第52話「男子リーグ ――ベイルスツァートVS陽斗――」
「試合開始ッ!」
火蓋が落とされると同時に、陽斗は猛然と駆ける。
「――ゥオオオオオオッ!」
「ヒィッ」
澪の殺気が暗器を首筋に当てられたようなものだとすれば、陽斗の気迫は大魔力に裏打ちされた城壁や大軍が押し寄せてくるかのような物量的なプレッシャーだ。
暗器に気付かない者がいたとしても、大軍に気付かない者はいない。
〈身体強化〉の時点で陽斗の膨大な魔力を感じて怯えていた対戦相手の男子生徒は、完全に陽斗の迫力に呑まれ動けなくなった。
「ウラアアアアアッ!」
相手はなんとか陽斗の剣と自分の体の間に剣を滑り込ませたが、腰の入っていない防御は簡単に吹き飛ばされる。
「ぐあっっっ」
「場外! それまで。勝者ハルト!」
「ッシ!」
三戦目を終えた陽斗は舞台を降り、次の試合までまだ間があることを確認すると、地べたに腰を下ろす。
何とはなしに男子リーグ戦を眺めていると、ベイルスツァートが隣りに座った。
「三勝目おめでとう」
「おう、サンキュー」
ベイルスツァートはそのまま無言で試合の進行を見ていたが、数試合が終わるころ陽斗に問いかけた。
「……君から見て、どうだい。ウチのクラスの戦いは」
「なんつーか、気合が足りねーって感じ」
「あははっ。気合か。うん、そうかもね」
気勢というのはなかなか馬鹿にできない。
運動器官の働きを上昇させたり、痛覚の麻痺を起こすアドレナリンが出すことができる。
また『気を呑まれる』という言葉があるように、相手の威に萎縮して動けなくなるというのは実際にある。
雑な大声であったとしても、そこまでできればそれはもう立派な技だ。
それはベイルスツァートも理解している。
「ハルトは冒険者だったね」
「ああ」
「これは別にハルトや冒険者を馬鹿にしているという訳ではないんだけど、この学院の生徒は良くも悪くもプライドというかエリート意識が強いからね。大声を上げて戦うのは野蛮な冒険者だけで、自分たちには相応しくないと思っている節がある」
陽斗は今もなお行われている試合を見て、
「……なるほどな」
男子生徒が試合中に発する言葉はせいぜいが詠唱程度。
動きもどことなく無駄が多い。誰の真似をしているか分からないが、おそらくそれを格好良いと思っているのだろう。
「ここの卒業生は騎士団とかに入って、モンスターを相手にすることもあるんだろ?」
「あるよ。中央の卒業生はキャリア待遇だから人気の就職先の一つだね」
キャリアと言っても、やはり一度は現場を経験させられる。
しかしモンスターの相手は基本的に冒険者がする。
騎士がモンスターを相手取る時というのは、災害級のモンスターが街近くに現れた時もしくはその危険がある時だ。
「じゃあなおさら気合は大事だ」
「……実感がこもってるね。理由を聞いても?」
「まあこれは俺の実体験だから、全員がそうとは限らないがな。……モンスターってやっぱり怖えーんだよ」
「……以外だね。キミは怖いもの知らずだと思ってた」
「俺ってどんなイメージ? まあいいや。モンスターってのはどいつもこいつも人間を殺すことしか考えてねー。そんな奴らばっかだ」
「そんなに? 中には大人しいモンスターだっているんじゃないのかい?」
「いや、あいつらはそんな優しいもんじゃない。……少なくともそう思ってた方が無難だと俺は思う」
「……なるほど」
ベイルスツァートは何か思い当たるフシがあるかのように頷いた。
「ま、何が言いたいのかっていうとだ。俺程度の、相手を殺そうとすら思ってない気迫に動きを止めてるようじゃ、生き残るのは難しいと思うぞ。モンスターは俺以上に怖いし、容赦がねーからな」
陽斗が言い終えるとちょうどベイルスツァートの審判順だった。
彼は立ち上がり、
