第57話「虹宮ダンジョン ――入り口――」
一週間に一度やってくる新月の日。
振り続けていた雨も、夕方ころには止み、色のついていない月が顔を出した。
世界を闇が支配する中、陽斗、澪、ソフィーの三人は遠くから虹宮を視界に捉える物陰に身を伏せていた。
「ね、ねえホントに侵入するの? やっぱり罰当たりなんじゃ……」
「罰って……セブリアント虹族はお前にとっての神かなんかかよ」
「神よ」
さっきまでの怯えようはなんだったんだと言いたくなるような断言に、陽斗は鼻白む。
「……じゃあ俺が許す……これでいいか?」
セブリアントの末裔であることをソフィーに明かした陽斗が、不承不承といったテイでそう口にした。
陽斗とてこんなことは言いたくないが、このままでは話が進まない。
そう思っての発言だったのだが、ソフィーから思わぬ反論が返ってきた。
「あのね。アタシがセブリアントの方たちを凄いと尊敬しているのは、あの方たちがセブリアント建国から500年。解体からさらに500年。この地の民の為に貢献してきたからよ。王族でなくなった今もその才能と能力を惜しみなく六国のために使ってくださっているの。それに比べてアンタは何もしてないじゃない。アタシはまだアンタをセブリアント虹族だって認めてないんだからね。勘違いしないでよ」
ソフィーはそれだけ言うとそっぽを向いた。
自分の顔が赤くなっている――自分の結婚相手として親に出していた条件を思い出した――のを隠すための行為だったのだが、この暗さでもとより見えるはずもない。
「お、おう。なんかすまない」
「ふんっ」
「まあまあソフィー。今回は許して欲しいっす。陽斗様がセブリアントの血族だって言うのは本当のことなんすから」
ソフィーの苦虫を噛み潰したかのような表情を見ながら、陽斗は宿屋でのことを思い出す。
『アタシはまだアンタたちの言葉を完全に信用したわけじゃないわ! だ、だからアタシも付いて行く! アンタたちが虹宮で悪さをしないか見張っておいてあげるわ!』
澪が虹宮に忍び込むことを見逃して欲しいといった後、長い間梅干しを食べた時のような眉間に皺を寄せた表情で唸っていたソフィーが放った言葉だ。
ソフィーにどのような葛藤があったのかは分からない。それでも陽斗はソフィーが付いてくると言ってくれて嬉しかった。
それだけソフィーとの別れの時が延びたからだ。
「………………」
しかしやはり躊躇いがないとは言い難い様子。
「いつもの威勢はどうしたんすか。ソフィーって本当にセブリアントのことになると性格変わるっすよね。まあでも行きたくないって言うなら無理しなくていいんすよ」
「い、行くわよ!」
その言葉もなんだか頼りないものだった。
「……でもどうやって忍びこむの?」
陽斗たちは物陰から虹宮の様子を窺う。
営業を終えた城の入り口を二人の衛士が守っていた。
「入り口はあそこしかないわよ? ……それとも俺は虹族だから入れろって言ってみる?」
ソフィーがニヤニヤと陽斗をからかう。
「さ、さっきのは悪かったよ! 俺も言うんじゃなかったって後悔してるんだから、もう止めてくれ!」
陽斗は権力を笠に着ていたと言われたようで、赤面して声を荒げた。
「陽斗様っ、しーしー」
「す、すまん……でもソフィーの言う通り、あれを気付かれずに抜けるのは無理だぞ」
「これを使うっす」
そう言って澪が取り出したのは小人のような彫りの人形。
真っ先に声を喫驚したのはやはりと言うべきか、ソフィーであった。
「それは?!」
「おお、パクってたのか」
「パクったとは人聞きが悪いっすね。落ちてたので拾っただけっすよ」
澪の手に乗るのはヒナを盗んだ盗賊の頭目――ギレ――が使っていた、姿を隠すアイテム〈背を気にする男〉。
澪はギレが陽斗に倒された後で懐から落としていたそれを、持ち帰っていたのだ。
「……アタシこれにやられたのよね」
ソフィーは顔をしかめて、人形を睨みつける。
ちなみにギレから助けたのが陽斗だというのは明かしていない。
「使えるのか?」
「実験済みっす。じゃあ発動するっすよ」
緑の輝きが像から迸り、一瞬にして消える。
「……何も変わらないな」
「ホントにこれで姿が消えてるの?」
「そのはずっす。さあ、行くっすよ!」
地上から湖の真ん中に立つ虹宮へと渡る為の橋。
陽斗とソフィーだけが、内心で心臓を跳ねさせながら近づいていく。
(たしか声は聞こえるんだよな……し、心臓の音で気付かれそうだ……)
