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第37話「虹都シンシュデトック ――才、集まる都市――」

『また会いましょう』


 陽斗の頭に直接言葉が響く。

 見た目のいかめしさからは想像できない、澄んでいて透き通るような女性の声だ。


 陽斗たちは空の旅を終え、『シンシュデトック』まであと半日という場所にいる。


「ぴゅいーっ」


 グラナはヒナを背中に載せたまま豪快な羽音を立てて空に舞い上がっていく。

 一同は手を振ってそれを見送った。


「ありがとな~! また会おうぜ~!」


 陽斗は出発前のうじうじした気分など、ドラゴンの背に乗って空を飛んだことですっかり忘れていた。


「次は負けないっすよ~!」

「ヒナァァァァアアア!」


 三人は思い思いの言葉でグラナとヒナとの別れを惜しみ、その巨体が蒼穹の彼方に見えなくなるまでずっと空を見上げていた。


「……行ったな」

「そうっすね。さあ私たちも『シンシュデトック』に向けて少しでも距離を稼ぐっす」

「そうだな。確かこっから北へ行けばいいんだよな」


 『シンシュデトック』。

 かつてあったセブリアント王国の首都であり、10万人が暮らす大都市だ。

 六国の中心地にあり、セブリアント時代に栄華を誇ったことから、『虹都』という異名を持ち今も讃えられている。

 また物流の要であり、人や者の流れが絶えない賑やかな街としても有名だ。


「ソフィーはもちろん行ったことあるんだよな?」

「どういう意味よもちろんって……まああるけど」


 ソフィーは不服そうに唇を尖らせた。

 先程まで慣れない高所に震えていた足だったが、今では足取りもしっかりしている。

 陽斗を中心にして三人は歩き始めた。


「どういうところなんすか?」

「そうねえ……一言で言うなら六国文化の最先端って感じかしら」


 虹都には大きな魔法魔術学院と武術学校の2つがある。

 魔力に拠る個人認証機能や武器術スキルなどは、虹都のそれぞれの教師によって開発された技術だ。


「あとは虹都は知の都でもあるけど、水と芸術の都でもあるのよ」


 何故かソフィーが誇らしげに鼻を高くする。お国自慢ということなのだろうか。

 陽斗は自分がソフィーに日本を紹介する光景を思い浮かべた。

 しかしすぐに頭を振った。


(あるわけないか……。シンシュデトックで帰還のための魔法を見つけて、無属性魔法の謎を解いたらそれでソフィーとはお別れだ……)


 陽斗は感じた寂しさを誤魔化すようにソフィーへの質問を投げ掛ける。


「でも、シンシュデトックなんて何か変な名前だな」


 異世界の言語からは不思議と浮いた発音で、舌を噛みそうになる。

 ソフィーは陽斗の寂寥感には気付かなかったようで、知識を披露するときの癖である指を立ててクルリと回す仕草をする。


「変な名前とは何よ。……まあでも街の名前は当時も揉めたらしいわね。初代国王である初代様の名前を付けるべきという意見が多数を占める中、初代様がシンシュデトックって名前に強行しちゃったらしいわ」

「へー何か意味があるんすか?」

「それを聞かれた初代様は、意味ありげに笑うだけできちんと答えたことがないらしいわ」


 陽斗は言い辛いというだけで、名前の意味にまではさして興味がなかったので、返事も自然と気のないものになる。

 ソフィーは一瞬だけむっとした表情をするも、すぐに不敵に笑う。


「まあいいわ。きっと着いたらびっくりするから。外観からして他の街とは比べ物にならないんだから!」ソフィーは指を陽斗に突き付け、「その興味なさそうな顔が驚きに変わるのを楽しみにしててあげるわ」


