第39話「ランクアップ ――アイツ、再び――」
陽斗たちは宿の部屋を取った後、冒険者ギルドへと赴いた。
ちなみに陽斗と澪が相部屋。その隣がソフィーである。
『え、エッチなことしたら、音ですぐ分かるんだからね! 寝れなくなるからダメよ?!』
とは同じ宿を取ることに決めた時の、ソフィーの言葉。
陽斗はツッコミのつもりで、ソフィーを軽くはたくと叩き返された。
何倍にもなって返ってきた痛みに、陽斗は目をチカチカさせてソフィーには冗談でも二度と手を挙げまいと誓ったのだった。
閑話休題。
冒険者ギルドの外観や内装は、『フィールド』のものより洗練されていた。
かの街のギルドは木材で建てつけられたものだったが、この街のものは周囲の景観を壊さないレンガ造りになっている。
内部はガヤガヤとした喧騒に満ち溢れていた。
一同はカウンターに並び、順番を待つ。
「待たせたニャ。次の方どうぞニャ」
「ニャ?」
唐突に聞かされた猫語に陽斗は、目を点にして受付嬢を見る。名はピシカ。
ショートカットの黒髪に、パッチリとした大きな目。小さく薄い唇は幼い印象を見る者に与える。
そして頭頂部でピンと自己主張する猫耳に、陽斗は全てを察し――
「この語尾が私の素だとか納得しようとしてるのなら……」ピシカはカウンターの上の、小さい立て札を笑顔でつつく。「許さないニャ」
陽斗はその笑みに、言い知れない凄みを感じたじろぐ。
彼女の指した札にはこう書かれている。
『語尾は仕事』
単純ゆえに、その言葉には重みがあった。
語尾を聞いた澪が顔を輝かせたが、すぐに落胆した表情を作った。
陽斗はもう一度、ピシカに視線を向ける。
「ニャ?」
陽斗は無垢な笑顔の下に、本性を見た気がした。
詮索するのは得策ではないと、陽斗は目的を告げる。
「そ、そうだ。この街でクエストを受けたいから、登録お願いします」
三人は陽斗の言葉を引き金にして、ギルドカードを取り出す。
ピシカはカードを受け取り、カウンターの下へと持っていく。
「ふむふむニャ……『虹の軍団』の三名ニャ」
新しい街に来た冒険者は、クエストを受ける前にギルドへの申告が必要だ。
特定の街を拠点に定めることが多いと言っても、冒険者はやはり自由な気風を好む。その為土地や農地を持つ他の住民と違って移転しやすい。
そういった冒険者の居所の管理をギルドが行っているのだ。
陽斗たちのパーティネームを呟いたピシカはチラリとこちらを見て、
「軍団というにはずいぶん寂しいパーティニャ」
「大きなお世話よ」
提案者であるソフィーの鋭い眼差しもどこ吹く風といった感じで、ピシカは再び手元に目を落とす。
すると彼女の右の猫耳がピクリと動いた。
「おや、お三方はランクアップの条件を満たしいるみたいニャ」
「それって……」
「おめでとうニャ! ランクFからEに昇格ニャ!」
■
「「「よっしゃあ(やったー)!」」」
ギルドを出た通りで三人の歓声が天高く突き抜ける。
ハイタッチに掲げた手を下ろし、口々に己の感想を話す。
「俺たちもとうとう駆け出しを卒業だな」
「このままランクSを目指すっすよ!」
「こんなに早くランクアップできるなんて!」
ランクEは見習いを卒業した冒険者の証だ。
ランクSという頂にはまだほど遠いが、一端の冒険者だと認められたことはやはり嬉しいのだろう。
陽斗は空を見上げた。
「よし! まだ太陽はあんな高いところにある。この勢いのままクエストを受けに行こうぜ! そんでその後は報酬で乾杯だ!」
「ハルトにしては、いい考えね。アタシたちはランクEだからひとつ上のDランククエストまでなら受けられるはずよ」
「いきなりDランクは危なくないっすか?」
「大丈夫よ! 今までだってEランククエストしか受けてなかったじゃない!」
「……それもそうっすね!」
