第53話「忠告 ――体験終了――」
「あはははっ。リリィ! 早く早く!」
木々がまばらに立ち、まだまだ頭上を遮る物が少ない草原と言えるような場所。
七歳の少年が下草を踏みしめて先を行く。
「ま、待ってよぉ……ベイぃ……」
今にも泣き出しそうな頼りない声が、少年の背中に追いついた。
ベイルスツァートは立ち止まり、
「リリィ早く! シャノンがこじらせた風邪をなおすのに、やくそうをとりに行くんだろ!」
「あ、あんまり町から離れたらダメだって、パパとママがぁ」
「大丈夫大丈夫! ここくらいならはぐれの小さいモンスターがいっぴき出てくるだけだから、僕がけんを持って、わっ! って大声だすと逃げていくんだ!」
ベイルスツァートは幼馴染の女の子に向かって、自慢するように木刀を掲げてみせた。
「で、でもぉ……」
「もーそんなに来たくないなら、来なくていいよ! 僕が一人でとってくるから!」
彼らしからぬ物言いだった。
ベイルスツァートは自分がいるから大丈夫だと言っているのに、なお怯える少女に少しだけ自尊心を傷つけたのかもしれない。
自分が頼りないと思われているようで。
「ま、待って! 私も行くからぁ」
ずんずん先を進んでいくベイルスツァートを追いかけるリリィ。
ベイルスツァートたちはやがて、浅い森の中へとやってきた。
「ううぅ……くらいよぉ」
リリィの口を割るのは差し込む光のように弱々しかった。
「だ、大丈夫だよ! こういうときは歌でも歌えば、怖いのなんてとんでいくんだ!」
ベイルスツァートもまた少しだけ怖くなってきたのか、声を張り上げて陽気な歌を歌い出す。
「――♪ ――♪」
リリィもまた小さな声だがメロディを口に乗せ始めた。
そうして恐怖心を打ち払ったのは良いものの、ベイルスツァートはそれまで幼いながらに周囲へ向けていた注意力が散漫になったことに無自覚だった。
大声を出していれば、どうしても小さな音は聞き逃す。
歌など歌っていなければ、シュルシュルと近くを蠢くモンスターの音にも気付けたかもしれない。
歌と薬草を求めて遠くを見る視線、そして頭上の微かな光。
それらが足元への意識を根こそぎ奪っていた。
ベイルスツァートが前を横切ったポイズンスネークの尻尾のほんの先っぽを踏む。
そしてその牙は、早歩きでその場を離れていくベイルスツァートではなく、おどおどと彼の足跡を辿るリリィに向かった。
「――♪ ――♪ ……リリィももっと大きな声で……リリィ?」
彼が振り向いたのは、足を噛まれたリリィがちょうど倒れるところだった。
「リリィ!」
■
「僕がリリィに駆け寄ると、ポイズンスネークはまだ彼女の足に噛み付いていて、意地でも離さないといった感じだった。夢中で僕はそいつを木刀でメッタ打ちにして殺すと、急いでリリィを担いで町へと帰った。……本当にギリギリだった。その時ちょうど町にいた光属性を使う、腕の良い冒険者がいなかったらって思うと、今でもぞっとする……」
「…………」
「リリィの足の怪我だけどね」ベイルスツァートは親指と人差し指の間をほんの少しだけ空けてみせた。「こんなに小さな噛み跡だけだった。それでも彼女は、魔法での毒消しがあと少し遅かったら確実に死んでた」
ベイルスツァートは己の行いを悔いるかのように、拳を握りしめていた。
しかしその拳は、すぐに決意のにとって代わる。
「どんなに僅かな怪我でも死に至る可能性がある。彼女らには傷一つ負わせたくない。そう思ってそれ以来防御に重点をおいて鍛えているんだ。偶然にもぼくの魔力は地属性――防御向きだったからね」
「そんなことが……」
ベイルスツァートが陽斗を見る。ここからが本題なんだと言いたげな、まっすぐな瞳で。
「君の戦い方を見れば分かる。ハルトが前衛で……」ベイルスツァートは遠くにいる澪とソフィーを見る。「彼女たちが君の後ろを守っているんだろ?」
「あ、ああ」
急に図星を当てられ、陽斗はドキリと心臓を跳ねさせた。