しかし二人の兵士の前へとやってくるが、どうやら気づかれていないようだった。
(……ほっ)
抜き足差し足忍び足といった体で陽斗たちは守衛の間を抜ける。
充分に離れたところで、陽斗が止めていた息を吐き出すように口を開けた。
「ちゃんとアイテムは発動してたみたいだな」
「そうみたいね……ミオならこれ相手にどう戦う?」
「周囲一帯全部凍らせるっす」
「さ、さすがね……」
三人は話しながらも進み、長大な廊下の中腹にある以前に見た初代セブリアント国王像の前に辿り着いた。
「これか? 澪が言ってた仕掛けって」
「そうっす。あそこの右目がこの……」澪はアリサから体験入学の報酬として渡された指輪を取り出す。「この指輪と同じ魔力を発してるっす」
物体もまた微弱な魔力を持っている。魔力を見る魔眼を持つ澪にしか気付けないことだ。
陽斗は澪が手にする指輪と、像の右目を見比べる。
色こそ違うが、像の目と指輪についている石は同じ形をしているようだった。
「じゃあ陽斗様お願いするっす」
「え、俺?」
「たぶん陽斗様じゃないとダメだと思うっすよ」
「虹族の血か魔力に反応する仕掛けってことね。ありそうだわ」
「なるほど」
陽斗は像をよじ登り、指輪の石を右目に当てて一気に押し込んだ。
「お、おお!」
石が眼窩に沈むと同時に、陽斗がしがみつく像がゆっくりとスライドし始めた。
陽斗の体重も関係なしの強力な仕掛けのようだ。
「これって……!」
ソフィーが像の下から現れたものに目を見張る。
「前にソフィーはどうしてこの虹宮が湖の上に建っていられるのか。秘密があるって言ってたっすよね?」
虹都に来た日。虹宮について語るソフィーを放置して講演会を見ていた時のことである。
あの時のソフィーは陽斗たちがいなくなっているのに気付かずに、虚空に向かって一人でその問いを発してしまったのだ。
「え、ええ……」
僅かに頬を赤らめて二人から視線を逸らすソフィー。
「それって巨大な石の土台で湖を埋め立ててるからじゃないっすか?」
埋め立ては現代人である陽斗たちにとってはありふれた技術だが、1000年前どころか今の異世界人にとってもありえない発想だ。
故にソフィーが秘密などと大げさな言い方をしたのである。
「正解だけど……じゃあその土台がまるごと巨大な地下空間になってるって言うの?!」
ソフィーの言うとおり、像がスライドした跡にはぽっかりと暗い穴が開いており、一歩先は暗い底を覗かせる階段になっている。
「おそらく」
「すげーな。じゃあこの下の周りの壁のすぐ外は湖の水ってことか」
「そう言われるとちょっと怖くなってくるわね。壁が壊れて水が流れこんだりしてきたら……」
ソフィーが顔を青ざめさせる。
「そんなこと言ったらどうしようもないだろ」
不安を拭えていないソフィーに澪が言葉をかけた。
「たぶん初代国王が作ったはずっす。それなら信じられるんじゃないっすか」
「それもそうね」
「代わり身早っ!」
現在の仲間より過去の偉人を信じるということに何となく釈然としないものを感じつつも、陽斗は穴の中へと身を潜らせていった。
それほど長くない階段を降り切ると、三叉の分かれ道とその前に立つ看板が姿を表した。
「迷路みたいになってるのかもしれないっすね。いよいよダンジョンっぽくなってきたっすね!」
「なんで喜んでるのよ……」
「気にするな。澪が訳の分からないことで喜んだりするのはいつものことだ。それよりこの看板には何が書いてあるんだ?」
澪が近づくと、<燈火>の明かりで文字が照らされた。
「なになに……『第一階層:迷路の間:二時間毎に順路が変わる/全三階層』って書いてあるっすね」
「時間を掛けられないってことね」
「じゃあさっさと行くぞ」
「あ、ちょっと! 急ぐにしても地図を作りながらじゃないと迷っちゃうわよ!」
陽斗は背中越しに振り返って得意気に笑う。
「大丈夫だ。俺は迷路で行き止まりに当たったことはあっても、迷ったことは一度もないんだ」
「あ、陽斗様! 総当りなら壁に手を付けるといいっすよ! 壁に手を! あとクラ○カ理論っす! まず右に行ってみるっす!」
「また漫画に出てた知識か? あてになるのかそれ?」
「大丈夫っすよおっ」
緊張感のない主従に、ソフィーは地団駄を踏んだ。
「~~~っ! もう、迷っても知らないわよ!」
ソフィーもまた二人を追って、迷宮へと足を踏み入れていった。




