第42話「セブリアント王国 ――全属性の謎――」
ランクアップの祝宴を開いた翌日。
三人はシンシュデトックの中央の湖にそびえる城にいた。
かつてのセブリアント王族の住んでいた城で、『虹宮』という異名で呼ばれている。
現在はいくらかのお金を払えば、内部を見学できるようにもなっており、貴重な観光資源でもある。
陽斗たちは大きな入口を潜り、続く長い廊下の一歩目を踏み出したところだった。
「このお城はね、約1000年前まであった様式を――」
入り口には「解説付き案内:大銅貨1枚小銅貨5枚」という札を下げた人が何人もいたが、陽斗たちには不要だ。
ソフィーは相変わらず聞かなくてもペラペラと喋る。
陽斗はソフィーのもはや説法にも似た長い話を聞き流しながら、城の内装に目を遣った。
自分が小人になったのではないかと、錯覚させられる程に高い天井と長い廊下。
陽斗に芸術は分からないが、廊下の壁には細かい装飾が彫られている。
「それにしても白亜の壁にシミひとつないのは一体どういう訳なんだ?」
「1000年前に建てられたようには見えないっすよねー。日本で1000年前って言えば木造建築っすし」
「あの地震の多い日本で崩れないまま残る、五重の塔とかも凄いと言えば凄いがな」
「知ってるっすか? 五重の塔とスカイツリーって同じ制震構造が採用されてるそうっすよ」
「クイズ部だぞ? 知らない訳ないだろ」
「おー……」
「……すっかり忘れてたみたいな反応やめろ」
澪は口をアルファベットのOのように開けて、そういえばそうだったと言わんばかりだ。
陽斗がそんな澪の口元から少し視線を下げると、彼女の首筋には赤い痕が残っている。
ソフィーは隠しているというのに、澪は恥ずかしげもなく晒したままにしていた。
朝のことを思い出し、陽斗は僅かに頬を染めながら、澪から支線を背けるように歩く。
「やっと長い廊下の半分か……」
そろそろこの長い廊下に飽きてきた陽斗は足を早めた。
するとふと気づく。足音が一つ足りないことに。
「澪?」
陽斗が気になって振り返ると、澪は足を止めて「ある物」を見上げていた。
廊下のちょうど中心。それまで長方形を描いていた長い廊下の壁面が、抉れたように円形になっている空間。
そこに安置されているのは人間をかたどった像だ。
「どうしたんだ?」陽斗は台座に乗って背の高い像を見上げる。「そんなにいい物なのか、これ?」
澪は思案顔でまじまじと像の顔部分を凝視すると、
「これ――陽斗様に似てないっすか?」
聞き覚えのある台詞だ。
「えっ?」
陽斗はパッと仰ぎ、そしてやはり以前と同じ感想に至る。
「俺こんな切れ長な目をしてないだろ」
「こういうのは大体カッコ良く作るもんすよ。それに――ほら」
澪はそう言って、台座の一部分を指した。
そこには『セブリアント初代国王・ファースト・N・セブリアント』というプレートが嵌っている。
「あーこれって俺のご先祖様なのか。そりゃ似もするか」
「いやいや陽斗様の顔立ち、純日本人じゃないっすか。異世界のここの人たちはみんな西洋人顔っすよ? ありえないっすよ」
「そう言われてみれば変だな」
「それに――」
「ちょっと! またアタシを一人にして!」
顔を真っ赤にしたソフィーが、会話する二人の間に雪崩れ込んでくる。
ソフィーは解説に夢中になって、陽斗と澪が足を止めているのに気付かなかったようだ。
キャンキャン吠え立てるソフィーを、どうにか取りなそうと陽斗は彼女の背中を押す。
「分かった分かった。今度はちゃんと聞くから。ほらあの紋章にはどういう意味があるんだ?」
陽斗はチェス盤のようなマス目模様が中心にあしらわれた、セブリアント王家の紋章を指して訊ねる。
30しかないマス目は不規則に黒く塗りつぶされていて、少し不思議だ。
1列一行だとすると、1-五、3-四、5-二、6-四だけが黒くなっている。
しかしそんな小さいものより周囲の王冠とか月桂樹の葉の冠や、剣の方が陽斗の目に留まった。
ソフィーがしばらく憮然として膨らませていた頬も、やがては空気が抜ける。
不機嫌に押し黙るより、解説したほうがストレス発散になると天秤が傾いたようだった。
