アンタ初代様に会ったことがあるの?!」
「当然です。ファースト様はわたしの生みの親の一人でいらっしゃいますから」
「他にもいるのか?」
陽斗が聞くと、レムは畏まったように一礼する。
陽斗がセブリアントの直系であることを見抜いているのだろう。澪以外に畏まられた経験などない陽斗は背中がむず痒くて仕方ないが。
「はいハルト様。ロデリカ様です。内部の機構などは全てロデリカ様が作ってくださいました。ファースト様はわたしの外観の設計を補助しておりました」
「ロデリカ? どっかで聞いたことのある名前っすね」
「図書館で調べ物をしている時に見たんじゃないか? 俺も見たし」
反応の薄い異世界人二人を余所に、ソフィーが鼻息を荒くする。
「凄い……! 初代様のパーティにいたっていう、伝説の魔導技師の名前だわ。初代様を中心に1000年に一人の逸材が偶然集まったとされる時代――『虹色の世代』の生き証人ね」
「わたしは生きてはおりませんが」
レムのツッコミに陽斗はピクリと反応する。
(やっぱりそうなんだ……!)
予想が当たってちょっと嬉しくなる。
一方の澪は何故かうんうんと何度も深く頷いていた。
「外観はやっぱり初代っすか。金髪ツインテール……分かってるっすね」
「何に感心してるんだ……あとやっぱりってなんだ。やっぱりって」
「初代からはそこはかとなく同士の匂いがするっす」
「…………」
レムは陽斗の顔色をうかがうようにおずおずと切り出した。
「そろそろ出題をしてもよろしいでしょうか? 申し訳ありませんがここでクイズを出すことはファースト様のご命令ですので、いくらハルト様でも条件を達成せずにお通しすることは出来ません」
「気にすんな」
レムは懐かしそうに目を細めたが、気を取り直したように出題を始めた。
「では第一問目。……虹国歴3年。お生まれになったファースト様のご長男の名前は――」
記憶の検索にヒットするものがあった陽斗は、すかさず答える。
「――それなら図書館の本で見たぜ! ヴィンセントだろ!」
金髪ツインテールの少女はにっこり笑う。
その反応を正解と受け取った陽斗はガッツポーズで、
「ヨッ――」
「――不正解です」
「――シャ! ……なんだって?!」
陽斗はガクッと肩を落とし、行き場をなくした感情で叫ぶ。
「なんでだよ! 合ってるはずだろ!?」
「ご長男の名前は――ヴィンセント様ですが、正式決定の前に候補に上がっていた34個の名前を全てお答え下さいという問題でした」
「分かるか! ってか候補が34個って親バカかよっ!」
「アタシなら分かったのに!」
「ええっ?!」
信じらんねーといった感じに驚く陽斗に、ソフィーは指折り正解を挙げていった。
「レオナルド、ヤマト、シュバイツァー、マサムネ――」
「まじかよ……つか本当に初代は日本人だったんな……」
陽斗がソフィーのセブリアント知識の深さに呆れ返っていると、レムが表情を一切変えぬまま告げる。
「では間違えた罰として、岩ゴーレムとお戦い下さい」
陽斗はレムを振り返り、数秒間無言で見つめた。そしてレムの言葉の意味が飲み込めてくると、
「……なにいいいいいいっ!?」
背後から巨大な影が、陽斗たちを覆った。
その後もセブリアントに関するマニアックな問題が出された。
『セブリアント国王で4代目、13代目、27代目が持つ属性を足した時にない属性を答えろ』など、どれもこれも重箱の隅をつつくような問題ばかりで、ソフィーがいなければ答えられなかっただろう。
「そんなん分かるかよ……」
陽斗が不貞腐れても出題は続く。
――そして。
「おめでとうございます! これで10問連続正解です!」
どこからともなくファンファーレが鳴り響く。
「初めてソフィーのセブリアント薀蓄が役に立ったっすね」
「どういうことよ?! 色々役に立ってたでしょう?!」
「例えば?」
そう問われるとソフィーの緑色の瞳が泳ぎだした。
「た、例えば、たと……えば……か、会話の種が尽きなかったり……?」
「それってソフィーが一方的に話してただけじゃないっすか」
