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第47話「体験入学 ――朝――」

 陽斗、澪、ソフィーの三人は中央高等魔法魔術学院の制服に身を包み、教壇の横に立っている。

 騎士風の制服は日本の学生服と比べると華美で、陽斗にとっては羞恥を覚えさせるものだった。

 しかしソフィーは全く気にしていないようだし、澪に至っては何故か嬉しそう。

 呟いていた「ちちぶくろ」の意味はよく分からなかったが、きっと碌な意味ではないと思って聞いていない。


「今日一日だけ皆さんと一緒に授業を受ける三人です」


 七三分けの教師が大学の講義室のように、段差のついた机に座るクラスの生徒に向かって陽斗たちを紹介する。


「それではそれぞれ自己紹介を」


 教師のすぐ隣りにいた陽斗が目線で指名され、一歩前に出る。

 陽斗は瞬きの間言葉を探す。


「えっと、陽斗です。今日は一日――」


 バン! と陽斗の言葉を遮る音が鳴った。


「納得いきませんわ!」


 視線を向けると、金髪を縦ロールにして大きく盛り上がった胸の前に垂らした女子生徒が、立ち上がって陽斗たちを睨んでいた。

 教師がメガネに触れながら困惑したように言う。


「えー……シャスティナさんは何に納得がいかないのですか?」

「それはもちろん、この才能ある者しか入学を許されない神聖な学び舎で、どこの馬の骨ともしれない者たちに崇高な授業を受けさせることがですわ! 聞けばろくに試験も受けていないというではありませんか!」

「神聖? イジメがある……わぷっ」

「澪、余計なこと言うな」


 柳眉を逆立てるシャスティナと呼ばれた女子生徒は、なおも声たかだかに食って掛かる。


「そもそも授業について行けますの? ワタクシ嫌ですわよ。低レベルな者に合わせて、いちいち授業が止まるのは」

「えー……それは」


 教師はチラチラと陽斗たちを見て、言葉に詰まる。

 シャスティナの言う通り試験を受けていないので、教師にしても陽斗たちの学業レベルは知らないのだ。

 煮え切らない態度をとる教師に痺れを切らしたのか、シャスティナはビシッと擬音が聞こえそうな勢いで指を向けてくる。


「そこのあなた!」

「え、俺?」

「そうそこの間抜けそうな顔したあなたですわ!」


 陽斗は、相手を殺しそうな雰囲気で一歩踏み出した澪の足を、踏んで止めた。

 シャスティナは澪の殺気には気づかなかった様子。


「何だ? でこロール」

「んなっ?!」


 教室のあちこちから吹き出したような笑い声が上がる。

 どうやら陽斗と同じようなアダ名をつけている生徒がいたらしい。

 陽斗がざっと見渡した所、女子生徒が多いようだった。


「あ、あなた……!」


 顔を真赤にしたシャスティナが、陽斗を睨む。


「言っとくけど、先に人の身体的特徴を揶揄したのはお前だぜ。文句があるなら自分に言えよ」


 教壇まで聞こえてくる「ふぎぎぎ」というのは、どうやらシャスティナが牙を鳴らしているらしい。


「……まあいいですわ! これじゃ話が先に進みませんからね。先に譲歩するのが、低劣な者には出来ない大人の対応というものですわ!」


 皮肉を言わないといられない質のようだ。

 シャスティナは声高らかに笑いを上げた。


「オーッホッホッて笑う人本当にいるんすねえ」


 澪は少しだけ毒気を抜かれたようだ。

 陽斗は澪の呟きは無視する。


「で、何の用だ?」

「ワタクシがテストして差し上げますわ! この学院に相応しいかどうか、この入学後テストで一位の、ワタクシが、直々に!」


 陽斗の心は「面倒くさい、帰りたい」という気持ちに支配され始めていた。

 きっと答えなきゃ終わらないんだろうなあと、げんなりした気持ちで訊ねる。


「……まあ一応、聞くよ」

「……ふん。では答えなさい。魔法歴学から……何故我々ヒト主が属性魔力を持つに至ったのか。学会で発表されている有力説の内、最低3つを挙げた上で、どれが最も真実に近いか。根拠と共に述べなさい!」