 ソフィーは満開の花のような笑顔で、上機嫌に陽斗へと宣戦布告するのだった。



   ■



 虹都『シンシュデトック』の城壁は水色透明をした膜のようだった。

 光の加減なのか、その膜がオーロラのカーテンのようにたゆたって見える。


「ファンタジーっすねぇ……」


 陽斗と澪はポカンと開いた口がなかなか閉じなかった。


「私の勝ちね」


 と言ってソフィーがふふんと鼻を鳴らす。


「ああ、負けたよ。だからこれが何なのか教えてくれ」

「そこまで言うなら教えてあげるわ。仕方ないわね」


 ソフィーはセブリアントのことに関して話せるのが、心底楽しいといった様子で語ってくれた。


「虹都名物の一つ。魔導大結界マギカ・タリズマンよ。セブリアント王国初代国王様とその冒険者時代のパーティの方たちで作られた世界に二つとないものよ」

「凄え……で、どうやって入るんだ?」


 陽斗が結界に這うように目を滑らせても、門は見当たらない。

 陽斗が首をひねっていると、一台の馬車が外堀に架けられた橋を渡って結界に向かっていく光景が目に入る。

 馬車は結界に波紋を起こし、阻まれることなく吸い込まれるように通り抜けていった。


「結界で遮られるのはモンスターだけになっているの」


 陽斗が目を皿のようにして、馬車が消えていった場所を見続けていると、ソフィーが言う。


「魔法みたいだな……」

「みたいって……魔法なのよ」


 ソフィーは「何言っての?」と言わんばかりの呆れ顔を作る。


「あそこにあるのは商人専用の門よ。一般と冒険者はあっち」


 陽斗と澪の二人はソフィーの先導で、ついに目的地である虹都『シンシュデトック』へと足を踏み入れた。




 結界を通り抜ける感覚は、背中と服の間にシャボン玉が入ったようだった。陽斗にはあまり嬉しくない感覚だ。

 街の雰囲気が伝わってくるくらいにまで歩を進めると、俄に澪が騒ぎ出す。


「陽斗様っ陽斗様っ! あれ! あれ見るっすよ!」

「どうしたんだ急に……どれだ?」

「あれっすよ! キャー! ケモミミっす! エルフもいる!」


 澪にガクガクと揺さぶられつつ、指す方を見ると、それは確かに陽斗にとっても目を見張るものであった。

 澪が見ていたのは特定の人物ではなく、人間に混ざってこの街にいる、ある特徴を持った人たち。


 その者達は耳にその特徴を持っている。彼らの頭からは犬や猫といった動物のようなフサフサした耳を生やしていた。

 また笹の葉のような耳(こちらは普通の人間と同じ耳の位置)を持っている者もいる。

 笹穂耳を持つ者達の容姿はどれも美形で多くが男女の区別がつかないほどだ。


「なんだありゃ……」

「アンタたち、獣人もエルフも見たことなかったの? でも彼らの耳を殊更注視したり、指を指しちゃダメよ。差別だととられかねないから」


 澪は「つい興奮して前後不覚に」と反省した様子を見せた。

 陽斗らは彼らの説明をソフィーに求める。どうやら教えるのが好きなソフィーは、知らないことに呆れながらも心良く教えてくれた。


「何を知らないのか分からないから、基本的なことから教えるわよ。まず人間種と呼ばれるヒトの形をしたのは5種族いるの。ヒト族。獣人族。エルフ族。ドワーフ族。魔族よ」


 ソフィーがそれらの特徴について話した後、澪がボソリと「だいたいテンプレ通りっすね」と呟いたが、陽斗には聞こえなかったようだ。


「エルフとドワーフと獣人の多くは、六国の西にある古代大国『エルダート君主国』ってところに住んでるわ」


 反対に東で国境を接する、『シン・ハデルフト帝国』にその三種族は少ない。

 国教であるハデルフト教がヒト族至上主義を掲げている為、彼らは奴隷にされてしまうからだ。


「帝国の奴ら――特にハデルフト教の奴らはいけ好かない連中よ。親玉の帝王は何度も『エルダート君主国』に、属国化を求めているらしいわ」


 しかし間に立つ六国が君主国と同盟関係にあるので、おいそれと手出しは出来ない。


 六国は魔法技術において先進国である。

 また頂点である王族がかつて務めたセブリアントの『属性守護者』という地位は、『属性において最強の魔法使い』を意味したものだった。

 それは現在でも変わらず、六国の王族は最強の魔法使いの称号をほしいままにしている。


「王族……に憧れた各地の優秀な魔法使いがこぞって士官に訪れてくるから、結果的に軍事面において他国を寄せ付けないの。国家規模のモンスターへの対処と、帝国への脅しくらいにしか使われないけどね」


 彼等は軍人というより本業は研究者らしく、国を豊かにする為に働く。

 また数はそれほど多くはない。そこは個人の武勇が数より勝る世界特有といえるだろう。その為あまり軍事費もかからないとソフィーが説明した。


(本当に詳しいな……実はいいところのお嬢様で結構な教育を受けてきたとか? ……)陽斗は初対面の時にいきなり顔面パンチを食らわされそうになったことを思い出し、(……ないない。この暴力女がお嬢様なんて。セブリアントに関連して偶々覚えてただけか)