シラーッとした二人の視線がソフィーに突き刺さる。
「うっ……わ、悪かったわよ! これから控えるから許してよ! もう!」
涙目になって叫ぶソフィー。
陽斗と澪の笑い声が地下の空間にこだました。
「それでは扉を開きます。この先が第三階層の前の最後の部屋となります。またお会いしましょう」
陽斗たちの同行の申し出を拒否したレムが、見事な礼を見せる。
「またな~」
「バイバイっすよ~」
「今度セブリアントについて語り合いましょう!」
にこやかに手を振るレムに見送られ、陽斗たち三人は次の部屋へと進んだ。
そして何か仕掛けがあるのではと、注意して奥にある大扉へと近づいていく。
「――あれ? 台座もゴーレムも何もないぞ?」
「そうっすね。今までのパターンからすると、何かしらのギミックを解かなきゃ次に進めないはずっすけど」
「ギミックを考えるのが面倒くさくなったとか」
「アンタじゃないんだから」
「どういう意味だおい」
「はいはいじゃれあってないで、とりあえず開けてみるっすよ」
「「じゃれ合ってない!」
澪は抗議の声には耳をかさずに、扉へと手を掛けた。
「む、開かないっすね」
「ホント? じゃあアタシも…………ダメ。開かないわ」
「けど、仕掛けらしい仕掛けはなかったっすよね?」
「力が足りなかったんじゃないか? ここは俺の出番だな」
〈身体強化〉を掛けた澪とソフィーは、並の女性よりよほど力がある。
陽斗は〈身体強化〉をフルスロットルで掛けて押すと、扉はすんなり開いた。
「おっ! なんだ開くじゃん。やっぱり仕掛けを作るのが面倒になったんだって」
「ええっ?! 本当に……?」
ソフィーが首を傾げるのを尻目に、扉は人が通れるまで開く。
扉の先を覗き込んだ陽斗が、パチンと指を鳴らした。
「ラッキー! もう階段じゃん!」
「この先が最下層なのよね? なんか拍子抜けっていうか……」
「まあ行ってみるしかなさそうっすよ」
最後であるはずの階段は、今までのどれより深かった。
降り立った先に広がる空間を一言で表現するならば『神殿』。
入り口から祭壇に続く、中央の通路の左右にはエンタシス風の柱が並ぶ。
「広いわね……」
<燈火>の明かりが天井まで届いていなかった。
陽斗たちが地下神殿に足を踏み入れると、柱に設置された明かりが手前から奥へと灯る。
陽斗はまるで冒険映画の演出のような光景に息を呑んだ。
「おお……もしかしてゴールか?」
「みたいっすね……あそこ見るっす」
澪が指差したのは、祭壇の上。
六個の光り輝く石が、空中に円を描くようにして浮かんでいる。
「おお! やっぱり迷宮のゴールにはお宝がないとな! 行ってみよう」
三人は足並みを揃えて、奥へと歩みを進めた。
小さい階段を上り祭壇の上に安置されているのが、セブリアントの紋章をあしらった棺のようなものだと認識できた瞬間。
突如として足元が白銀に光りだす。
「え? ――まさかっ?!」
その光景の既視感に、陽斗は焦燥に駆られた。
「……っ!」
クルリと振り返ると、澪とソフィーを抱えて祭壇から飛ぶ。
「おおっ!」
「キャッ!」
神殿の地面に少女二人を押し倒す形になった陽斗。
それ故に見逃した。
陽斗たちの足元を照らした魔法陣は、彼等を転移させるものではなかった。
その証拠に白銀の光が消えた後に残ったのは、六つあった輝石の内、紅いものだけ。
そして次に祭壇の上で起こった現象に、陽斗の肩越しに見ていた澪とソフィーは揃って目を丸くする。
「なにが起こってるんすか?!」
「え、え?!」
どこからともなく1立方センチメートルくらいキューブが無数に集まり出し、徐々に人の形らしきものを成し始める。
完全に顔までを出来上がると、その人物は手を上げて、陽斗の背中に語りかけた。
「君はいつまでそうやって美少女二人を押し倒しいているんだい?」
突如発せられた知らない声に、陽斗が慌てて首だけで振り返る。
どことなく陽斗に似た少年が、ニッと笑顔を浮かべて幽霊のようにフヨフヨと浮かんでいた。




