第50話「クラスリーグ戦 ――五・六限目――」
円形闘技場キルクスの舞台下には陽斗たちが体験所属したクラスの男女が集まっていた。
「じゃあ今日は予定を変更して、男女に分かれてリーグ戦をしてもらう」
実技担当の教師がそう言う前から、生徒たちの瞳はギラギラとやる気に満ちていた。
魔力と若さを持て余した生徒にとって、実技が行える授業は人気も高い。
しかも今日は練習ではなく、模擬戦。
体育の授業で延々キャッチボールをさせられるより、ニチームに分かれての対抗戦の方が生徒のやる気が高いのと同じだ。
それに夏が過ぎれば、学内トーナメントの季節。前哨戦を意識しない生徒はいないだろう。
「一試合の制限時間はこの――」教師は砂時計を取り出す。「砂が落ちきるまでだ」
1分30秒といったところか。
90分の2コマで終わらせなければならないことを考えればそれでもギリギリな数字だ。
「審判は次の試合の選手が務めること。主審と計測に分かれてな。試合順はこの紙を参照してくれ。では五分後に第一試合を始める。それまでウォームアップなり、集中を高めるなり好きに過ごしてくれ。解散!」
生徒はそれぞれ闘技場内に散っていき、ストレッチや魔力操作の確認を始める。
「男女別の総当り戦か。おっし、お互い頑張ろうぜ……ソフィー?」
「…………」
好戦的なソフィーには珍しく陽斗たちに背を向けて、黙々と女子の試合会場の方へと去って行ってしまう。
「なんだアイツ? 無視しやがって」
「……あれは宣戦布告っすね」
「え、何か言ったか?」
「いえ、何でもないっす」澪もまた歩き出し、肩越しに振り返って手を挙げる。「じゃあ私も行くっす。陽斗様も頑張って下さいっすね!」
「? おう、澪もな!」
陽斗は澪の背を見送った後、パンと拳と手の平を打ち合わせた。
「目指すは全戦全勝だな!」
陽斗とて負けるより勝つ方が好きだ。
唇の端が勝ち気に持ち上げられている。
「気合充分だね」
「ベイル」
ベイルもまたシャノンやリリィと別れて、陽斗に近寄ってきた。
陽斗とベイルは共に、軽くストレッチをしながら会話を続ける。
「僕とハルトが当たるのは最後の方だね」
「負けねーぜ!」
お互いに全力を出しあうことを確認した後、陽斗はふと疑問に思ったことをベイルスツァートにぶつけた。
「……でも生徒同士で戦うって危なくないのか? 魔法あり真剣ありなんだろ?」
「大丈夫だよ。ほらあそこ……」
ベイルスツァートは無人の観客席の高い位置にある貴賓席を指す。
そこには二つの人影があった。
「あれは……学院長とそのメイドさん?」
「そう今この闘技場の舞台は、学院長が作った特殊な結界で覆われてる。だから安全なんだ」
「結界? 魔法なのか?」
「いいや。学院長の眼帯見たろ?」
陽斗はつい昨日のことを思い出し、頷く。
確かに学院長のアリサは瀟洒な眼帯で左目を覆っていた。
「あの下は魔眼が隠されているんだ」
「魔眼?!」
陽斗はつい大声を出してしまった。
陽斗が知っている魔眼は、澪の魔力を見る魔眼だ。
そしてそれは魔法が使えない陽斗が唯一、空属性持ちであることを証明する能力でもある。
500年前に失われたとされる空属性がこの異世界に再び現れたとなれば、騒動となるのは必死だ。
