第九十九章 名称使用区分
「名称使用区分変更――詳細」
透は画面を開いた。
表示されたのは、三つの項目だった。
「変更前――個人名称」
「変更後――業務名称」
「変更理由――業務再編」
女が画面を見つめた。
「やっぱり、人の名前だったものが、仕事の名前になっている。」
「そう。」
「でも、名前そのものは表示されない。」
「うん。」
「だから、誰の名前だったのかは分からない。」
透は頷いた。
その下には、さらに細かい説明があった。
「旧名称――過去記録参照用として保存」
「新名称――統合後業務表示用」
「本人情報――別管理」
女が言った。
「旧名称は残っている。」
「そう。」
「でも、今は業務名称として使われている。」
「うん。」
「それなら、古い資料に名前が書いてあったとしても、その名前を現在の担当者だと思ってはいけない。」
「そう。」
透は画面を保存した。
そして、ノートに書いた。
「個人名称→業務名称」
その横に、
「名称継続≠本人継続」
と書いた。
女がそれを見た。
「でも、どうして個人名称を業務名称に変えたんだろう。」
透は変更理由を開いた。
「業務再編。」
「それだけ。」
「うん。」
「具体的な理由はない。」
「少なくとも、この記録にはない。」
女は少し考えた。
「名前を人から仕事へ変えた。」
「そう。」
「それなら、名前を残す必要があった?」
「たぶん、過去記録との連続性。」
「でも、人の名前をそのまま業務名称にする必要がある?」
透は答えなかった。
確かに、そこには一つの疑問が残る。
なぜ別の名称にしなかったのか。
なぜ古い文字列を残したのか。
それを確認するために、透は「名称継続理由」を開いた。
「過去記録との照合容易性」
「利用者側の混乱防止」
「旧記録との互換性維持」
女が読んだ。
「利用者のため。」
「そう。」
「でも、利用者が見る名前と、内部で管理する名前は違うかもしれない。」
「うん。」
「だから、表示名だけでは管理構造は分からない。」
透は頷いた。
「名前が入口になっているだけかもしれない。」
女が言った。
「入口。」
その言葉を聞いて、透は別の記録を思い出した。
「受付経路。」
「本人申告?」
「うん。」
「入口と本人を同じにするな。」
女が言った。
透は頷いた。
「名前も同じかもしれない。」
「名前と本人を同じにするな。」
「そう。」
女は静かに言った。
「名前は入口であって、本人そのものじゃない。」
透は、その言葉をノートに書いた。
「名称=入口の場合がある。」
「でも、名称≠本人。」
その時、画面の下に新しい項目が表示された。
「名称使用区分変更――関連記録」
透が開いた。
そこには三件の記録があった。
一つ目。
「旧業務参照」
二つ目。
「担当者交代確認」
三つ目。
「旧記録照合」
女が言った。
「全部、今まで見たものと関係している。」
「うん。」
「旧業務。」
「担当者。」
「旧記録。」
「そう。」
しかし、三件とも別々の管理区分に保存されていた。
透はそれぞれの日付を確認した。
名称区分変更の三日前。
名称区分変更の翌日。
そして、その二日後。
女が言った。
「時間がずれている。」
「うん。」
「名称変更を中心に、前後で別の処理が発生している。」
「そう。」
「でも、全部同じ案件だとは限らない。」
「そう。」
女は少し笑った。
「またそれ。」
「必要だから。」
「分かってる。」
透は一つ目の記録を開いた。
「旧業務参照」
参照目的は、
「業務再編前の名称確認」
だった。
二つ目。
「担当者交代確認」
参照目的は、
「引継ぎ前の権限確認」
三つ目。
「旧記録照合」
参照目的は、
「名称変更後の表示確認」
女が言った。
「それぞれ目的が違う。」
「うん。」
「だから、時間が近くても一つの流れだとは限らない。」
「そう。」
透は画面を閉じた。
「でも、全部が同じ業務再編の周辺にある。」
「それは言える。」
「だから、関係がないとも言えない。」
「うん。」
二人はその境界を、そのまま残した。
その時、女が突然言った。
「ねえ。」
「何?」
「もし、この名前を知っている人がいたら。」
「うん。」
「その人は、名前を手掛かりにして過去の人間を探せると思う?」
透は少し考えた。
「探せる場合はある。」
「でも、今の記録を見ると?」
「途中で名称の意味が変わる。」
「個人名称から業務名称。」
「そう。」
「なら、名前を追っている途中で、人から仕事へ切り替わってしまう。」
「うん。」
「それでも追っている本人は、ずっと同じ人間を探しているつもりになる。」