「ありがとう参考になったよ。特にモンスターへの認識は改めさせられた。さっきまでの僕だと、モンスターの凶暴性を理解しないまま変に手心を加えて、逆に殺されていたかもしれない」
「そう言ってくれると俺も恥ずかしい話した甲斐があったな」
ベイルスツァートは苦笑したが、ふっと一瞬だけ顔に影を落とす。
「……それでも僕は、威勢や気勢も良し悪しだと思うけどね」
「え?」
陽斗が純粋な疑問から「どうしてだ?」と尋ねようとすると、ベイルスツァートはクラスメイトから名前を呼ばれる。
急げということらしい。
「分かった! 今行く!」ベイルスツァートは暗さなど微塵も感じさせない表情で、座る陽斗を振り返る。「ハルト、この話はまた後で」
「ああ、頑張れよ」
ベイルスツァートは微笑んで手を挙げてみせた。
「……爽やかだなあ」
しかし威勢や気勢も良し悪しだと言った時に見せた、一瞬の暗い表情は何だったのか。
「……まあ後で聞けばいいか」
■
陽斗は順調に勝利を重ねた。
生徒たちは既に顕在化している魔法の才能で言えば、それを使えない陽斗を上回るのだろう。しかし身体能力ではモンスターや人間相手に前衛で戦う陽斗には到底及ばない。
そしてさらに生徒たちには実戦経験がなさすぎた。
ついこの間まで中等学院生だった15,6歳の少年たちに比べて、冒険者として生き死にを乗り越えている陽斗とは纏う空気感が違った。
殺気とまではいかないものの、陽斗は勝利をもぎ取ろうとする力強さで相手を圧倒している。
剣を合わせる前に棄権する生徒までいる始末だ。
陽斗とベイルスツァートは陽斗の三戦目が終わった時以降、審判や試合ですれ違い話をする機会は訪れなかった。
■
そして。
ついに男子トーナメントは1敗を賭けた、緊張の一試合を迎える。
ベイルスツァートVS陽斗。
お互いにここまで無敗を通している。
突然やってきた二人の美少女体験生同士の試合ということで、少なからぬ男子生徒がそちらへ流れる中、二人は無言で向かい合っていた。
(負けないよ)
(負けねーぜ)
互いに友達といえど勝負の前に語ることはないと、目が語っていた。
審判役の生徒がそんな二人を交互に見やり、勢い良く振り下ろす。
「始めッ!」
陽斗は今までのように、喊声を上げてスタートダッシュを切ってくる。
ベイルスツァートはその場を動かない。
「――ここまでの試合、二人の戦闘スタイルはほぼ対極を貫いてきている」
メガネの生徒が訳知り顔で呟く。
それに隣りにいた坊主頭の生徒が応じた。
「ああ、攻めのハルトに対し……」
ベイルスツァートは他の生徒のように足が竦んでいるのではない。
その証拠に彼の口が敏速に言葉を紡いでいた。
「――〈創造・地の盾(クリエイト・アースシールド〉)!」
地属性の第七位階魔法〈創造・地の盾〉は、周囲にある〈地〉に属するものを使って盾を作り出す物質系魔法である。
石舞台が削られ、ベイルスツァートの手と地面の間に平行に挟まった魔法陣を通ると、片手で持てる大きさの盾がベイルスツァートの手に形成されていく。
もちろんただ石を削りだしただけの盾ではない。石はただの代償――供物だ。
石の面影をほとんど残さない盾は軽く取り回しがしやすそうでいて、頑丈さをも持ち合わせたまさに魔法のような一品。
「ウラァ!」
陽斗はベイルスツァートに斬りかかる。
剣と盾がぶつかり合うが、ベイルスツァートの足はまるで地に根を張ったかのようだった。
ベイルスツァートは地属性の〈身体強化〉を発動させていた。
地属性の〈身体強化〉は強化される身体能力の中でも特に防御力を最も上昇させる。
とは言え陽斗の豪腕を防ぎきったのは称賛に値する。
至近距離で眼と眼を合わせる。
やはり二人の口は勝負の中にあって硬いままだが、男くさく互いを認め合っているのはその表情を見れば一目瞭然だった。
(やるな)
(君こそ)
陽斗が猛攻に出た。
