十
「我々はある極秘任務で王都からはるばるこの辺りまで来ていたのだが、この地方の領主の下を訪れた折、偶然この村にて怪物が現れたとの訴えが出ていることを知り、馳せ参じた次第である」
ヴィンセントとランディの前で、騎士団の隊長格の男はそう言った。
今、騎士たちは村人たちと共にオーガの死体を埋めるための穴を掘り、或いはエルバートを拘束し、或いは土人形との戦闘で負傷した村人の治療を行っている。
また、馬車から降りてきた村の者らしき若者が数人の村人と抱き合い、おいおい泣いていた。
「そう言えば使いを出したって言ってたな。まさか騎士団が出て来るとはね」
若者を眺めながらヴィンセントが呟く。
「しかし我々が到着する直前に貴殿らが討伐してしまっていたとはな。王国を代表して感謝する」
「まあ仕事だから。つかオーガを倒したのはこいつだし」
と、ランディを指し示すヴィンセントに、
「いや、でも事前にヴィンセントさんがオーガの腕と目を奪ってたから……」
謙遜するランディ。
騎士隊長は、ははは、と笑い、それから拘束されたエルバートの方へ視線を転じる。
「それともう一件、手配中の魔術師もこんなところで捕まっていたとは」
「……結局魔術師なんですか彼は?」
「うむ、二十年ほど前にケンドール魔術学院に在籍していた記録がある」
ランディの問いに騎士隊長は頷いて答えた。
「だがある時、発狂して出奔したのだそうだ。何があったのか、その後どういった経緯で寺院の助祭という立場になっていたのかは、〈聖都〉でのこれからの取り調べ次第だな」
「調べて判るもんかね。目付きとか完全にイカれてるぜあれは」
唇の端を歪めて呟くヴィンセント。
そんな彼を、騎士隊長がじっと見つめていた。
「……何すか?」
「いや……貴殿、どこかで会ったことは無かったか?」
「いんやまさか。一介の冒険者すよ俺は。王都の騎士様と知り合う機会なんざそうそうありゃしませんて」
「……うむ、そうか」
「そんなことより、極秘任務って言ってたけど」
話題を変えるように、ヴィンセントが言った。
「うむ。すまぬが、詳細を語ることは出来ぬ」
「いやまあそんなに興味は無いんすけど、それはそれとして、あれ」
ヴィンセントは寺院の方角を指さした。
「む?」
村長が幾人かの村人を集めて何やら話し合っている。そこに紛れるようにして、こちらの様子を伺っているシャルロットとコンスタンスの姿があった。
「なっ……! シャルロット様! それにコンスタンス様も!」
絶句する騎士隊長。
「ぬう、黙っておれと言ったであろう、ヴィンセント!」
「言ってはおりませんわ、シャル」
二人が出て来て、口をぱくぱくさせている騎士隊長の前に立った。
「今回は割合早く追い付いたのう、隊長よ」
「……いくつかの宿場でシャルロット様と思われる目撃情報がありましたので、それを追って来ていたのです。見つけた以上、大人しく王都まで同行して頂けますな」
「うむ、それが約束じゃからの」
「コンスタンス様もご一緒だったとは思いませんでしたが」
「色々ありましたの」
さらに、ジャネットとエヴァドニもやって来る。
「あらあら、見つかってしまったようですねー」
「騎士隊長殿、ご無沙汰しております」
平然とした様子の女性四人と、ぬぬぬぬと唸る騎士隊長、肩をすくめるヴィンセント。ランディだけが、状況が理解出来ないといった顔をしている。
「え、何です? どういうことですか?」
「まあ俺らには関係無いし気にするべきでもないんだが、今回この二人は周りには内緒で王都から出て来てるんだろ。さらに推測を重ねるならこれまでにも似たようなこと何度もやってんだろうな。だいたい常識的に考えて、同行者一人だけで好き勝手に旅に出られる立場じゃ無えだろ」
ヴィンセントが、やれやれといった表情で言った。
「御身に何か危険が迫ったことなど、ありませんでしたでしょうな?」
騎士隊長が問うた。
ジャネットとエヴァドニが明後日の方角を見て、何事かを言おうとしたランディの脇腹をヴィンセントが肘で小突いた。
そしてシャルロットとコンスタンスが、
「特に無かったぞ」
「ええ、ありませんわ」
と、答えた。
隊長はなおも二人を見つめ、それからヴィンセントとランディを振り返り、しばらく考え込んだ。
●
「どう受け取ったもんですかね、これ」
手に乗せた布の小袋を眺めながらランディが呟いた。軽く振ると、中から硬貨の音がする。
「村を防衛したことの報奨金だつってんだからそういう建前で受け取っておけば良いだろ。あの二人は別に命の危険なんか無かったし俺たちもそれを救ったりはしてない」
ヴィンセントも同じものを手の上で放りながら言う。
「それとも王都まで行って直訴するかい?」
「いやまあ、そこまでは……」
結局ランディは肩をすくめ、小袋を懐に入れた。
それからヴィンセントは別のやはり硬貨が入った袋を二つ掲げる。
「それと村長から渡されたオーガ退治の報酬と、こっちがあの魔術師のぶんの賞金だとよ」
「騎士団が立て替えてくれたのは助かりましたね。賞金首を近くの町まで連れて行くのって意外と面倒なんすよね」
「俺そういう仕事はあんまやらないから知らね。足して等分で良いんだよな?」
「ええ、それで」
