第46話「虹族との邂逅 ――アリサ――」
「なんだよ。俺が一番最後かよ。加勢しようと思ったのに」
振り返った陽斗が見たのは、既に戦いを終わらせた仲間の姿。
「それはこっちの台詞よ。ハルトはよくアタシの援護無しで戦えたわね」
ソフィーがからかうような笑みを陽斗に向ける。
「あのな前から言おうと思ってたんだが、お前俺のことバカにし過ぎだろう。俺だって少しは成長してるんだ。いつまでもソフィーに守られてばかりじゃねーぞ」
「あら、攻撃に気を取られすぎて、アタシにフォローされた回数二桁がよく言うわ」
「うっ……」
それを言われると弱いと、陽斗が言葉に詰まる。
「ソフィーが守ってくれなくても、私が陽斗様を守るっすよ!」
「ミオ、甘やかしちゃダメよ」
軽口を叩き合いながら舞台を降りると、
「お見事です。素晴らしい戦いぶりでした!」
鈴の音のような幼い少女の声と共に、パチパチパチというが音が陽斗の耳に届いた。
手を叩いたのは金髪のロングヘアーを腰まで垂らした12歳ごろの女の子で、左目を眼帯で隠している。
後ろにはメイド服をきた、切れ長の瞳をした美女が控えていた。
「……誰だ?」
突然現れたお姫様のような装いの少女に、陽斗は戸惑いを隠さずに誰何する。
よく見ればメイドのさらに後ろには、イジメられていた三人の生徒の姿があった。
陽斗の視線がその三人に向いたのを感じ取った眼帯の少女は、陽斗の疑問を解くように口を開く。
「わたくしはこの学院で、学院長代理を任されているアリサ・N・セブリアントと申します。こちらの三人から学院の生徒が学外の方と問題を起こしていると聞いて参りましたの」
「学院長? だって……」
「年齢のことですか?」
陽斗は曖昧に頷いた。
「ここの学院長は代々、わたくしの家系の者が継ぐのが伝統です。先代が体調を崩したのですが、他の者は皆、何かしらの役職に就いていまして。唯一暇なわたくしが代理に選ばれましたの」
「……なるほど」
陽斗があまり納得していない様子で頷くと、ソフィーが我慢できないと言いたげに焦れた声音で口を開いた。
「あ、あの!」
「はい?」
「セ、セブリアントって……」
アリサは年齢には似つかわしくない、大人っぽい表情で微笑んで見せる。
「はい。お察しの通り、虹族の末席を汚させていただいております」
「!」
ソフィーは身体を、ピン! と硬直させた。
彼女ほどではないが、陽斗もまたやはりと思うと同時に、驚愕していた。
陽斗は複雑な心境で、改めてアリサと名乗る少女を見つめる。
(一応親戚ってことだよな……? っていうか出会っちまったかあ。バレてないよな? 俺のこと)
そんな陽斗の心の裡を見透かしたわけではないだろうが、アリサが陽斗に視線を合わせた。
陽斗の心臓がドキリと跳ねる。
そんな陽斗を庇うように、澪がサッと二人の間に入り口を開いた。
「私たちはイジメられていた人たちを助けただけっすよ。それとも貴族が相手だから問答無用で捕えるっすか?」
「まさか。そんなことは致しません。それどころかこちらが許しを請わねばならないでしょう」アリサは陽斗たち三人とそれぞれ視線を合わせた。「……今回のことは生徒を御しきれなかった学院、ひいてはわたくしの不徳の致すところです。あの三人には後で罰則を与えますので、お許し頂けませんでしょうか」
そう言ってアリサは腰を折った。
(折り目正しいというか……これが本物のお姫様ってやつか)
謝罪一つとっても優雅さを失わないアリサに、陽斗は毒気を抜かれた気分で肩を竦める。
「もう気にしてないから」
「ありがとうございます」
アリサはニコリと背後に華でも咲かせたような笑みを見せた。
「じゃあ俺たちはここの図書館に用があるから」
陽斗はそう言って踵を返そうとした。
「お待ち下さい」
「……何だ?」
「あなた方はどこかの学院に在籍されているのですか?」
「してないが……生徒じゃないと図書館は使えないってことか?」
「そんなことはありません。学院の図書館はどなたにでも門を開いております。そうではなくあなた方を我が校に、と思いまして。実力は――」
舞台の上で伸びている三人のイジメっ子をチラリと見やり、