「知らね」

「知ら……えっ?」


 陽斗は「今のお前の顔のほうがよっぽど、間抜け顔だぞ」と言いたいのを我慢しなければならなかった。

 教師や他の生徒達も陽斗の即答に呆気にとられている。

 陽斗の無知に理解が及んでくると、シャスティナは勝ち誇った笑顔で、


「オーホッホッホッ! やはりやはり! 私の目は間違っておりませんでしたのね! さあさあ無知なおサルさんに学び舎は似合いませんわ! さっさと出て行くのが宜しいですわ!」

「い、いや……これは学院長のお計らいで……」


 教師が気弱そうにそう告げるも、シャスティナは高慢な態度を崩さなかった。


「学院長! それはあの時代遅れで過去の栄光に縋り付いている哀れな貴族とも言えないような、半端者のセブリアント家の娘のことですか? 確かにこの学び舎を作ったことは褒めるに値しますが、もうとっくに彼等の時代は終わっていますわ。それなのにいつまでも学院長の座を独占して……私、前から気に入らないと思ってましたの。私が学院トーナメントで優勝して、主席卒業しましたらいずれはここの学院長になって差し上げようと……」


 ぶちっ。

 確かに陽斗はその音を聞いた。


「あーあ……」


 澪のやっちゃったっすねという意味の声が漏れる。

 ソフィーがダンと地面を踏みしめ、威嚇するように一歩前に出た。

 シャスティナを射殺さんばかりに睨みつけている。


「な、なんですのよ」

「アンタねえ、さっきから聞いてればいい加減にしなさいよ! アンタ何様? 将来学院長になる? 今は生徒なんだから大人しく言うこと聞いときなさいよ! 偉っそうに問題出してたけど、アンタも答えなさいよ! 虹国歴36年に始まった祭典で、魔法コンテストの実施を提案し、虹国に人材を集めるきっかけになった人物は何代目の何で誰? 第五代国王の次女クーデリカ様が開発し、今でも六国中に愛されてるお菓子を開発したのは虹国歴何年でなんという名前のお菓子? 知らないでしょ! アンタは六国に何をもたらしたの? 言ってみなさいよ! 六国に何の貢献もしてないのに虹族の方々を悪く言うなんて一〇〇〇年早いのよ! それにアンタ言ったわよね? ろくに試験も受けないで、授業を受けるなとかなんとか。……ろくに知りもしないで、虹族の方々をバカにすんじゃ無いわよ! ……ちょ! ハルト! ミオ! 放しなさいよ! ……ああもう! アンタがアタシの目の前にいたらビンタ一回じゃ済まないわよ! 命拾いしたわね!」


 鼻息荒くシャスティナの方へ向かおうとするソフィーを、陽斗と澪が羽交い絞めにする。


「フー! フー!」

「どーどーっすよ、ソフィー」


 シャスティナはソフィーの剣幕に怯みながらも、言い返そうと再び口を開けた。


「それが――」

「ちょっと待ってシャスティナさん」


 どちらも引きそうになく長引くことになりそうだと陽斗が嘆息しかけた時、聞き覚えのある声が教室から上がる。

 シャスティナは声が掛けられた方向に振り返り、サッと顔を赤らめた。


「べ、ベイルさん……」


 ベイルスツァートは陽斗と視線が合うと、任せてとでも言うようにウインクを飛ばしてくる。


(このクラスだったのか。……っていうかあれほどウインが似合う男子もいないな)


 などと陽斗が益体もないことを考えていると、ベイルスツァートはシャスティナに向き直り、


「君は彼等の体験入学に納得いってないのかもしれないけど、僕は違う。僕は昨日、彼等の実力を見る機会があってね、彼等の力は本物だ。ここにいる皆にだって引けを取るものじゃない。だからここは僕に免じて引いて貰えないかな。それにこのまま時間を浪費してしまうと、授業にだって支障が出る。それはこの学院の講義に誇りを持ってるシャスティナさんにとっても、本位じゃないんじゃないかな」