「……あの紋章はね――」
(単純で助かるな)
陽斗は好感を持ってソフィーをそう評す。
後ろ髪を引かれるように、もう一度像と目を合わせた澪も二人の後を追った。
「あっちょっと待って陽斗様ー!」
■
「空属性関連の本……ですか?」
金髪を夜会巻きにした司書の女性が、ずり下がったメガネを持ち上げる。
「そうっす。伝記でもいいっすけど、詠唱まで詳しく載ってるのがいいっすね」
「分かりました。お掛けになってお待ち下さい」
司書の背中を見送りながら、陽斗は感嘆の溜息をつく。
「それにしても凄い図書館だな」
虹宮を見学した翌日。陽斗と澪の二人はシンシュデトックにある図書館へと来ていた。
今日はソフィーはいない。
目的は勿論、空属性の魔法で帰還が叶う詠唱を探すことだ。
「さすが、六国一の図書館っていう謳い文句は伊達じゃないっすね」
陽斗は周囲を見渡す。
(……こういった壁がカーブしているのは慣れないと目が回りそうになるな)
陽斗が外から見た建物の外観は円筒形をしていた。
壁には無数の本棚が埋め込まれており、所狭しと本が並べられている。
「雰囲気あるよな。これぞまさしく魔法の図書館っていうかさ」
「これもセブリアント初代国王の設計らしいっすね」
二階三階と本が並ぶ光景は圧巻で、高い位置にある本は司書が魔法で浮かせて引き出していた。
本が独りでに動いているようで、日本人の目にはファンタジー感にあふれている。
そうしてしばらく独特な紙の匂いに浸っていると、本を携えた司書が戻ってきた。
「お待たせしました。これが当図書館にある空属性関連の全てです」
「……これだけですか?」
陽斗がそう溢してしまったのも無理はない。
ソフィーからこの図書館のことを聞いた時、蔵書数は10万を超えると言っていた。
司書が差し出したのは20冊程度である。
「申し訳ありません。空属性の詠唱は虹族の方の秘技ですので、あまり市井には出まわらないのです」
「しょうがないっすね。とりあえずこの本から調べてみるっす。……ありがとうございますっす」
澪が司書に礼を言うと、「お力になれず申し訳ありません」と言って、去っていった。
陽斗は少しだけ己の無思慮な言動を恥じる。
司書には本を返す時に謝ることにして気を取り直すと、陽斗たちはさっそく本のページをめくり始めた。
「うーん、見当たらないっすね~」
うず高く積まれた二つの本のビルの間で澪が頭をかく。
「そっちもか……こっちも目ぼしい呪文はないな」
魔法を使うには詠唱を知ることが必要不可欠だ。
魔法の総数は500とも1000とも言われているが、そのどれにも対応した詠唱が必ずある。
その詠唱を一度唱えないことには、その後無詠唱で扱うにしても発動しない。
調査の結果は思わしくなかった。
司書が持ってきた書物はほとんどがセブリアント初代国王の伝記であったりと、詠唱自体を載せた本が少ない。
「物体を呼び寄せたり、契約した使い魔を召喚したりと言った、召喚系は結構載ってるんすけどね。転移系は皆無と言ってもいいっすね……」
「まあ、そもそも無属性しか出てこない俺の魔力じゃ使えないんだけどな……」
陽斗と澪の頭上を分厚い雲が覆う。
それに押し潰されるように二人の肩はズーンと下がった。
陽斗はあのヒナの咆哮による火属性魔力の活性化が収まって以来、やはり属性魔力を扱えないでいる。
(あの時のは何だったんだろうな……同じ全属性持ちだったって言う初代の伝記にも、それらしいことは書いてないし」
陽斗は初代を知ることで、無属性魔力の謎が解けるかもしれないという期待も持って、この図書館を訪れていた。
しかし初代の伝記はどれも国を作って以降のことばかりで、力を振るうようなシーンは出てこない。
冒険者時代のことは「~をした」という結果ばかりで、経過のことまではあまり詳細には書かれておらず役に立たなかった。
「分かったのはこの……」陽斗は腰に佩いたやけに柄が分厚い剣を見下ろす。「剣を常に持っていたってことくらいか」
「やっぱり何か秘密があるんすかね~。初代以降大事に受け継がれてきたっていう話っすし」
