第58話「ヒント ――1・2階層――」
ソフィーもまた二人を追って、迷宮へと足を踏み入れていった。
迷宮は入り組んだ造りになってり、普通ならば地図がなければすぐに迷ってしまう。
また人一人より少し高いくらいしかない天井の低さも、迷宮の不安感を後押ししているように感じられた。
ズンズンと前を進んでいく陽斗の背中に、ソフィーが不安そうに声を掛ける。
「ちょ、ちょっとホントに大丈夫なの……?」
「だいじょう――うわぁっ!」
陽斗が消えた曲がり角の向こうから、驚いたような悲鳴が上がる。
「な、なに?!」
「陽斗様?!」
澪とソフィーが追いつくと、岩がいくつも重なってでできたゴーレムと対峙する陽斗の姿があった。
陽斗が剣を叩きつけると、ガラガラと崩れる。
「はぁー……はぁー……あーびっくりした。急に人影が現れるんだもんな」
「びっくりしたのはこっちよ! もっと慎重に進みなさいよね!」
「わ、悪い……」
「まあまあ。あ、ここは行き止まりっすね」
ゴーレムは行き止まりにぶつかる度に待ち構えていた。
しかし陽斗の〈身体強化〉のパワーの前に簡単に崩れる程度の強さだった為、一行は陽斗の記憶力も手伝ってさくさくと迷宮を進んでいく。
そして。
一時間も経つ頃には三人は迷路を踏破してしまう。
ゴールにあったのは、おそらく第二階層へと繋がる階段だ。
「また地下……」
いつ迷いやしないかと、気を揉んでいたソフィーだけが疲れた顔をしていた。
「みたいっすね」
「行くぞー」
像の下にあった階段より深く降りた三人の視界が、いきなり広がる。
大きく区切られた石畳。天井もさきほどより何倍も高くなっていて、陽斗たちの声が反響した。
そして対面の壁には大きな扉が見える。
「また看板が立ってるっすね……『第二階層:三つの扉:条件をクリアして三つの扉を開け/全三階層』」
とりあえず陽斗たちは扉の前までやってくる。
「ふん! ぬぬぬ……!」
陽斗が〈身体強化〉を掛けて押してもびくともしない。
「こっちに何かあるわよ」
ソフィーが指差すのは、扉の脇にある台座だ。
陽斗が扉を押す手を止めてソフィーに近寄って見ると、5×6に区切られたパネルが並んでいる。
「千、百万……10億か。何だ? このどデカイ数字は」
パネルの上部には、「5,576,725,957」の数字と共に「7枚のパネルを押せ」と異世界の言葉で彫られていた。
さらにパネルの一番左上は「1」となっている。
「数字はパスワードのヒントだと思うっすけど、答えまでは……」
澪のその言葉を聞いた陽斗はニヤリと口を歪めた。
「おい、ソフィー」
「……何よ」
「前、俺のことを考えるのが苦手だとか言ってバカにしてたよな? ほら天才ソフィー様の出番だぞ」
「なっ……!」
陽斗の挑発に、ムキになったソフィーは数字とパネルを見て考え込む。
が。
すぐに肩を落とした。
「……分かんない」
「あはははっ! そんなんでよく人をバカに出来たなぁ。え?」
「~~~っ! 何よ! アンタだって分かんないくせに!」
「俺は――」
「――もう、うるさいっすね! 今考えてるんだから静かにして欲しいっす!」
「「はい、すいませんでした……」」
この中で間違いなく一番頭の良い澪に怒鳴られると、バカ二人は黙るしかない。
数分後、手持ち無沙汰になってきた陽斗が澪に話しかける。
「分かったか?」
「……ダメっす。この数字と30枚のパネルの相関関係を考えてみたっすけど、思い浮かぶものがないっす」
「澪でもダメか……」
「ちょっとハルト。大人しく待てないの? 考えないんなら黙ってなさいよ」
ソフィーは澪と並んで台座の謎を解こうとしていた。
そのの言い方にイラッとした陽斗は、
「もう、適当に押してみようぜ」
陽斗が横から台座に指を伸ばす。
「あっ! 陽斗様大抵こういうのは間違えると――」
澪の忠告虚しく、陽斗はパネルの一枚を押してしまう。
ブーッと言う外れを意味するであろう音がなると、床の石畳の一枚を割ってゴーレム兵が姿を表した。
「トラップとセット……もう言う必要はないっすよね」
「すまん……」
「……でも随分変なところから出てきたっすね」
澪が首を傾げて感じた疑問を口にする。
足元を30枚に区切る石畳の、台座から向かって最前列の左端を割ってゴーレムは姿を表した。
「普通こういうのって、真ん中辺りから出てこないっすか?」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないわよ! 来るわ!」
第一階層のゴーレムの二倍はありそうな巨体が、横方向から足音を立てて迫ってくる。