「さっすが澪、話が分かるな! 決まりだ。さっそくクエストを選びに戻ろうぜ!」
ランクアップの条件は簡単だ。
とにかくクエストをクリアしまくればいい。それが自分と同ランク難易度のクエストだと、沢山成功させなければならないが、一つ上のランクだと半分で済む。
ソフィーはソロで活動していた頃、ランクFのクエストしか受けることが出来なかった。
それが陽斗と澪という仲間を得たことで、ランクアップが早まったのだ。嬉しくない訳がない。
セブリアント王国のことを話す時以外は、落ち着いた雰囲気を見せる彼女が、率先してギルドの扉に手をかける。
そして勢い良く押した。
しかし扉は僅かな隙間を開けただけで、何かに阻まれたように止まる
「イテッ! ……誰だゴラァッ! 逃げるなよ! そこにいろよ!」
すると荒っぽい声が扉の向こう側から聞こえてくる。
ソフィーの開けたドアが誰かにぶつかってしまったらしい。
(あれ、この声って……)
陽斗には聞き覚えのある声だった。
ソフィーに扉をぶつけられた男は、内側から扉を引っ張り顔を出す。
そしてソフィーに食って掛かっていった。
「テメェ! ランクCの俺様になんてことしやがるんだ!」
「あら、ごめんなさい」
ソフィーはそれだけ言って、現れた男の脇を通り抜けようとする。
しかし男はソフィーの行く手を阻むように立った。
「ア”ア”ッ!? それだけで許されると思ってんのか!?」
「何よ、謝ったじゃない。大体、こっちは入り口専用の扉よ? そんな所に立ってるのが悪いのよ!」
ソフィーは立ちはだかった男に苛立たしそうに言い放つ。
せっかくの気分に水を差されたからだろう。普段よりも顔つきが険しい。
「んだとォ!?」
「何よ」
額に青筋を浮かべた男の手がソフィーに伸びる。ソフィーも拳を握っていて、臨戦態勢だ。
一触即発の空気に、すかさず陽斗が声を掛けた。
「何も変わってないな、お前」
「あん?」男の視線が陽斗を捉える「……っ!!」
ソフィーしか眼中になかった男――リバルディウスの表情に驚愕が浮かぶ。
リバルディウスはフィールドの街で、陽斗たちが冒険者になった日に絡んで来て、澪に撃退された男である(第9話参照)。
ランクFの初心者に絡んでいって負けた後、『フィールド』には居づらくなって、虹都に移住していたのだ。
「お、お前……じゃあ」
リバルディウスの視線が、陽斗から横にずれる。
驚愕から恐怖。
澪を視界に捉えたリバルディウスの変化は一瞬だった。
「やっほーっす」
澪が手を手を振ると、
「ヒィ……!」
「その女の子は私の仲間なんすけど、何か御用っすか?」
「っ!」
リバルディウスの視線が、澪とソフィーの顔を行き来する。
「す、す、すいませんっしたぁ!」
リバルディウスは脂汗を滲ませ、怯えた視線で澪を窺いながらペコペコと謝罪の言葉を口にする。
「あなた様のお仲間とはつゆ知らず! 自分舐めた口聞きました! こ、これ今終わったクエストの報酬です! これで勘弁して下さい!」
ソフィーの手に硬貨の入った袋を押し付け、リバルディウスは逃げるように去って行った。
「何、あれ……」
ソフィーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、消えたリバルディウスの影を見つめていた。
「色々あったんだよ。色々な……」
陽斗は万感の思いを込め、遠い目をしながらそう言った。
陽斗がそっと澪を窺うと、ニコニコ笑顔で「何を怯えてたんすかね?」と惚けて首を傾げる姿が写る。
(怖え~~)
陽斗はやはり澪を怒らせてはいけないと再確認したところで、ふと先程ソフィーにも似たようなことを思ったのを思い出す。
(……あれ? もしかして俺って尻にしかれてる?!)
もしかしてチーム内では自分が一番立場が弱かったのではと、陽斗は真剣に悩むのだった。




