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第51話「女子リーグ ――ソフィーVS澪――」

 ソフィーVS澪戦、試合会場。

 見目麗しい美少女二人が向かい合う。

 また、突然現れた体験生同士の一戦とあって、女子だけでなく男子からの注目度も高い。


 ソフィーは剣を持っているが、澪は無手。

 本来ならばソフィーの方が有利と見る者が多いだろう。しかし強者の匂いは澪の方から漂ってくる。

 観客たちは固唾を呑んで、前哨戦である舌戦を見守った。


「練習では何度か手合わせしたことがあったけど……これが初試合ってことになるのかしら。今日は本気で行くわよ」

「へえ? ソフィーは本気を出せば、私に勝てると思ってるっすか?」


 澪から受けるプレッシャーが跳ね上がり、圧倒的強者にしか放てない気当たりが指向性を伴ってソフィーにぶち当たる。


「……っ」


 瞬間にしてソフィーの肌に粟が立った。

 身体が、本能が、警告しているのだ。目の前のこの少女と戦ってはいけないと。


(これでも本気じゃないっていうんだから、本当にアタシと同い年かって感じよね……っていうかアタシって水属性の強者に縁があるわよね)


 ソフィーは以前に出会ったSランク冒険者を思い出し、その女性に勝るとも劣らない風格の少女を見ながら確信する。

 この試合は必ず自分の糧になる。

 だからこそ、澪にはきちんと相手して欲しい。


「……さっきまで相手してた子たちには、まるで教師のような戦い方だったわね」


 魔法には魔法で、体術には体術で。まるで見本を見せるかのような戦い方であった。


「ソフィー、一つ教えてあげるっす。私は『こんなの普通でしょ?』とか言って、自分の実力を勘違いするイタイ子ではないんす。ここにいる生徒では私が指導以外で当たれば皆泣いちゃうっすよ?」

「それは……アタシにもかしら?」


 澪はニッと口の端を持ち上げる。


「私に“試合”させてみるんすね」

「……上等っ!」


 同時に試合開始の宣告がなされた。


 ソフィーは開幕ダッシュで澪との距離を詰める。

 澪は魔力の見える魔眼を持っている。

 それでこちらの魔法の発動兆候を簡単に察知するばかりか、直接変換魔力質で絶対に先手は取れない。


(本当にありえない性能チートスペックよね。能力アビリティが二つって聞いたこともないわ)


 顔に水をかけられれば、詠唱ができなくなる。

 無詠唱であっても目が塞がれると、現実とイメージをうまく重ねられず発動速度が鈍る。

 だから――


(まずは近距離で一撃決める……ッ!)


 澪は武器を持っていない。だがソフィーは躊躇わない。

 夢幻結界があるからというのもあるが、遠慮して勝てるような相手ではないと澪を認めているからだ。


 ソフィーが接近してきているにもかかわらず、澪はその場を動かない。

 しかし他の女子生徒とは違う貫禄がその佇まいにはあった。

 ソフィーの気迫如きでは、澪にいささかの緊張感も与えられないのだ。


 正直に言って怖い。

 澪にダメージを通せるイメージが全くと言っていいほど湧いてこないのだ。


(……でも!)


 だがソフィーは、カタカタと鳴りそうになる歯を食い縛って距離を縮める。

 この一歩一歩が澪へ近づく為の歩みとなることを信じて。


「ハアァッ!」


 ソフィーの腹の底を響かせる気合一閃。


 ――だが。

 ソフィーの視界から澪が消え失せる。


「――ッ」


 瞬きの間に澪はソフィーの懐に入り込んでいた。


(いつの間に!?)


