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嘘の向こう側  作者: 亀


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第九十六章 交代後

翌日。


透は前日に閉じた画面を、もう一度開いた。


「交代後参照――関連処理」


その下に残っていた、


「次回確認――旧担当情報」


という項目から始める。


女は隣で画面を見ていた。


「昨日、ここで止めた。」


「うん。」


「今日は、ここから。」


透は項目を開いた。


表示されたのは、短い記録だった。


「確認目的――引継ぎ後の権限継続確認」


「対象――旧担当情報」


「参照区分――限定」


「確認結果――変更なし」


女が言った。


「変更なし。」


「そう。」


「何が?」


透は詳細を開いた。


「担当者個人情報。」


「名前?」


「それは表示されていない。」


「所属?」


「表示されていない。」


「権限?」


「権限区分だけ。」


女は画面を覗き込んだ。


「じゃあ、変更なしって、何が変更されなかったの?」


透は少し考えた。


「管理上の権限区分。」


「人そのものじゃない。」


「うん。」


「担当者が同じだった、という意味ではない。」


「そう。」


女は頷いた。


「また、言葉が少し違って見える。」


透は何も言わず、記録を読み進めた。


「交代――あり」


「権限区分――継続」


「担当者情報――別管理」


「業務記録――変更なし」


女が言った。


「交代したのに、業務記録は変更なし。」


「そう。」


「それなら、仕事を引き継いだ人が変わっても、業務記録の形式は変わらない。」


「うん。」


「だから、古い記録を見ても、誰が担当していたのかは分からない。」


「そう。」


透はノートに書いた。


「担当者交代≠業務記録変更」


その下に、


「業務記録継続≠担当者継続」


と書いた。


女はそれを見て言った。


「これ、兄が書いていたことに近い。」


「『交代したら、前の人間を探すな。前の処理を探せ。』」


「うん。」


透は画面に戻った。


そこには、さらに一つの項目があった。


「交代前参照履歴」


開く。


「参照対象――旧担当情報」


「参照目的――担当者交代確認」


「関連業務――N―05」


「参照者コード――M―2―A」


日付は、兄が南区へ入る前日だった。


女が言った。


「前の日にも見ている。」


「うん。」


「そして翌日にも。」


「そう。」


「前日はN―05。」


「翌日はN―07。」


「業務コードが変わっている。」


「うん。」


二人は画面を見た。


N―05。


旧業務。


N―07。


統合後業務。


その間に、


「担当者交代――あり」


という記録がある。


女が言った。


「業務の統合と担当者の交代が、ほぼ同じ時期。」


「そう。」


「これは偶然?」


透は答えなかった。


「分からない。」


「でも、記録上は同じ時期。」


「うん。」


「なら、何か関係している可能性はある。」


「可能性はある。」


「ただし、担当者交代が業務統合の原因だったとは書いていない。」


「そう。」


女は頷いた。


「逆も同じ。」


「うん。」


「業務統合が原因で担当者が交代したとも書いてない。」


「そう。」


透はその二つをノートに書いた。


「同時期≠因果関係」


女が言った。


「でも、時間の順番は重要。」


「そう。」


「前日に担当者交代確認。」


「うん。」


「その後、N―05からN―07へ。」


「うん。」


「翌日に引継ぎ後確認。」


「そう。」


「少なくとも、処理の流れはつながっている。」


透は頷いた。


「人ではなく、業務の流れとして。」


女はその言葉を繰り返した。


「業務の流れ。」


しばらくして、彼女が聞いた。


「じゃあ、M―2―Aは何をしていたの?」


透は参照者コードの説明を開いた。


「業務継続性確認。」


「前にも出てきた。」


「うん。」


「担当者交代確認。」


「そう。」


「旧業務参照。」


「そう。」


「引継ぎ後確認。」


「うん。」


女は首を傾げた。


「でも、M―2―Aが全部同じ人だとは限らない。」


「その通り。」


「じゃあ、同じコードが残っていること自体が、担当者の継続を意味しない。」


「そう。」


「むしろ、処理役割の継続。」


透は少し考えてから頷いた。


「その方が記録には合っている。」


女は画面を見た。


