第59話「第二の扉 ――2階層――」
「あ、あっそって……陽斗様は知ってたんすか?! 初代セブリアント国王が日本人だったって!」
「いや、知らなかったが」
「じゃあなんで?!」
澪は陽斗から思ったような反応が得られず、もどかしそうな顔をした。
「なんでって……どうして驚かないのかってことか?」
澪はブンブンと首を縦に振って肯んじる。
それに対し陽斗の態度は実に素っ気ないもので、肩を竦めてみせた。
「だって別に興味ないし」
「!?」
澪が目を丸くする。
澪の「信じられない」という思いがこれでもかと表出していた。
「興味ないって……異世界人のはずのご先祖様が日本人で、しかも国を作って王様になってたんすよ?! そこは……」澪は某国民的アニメの主人公の夫のように驚いてみせる。「ええっ!? ってなるところっすよね?!」
澪の似過ぎたモノマネに呆れながら、
「いや先祖が日本人っていうのは、純日本人だと思って15年間生きてきた俺にとっては、むしろ当たり前の感覚なんだが……王様になってたっていうのはもう最初に驚いたし……」
「…………」
澪は唖然としながら陽斗の言葉を聞いていた。
そしてやおらガックシと崩れ落ちる。
「こ、これが趣味の違いによる感性の違い……」
陽斗は澪が何故こんなにも落ち込んでいるのか理解できず、あたふたと困惑する。
「そ、そんなに落ち込むことか……? ほ、ほら驚いて欲しいならこっちにいいのがいるから。……おいソフィー!」
陽斗は硬貨にとうとうキスしようとしていたソフィーを引っ張って、澪の前に引きずりだした。
「ちょ、ちょっと何よ!」
最初は抵抗したソフィーだったが「あっ」と言うと、思い出したように頼もうとしていたことを話し出す。
「……ねえあともう一回わざと間違えてゴーレムを呼び出さない? そうすれば虹国歴元年刻印の貨幣の全六種類が集まりそうなの!」
「アホ! これ以上危ないことわざわざするか! それよりセブリアントの初代国王は、俺たちのいた世界の人間だったかもしれないらしいぞ」
「ええっ!?」
ソフィーの驚嘆は飛び上がらんばかりだ。
「どうだ澪! すごい驚きっぷりだぞ!」
「……もういいっす」
澪は立ち上がると、コホンと咳払いをする。
物語のようだと興奮したが共有できずに生まれた消化不良を、しぶしぶ飲み込んだのだ。
「……初代様がアンタたちと同じ世界の人間だった……ね。これも保留かしら……それで答えは分かったの?」
ソフィーが澪に訊ねる。
「じゃあ解答編っす」
澪は探偵小説の探偵が、事件の解説をするときのような雰囲気で陽斗と澪に語りかけた。
「まず私たちはどこかにあったヒントを見落としている可能性があるっす。間違えることが前提のギミックなんてありえない……もしあったとしたら製作者は相当の意地悪っすからね」
「それがわざわざゴーレムの出てきた石畳を確認した理由ってわけ?」
「そうっす。この空間の石畳とこの台座の30枚のパネルは対応していたんす。つまりゴーレムが出てきた位置と重なるこの……」澪が四枚のパネルを順に指差す。「パネルはダミーっすね」
「なるほど……」
すると澪が、おもむろにソフィーの手の中に握りこまれた銅貨を奪い取る。
「あっ」
「陽斗様、これを見てなんか思いつくものはないっすか?」
「26シンス銅貨だろ? うーん……」
考えこむ陽斗を見て澪がヒントを追加していく。
「虹国貨幣の種類は覚えてるっすか?」
陽斗たちはこの世界に来て、2回虹国貨幣を使った。一回目は『フィールド』の街に入る時。二回目はソフィーに金貨を売った時だ。
陽斗はその時に虹国貨幣の種類を教えてもらっている。
忘れるということがない陽斗が答えようとすると、横からソフィーが口を挟んだ。
「1シンス銅貨、26シンス大銅貨、520シンス銀貨、1014シンス大銀貨、2002シンス金貨、10010シンス大金貨ね」