「……ここまで一つの魔法を使うことなく勝負を決めてきていたから分からなかったが、彼は魔法使いではなく武術師?」
「いやここは魔法魔術学院だ。魔法使いでない者を、体験とはいえ、学院長が入学を許可する訳がない。魔力型にしてもなおざり過ぎる〈身体強化〉を見るに、おそらく魔力コントロールが下手か何かで、魔法が使えないのだろう」
「なるほど……だがそれにしてもこの魔力量はちょっと尋常じゃないぞ」
二人の男子生徒に冷や汗が流れる。
持久戦になれば陽斗が弱いだろうと思っていた生徒たちだったが、当てが外された形だ。
「彼が魔法を扱えるようになった時が怖いな……」
「ああ……だが今は使えない」
「だからこその、この攻勢なのだろう。ベイに魔法を使わせない気だ」
陽斗の詠唱をさせる隙も与えないラッシュラッシュラッシュ。
一方のベイルスツァートは魔法を使おうと距離を取りたい。
だが陽斗がそれをさせてくれない。
陽斗がベイルスツァートの顔面めがけて、斬りつけてくる。
当然のようにベイルスツァートがそれを防ぎ、盾で遮られた視線を空けた時――
「いないっ!?」
その瞬間、ベイルスツァートは己の直感に従って跳んだ。
足裏の下を暴風が通り過ぎていく。
「……くおっ!」
「――チッ」
学院の生徒は自分が魔法使いであることに誇りを持つ者が圧倒的多数である為、まだ未熟な一年生ほど魔法だけで戦おうとする。
学院で共に生活する内に、互いの魔力量を把握しているのもそれに一役買っているだろう。
だからこういった苛烈とも言える攻めは、ベイルスツァートにとって初めての経験だ。
ベイルスツァートは上下左右からひらめく、流れるような連続攻撃を盾で防ぎながら思う。
(魔力量も凄いけど……っ! 厄介なのは、この終りが見えない連続攻撃を支える体力だ……っ!)
一瞬でも気を抜けば、その瞬間に身体を真っ二つにされそうな気迫が一撃一撃に篭っていた。
だが防御だけなら自信がある。
反対にベイルスツァートから見て陽斗は防御が甘い。
(その間隙を縫えれば、勝機はある!)ベイルスツァートは陽斗の癖まで見抜いてやると言わんばかりに観察する。(そしてそれは……ここだ!)
しかし。
ベイルスツァートが剣を突きだそうと、ピクリと筋肉を動かした瞬間。
「――そこまで!」
宣言と共に両者の動きがピタリと止まった。
ベイルスツァートは「ふう」と目を閉じて、諦めたように剣を下ろした。
二人は膝を突き合わせながら荒い息をつき、数十秒経ってようやく言葉をかわした。
「引き分け……か」
「ハルト体力ありすぎ、連続攻撃途切れなさすぎ……」
「あー……」
陽斗は転移してきたログハウスでの修行を思い出す。
「鬼教官にしごかれてな……ベイルの防御にも隙が全く無かったぜ」
「ありがとう。防御は僕が一番心を砕いて鍛えてる項目だからね」
「なんでまた? 文句をつけるつもりはないが、防御だけじゃ勝てないだろ?」
「……次の試合の邪魔になる。ひとまず舞台を降りよう」
二人はそのまま息を整えがてら、少し歩くことにした。
「……さっきの質問だけど、実は君の三戦目の後に話したことにも関わってくるんだ」
「気合や気勢も良し悪しって奴な。気になってたんだ、それ」
「あんまり人に話すことでも無いんだけどね。……ハルトには生きていて欲しいから、これは僕からのアドバイスだと思って聞いて欲しい」
「ああ」
ベイルスツァートはちらりと女子リーグ戦の方へと視線をやる。
「リリィは今でこそ元気だけど、昔に一度だけ生死の境を彷徨ったことがあるんだ」
「病気か?」
ベイルスツァートは首を横に振った。
「いや、事故だ。けどその原因は僕にある……」ベイルスツァートは己の手の平を見つめた。「……僕が危うく彼女を殺してしまうところだったんだ」
晴れていたはずの空にはいつの間にか、分厚い雲が立ち込めてきていた。




