第一百章 業務名称
画面に表示された名称を、透はすぐには読まなかった。
名前。
文字列としては、ただ一つ。
しかし、その右側には明確に、
「名称使用区分――業務名称」
と表示されている。
女が言った。
「人の名前じゃない。」
「少なくとも、この記録では。」
「じゃあ、兄が探していた人とは限らない。」
「そう。」
「この名前を知っている人がいても、その人を知っているとは限らない。」
透は頷いた。
「名前が業務名称なら、なおさら。」
二人は画面を見たまま、しばらく黙っていた。
透は検索結果の詳細を開いた。
「登録区分――旧業務名称」
「現在区分――業務名称」
「登録目的――過去記録参照」
「個人情報照合――なし」
女が言った。
「最初から人を特定するための記録じゃない。」
「そう。」
「じゃあ、どうしてこの名前が残ったの?」
透は詳細を下へ送った。
そこには、
「旧業務との互換性維持」
と書かれていた。
「名前を残すことで、古い記録を検索できるようにしている。」
「うん。」
「つまり、名前そのものが検索キーになっている。」
「そう。」
「だから、名前が残っている。」
女は少し考えた。
「それなら、誰かが古い名前を見つけて、それを人の名前だと思ったら……」
「別の人間を探してしまう。」
「あるいは、存在しない担当者を作ってしまう。」
「そう。」
透は画面を閉じた。
「名前が嘘をついているわけじゃない。」
女が言った。
「読む側が意味を変えてしまう。」
「そういうこともある。」
「でも、それを意図的に利用する人がいたら?」
透は少し考えた。
「利用することはできる。」
「名前を残しておけば、人を探すように誘導できる。」
「可能性はある。」
「でも、今の記録だけでは、誰かがそう利用したとは言えない。」
「うん。」
女は頷いた。
「分かった。」
透は再び検索結果を開いた。
「旧業務名称――使用履歴」
そこには複数の日付が並んでいた。
統合前。
統合時。
統合後。
そして現在。
同じ文字列が、何度も表示されている。
しかし、区分は少しずつ違っていた。
「個人名称」
「旧業務名称」
「業務名称」
「参照名称」
女が言った。
「同じ名前なのに、役割が変わっている。」
「うん。」
「名前が同じだから、同じ意味だと思ってしまう。」
「そう。」
透はその履歴を保存した。
「これで一つ分かった。」
「何?」
「名前の連続性と、意味の連続性は別。」
女はその言葉を繰り返した。
「名前が続いているから、意味も続いているとは限らない。」
「うん。」
「意味が変わっても、名前は残る。」
「そう。」
そのとき、女が画面を指した。
「ここ。」
履歴の一番下。
「参照名称――外部表示用」
透は開いた。
「外部表示名称――旧名称を使用」
「内部管理名称――別コード」
女が言った。
「外から見える名前と、内部で使っているコードが違う。」
「そう。」
「じゃあ、外から見える名前だけでは、内部の処理は分からない。」
「うん。」
「これも、入口と中身が違う。」
透は頷いた。
「表示されているものが、管理されているものそのものとは限らない。」
女はしばらく黙った。
「この仕組み、名前だけじゃなくて、いろんなところで同じことが起きているね。」
「そう。」
「番号も。」
「うん。」
「記録も。」
「うん。」
「業務コードも。」
「そう。」
「受付区分も。」
「うん。」
「全部、表示されているものと、その裏にある意味が一対一じゃない。」
透は答えなかった。
その言葉は、これまでの記録をかなり正確に表していた。
同じ番号でも、意味が違う。
違う番号でも、同じ仕事を引き継いでいる。
同じ名前でも、人ではない場合がある。
同じ「本人申告」でも、本人が直接申告したことを意味しない。
「一致」と書いてあっても、全てが一致したわけではない。
「参照可能」と書いてあっても、実際に参照したとは限らない。
「終了」と書いてあっても、仕事そのものが消えたわけではない。
透はノートを開いた。
そして、一つずつ書いた。
「名前≠本人」
「番号≠意味」
「記録≠現実」
「区分≠内容」
女が横から見た。
「増えたね。」
「うん。」
「でも、どれも否定じゃない。」
「そう。」
「名前が無意味ってことじゃない。」
「うん。」
「番号も必要。」
「そう。」
「記録も重要。」
「うん。」
「ただ、それだけで全部を決めない。」
透は頷いた。
「そういうこと。」
女は少し黙った。
それから、スマートフォンを取り出した。
「さっきのメッセージ。」
「うん。」
「『名前を見るな』。」
「うん。」
「もしかしたら、名前を無視しろという意味じゃない。」