「君は少し、相手の攻撃の意思に鈍感なところがあると思う。君は気勢を上げて、モンスターや敵と対峙する恐怖を消しているのかもしれない。でも同時に相手からの反撃されるという想定をも、頭から追い出していないかい?」
「俺が……?」
「そう。まあ、モンスターの恐怖イコール攻撃されるという不安だろうから、二つに差はないのかもしれないけどね。……君、試合の最後に僕が反撃を狙っていたのには気付いていたかい?」
「い、いや……」
「そう……まあ君の反射神経なら、僕程度の攻撃はなんなく躱せていたかもしれない。……でもこれだけは言わせてくれ」
ベイルスツァートが足を止めたのに合わせて、陽斗も立ち止まる。
二人は向かい合った。
「陽斗の気勢や連続攻撃は、反撃されたくないという心の裏返しにも見える。それが相手の攻撃の予兆を見逃して――いや、見たくないとばかりに目を塞いでしまっているんじゃないかな。あんな攻撃一辺倒な戦い方をしてたらいつか――」
ベイルスツァートの指摘は正しかった。
だからこそその一言は、今まで陽斗が蓋をしてきた心に深く突き刺さる。
「――仲間を殺すよ」
「――っ」
これはお互いを高め合う感想戦。ベイルスツァートの忠告は純粋なアドバイスのはずだ。
なのに彼の言葉は刃のように陽斗の心を千々に乱し、続く言葉も頭に入ってこない。
「理想は心は熱く、頭はクールに――……」
曇天の空は陽斗の心に湧き上がる不安を写しだしたかのようだった。
■
「今日はありがとうございました。生徒たちの良い刺激になったと思います」
再び眼帯を装着したアリサはそう言って頭を下げた。
場所は学院の校門。下校時刻だが、ほとんどの生徒は寮生である為、陽斗たちはさほど目立たないで済んでいる。
見送りにベイルスツァートたち三人もいる中、アリサが指に手をかけた。
「これがお約束の報酬です」
アリサが心なしか沈んだ表情を見せる陽斗に指輪を渡そうとする。
すかざす間に澪が割り込んだ。
「ありがとうございますっす」
「ふふ」
「? どうしたんすか?」
「何でもないですわ」
澪は首を傾げながらもさして気にしていないようだ。
いや、アリサよりも気になる存在がいたと言うべきだろうか。
「……じゃあそっちで私に熱い視線を下さる同業者さんは?」
「ナタリーはあなたがとても気になるようですわ」アリサはナタリアに視線を送り、意味ありげに微笑んだ。「ね?」
「はい」
間髪入れずの即答だが、その目は質問者である主には向けられておらず、澪を見つめたままだ。
澪はペコリと真剣な表情で腰を折る。
「すいません。私はそういう趣味じゃありませんので。他をあたって下さい」
「あら、振られてしまったようですね。ナタリー」
「はい。とても残念です」
その光景を眺めていたソフィーが陽斗に耳打ちしてきた。
「……ねえ、何これ? 三人とも本気でやってるの?」
本当に分からないといった気持ちを滲ませる声音だ。
「安心しろ。俺も分からねーから」
「ああ、それと」
アリサが胸の前で手を合わせて言う。
「それとその制服は差し上げます。記念にお持ち下さい」
「ありがたく貰っておきますっす」
すると話が一段落つくのを待っていた、ベイルスツァートが前に出る。
「今日は思い知らされたよ。学院の外にも強い同世代がいたってね。昨日はミオさんの実力を疑うような言い方をして悪かったね」
ベイルスツァートが手を差し出す。澪はその手をとった。
「気にしてないっすよ」
ベイルスツァートはソフィー、陽斗の順に握手して別れを惜しむ。
彼は陽斗の前でだけこう言った。
「僕が言ったこと忘れないでね。君たちにはまた会いたいと思っているから」
「あ、ああ……」
陽斗は反射的に頷く。
「何のことっすか?」
「い、いや、何でもない」
「?」
こうして魔法魔術学院での一日は幕を閉じた。
踵を返し前を歩く二人の背中を眺め、陽斗はチクリと心にトゲが刺さったのを感じた。