 これでは間合いが近すぎる。刃の当たる距離ではない。

 澪はソフィーの気の迷いが生んだ剣速の減衰を見逃さず、ソフィーの手首を掴み流れるように『投げ』の態勢に入る。


「まだよ!」


 ソフィーは澪の足払いが掛かる前に自ら飛ぶ。

 澪の背で一回転して足から着地すると、手放さなかった剣をすぐさま後ろ手に振った。


「おっと」


 なんなく躱されたが、その間に距離をとる。


(甘かった……今のは完全にアタシのミスだったわ)


 懐に入られたくらいで攻撃の手を緩めるなんて馬鹿もいいところ。

 あのまま柄頭で殴るか膝蹴りを入れるかしなければ、実戦だったら自分は死んでいただろう。


(仲間だからつい? ……まだ心の何処かでミオを侮ってた……)


 ソフィーは澪への警戒レベルを引き上げる。


「出会った頃より格段に強くなってるっすね。以前は武器を持ってるが故に、武器と腕だけに意識が行ってたって感じだったっすけど、うん、視界が広くなったっすね」


 ソフィーを鍛えた師匠は、スピードと腕を使った攻撃の手数だけで勝負する魔術師だった。

 あまりの速度に、腕が千本になったように錯覚することから『千腕』の異名を持っている。


 その影響を無意識に受けてしまっていたのだろう。

 自分のスピードでは到底同じことが出来ないにもかかわらずだ。

 それが改善されたのは――


「どっかの誰かさんが詰めの甘い戦い方してるから、フォローしてる中で鍛えられたのかもしれないわね」

「それはウチのご主人様がお世話になってるっす」

「どういたしまし……て!」


(そもそもまずは一撃なんてのが間違いなのよね。なんとか一撃!)


 ソフィーは再び澪との距離を詰める。しかし今度は左右へのステップを入れて軌道を読ませない。

 からの魔法。


「<風の魔球ウィンド・ボール>!」


 緑色の球体が一直線に澪に飛んで行く。

 やはり簡単に躱されるが、これも囮だ。

 本命は回避行動を取った足が地面に着く瞬間を狙ったこの攻撃。


「ハアァアッ――!」


 澪の心中線を狙った突き。

 ソフィーのスピードも相まって躱すことが出来る者はいないはず――だった。


「――まだまだっすよ」


 澪の片足が半月を描き、半身になるといとも容易くソフィーの突きを後方に逸らした。


(嘘! このスピードって……!)


 ソフィーは澪の反射神経とスピードを見誤った。

 風属性の自分がスピードだけは負けるはずがないという驕りもあったかもしれない。


(水属性の〈身体強化〉でスピードもアタシ以上って……どんだけ素の身体能力が高いのよっ!)


 一度伸ばし切った腕は戻すまで攻撃できない。

 当然その隙を澪が見逃すはずもなく、澪のミドルキックがソフィーの腹に刺さった。


「ウッ――!」


 ソフィーの突進力をまるで無視したかのように、後方へと吹き飛ばされる。

 足が本人の意志とは関係なく石舞台に砂煙を作り、緑髪の女剣士は試合会場ギリギリで踏み留まった。


「ハァ……ハァ……」


 息を切らしながらも、ソフィーの瞳の闘志は消えてはいない。

 諦めるということだけはもうしないと決めたのだ。

 だが澪が無情を告げる。


「もうすぐ時間切れっすね。……アレ、使わなくていいんすか? 練習してるっすよね」


 ソフィーは冷や汗を垂らす。


 ――バレてる。


 風の上位属性――“雷”。

 ソフィーはそれを操るに足る魔力の純度を持つが、今まで上手く扱えないでいた。

 というよりもむしろ、この年齢で自在に上位属性を操る澪が異常なのだ。


 少しずつ使えるようになっていけばいい。

 まだ焦るような齢でもないという言い訳は、澪の前に何の意味も成さなくなった。

 故に澪と出会ってから、練習の密度は何倍にもなっていた。


「私なら受け止めてあげられるっすよ。ソフィーの全力」

「……全部お見通しってわけね」

「見えるっすからね」


 ソフィーが今まで雷属性の魔法を不得手にしてきたのは、その魔力の純度故に威力まで高くなりすぎてしまうからだ。

 ただでさえ雷属性は炎属性に次ぐ攻撃力・破壊力を持っている。

 コントロールの失敗は術者ばかりでなく、周囲までを巻き込みかねないのだ。


(でも……)