澪は指をピストルの形にしてソフィーを撃つ。
「その通りっす。さすがソフィー」
当然でしょとでもいいそうに得意げにするが、満更でもない様子のソフィー。
陽斗は白けた視線でそれを横目に、澪に訊ねる。
「それが?」
「どうして26の倍数なんて不自然な数字を使っているんだろうって、ずっと疑問だったんす」
「……確かに言われてみると26の倍数だな。1シンス小銅貨以外は」
澪は1シンス小銅貨はお金をヒントにする以上、仕方のないノイズのようなものだと言った。
澪が『上』を指差す。
「そしてお金の単位と、この都市の名前を合わせて考えると……」
「都市の名前? シンシュデトックのことか? そういえば異世界の言葉の中では、妙な響だと思ったことがあったが……」陽斗は腕を組んで思いついたことを口にする。「……最初の部分が金の単位と似てるな。……シンス……シンシュデトック……シンスデトック……」
そこで陽斗ははっと何かに気付いたように顔を上げた。
澪に「まさか」と目で問いかけると、頷きが返ってくる。
「まさか……シンスデトク……シンスウデトク……26進数で解く……って、ダジャレかよ!」
「大元はパスワードを忘れた時の救済措置的なヒントだったんじゃないっすか? お金の単位が『シンスウ』じゃなかったり、虹都の名前が『シンスウデトク』じゃなかったのは、異世界人には言い辛かったんすかね」
「てか思いっきり日本語じゃん! 分かるかこんなの!」
陽斗は澪から受け取った26シンス銅貨を床に叩きつける。
「ああ! 何すんのよ!」
ソフィーが転がっていった硬貨を取りに、陽斗と澪の傍を離れた。
「それで澪は初代国王が日本人だって思った訳なんだな」
「他にも理由はあるっすけどね。冒険者のランクにアルファベットが使われてたり、虹族のミドルネームも『N』だったっすしね」
「たしかに……あまりにも普通に使われすぎてて、まったく気付かなかった」
「あとは埋め立てとか、景観保護なんていう考え方も現代人っぽいすし、傘を虹都に普及させたのも初代らしいっすよ」
「ヒントはそこら中にあったって訳か……それで、結局これの答えはなんなんだ?」
「ちょっと待つっす。今計算するっすから」
澪が十億もの数字を暗算していく。
「えっと『5,576,725,957』を26で割った余りを引いてまた26で割るを繰り返して……。18、1、9、14、2、15、23っすね。そしてゴーレムが出てきた石畳は1-五、3-四、5-二、6-四で、そのパネルをダミーとして抜かして、1から順番に26個の数字を対応させてっと――」
ピッピッピと澪が手早く7枚のパネルを押していく。
するとゴゴゴという大きな音を立てて大扉が開いた。
「開いたのね」
硬貨を拾い終えて戻ってきたソフィーが、あまり嬉しくなさそうにポツリとこぼす。
「…………行くぞ」
ゴーレムを呼び出したかったのだろうと手に取るように分かった陽斗は、渋い表情を浮かべて扉をくぐる。
しかし彼等が見る景色にはほとんど変化がなかった。
つまり先程までいたのと全く同じような空間だったのだ。
「三枚の扉っすか……これと同じ部屋がもう一個ありそうっすね」
澪が言っているのは、第二階層入り口にあった立て札のこと。
「また床の石畳が関係してるとかじゃねーだろうな」
陽斗が既視感に呻くと、ソフィーが奥を指差して叫んだ。
「見て! 誰かいるわ!」
「こんなところに人……?」
「行ってみよう!」
陽斗たちは、駆け寄ってその姿を認めると、一様に目を丸くした。
澪が魔法で明かりを灯すまで真っ暗闇だったこの空間に、およそ最も似つかわしくない存在。
扉の脇に立っていたのは金髪をツインテールにした、13~4歳の少女だった。
「ようこそいらっしゃいました。あなた方が初めてのお客様です」
メイド服を着た少女はカーテシーと共に、柔らかく微笑んだ。