ヴィンセントが二つの袋の硬貨を地面にぶちまけ、そして寄り分けていく。オーガ討伐の報酬は使い古された銀貨や銅貨ばかりだが、騎士隊長から渡された賞金には金貨が含まれていた。
「そっち金貨多めにしても良いか?」
「やめてください、両替面倒なんだから。ちゃんと等分にしてください」
「同額の銀貨や銅貨よりかさばらないという利点もあるぞ」
「じゃあヴィンセントさん金貨多めに持って行って良いですよ」
「やだね両替が面倒くせえ」
「…………」
そこは村の入り口、街道のすぐ側だった。
街道では騎馬が北の方角を向いて整列している。そのうちの一頭の尻に、拘束されたエルバートが縛り付けられていた。
と、
「ヴィンセント、ランディ」
シャルロットがやって来て、二人に声を掛けた。
コンスタンス、ジャネット、エヴァドニも一緒だ。皆、旅装束を身につけている。
「ああ、もう行くのか」
「うむ、いろいろと世話になったな」
「どうかお元気でー」
「またいつかお会いしましょう、ラン様、それにヴィン様」
「王都を訪れることがありましたらご一報下さいませ」
「ええ、是非」
言葉を交わす六人。
やがて騎士隊長に促され、女性四人は馬車に乗る。
「よし、出発だ!」
騎士隊長が号令を下し、騎馬たちが、そして馬車がゆっくりと動き出した。
窓から身を乗り出し、二人に向かって手を振る四人。
ヴィンセントと、手を振り返すランディに見送られ、やがてその姿は街道の向こうに見えなくなっていった。
そして、
「……あれ?」
手を下ろしたランディが声を上げた。
「ん、どうした?」
「いや、決闘代理の話はどうなったのかなー、って」
「ああ、まあなんやかんやあって有耶無耶になっちまったな。別に良いだろ、きちんと契約交わしてた訳じゃねえし。お前もだろ?」
「ええ、まあそうですけど」
すっきりしない様子のランディ。
「何だよ、決闘したかったのか?」
「決闘って言うか、試合であれば出来たら……」
ヴィンセントは眉をひそめる。
「? 何でだよ」
「強い人と戦ったら強くなれるじゃないですか」
「……何だ、強くなりたいのかお前?」
「ええ、その……友だちとの約束がありまして」
「ふうん」
呟き、しかし追求はしないヴィンセント。
「それとも一手ご指南頂けますか?」
「報酬とか出ないだろ。お断りだ」
「そうですか……」
それからランディはまた街道の先に視線を向けた。
「しかし、将来あの二人のどちらかが王様になるんですかね。何だか頼もしいような不安なような」
「大丈夫だろ。少なくともあの二人が王になることなんざ万に一つも無えよ」
そう答えるヴィンセントにランディは小首を傾げる。
「……何でですか?」
「何で、って――お前知らないのか?」
問い返すヴィンセント。
「……何をですか?」
さらに疑問文を返してくるランディにヴィンセントは嘆息を一つ漏らし、
「あの二人の、ってか王家の家族構成」
「家族構成って……父親が王様、ですよね」
「兄と姉がいる」
「あ、そうなんですか?」
「兄が七人」
「……は?」
「姉が四人だったか。そのうち二人はそれぞれ隣国と国内の地方領主に嫁いでるが」
「…………」
「兄の方も上から四番目ぐらいまでは妻帯してて、子供――あの二人にとっては甥や姪だな、それが確か……まあ全部で六、七人はいたと思う」
「それって……」
「特に問題が無ければ次の王は第一王子だし、その長男がその次の王だ」
「……じゃああの二人の王位継承権ってのは」
「第二十位だか三十位だか、確かそれぐらいじゃねえか。戦争でもあって上が全部死んだりすればともかく、そうでもなければあの二人まで回ってくることはまず無い。それもあって曖昧なままになってんだろ」
「…………」
ランディは黙って天を見上げた。
それから下を見て、頭を掻き、その手を腰にやり、また天を見上げ、それからヴィンセントに視線を戻す。
「……あの二人は、その辺りのこときちんと理解しているんでしょうか?」
「さすがに理解してないってことは無いだろ。
……とは言え、いずれ姉たちと同じように適当な相手に嫁ぐことなるともう決まってる訳だ。王族を辞める訳にもいかねえし。俺らみたいな根無し草とどっちがマシかって問われると何とも言えねえが、詰まらない人生ではあるよな。たまにはああいうことをして、少しぐらい彩りを加えてみたくもなるだろうさ」
街道の先に視線を向け、ひとりごちるように語るヴィンセント。
「……巻き込まれる方としてはたまったものじゃないですけどね」
ランディは、小さく肩をすくめてそう言った。
「さて、俺らも行くか」
ヴィンセントが言って、二人は各々地面に置いていたザックを取り上げ、背負った。
マントも羽織り、既に旅立ちの準備は整っている。
「ヴィンセントさんはこれからどちらへ?」
「特に宛がある訳じゃねえが、とりあえず南だな。もともとそっちへ向かってた訳だし」
「そうですか。じゃあ俺は北へ行こうかな」
ランディの答えにヴィンセントは唇の端を上げて、
「なんだよ、本当に王都まで行く気か?」
「そこまでは……でも、それも面白いかな」
「そうかい」
「……では」
「おう」
それから二人は握った拳を軽くぶつけあって、
そして、別々の方角へ歩き出したのだった。
(了)