それ故陽斗たちは隠してきた。
それがよりにもよって、セブリアント虹族の者にバレたかもしれない。
陽斗が驚愕するのも、やむなしといったところだろう。
しかしベイルスツァートは陽斗の驚きを、魔眼の希少性に拠るものだと勘違いしたようだった。
「そう凄いよね。しかもその能力が夢幻結界っていうフィールドを作り出すんだ。夢幻結界内であった怪我が結界の外に出ると、なかったことにできる能力。効果範囲は最大でもこの舞台くらいらしいけどね。それでも虹族の人たちの才能は本当に豊かで羨ましいよ。“結界を作る魔眼”も歴史上初めて発現が確認されたユニーク能力だし……それでも何故か空属性だけは、500年前に失われてから一度も発現しないんだけどね」
虹族の能力保有率は異常だ。
親等が遠くなると能力を持たなくなるが、現セブリアント家の直系一族は全員がなんらかの能力持ちである。はっきり言ってチート一族だ。
中でもアリサの能力の意義は大きい。
学院トーナメントの事故率が下がったことで、よりエンターテインメント性が増し、観光客も増えた。
一部の生徒の間では『夢幻姫』と呼ばれて、崇められているほど。
「へ、へーじゅあ怪我とかは気にしなくてもいいってことなんだな」
陽斗は心中で安堵の溜息を漏らす。
(空属性持ちだってことが、バレた訳ではないらしいな……)
「……っとそろそろ時間だね。準備はいいかい?」
「――ああっ!」
■
「オーホッホッホッ!」
舞台の上で向かい合ったソフィーに、シャスティナが高笑いを投げ掛けてくる。
「ハルトとかいう者を叩き潰せないのは残念でなりませんが、まあ、あなた達で勘弁してあげましょう。あなたの次は茶髪サイドテールですわ!」
「…………」
「……だんまりですの? 張り合いがありませんわね。まさか棄権なんてなさらないでしょうね。まあ? ここまで全勝のワタクシの力に怖気づいたというのも分からなくはありませんわ。オーホッホッホッ!」
シャスティナがようやく武器を構え、審判の女子生徒が手を振り下ろす。
「始めっ!」
「ワタクシの華麗な光魔法をお見せしますわ!」
シャスティナはそう言って、目を閉じ詠唱を口ずさみ始める。
それは彼女の高慢な態度からは想像もできない、歌姫を思わせる綺麗な音色。
しかし――
「邪魔よッ!」
「え? ――うっきゃあっ!」
その場で動きを止めるシャスティナに、高速で近づいたソフィーの一閃。
シャスティナは場外まで吹き飛ばされ、壁に激突。目を回して気を失ってしまった。
あまりに呆気ない幕切れに、審判も目を白黒させ、なかなか判定を下さない。
「……ふんっ」
ソフィーは少しだけささくれだっていた心の気を晴らす。
実技の授業の冒頭からソフィーはイライラし始めていた。
まずリーグ戦が男女別なのが気に入らない。
(なんで? 男と戦ったら女が負けるから? 舐めんじゃないわよ!)
そしてそんな女子たちの戦い方も癇に障る。
開始位置から動かない女子が多すぎる。誰も前に出て攻めようとしない。
魔法に自信があるのはいい。
だがその発動があまりにも遅い。その上詠唱中にも動かない。
それは守ってくれる誰かがいる前提での戦い方だ。
一対一で取る戦法ではない。
(あーイライラする!)