「魔力を流してみても、うんともすんとも言わないんだよな……何か足りないのかも。三種の神器みたいに正統性を表すものだっていうし。剣、魔力、後なんか! みたいな」
「草薙剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉っすか? 剣はそのままだとして……うーん魔力と鏡もこじつけられなくもないっすね。大分無理矢理っすけど、鏡には神が宿るっていう話もあるっすし、鏡は願望器だって信じられてたそうっすね」
陽斗は童話などでの鏡の使われ方を思い出し、「ああ、なるほど」と頷いた。
有名なのは、自分が世界で一番美しくないと気が済まない王妃様の持つ鏡か。
「鏡イコール神イコール魔力か。神様が願望を叶える為に魔法を使えるようにしてくれてるんだとしたら、分からない話でもないかもな。じゃあ後は八尺瓊勾玉だな」
「何かそれらしい記述はあったっすか?」
「ないな……」
「「はぁ……」」
雰囲気が一層暗くなった。自分たちでも馬鹿な話をしていると分かっているのだ。
だが馬鹿な話でもしないではいられない。
脳裏をちらつき始めた、「帰れないかもしれない」という事実を忘れたかったのである。
「あっいたいた。何、二人してシケタ顔してるのよ」
暗雲立ち込める空気を切り裂くように、二人とはまるで無縁のハツラツとした声が掛かった。
今にも机にくっつきそうになっていた顔を上げると、太陽のように明るい美少女がこちらに近寄ってきていた。
ソフィーと出会ってから陽斗は、澪とソフィーの可憐さをそれぞれ月と太陽のようだと考えているが、これは誰にも内緒である。
「ソフィー。よくここが分かったっすね」
「昨日図書館のこと聞かれた後に明日は休みにしようって言われたんだから、ここにいるんだろうなってくらい想像つくわよ」
「それで何の用だ? 俺たちを探してたんだろ?」
ソフィーはひらひらと手を振って、用はないわと言った。
「暇だし、何か調べ物だったら手伝いましょうか?」
その言葉に陽斗と澪は顔を見合わせる。
行き詰まっていた二人は、空属性について調べているとソフィーに明かした。
「あんたたちがそこまでセブリアントに興味を持っているなんて思わなかったわ!」
ソフィーはうんうんと嬉しそうに頷く。
セブリアントに多大な熱意を向ける彼女のことだ。
仲間が彼の血筋が受け継いでいた空属性に興味を持っていることに、望外の喜びを感じているのだろう。
「だったらこの図書館より、中央魔法魔術学院の方がいいかもしれないわね。学術書ならあそこの方が多いはずよ。この図書館はどっちかというと、一般向けだから。読み物としての伝記とか物語の方が多かったでしょ?」
「ぐうの音も出ないとはこのことっすね。まったくもってその通りっす。こんなことなら初めからソフィーに協力してもらうんだったっすよ」
そう言い残して澪はさっそく本を返しに行く。
陽斗は先程の司書を探すために立ち上がった。
「それで」陽斗は残ったソフィーに小声で話しかける。「その中央魔法魔術学院ってのは俺たちでも利用できるものなのか?」
「問題無いはずよ。これもセブリ――」
「あーはいはい。どうせ虹族の人たちが、誰でも利用できるようにしてて、それを凄いっていうんだろ?」
どうして分かったの? と言いたげにキョトンとするソフィーを見て、陽斗は「マジか……」と呻いた。
陽斗の後を追いかけて、ソフィーが横に並ぶ。
「ねえ、なんで分かったの?」
「……胸に手を当てて考えてみろ」
ソフィーは陽斗のその言葉に、何故かカーッと顔を赤くした。
おそらく澪の首筋に赤い痕を付けるハメになった、今朝のことを思い出したのだろう。
ソフィーはそれ以降追求することなく、俯き加減に陽斗の後につく。
(……何か言えよ。調子狂うなあ)
陽斗の発言は意図したものでは無かったが、普段は女っ気を感じさせない言動のソフィーがそういう態度を取ると陽斗まで照れくさくなってくる。
軽いため息を付いて、ポリポリと陽斗は頭を掻いた。
そんなことがありつつも三人はさっそく魔法魔術学院に向かったのだった。




