第40話「三人の連携 ――VSコーンベア――」
「あれがクエストのモンスターか」
陽斗は遠くで影になっているモンスターを、眼を細めて眺める。
モンスターの形態は一言で言うと、熊。
しかし地球に生息する熊とは一味も二味も違った。
「金属鎧が厄介っすね」
「鎧の部分は魔法が効きにくいから、接近戦を仕掛けなきゃいけないのよね」
基本的に四足歩行であることは変わらないが、腹以外が強固な金属の鎧で覆われている。
名前はコーンベア。ヘルムから生えた角を、時速40kmの突進で繰り出してくる攻撃が必殺技だ。
「てかアイツ何やってんだ? 穴掘ってるのか?」
「そんなのどうでもいいでしょ。何かに気を取られてるなら好都合よ」
それもそうかと陽斗は納得し口を閉じる。
「作戦はさっき決めたとおりよ。初のDランクモンスターだからって、ビビってないでしょうね」
「なわけねーだろ。澪もタイミング頼むな」
「了解っす」
三人で拳を叩き合って、最後にくっつける。
チームで決めた戦闘前に互いを鼓舞する儀式だ。
前衛である陽斗とソフィーは剣を抜くと、ソフィーの魔法で気配を殺してコーンベアの背後から近づいていく。
この作戦はいかに、コーンベアに気づかれないように近づけるかが最初の鍵だ。
そろりそろりと傍まで来ると、コーンベアが何かに気付いたかのように耳をひくつかせ、伏せていた顔を上げる。
「走れ!」
陽斗の叫びに合わせて、前衛の二人は〈身体強化〉を発動。
陽斗は雄叫びを上げながら、すぐさまトップスピードに乗る。
「ガァッ!」
対するコーンベアは歯をむいて、低くした姿勢から地を蹴った。
しかし遅い。四足歩行が完全にスピードに乗る前に、陽斗とソフィーはもう目の前にまで迫っていた。
「今よ!」
「分かってる!」
彼等はクマの目と鼻の先で左右に分かれて突進を躱す。
すると二人の背に隠れるように飛んできていた魔法の水流が、クマの顔を直撃した。
「さっすがミオ、ナイスタイミングよ!」
コーンベアはたまらず足を止める。
顔に掛けられた水が足元に散らばり、地面に吸い込まれていった。
陽斗とソフィーはすぐに反転し、クマの尻側に張り付き、剣で切りつけた。
「オラァッ!」
ガインッ! と火花が飛ぶ。
あまり効果はないようだが、陽斗たちは構わずに――執拗に――攻撃を続けた。
四足歩行と二足歩行では振り返るのに使う手数が圧倒的に違う。
二人は比較的容易に背後を取り続け、挑発するように剣でガンガン叩いた。
コーンベアも立ち上がって反転すればいいことは分かっているが、弱点を晒すことはそうそうしない。
しばらく叩いて・振り返ろうとして・背後を取り続ける、を繰り返していると、ソフィーがむんずと陽斗の襟を掴んだ。
「ハルト、危ない!」
「ぐえっ」
ソフィーに引っ張られると、コーンベアの後ろ蹴りが空を切った。
「攻撃に気を取られすぎよ!」
「サンキュー、助かった!」
「ほら、また回転してるわよ! 後ろを取り続けなさい!」
「分かってる!」
そしてとうとうコーンベアが痺れを切らす。
「グォオオオオオオッッ!」
コーンベアは後ろ足だけで立ち上がり怒りを露わにした。
「この時を待ってたのよ!」
「澪ッ!」
澪は後方で「合点承知っす」と言わんばかりに、魔法を発動させる。
「<氷の茨>(アイス・ソーン・バインド)」
澪の発声と共に、水の染みこんだ地面から氷のツタが生えた。
ツタには棘がついており、ギリギリとクマを締め付ける。
「グル、ガァ、グオォオオ!」
「腹、出したな!」
「喰らいなさい!」
左右から前へと回りこんだ二人は、その柔らかな腹を狙って剣を構える。
まずはソフィー。
陽斗の方向へ、コーンベアを横に真っ二つにでもするかのように剣で一閃。
コーンベアが痛みに慟哭し、裂かれた腹から鮮血を飛ばす。
そして。
「ソフィー! しゃがめ!」
「え? え?」
ソフィーは戸惑いながらも、陽斗の足元で身を屈めた。
その肩に足をかけて飛び上がる。
陽斗は今度は頭から縦にクマの巨体に一撃を加えた。
着地した陽斗の頭上を通り、トドメとばかりに氷の砲弾がコーンベアのどてっぱらに大穴を開ける。
それはちょうど、ソフィーと陽斗の斬った線の交点だった。
氷の茨が解除されると、モンスターはドサッと大きな音を立てて地面に倒れた。
標的が絶命したことを確認したソフィーが、陽斗に食って掛かる
「ちょっと! 仲間を踏みつけるってどういうこと?!」
「あはは。悪い悪い。次は俺が下になるから許してくれ」
「またあんな意味分からない攻撃するつもりなの?!」
後衛だった澪が駆け寄ってきて会話に加わる。
「まあまあ。いいじゃないっすか。名づけて三位一体……いや、『三次元攻撃』!」澪はキラキラと目を輝かせ、「カッコイイ!」
しかし陽斗は幼馴染の相変わらず物語に影響され過ぎな思考に、微妙な表情を浮かべる。
「その名前は恥ずかしすぎるぞ澪……」
「ええっ?! 連携攻撃は陽斗様が言い出したことなのに……裏切られたっす」
「俺はただ、チーム感出てていいなと思っただけだ」
落ち込む澪の肩にソフィーがポンと手をおいた。
「まあ、やるならやるで名前は必要よね。合図になるし」
「ソフィー!」