 一同の足は自然と街の中心へと向かって行た。


「魔族は? 魔族はどこに住んでるんだ?」


 陽斗は自分の先祖を地球に転移させたのが魔族であるというのを思い出し、帰還の手がかりになるかもしれないとの思いから訊ねる。


「この大陸の近くにある島国に住んでいると言われているわ。残虐な奴らって話よ。同族以外は、見れば襲い掛かってくるらしいわね。ここ何百年も目撃情報がないから滅んでしまったとも言われてるわ」


 第一印象の「悪そうな名前の種族」というのは間違っていなかったらしい。


「まあとにかく、六国ではセブリアント時代から差別は禁じられているわ。帝国から逃げ出してきたって人もいるし、あんまり見過ぎちゃダメよ」

「ラジャーっす」


 ソフィーが澪の返事に首を傾げているのを尻目に、陽斗は『シンシュデトック』の街並みを眺めた。

 結界の外からもある程度は見えていたが、それでも水色がかった景色よりは感じるものも違う。


 まず足元に目を向けると、綺麗な石畳がずっと続いている。

 『フィールド』の街では隙間が目立つ石畳だったが、虹都のはまるで現代のように整えられていた。

 薄いオレンジ色ともクリーム色とも取れる暖色系の色で都市の温かみを感じる。


 並ぶ家々も白の壁にオレンジの屋根に統一されていてヨーロッパの古い都市を連想させた。

 また建物と建物の間には隙間があって生け垣が植わっている。


「いつ見ても綺麗よね。この街並みも初代様の設計で、それからほとんど変わってないのよ。何回か結界を大きくする工事があったんだけど、建物を建てるのにも景観を守る為のルールがあるのよ」


 ソフィーのため息混じりの感嘆を聞き、陽斗はよっぽどその初代とやらは先見性のある人物だったのだなと素直に感心した。

 そして。

 何よりも目を引くのが街の端からも見え、陽光を受けて白亜に輝く高い尖塔だ。


「あれは?」

「かつてのセブリアント王族が使用していた王城ね。今では観光用に開放されているわ」

「近くで見れるのか! 行ってみようぜ!」


 陽斗は足元の鳥が立つように走りだす。


「陽斗様~置いて行かないで欲しいっすよ~!」

「まったく子どもね……待ちなさいよ!」


 少女二人が少年一人を追って走る様を、虹都の住人たちは微笑ましく見守っていた。




 虹都の中心は円形になっている。等間隔にベンチが設置されていて住民たちの憩いの場といった様相を呈していた。

 そして城は円の中心に広がる巨大な湖の上にあった。


 城は南を向いて建てられており、その身に一つの影も落としていない。

 また湖を渡る橋は城の正面を避けて二股に伸びており、水の上に綺麗な城の虚像を作り出していた。


「おお!」


 自分の先祖が建てた城という事実に、陽斗は不思議な高揚感を覚える。

 陽斗の正直な感想にソフィーはふふんと鼻を鳴らした。


「この城の良さが分かるなんてハルトも中々見る目があるわね。このお城はね――」


 そう言ってソフィーは人差し指を立て始めた。


((やばい! またソフィーの長い薀蓄が始まる!))


 都合の良い時だけ解説役にして、聞きたくない時は聞かないなんてと思うが、ソフィーの話はとにかく長い。

 なんとか話題を逸らさねばと、心を一つにした陽斗と澪は周囲を見回した。


 すると広大な広場の一角に人だかりがあるのを見つける。

 人だかりの前方にはステージが特設され、登壇者が何かしら集団に向けて話しているようだった。

 これだと目を光らせた澪の棒読みが炸裂する。


「あー! あれはなんっすかねー!」

「結構な人が集まっているな」

「前に立つ人は、有名人なんすかね」

「ここからじゃよく見えないが、男みたいだな」

「アイドルの路上ライブとかではなさそうっすね」


 とにかくソフィーの話題を逸したかった陽斗と澪は、連れ立って人垣の方へと近づいていく。




「初代様の冒険者パーティにいた――とにかく初代様のパーティはすごい人達ばかりで――千年に一人の逸材が多数集まった奇跡の――」


 一方。

 陽斗たちがいなくなったことに気付かなかったソフィーは、一人虚空に向かって話し続ける。


「ママー、あの人だれとしゃべってるのー?」

「シッ! 見ちゃいけません!」


 そして周囲から奇異の視線を向けられるのだった。

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