第38話「赤髪エルフの少女 ――とチャイナドレスの親和性――」
人垣の最後列に辿り着いた陽斗と澪は、行われている催しが講演会であることを理解した。
前でステージの上に立っている人物は、後ろで短く縛った白髪はボサッとしているが、それがまた研究者らしいといえばらしい。
揃えられた口髭と顎の無精髭というアンバランスさも、らしさに加えていいだろう。
「異世界にもメガネってあるんだな」
「白衣も初めて見るっすねえ」
中肉中背のオジサンといった感じだが、年上好きの女性を惹きつけそうな渋さを持ち合わせている。
「――私にしか見えない魔力回路を――装置が大型すぎて全国への普及は――」
その話者が小難しいことを延々と語っているが、陽斗には何のことだかさっぱり分からない。
では隣の澪はどうなのかと横を向くと、澪は前を真剣に見いているようだ。
しかしその実、視線はステージから若干脇に向いている。
澪の目線を追うと、そこには一人のエルフの少女が舞台袖で待機していた。
白衣の人物の関係者だろうか。
エルフはヒト種で言うところの20歳くらいまでは同じように成長して、その状態で長い時を過ごすそうだ。
「10歳くらいっすかね。というか赤髪のエルフっているんすね……」
ロングの髪から覗くエルフ特有の長い耳が時折ピクピクと震えている。
その可愛らしさと裏腹に、彼女の表情は「無」で固定されていた。
唯一眠たげな瞳が、彼女の表情を言い表せる部位だろうか。
「あの子がどうかしたのか?」
「いや……あの子すごいっすよ。私クラスの魔力量に純度の高い火属性魔力。間違いなく天才っすね」
「澪と同レベル……!」陽斗は驚愕の表情を作ったが、すぐに後頭部を掻く。「……の魔力量ってどのくらいだ?」
澪がズルッとずっこけた。
「陽斗様……もうちょっとチームの戦力とか把握するべきっすよ」
「いや、スマンスマン。自分のことで精一杯でさ」
「それも分かるっすけどね。まあここで軽く説明しとくっす」
澪は「と言ってもそんな話すこともないんすけどね」と言葉を繋ぐ。
「まず陽斗様これは神の領域っすね。近いという人も見たことないっすし、誰かに近づけるとも思えないっす」
陽斗はへぇーと頷いた。修行を始めたばかりの陽斗では、魔力量に飽かせた力押しでないと敵と渡り合えないので、ありがたいという思いしかない。
さすがに神とまで言われれば、こそばゆい思いはするが。
「淡白っすねぇ。もっと俺TUEEEって感じでもいいんすよ? 私うちわ持って陽斗様SUGEEEするっすよ?」
「意味分からねーよ……まあ――」
「まあ?」
「あっいや何でもない」
陽斗は澪から目をそらした。
――増長して高慢な態度なんてカッコ悪い真似ところを、澪には見せたくない。
(なんて言えるわけないよなぁ……)
もし力に溺れた陽斗に澪が幻滅し、幼馴染の関係を解消されて距離を置かれた日には、陽斗は立ち直れなくなる自信がある。
これが恋心からくる心情なら澪は欣喜雀躍しただろうが、陽斗は澪みたいな可愛い子が自分なんかに惚れるわけ無いと本気で思っているので、純粋に幼馴染としてだ。
「まあいいっす。そんで私が大体陽斗様の100分の1くらいで、一般的な魔法使いの30倍ってところっすかね。ソフィーは私の90%くらいっす」
「俺が澪の100倍って……完全に宝の持ち腐れだよなあ。俺も澪みたいに魔法が使えたら良いんだけど。全属――」
「魔法が何?」
突然割り込まれた声にビクリとして振り返ると、陽斗と澪の後ろには頬を膨らませてソフィーが立っていた。
「あっ、ソフィー」
「やっときたのか」
「やっときたのかじゃないわよ! 誰もいないのに話し続けて、最後には『この城が湖面に浮いているのにはある秘密があるんだけど、分かる?』って質問しちゃったじゃない! 周りからは変な目で見られてるし、すっごい恥ずかしかったんだから!」
ソフィーは何故か、陽斗にだけ向かって不満を並べ立てる。
そのことに理不尽さを感じつつも、陽斗は口の前で指を立てた。
「ソフィー声抑えろ」
「……えっ?」
ソフィーはようやく話者以外、静寂に包まれてしかるべき場所で大声を出していたことに気付く。
ステージまではかなりの距離があるのでスピーチの中断にまでは至っていないが、周りの観客からは冷たい視線を頂いていた。
ソフィーはすぐさま無言で各方面に向かって、ペコペコ頭を下げ始めたのだった。
「まったく今日はとんだ厄日だわ」
ソフィーは腕を組んでそっぽを向きながら言う。
澪が「わーツンデレみたいっす」と言っていたが、小声だった為に陽斗には聞こえなかった。
「悪かったって、この集まりが気になったからさ」
陽斗が片手で手刀を切ると、ソフィーが片目をチラリと壇上に流す。
「フロル博士の発表ね」
「フロル博士?」
陽斗たちがとことんこの大陸の知識に乏しいのを理解したのか、ソフィーはもはや呆れることなく教えてくれた。
「そう。フロル・ティーザー博士。若干20歳にして『魔力に拠る個人認証魔導』を開発した天才。その後も不治の病だった魔力回栓症を治したりと色々やってるわ」
陽斗は鍵やギルドカードに使われている個人認証魔導を思い出して、感嘆の声を漏らした。
「へーあれをね。それはすげーな。便利だし」
観客のこの真剣さも納得だと陽斗が相槌を打っていると、澪が指を折りながら、ぶつぶつと呟いているのが視界に入った。
「どうしたんだ? そんなにあの子が気になるのか?」
陽斗は澪の視線の先にいる赤髪のエルフ少女を仄めかして言う。
「うーん……」
「?」
澪が彼女の才能について、どれだけ真面目に考察しているのかと陽斗が思えば、
「あのエルフっ子には赤いチャイナドレスが一番似合うと思うっすけど、陽斗様はどう思うっすか?」
「あ、うん。そうだな」
「やっぱり! 私の見立てに間違いは――」
「はいはい」
陽斗はもはや突っ込む気力も湧かない。
せめてこれ以上澪の脳内でエルフの少女がひん剥かれることがないようにと、その場を離れることを決めた。
「ほら、もう行くぞ。早めに宿をとって、その後は冒険者ギルドだ」
陽斗は未だエルフの少女に熱い視線を送る澪と、「チャイナドレス?」と首を傾げるソフィーの腕を引っ張り始めた。