「じゃあ、M―2―Aを追って人を探すのは、間違った方向かもしれない。」


「少なくとも、これまでの記録だけでは、人を特定するためのコードとは言えない。」


「だから、兄が会った誰かと結びつけることもできない。」


「できない。」


「白石とも。」


「そう。」


その名前が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。


しかし、透はそこには触れなかった。


白石が何を知っているのか。


M―2―Aと関係があるのか。


旧業務にいたのか。


それらはまだ別の問題だった。


透は画面をスクロールした。


「担当者交代後の業務継続確認」


その記録の中に、


「旧担当情報――参照不要」


という項目があった。


女が言った。


「参照不要?」


「うん。」


「でも、昨日は旧担当情報を参照している。」


「そう。」


「じゃあ、矛盾してない?」


透は記録を二つ並べた。


一つは、


「担当者交代確認」


もう一つは、


「引継ぎ後確認」


確かに、どちらにも旧担当情報が関係している。


しかし、一方は参照している。


もう一方は参照不要。


透は詳細欄を開いた。


そこに小さく書かれていた。


「旧担当者の個人情報――参照不要」


女が言った。


「……あ。」


「参照不要なのは、担当者情報全部じゃない。」


「旧担当者の個人情報だけ。」


「うん。」


「でも、担当していた業務の情報は必要。」


「そう。」


女は画面を見た。


「だから、前の人を引き継ぐんじゃない。」


「仕事を引き継ぐ。」


「人間そのものではなく、処理。」


透は頷いた。


「これまで見てきたものと同じ。」


女は少し黙った。


「それなら、兄が追っていたのも、人ではなく仕事だった可能性がある。」


透は彼女を見た。


「それは、まだ分からない。」


「うん。」


「兄は『仕事を追え』と言っていた。」


「そう。」


「でも、それが兄自身の調査方法だったのか。」


「それとも誰かから教えられたのか。」


「あるいは、仕事を追わざるを得ない事情があったのか。」


「分からない。」


女は頷いた。


「分からない。」


二人はその言葉を、そのまま残した。


透は最後に、交代前後の記録を保存した。


そこには、


N―05


担当者交代確認


N―07


引継ぎ後確認


という四つの項目が並んでいた。


その下には、


「旧担当者個人情報――参照不要」


とある。


透はその一行を見た。


人は記録から遠ざけられている。


しかし、仕事は残っている。


仕事は番号を変えながら続いている。


そして、その番号の下に、過去の処理が重なっている。


女が言った。


「もし兄が、この仕組みを知っていたなら。」


透は答えた。


「うん。」


「人を探すより、仕事を探した方が早いと思ったのかもしれない。」


「かもしれない。」


「でも、仕事を追えば、人にたどり着くとは限らない。」


「そう。」


「逆に、人を追えば、仕事を見失うこともある。」


透は少し考えた。


「だから、両方を分けて見る必要がある。」


「人の線。」


「仕事の線。」


「記録の線。」


「権限の線。」


女はその言葉を聞いて、ノートの余白に小さく書いた。


「線は一本とは限らない。」


透はそれを見た。


兄の言葉だった。


そして、その下にもう一つ書かれていた。


「だから、一本につなげようとするな。」


透はしばらく、その文章を見つめていた。


これまで、自分は記録を集めるたびに、一本の線を作ろうとしていた。


誰が。


どこで。


何をして。


誰に引き継いだのか。


一つにつながれば、全体が見えると思っていた。


だが、実際には違うのかもしれない。


人の線。


仕事の線。


情報の線。


権限の線。


それぞれが別々に進み、ときどき交差する。


交差した場所だけを見ると、一つの出来事に見える。


しかし、それぞれの線が同じものだとは限らない。


透はノートを閉じた。


そして、その日の記録の最後に、


「交代した人間を探すのではなく、交代によって何が変わり、何が変わらなかったのかを見る。」


と書いた。


その直後、女の携帯電話が震えた。


画面を見る。


短いメッセージだった。


差出人は表示されていない。


ただ、一行だけ。


『前の仕事が残っているなら、前の人間も残っていると思うな。』


女は顔を上げた。


透も画面を見た。


今度は、二人ともすぐには話さなかった。

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