「我が校においても申し分ないかと存じますわ」
「申し訳ないが、俺はパス」
陽斗は少しも考える素振りを見せずに答えを出した。
ここへは日本に帰る為に足を運んだだけで、その手掛かりが得られなければ、学院に用はないからだ。
なおもアリサは食い下がる。
「一日の体験入学ということではいかがでしょう? あなた方の実力は生徒たちにも良い刺激になると思いますの」
「うーん……」
陽斗は困ったように眉根を寄せる。
遠い異世界の親戚の頼みを聞いてあげたいのはやまやまだが、日本で心配してくれている人たちのことを考えると一分一秒も無駄にはできない。
「やっぱり――」
断ろうとする陽斗が口を開きかけると、思わぬところから待ったが掛かる。
「――ちょっと待って欲しいっす」
それは陽斗にではなく、アリサにとっての鶴の一声だった。
「条件付きでなら一日体験入学を受けてもいいっす」
「澪?」
澪は陽斗を肩越しに見ると、意味ありげにウインクする。
それを見た陽斗はひとまず澪に任せることにした。
ソフィーはボーッとアリサを見つめるばかりで、話を聞いているかどうかすら分からない。
「その条件とは?」
「あなたのその指」澪はアリサの右手を指差す。「そこに嵌っている指輪を報酬として頂けるのなら受けてもいいっす」
アリサの指に嵌ったその指輪は、特に何の変哲もないものに陽斗には思えた。
付いている石も、宝石とは思えない鈍い輝きを放つ楕円形の石だ。
しかし大事なものではあったようで、今まで一言も発することなく後ろに控えていたメイドが眉を吊り上げる。
「これは――」
激昂しかけたメイドはアリサが翳した手によって制される。
「……失礼しました」
「この指輪をお譲りするのは構いません。ですが、これがどんなものなのかご存知なのですか?」
「いいえ」
澪は短く答え、首を振った。
アリサは少しの間考えこむように押し黙る。
そして一瞬だけ、陽斗は彼女の視線が、澪の背後にいる自分を捉えたような気がした。
「……これは1000年前に全虹族が付けることを義務付けられた指輪で、予備もまだあります。だから一つくらいお譲りしても構わないでしょう」
アリサは指輪に視線を落とし、
「ですが……わたくし達にも何の為に付けさせられているか分からない、石も特に価値のない物です。それでも宜しいのですか?」
「構わないっす。ウチにはセブリアントフリークな仲間もいるっすから、虹族の方が付けていたというだけで価値あるものなんすよ」
「セブリアント……フリーク?」
アリサには思いがけない答えだったようで、目をパチクリさせてソフィーを見る。
水を向けられて今まで黙っていたソフィーは、はっと我を取り戻すと、ずずいと前に出た。
「は、はい! あ、握手してもらっていいですか!」
「え、ええ……構いませんが」
アリサが片手を差し出したのに対し、ソフィーはそれを両手で握る。
「わはぁ……この手は一生洗いません」
「それはどうかと……」
ただでさえ身長差がある二人だ。
ソフィーの不気味な威圧感に、引き気味にたじろぐアリサを不憫に思った陽斗がソフィーを引き剥がす。
「お姫さんが引いてるぞ」
「あ、ちょっと! ……もう! 次にいつ握手してもらえるか分からないじゃない!」
ソフィーは手を抱えて、陽斗から守るように遠ざける。
「……こうなったら今のうちに……」
「気持ち悪っ! おいッ! 舌を伸ばすな、コラ! そういうのは誰もいないところでやれ、恥ずかしいから!」
その場の全員がドン引きだった。
どうしてうちの女性陣は美少女のくせにこうも残念なのだろうか。
陽斗は内心もったいないという思いに打ちひしがれる。
「な、なるほど……セブリアントのことを思ってくださるのは、一虹族として嬉しく思いますわ……それで体験入学の方は……」
アリサが明らかに無理をした言い方に陽斗は申し訳なく思う。
「指輪と交換でお引き受けするっす」
アリサはホッと一息ついた。
色々な意味を含んでいそうな溜息だ。
こうして翌日の一日だけ、陽斗たちは魔法魔術学院の生徒になることが決まったのだった。