 ソフィーは、戦場で対峙すると何倍にも大きくなって見える澪に期待の篭った視線を向ける。

 この遥かに自分より強い少女相手ならば――。

 ソフィーは牙をむいた。


「……いいわ。使ってあげる。後悔しても知らないわよ」


 澪は無言でクイクイッと手首を曲げた。


「――――……」


 ソフィーは詠唱を始める。

 澪はそれを妨害しようともしない。


 それどころかソフィーが詠唱を始めた一瞬後には、澪もまた口を動かし始めた。

 ソフィーが発動しようとしている魔法を詠唱から察して、対抗魔法を発動しようとしているのだろう。

 冷気がソフィーだけでなく、観客たちをも包む。


(……敵わないわね……でも今はアタシの最高をぶつけるだけ!)


 ソフィーはパンと柏手を打つ。

 離した手と手の間に幾筋もの雷光が迸った。

 やがて稲妻は魔法陣となり、手の間に収まる大きさだったのが次第に大きくなっていく。


「雷属性第七位階――〈雷鳥エレトォーノ・バチェリ〉!」

「――〈氷世界に住む狼ニブルヘイム・フェンリル〉」


 魔法が完成したのはほぼ同時だった。

 ソフィーと澪が名を叫ぶと、魔法はイメージを超えて現実となる。

 ソフィーの緑色の魔法陣からは身体を雷で構成された怪鳥が出現した。


 時を同じくして澪の水色の魔法陣からは、巨大な動物の前足が生える。

 まるで魔法陣が異界とを繋ぐゲートであるかのように、舞台の上を闊歩して姿を見せた。

 澪の身長の2倍はある巨躯をした氷狼。その背中には文字通り『氷の世界』を背負っていた。街、山、道、川全てが揃っている。


 嵐の前の静けさ。

 そして――二体の獣は敵を前にして咆哮を上げた。


「――KEEEEEEAAAAAAA!」

「――AOOOOOOOOOOONN!」


 ビリビリと空気が震える。

 突如として現れた魔法生物に観客の生徒たちは息を呑み、魅せられたように誰もが目を離せない。

 当然だろう。まずもって上位属性を扱える生徒は彼女らの他にはいないのだから。


「これは……!」

「……す、すごい」

「な、んですの、これは……!」


 シャノン、リリィ、シャスティナも驚きに目を見張る。


「……あら、シャスティ。いつ起きたのですか?」

「ついさっきよ!」


 平素のシャスティナであれば、シャノンにもっと噛み付いていただろう。

 しかしシャスティナはこれ以上目を離していたくないとばかりに、舞台へと視線を戻し呟いた。


「……でもこれは」

「ええ……」

「…………」

 

 三人は呆然と巨大な獣たちを見上げ、そしてただただ遥かな道程を実感する。

 魔法の頂のなんと高いことか。


 魔物アニマル系魔法で生み出された二体の大きさはほぼ同じ。

 しかし。

 その存在としての格の違いは誰の目にも明白であった。


 氷属性第四位階魔法。

 それが〈氷世界に住む狼〉を創造した魔法の正体。

 果たしてこの場にいる生徒の何人が、この領域まで辿り着けるか。

 少なくともこの魔法を直接目に出来た幸運には感謝すべきだろう。


 魔の従者を従えた二人の少女は舞台上で見つめ合い、


「――行きなさい! 〈雷鳥〉!」

「――迎え撃つっす! 〈氷世界に住む狼〉!」


 分かりきった戦い。

 しかしだた歩み続けることを誓ったソフィーチャレンジャーは果敢に挑む。


「――ぁああああああああ!」


 緑の閃光と水色の氷霧の爆発。

 観客たちは高鳴る心臓の鼓動を覚えながら、試合の行く末に刮目した。


「…………」

「…………」


 やがて霧が晴れると、ソフィーの前には巨大な影が。


「……ありがとう」


 氷狼はその前足で、ソフィーを場外へと弾き飛ばした。


「そこまで、勝者ミオ!」


 観客たちが、わっと歓声を上げる。

 澪の初勝利、そして今日のたったひとつの勝利だった。

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