 ベイルスツァートはそれだけ言うと、「どうかな?」とシャスティナに微笑みかける。

 それはクラスの女子生徒のほぼ全てのハートを撃ち抜く程の、イケメンスマイルだった。

 シャスティナも例外ではなく、更に顔を赤らめて俯いてしまう。


「そ、そのベイルさんがそこまで言うなら……」彼に向けるのとは雲泥のキツイ声音で、「あなたたち! たった一日でもこの学院で学べることを誇りに思いなさい!」


 そういうと着席して、ふいっと陽斗たちから視線を外した。



「ベイル、助かったぜ」


 自己紹介が終わると陽斗たちは好きな席に座るように教師に指示を受ける。

 陽斗たちは一番後ろのベイルスツァートの近くに腰掛けた。


「ああ、気にしてないよ。シャスティナさんも悪気があった訳じゃないと思うんだ。だから許してあげてね」

「私には悪意の塊にしか見えなかったっすよ」


 陽斗を悪く言われたので、憤慨気味の澪。

 そこへ対照的に聞く者の気持ちを自然と落ち着けるような、そんな声が掛けられる。


「シャスティはクラスの仲間には優しいんですよ」


 ベイルスツァートの影には二人の女子生徒が座っていた。

 話しかけてきたのは手前に座っている、金髪の綺麗なストレートロングをした、見るからにおっとりとした雰囲気を漂わせた美少女だ。


「紹介するね、手前がシャノン。奥がリリィ。二人とも僕の幼馴染なんだ」


 シャノンはペコリとお辞儀する。


「よ、よろしくお願いします……」


 もう一人はラベンダー色の髪をポニーテールにしている。

 陽斗の視線が向くと、オドオドとした態度でシャノンの肩に隠れた。


「それにしても君たちにあった時には、こんなことになるなんて想像もつかなかったよ」

「俺もだ」


 更に言うと、陽斗は未だに体験入学の勧誘をなぜ受けなければならなかったのか、理解していなかった。

 陽斗は報酬の指輪のことは方便で、澪が単に魔法の学校に通ってみたかっただけ、という可能性を捨てていない。

 澪ならば十分ありうると、陽斗の幼馴染としての経験と勘が断言している。


「あ、始まるみたいだね」


 教師が入れ替わり、一限目の担当教師が教壇に立つ。

 ベイルスツァートは隣にだけ聞こえる声で囁いた。


「分からないことがあったら何でも聞いて」

「ああ、頼りにしてる」

「そうだ。昼食は一緒に食べようよ。学食があるんだ」


 授業が始まってもこうして喋り続けるあたり、ベイルスツァートも見た目通りの真面目一徹というほどではなさそうだ。


「お、楽しみだな。でもいいのか? 毎日弁当作ってきてくれる女の子たちがいるんだろ」

「ベイルは昨日の内に全員に断りを入れていました」

「そりゃ悪い事したな。昨日に続いてせっかくのタダ飯だったろうに。俺たちに気遣わせて」

「べ、ベイは楽しそうに……」


 リリィがぼそぼそと消え入るような声音で喋る。


「え? 聞こえないわよ」


 ソフィーが身を乗り出して聞き返すと、短い悲鳴を上げてシャノンの影に隠れてしまった。


「…………」


 ベイルスツァートは苦笑し、


「悪く思わないであげて欲しい。リリィは人見知りなんだ」

「ああ、気にしてないぜ。ソフィーの目つきが怖いんだろ? 仕方ないよな」

「ちょっと!」


 ソフィーがダンと机に手を付いて立ち上がる。

 リリィはビクリと身体を震わせた。


「あ、あー、君。体験生だね。他の生徒の迷惑になるから静かにして下さい」


 ソフィーは注目を集めていることに気づき、顔を赤くして慌てて着席した。

 陽斗と澪はくくくと忍び笑いを漏らす。


「むう……!」


 ソフィーは頬を膨らませて抗議するしかないのだった。

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