第41話「陽斗の懇願 ――大人の階段――」
「頼む澪! ほんのちょっと! ほんの少しさせてくれればでいいんだ!」
澪を前に陽斗は拝み倒す。
「でも私たちにはまだ早いっすよ……」
澪は頬を染めて顔を逸らした。
陽斗はなおも食い下がる。
「ちょっと一緒に大人の階段を昇るだけだって!」
「でも……やっぱりちょっと怖いっす……」
「俺がタガを外して暴走するかもしれないっていう、澪の心配は分かる。だから一回! この一回だけでいいんだ!」
「一回しちゃったらどうなるか……」
一度味を覚えた陽斗が、依存してしまうかもしれないことを危惧しているのだろう。
渋る澪に陽斗は一転、自分にとっては大したことではないとアピールするかのように、穏やかに話しかけた。
肩に手を回して囁く。
「なあ……澪いいだろ? ちょっと気持ちよくなるだけだって」
陽斗は自分のものを見せつけるように澪の顔に近づけた。
「ほら……もう我慢できないって言ってる」陽斗は視線を落とす。「澪のも飲んで欲しそうに白いのが泡立ってるそ」
「ああ……凄い匂いっす……芳醇で嗅いでるだけで、頭がボーッと……」
澪がゴクリと唾を飲み込む。
「澪……」
陽斗は徐々に澪のつやつやとした唇に、先から液体が溢れるそれを――
「――アンタたちわざとでしょ?! わざと際どい言葉を選んでるのよね?!」
ソフィーが顔を真っ赤に染めて、テーブルに両手を突いて立ち上がる。
「? 何言ってんだよ、ソフィー。さっきから過保護な澪に、飲酒の許可を求めてるだけじゃないか」
「…………」
澪が無言で目を逸らす中、陽斗はソフィーに向き直って首を傾げた。
「でも大人の階段とか」
「俺達は飲酒は初めてなんだから当たり前だろ」
「……じゃあタガが外れて暴走するとか」
「慣れてなかったら飲み過ぎて、悪酔いするかもしれない」
「…………気持ちよくなる」
「ほろ酔いが気持ちよくなかったら誰も酒なんて飲まないだろ」
「………………我慢できないとか、白いのとか」
「比喩に決まってるだろ。白く泡立ってるのは見たまんまだし」
「……ううっ! なんか理不尽だわ!」
陽斗から曇りのない眼を受け、勢いを失ったように席につくソフィー。
場所は酒場。
この場所ではソフィーの大声も大した音にならず、喧騒に呑まれて注目を集めることもなかった。
陽斗は澪にもう一度懇願する。
「な、いいだろ? ランクアップ祝いの今日だけだから。お酒って一回飲んでみたかったんだ」
「しょうがないっすね。飲み過ぎちゃダメっすよ」
「よっしゃ!」
満足した面持ちの澪から、あっさり許可が出る。
三人はランクEに昇格したことを祝して、エールの注がれたコップを合わせた。
「……それにしても、聞けば聞くほど変なところよね。アンタたちの国って」
「どこがだよ」
「ウルフ50匹が街の近くに現れても、普通だと思うほど物騒な国かと思えば、大人と見なされる年齢が20歳って」
子どもが長い間子どもでいられるのは、それだけその国が裕福で、安全であることを意味する。
ソフィーは肉料理を口に放り込み、エールを煽ると続ける。
「……強力な武器の魔道具を作ってるってことは危険なんでしょうけど、ハルトからは危機感が感じられないというか、抜けてるっていうか。ホントにハルトとミオは同じ国の出身なの?」
「おいその辺にしてもらおうか」
ソフィーは陽斗を下げた言い方をするが、日本では澪の方こそが異端なのだ。
普通を自認する陽斗にとって、ソフィーの言葉には納得いかないものを感じる。
「まあ危険かといえば、危険かもしれないっすね。とある界隈ではトラッ……大型の馬車に轢かれて死んじゃう人が一日に何人も……」
「やっぱり!」
「おい」
その後も調子に乗った澪が、
「とある街ではメイド自らが仕えるご主人様を勧誘して、お店に連れて行ったりするっす」
「いかがわしそうな街ね!」
や。
「船が壊れる度に、当て付けとばかりに女の子の服をビリビリにするんすよ」
「そのテー○クって奴は最低ね!」
とか。
「一年に一回金曜日……光の日の夜に国民の内、34万人が滅びの呪文を一斉に唱えたりするこもあるっすね」
「何その邪悪過ぎるサバト?!」
などとあることないことソフィーに吹き込み続けていた。
陽斗はいちいち誤解を解いていくのも面倒くさくなり、運ばれてきた料理に目を向ける。
目の前にあるのは肉料理だ。
(何の肉だ? 豚に近い気もするけど……まあでも美味いな)
塩気があって、エールによく合う。
(でも塩は高級品って聞いていたような。大衆酒場でこんなたっぷり塩が使えるものなのか?)
陽斗はそこで、店の中のボードに貼られた『店長のおすすめ』という紙が目に入った。
そこには――
『「四足オークの切り落とし燻製肉」締める前にたっぷり汗をかかせて塩気をきかせた一品』
(……………………見なかったことにしよう)
体表にかいた汗が、肉の味に影響するのかなど疑問は多々あれど、
(これ以上追求すると、この世界で料理が食えなくなりそうだ……)
そのボードには他にも色々書かれていたが、それも見ない。
陽斗がそっと皿を押すと、澪との話に集中するソフィーがひょいっと手元を見ずに肉を口に入れた。
(あっ)
ソフィーは特に気にした様子もなく、咀嚼して飲み込んだ。
「…………」
「何よ?」
「いや何でもない」
ソフィーはそれきり澪との会話に戻った。
陽斗はソフィーのいちいちオーバーなリアクションを肴に、ぐいっとエールを煽る。
澪の能力によってキンキンに冷やされているが、それでも陽斗の子ども舌には、
(うーん、マズい!)
陽斗は姦しい女子二人を余所に、一人で他の料理に舌鼓をうつ。
しばらくすると、澪もだんだんと残弾が尽きてきたようだ。
陽斗はそろそろ誤解を解いてやるかと口を開いた。
陽斗が全ての誤解を解く頃になると、三人は腹も膨れ、酒も手伝って心地良い睡魔に襲われている。
そろそろ宿に戻るかという時、ソフィーは最後にポツリとこう零した。
「楽しそうな国ね……いつかアタシも行って……みたい……」
「ソフィー?」
「くう……」
「寝ちゃったっすね」
「……そろそろお開きにしようぜ。俺も眠くなってきた」
「ソフィーはどうするっすか? 起こすっすか?」
陽斗は眠い目をこすりながら言う。
「寝かしといてやれ。俺が運ぶよ」
ソフィーの警戒心のない寝顔に、陽斗は内心で苦笑する。
(信頼されてるってことか? まあ今日は……今日も助けられたからな。その礼に運んで――)
「でもソフィーの部屋の魔力認証は、陽斗様も私も登録してないっすよ」
「起きろソフィー!」