透は女を見た。
「どういう意味?」
「名前だけを見るな、という意味かもしれない。」
透はしばらく考えた。
「それなら、少し違う。」
「うん。」
「名前を見ること自体は必要。」
「でも、その名前が何として使われているかを確認する。」
「そう。」
「個人名称なのか。」
「業務名称なのか。」
「窓口名称なのか。」
「旧名称なのか。」
「参照名称なのか。」
透は頷いた。
「名前を見る前に、名前の区分を見る。」
女は笑った。
「『名前を見るな』じゃなくて、『名前だけを見るな』。」
透も少し笑った。
「ただし、それも今のところ解釈。」
「うん。」
「送信者の意図は分からない。」
「そうだった。」
二人はまた画面に戻った。
透は、業務名称として残されたその文字列の参照履歴を開いた。
一番古い記録。
そして、一番新しい記録。
古い記録には、
「個人名称」
と表示されている。
新しい記録には、
「業務名称」
と表示されている。
その間には、
「担当者交代」
「業務統合」
「管理区分変更」
がある。
しかし、どの時点で「人の名前」から「仕事の名前」に変わったのか。
その正確な理由は、まだ分からない。
透は変更履歴をさらに探した。
すると、一件だけ、通常とは違う記録があった。
「名称使用区分――手動変更」
変更日時は、
兄が南区へ入る三日前。
変更前。
「個人名称」
変更後。
「業務名称」
変更理由。
「業務再編」
そして、その下に小さく、
「旧担当者情報――別管理へ移行」
と書かれていた。
女が息を止めた。
「別管理へ移行。」
「うん。」
「これなら、担当者の情報がJ―3に移った理由が分かる。」
「可能性はある。」
「名前そのものは仕事側に残った。」
「そう。」
「人の情報は別にした。」
「うん。」
女は画面を見つめた。
「だから、名前だけを追うと、最後には人ではなく仕事に着く。」
透は答えなかった。
その言葉は、今まで見てきた記録の流れと重なっていた。
しかし、まだ一つだけ足りない。
この変更を誰が行ったのか。
透は「変更担当」を開いた。
表示されたのは、
「担当区分――M―2―A」
だった。
女が言った。
「またM―2―A。」
「うん。」
「でも、人の名前じゃない。」
「そう。」
「だから、誰が変更したかは分からない。」
「少なくとも、この記録からは。」
女はしばらく黙っていた。
「もし兄がこの変更を知っていたら。」
「うん。」
「だから、名前を追うなと言ったのかもしれない。」
「かもしれない。」
「でも、兄がこの変更を見たという記録はない。」
「ない。」
「だから、これも決められない。」
「そう。」
透は画面を保存した。
その直後だった。
一つ下の項目に、見慣れない文字が表示された。
「変更前名称――照合対象外」
女が言った。
「照合対象外?」
「うん。」
「どういう意味?」
透は詳細を開いた。
そこには、
「名称変更後、旧名称と現担当者個人情報の直接照合を実施しない。」
とあった。
二人は同時に黙った。
名前と人を、
意図的に直接つなげない。
それは、今まで見てきた仕組みと一致していた。
女が小さく言った。
「じゃあ、この名前から兄を探すことはできない。」
透は頷いた。
「できない。」
「白石を探すことも。」
「できない。」
「この名前を知っている誰かを探すことも。」
「名前だけでは、できない。」
女は携帯電話を見た。
『名前を見るな。』
今度は、その四文字が少し違って見えた。
名前を捨てろ。
という意味ではない。
名前だけで人間を作るな。
そういう意味にも読める。
透は画面を閉じた。
そして、ノートの最後に一行だけ書いた。
「名前から人を作らない。」
女がそれを読んだ。
「それなら、次は?」
透は少し考えた。
「名前を変えたことで、誰の仕事が変わったのかを見る。」
「人じゃなくて、業務。」
「うん。」
「そして、その業務がどこへ移ったのか。」
「そう。」
女は頷いた。
透は検索欄に、新しい条件を入力した。
「業務名称変更後――処理先」
画面が切り替わった。
検索結果は、二件だった。
一件目。
「C―12」
二件目。
「S―系統」
その下には、さらに小さく、
「関連情報――Q―1」
と表示されていた。
透は画面を見つめた。
名前は残った。
人は別管理になった。
仕事は複数の系統へ分かれた。
そして、同じ名前を入口にすると、複数の場所へつながる。
透は検索結果を保存した。
まだ、一本の線にはならない。
しかし、少なくとも一つだけは明確だった。
追うべきものは、名前ではなかった。
名前の後ろで、
何が分かれたのか。
だった。