透は黙った。
それは、これまで見てきた記録の構造と一致していた。
名称は残る。
コードも残る。
記録も残る。
しかし、その意味は少しずつ変わる。
変わっているのに、表面上は同じ文字列が残っている。
それだけで、人間は連続しているように感じる。
女が言った。
「それって、かなり強い錯覚だね。」
「そう。」
「嘘を書かなくても、そう見える。」
透は頷いた。
「そこが一番難しい。」
女は画面を見た。
「誰も嘘をついていないかもしれない。」
「うん。」
「旧名称は本当に旧名称。」
「そう。」
「新名称も本当に新しい業務名称。」
「うん。」
「旧担当者も本当に存在していた。」
「そう。」
「今の担当者も存在している。」
「うん。」
「それなのに、全部を一緒につなげると、存在しない一人の人間を作ってしまうかもしれない。」
透はしばらく黙っていた。
それは、これまでの調査の中で、まだ言葉にしていなかった感覚だった。
「記録が嘘をついていなくても、読み方によっては嘘のような物語ができる。」
女が言った。
「じゃあ、誰が悪いの?」
透は彼女を見た。
「まだ分からない。」
女は少し笑った。
「また。」
「だって、本当に分からない。」
「うん。」
透は画面に戻った。
名称変更の記録の最後に、
「旧名称の使用継続――可」
とあった。
その下に、
「使用目的――過去記録参照」
とある。
女が言った。
「過去を見るために、昔の名前を残している。」
「そう。」
「でも、その名前を現在の人間に使うことは禁止されている?」
透は確認した。
「禁止とは書いてない。」
「じゃあ?」
「原則として、現在の個人名称として使用しない。」
女は頷いた。
「原則。」
「うん。」
「例外は?」
透は「例外規定」を開いた。
しかし、そこには何もなかった。
「記載なし。」
女が言った。
「それなら、例外がないのか。」
「それも分からない。」
「記録に書かれていないだけかもしれない。」
「そう。」
透はそこで検索を止めた。
女が言った。
「どうしたの?」
「名前を追いすぎている。」
「今、名前を見るなって言われたばかりだしね。」
透は少し笑った。
「だから、次は名前ではなく、名称変更によって何の処理が変わったのかを見る。」
「仕事を見る。」
「うん。」
透は名称変更日の業務履歴を開いた。
そこには、
「表示名称変更」
「検索索引更新」
「旧記録参照設定変更」
の三つが並んでいた。
女が言った。
「名前を変えただけじゃない。」
「うん。」
「検索方法も変えている。」
「そう。」
「旧記録の参照方法も。」
「そう。」
透は一つずつ開いた。
「表示名称変更――完了」
「検索索引更新――完了」
「旧記録参照設定変更――完了」
その下に、
「個人情報管理――変更なし」
とあった。
女が言った。
「人の情報は変えていない。」
「そう。」
「変えたのは、名前の使われ方と、記録の探し方。」
「うん。」
透はそこで手を止めた。
名前そのものが変わった。
しかし、人の情報は変わっていない。
変わったのは、
何を検索したときに、
どの記録へつながるか。
「名前を見るな。」
透は小さく言った。
女がこちらを見る。
「今度は少し意味が違って見える。」
「うん。」
「名前そのものではなく、名前がどこへつながるかを見る。」
「そう。」
二人はしばらく画面を見ていた。
そして透は、検索欄を閉じた。
その瞬間、画面の下に新しい表示が出た。
「旧名称検索――結果あり」
件数は、
「一件」
だった。
女が息を止めた。
「一件だけ?」
「うん。」
「今まで見た記録の中で?」
「そう。」
「何が出る?」
透は結果を開こうとした。
しかし、その前に確認欄が表示された。
「検索対象――旧名称」
「検索目的――旧記録参照」
「本人情報照合――実施しない」
透は指を止めた。
女が言った。
「本人情報照合なし。」
「うん。」
「つまり、その一件が誰のものかは確認しない。」
「そう。」
「じゃあ、名前だけが出てくる。」
透は画面を見た。
そして、すぐには開かなかった。
名前を見ることで、また一つの物語を作ってしまうかもしれない。
そう思った。
しかし、ここまで来て、見ないという選択もまた一つの判断だった。
透は女に聞いた。
「見る?」
女は画面を見つめた。
少し考えてから答えた。
「見る。」
透は検索結果を開いた。
画面に、一つの名称が表示された。
二人とも、その名前を見た。
だが、その名前の右側に表示されていた区分は、
「業務名称」
だった。