陽斗が動きの鈍いゴーレムの後ろに回り込み、先制で一撃を叩き込んだ。
「――って、固ッ!?」
陽斗の剣はガインッと硬質な音を響かせるだけに終わる。
三人の中で、〈身体強化〉だけで一番高い攻撃力を出せるのは陽斗だ。
その陽斗の攻撃が通じないとなると、あとは澪かソフィーの魔法しかない。
「時間を稼いで欲しいっす!」
最も魔法が得意な澪が準備を始める。
それを聞くと、すかさずソフィーが吠えた。
「ハルト交代!」
「でも……!」
「いいからアンタは澪の傍で護衛してなさい! アタシのほうが足は速いわ!」
陽斗は悔しそうに歯噛みしながらも、後ろに下がった。
スピードに秀でたソフィーが、代わりに前に出てゴーレムの足元でちょこまかと動きまわる。
当然ゴーレムはうっとうしい人間をパンチや足踏みで潰そうとしてくるが、ソフィーのスピードに翻弄され、捉えきれてはいなかった。
陽斗は澪の傍で彼女の護衛に付きながら、ソフィーを無力感と共に見守る。
(くそ……またソフィーを前に立たせて……)
澪は水属性の魔力を頭上で氷の塊に変化させていった。
徐々に大きくなっていき、最後には直径2mにもなる。
「ソフィー!」
「ちょっと待って……」ソフィーが一際強く地を蹴って、一気にゴーレムの足元から飛び退る「いいわよ!」
「喰らえっす!」
澪がそう叫ぶと、彼女の頭上にあった氷が弾丸の如く飛び出し、ゴーレムの胸に命中し風穴を空けた。
ゴーレムは魔導兵器だ。
胸の中に埋め込まれた核を破壊すると、身体を維持できなくなる。
ガラガラと音を立ててゴーレムは崩れていった。
「ふう……さすが澪」
ソフィーが怪我をしなかったことに、陽斗が安堵の溜息をつく。
「それほどでもないっす」
澪が陽斗に褒められて嬉しそうに頭をかく。
次に陽斗がソフィーを見遣ると、彼女はゴーレムの残骸を前に無言で立ち尽くしていた。
「どうしたんだよ、ソフィー。いつもなら俺のせいで~とか突っかかってくるのに」
まさにその通りなので、指摘されたらもう一度謝るつもりではあったのだが。
しかしソフィーは一向に黙ったまま。
陽斗がはっとして駆け寄ると、肩に手をかける。
まさかまた自分のせいで――
「おい、どっか怪我でもしたのか?!」
「……今何か光った気がする」
「……はあ?」
陽斗が聞き返すと、ソフィーはそれを無視してゴーレムの残骸を漁り始める。
それを澪と一緒に呆れた視線で見つめていると、やがてソフィーが腕を掲げた。
指には光る何かが摘まれている。
「あった! やっぱり思った通りよ! 見てこれ! 虹国歴元年の超激レア!」
嬉しそうに陽斗たちに戦利品を見せるソフィー。
彼女の手の平には、虹国貨幣である26シンス銅貨が置かれていた。
どうやらゴーレムが崩れ去る一瞬に光ったのを見逃さなかったらしい。
(セブリアントに関する事は、ホントに犬並みに見逃さないのな……)
陽斗はとにかく、怪我らしい怪我をしていないことに安堵して苦笑を浮かべた。
しかし澪は途端に顔つきを真剣なものに変える。
その26シンス銅貨を見て、鮮烈に脳裏に閃くものがあったのだ。
「26……シンス……そういうことっすか!」
「ミオ……?」
「分かったっすよ!」澪は振り返って台座を見る。「あれの謎が!」
「本当か、澪?!」
「勿論っす。まずはあと三回……いや念のため四回間違えてゴーレムが出てくる石畳を確認するっす!」
「「え”っ……」」
澪の予想通りそれぞれ違う石畳から現れたゴーレムを倒した三人は、台座の前に集まっていた。
最初の陽斗のポカと合わせて、五回ゴーレムを呼び寄せたことになる。
しかし一回目と五回目は同じ石畳から出現した。
「これで四回で一周りっていう推測が立つっすね」
陽動で走り回っていたソフィーが荒い息を付いているが、しかしその表情は晴れ晴れとしている。
ゴーレムは一体ごとにその体の中にレアな貨幣を持っていたのだ。
陽斗は「お疲れ」と労をねぎらうのを止めた。
「……まあ硬貨にうっとりしてて、話し聞いてなさそうなソフィーはほっとくとして……そろそろ答えを教えてくれよ、澪」
「もちろんっす。でもその前に言っておかなくちゃいけないことがあるっす」
「言っておかなきゃいけないこと?」
陽斗は首を傾げながら澪を見つめる。
今ばかりは愛嬌のある笑顔を取り払って、真剣な顔つきをしていた。
澪はもったいぶるように、ゆっくりと告げた。
「このパネルを解くためのヒントの数々。それらが示唆するのは……セブリアント初代国王は――」
澪が一拍置く。
「――日本人だった可能性があるっす」
「あっそ」
「えっ?」
澪の素っ頓狂な声が空間に響いた。