しかしそんなソフィーの矜持をチクチク刺激するリーグ戦も、ただ一つだけ感謝しても良いと思えることがある。
ソフィーはペロリと唇を舐めた。
(……とうとうこの日が来たわね)
ソフィーは視線を舞台に上がる階段へと向ける。
ここ一月ほどで見慣れた、美しくも愛嬌のある笑顔を浮かべた少女が試合会場へと足を掛けていた。
――圧倒的な闘気を纏いながら。
■
時間は少し戻る。
円形闘技場キルクス観客席。
その貴賓席には、12歳にして気品溢れる佇まいの美少女と、神秘的な表情――無表情ともいう――を浮かべた美女メイドの姿があった。
二人は眼下で行われる生徒たちの模擬戦を鑑賞している。
少女の愛らしい唇が割れ、鈴を転がしたような声を発した。
「彼女……どう思います? ナタリー」
今は眼帯を解き、左右で色の違うアリサの瞳が見つめる先は澪だ。
澪の初戦がまもなく始まろうとしている。
「どう……とは?」
「あなと比べて。……勝てる? 彼女に」
「勝てるか……ですか。お嬢様に似合わず、また物騒な聞き方ですね。あの少女に何かあるのですか?」
アリサは誰にも――ナタリアにも――聞こえないようなか細い声で囁く。
「だって場合によってはあなたを派遣しなければいけませんから」
「……何か、仰いましたか?」
「いいえ、何でもありませんわ。あなたとどちらが強いかを気にしたのは、ただの好奇心ですわ」
「左様ですか」
「左様です、ふふっ」
アリサは楽しげな笑みを浮かべてナタリアを振り返る。
ナタリアは、いつも大人な振る舞いを心がけている主人が浮かべる、無邪気な笑顔に一瞬呆気にとられた。
しかしすぐに主人の問いかけに答えていないことに気付き、視線を澪の方へと向ける。
「……試合を見てみないことには何とも申せませんね。今のところ佇まいに隙はないとだけ」
「そうですわね。……あら、ちょうど始まりますわね」
アリサの言う通り、審判役の女子生徒の合図で試合が始まる。
だがアリサはおかしいことがあることに気付く。
「……? あらミオさんは〈身体強化〉を唱えないのでしょうか」
模擬戦では怪我を防ぐ為、試合が始まる前に〈身体強化〉を掛けることが許されている。
澪の相手は〈身体強化〉をしっかり掛けていた。
しかし澪からは魔力を感じない。
相手もそのことに戸惑いを見せているようだった。
「…………」
使えないのでしょうかと首を傾げるアリサ。
だが、ナタリアはそれで澪の評価を下げることをしない。むしろ目を細めて感心する。
「お嬢様は今、一回死にました」
「まあ怖い。ですがナタリーは教導となると途端に口が悪くなりますものね、わたくしもう慣れてしまいましたの。……それでどういう意味です?」
「あの娘は魔力型の〈身体強化〉を発動しているのです。それも小指の先ほどの魔力も漏らさない完璧な魔力コントロールで」
「なるほど……〈身体強化〉を発動していないと油断して近づけば、それで終わりという訳ですのね」
澪が何か言ったのかもしれない。相手が魔法を唱え始めた。
火球の魔法を発動した相手生徒に対し、澪は水流の魔法で対抗。
火球は一瞬にしてかき消された。
「……能力ですね。それも水の国の女王と同じ、水属性魔力を魔法を介さずに変化させる“直接変換魔力質”でしょう」
「能力ですか。ミオさんは才能がお有りでいらっしゃるのですね」
アリサがこういった物言いをするのに珍しさ感じつつも、ナタリアはこう言わずにはいられない。
「……お嬢様がそれを言いますか」
「ふふ」
澪は火球をあっさり消され、精神的に怯んだ相手に追撃することなく、終始余裕の態度を取り続けた。
結局、試合は引き分けで終わる。
その後もちろん連戦ではないのものの、澪の試合は順調に消化されていった。
「……ここまで0勝0敗11引き分け、ですか。学生程度本気を出すまでもないということなのでしょうか」
「違いますね」
ナタリアの逡巡すら無い強い口調にアリサはどういうことかを尋ねようと振り返る。
そして僅かに瞠目した。
「……一秒でも本気を出せば、学生程度一生立ち直れなくさせてしまうからでしょう」
そう言うナタリアは笑っていた。
強敵に恵まれずに学生生活を終えた孤高の天才の笑みは、飢えた獰猛な肉食獣がやっと餌を見つけた時のよう。
「…………まあ怖い」
その一言は、誰に向けられたものだったのか。
アリサは再び舞台を見下ろす。
次は澪の仲間であるソフィーとの一戦だ。
しかしアリサのオッドアイは澪ではなく、もう一つの試合。
男子リーグ戦を写していた。
澪VSソフィー戦と同時になってしまった、陽斗VSベイルスツァート戦を。
「……いつかお兄さまとお呼びしたいですわね。ふふっ、許してくださるかしら」
そこにあるのは対外用の大人の仮面を被った貴族ではなく、いつかの期待に胸を膨らませ楽しそうな笑みを浮かべた少女の姿だった。
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