「……まあその名前は私もどうかと思うけど」
「上げてから落とされたっす! ソフィーは一体どこでそんな高度なテクを!」
澪がショックに仰け反ると、アハハハッと一同を笑いが包み込んだ。
そんな中、陽斗はふと考える。
(……あれ? でも澪がからかわれるパターンは珍しいな。こういう時は大抵ソフィーが……)
陽斗のその思考が呼び水になったのか、先程コーンベアが気にしていた穴から一匹の小柄なモンスターが顔をのぞかせた。
オコジョのような細長い胴体をしているが、前についた手がカマキリの鎌のようになっている。
「なんだこれ?」
「なんすかね? もぐら?」
つぶらな瞳で澪を見上げるモンスターが、コテンと首を傾げる。
澪は「おお可愛いっすねっ! こっちおいで~」と近づく。
おそらくいきなり攻撃されても、どうとでも対処できる自信があったのだろう。
しかしそのモンスターの正体を知っているソフィーが、律儀にも反応した。
「あ、澪、それに近づいちゃ!」
ソフィーが澪の肩を引いて、庇うように前に出る。
今にも澪に飛び付こうとしていたモンスターが、ソフィーの装備に触れた。
すると――
「きゃ――きゃあああああああっ!」
風船が割れる時のような音を立て、ソフィーの服が弾ける。
完全にではないものの、胸などの際どい部分が露出しぷるんと揺れた。
ソフィーは顔を真赤にし、涙目になりながらも腕で身体を隠してペタンと座り込む。
「なっ……!」
一瞬の出来事に陽斗もつい視界に収めてしまったが、このまま見続けていれば後でソフィーになんと言われるか分からない。
陽斗が見ないように振り返ろうと、足を持ち上げた時だ。
まるで計ったようなタイミングで、
「陽斗様見ちゃダメーっす!」
陽斗の眼を塞ごうと、澪が背後から飛びついてくる。
「え、ちょ、……うああっ!」
陽斗はバランスを崩し、前のめりに倒れる。
座り込むソフィーに陽斗の影が落ちた。
「――えっ?」
陽斗は澪とソフィーにサンドイッチされるように倒れこむ。
「……ってて。大丈夫かソフィー? ん? 何だこの、柔らかいのは?」
陽斗が地面だと思って、着いた手がクッションのようなものに触れた。
低反発に触れ、陽斗の手は条件反射のようについ揉んでしまう。
「な、な、な……」
起き上がろうとした陽斗が見たのは一点を凝視しながら、口をわななかせるソフィー。
視線を辿って見ると、陽斗の手がソフィーの胸の山盛りに置かれていた。
「あ”っ」
「こ、こ……」
陽斗は慌てて手を離し、
「待て。落ち着け。これは事故だ。いや触っちまったのは悪い。なんならこの後なんか奢るか……」
「この変態ィーーッ!」
ソフィーのハエでも叩くような、容赦のない平手打ちが陽斗の頬を襲った。
■
フクサキカマイタチ。
それが陽斗たちが出会った小型モンスターの名前だ。
都市伝説が混ざったような名称のモンスターに遭遇してしまった陽斗たちは、その後ソフィーに外套を貸しつつ虹都へと戻ってきていた。
宿屋の前に立つ陽斗の頬には立派なモミジが咲いている。
(まだジンジンしやがる……思いっきり叩きやがってソフィーの奴……)
この後はランクアップの祝杯を上げる予定なので、陽斗と澪は外でソフィーの着替えを待っている。
ほっぺたをさすりながら、陽斗がふと思い出したように澪に話しかけた。
「……モンスターからの攻撃を察知するのって難しいな。つい自分の攻撃に夢中になっちまってさ」
陽斗はコーンベアの後ろ蹴りから、ソフィーに守ってもらったことを思い出しながら、そう口にした。
「殺気を読むんすよ。殺気を」
「殺気ってなあ……日本の男子高校生やら女子高生やらが、そうホイホイと出したり読めたりするもんじゃないと思うんだが」
「大丈夫っすよ! そのうち陽斗様にもできるようになるっすよ。小四の棋士にだって、出来るんすから。りゅう○うのおしごとに書いてあったっす」
「将四?」陽斗は軍の階級のことかと思い納得する。「……そりゃ騎士にはできるだろ。命の取り合いの戦場が職場なんだから」
「確かに王や玉が、死ぬか生きるかの戦場っすよね」
「王様ってのはそう頻繁に戦場に出てくるものなのか?」
「え?」
「ん?」
二人はも何かがおかしいとお互いの顔を見合わせる。
そして陽斗が言った。
「なあ、お互いが思う騎士らしい台詞やポーズをしてみないか?」
「より棋士っぽい方が勝ちってことっすね。面白そうっすね。いいっすよ」
陽斗たちもまだ15歳。つい遊び心が疼いたのだ。
勝ち負けの判断基準も曖昧なままに、2,3歩離れて向かい合う。
なんというか海やプールに来た恋人たちが、水を掛け合うのに似ている。
つまり非生産的。だが二人の表情は真剣そのもの。
陽斗は拳を上下に重ね合わせてエア剣を握り、澪は広げた手の人差し指と中指を重ねて前に突き出した。
「やあやあ我こそは騎士ハルト! いざ尋常に勝負!」
「さあ潜って行くっすよ! この81マスに!」
「……何してんの、アンタたち」
大仰なポーズを大声で叫んでいた陽斗たちに、ソフィーの白い目が突き刺さる。
「「え? ……あっ」」
注目を集めていたことに気付いた陽斗たちは顔を真っ赤に染めて、そそくさとその場を退散して行ったのだった。




