第九十五章 移されなかったもの
「統合時未移管情報――あり」
透は、その一行をもう一度読んだ。
隣で女も画面を見ている。
「未移管って……何が?」
「分からない。」
「でも、J―3が参照先になっている。」
「うん。」
透は詳細画面を開いた。
しかし、そこには情報そのものは表示されなかった。
「参照先管理区分――J―3」
「参照理由――担当者情報確認」
「処理状態――完了」
それだけだった。
女が言った。
「担当者情報を確認した?」
「そう見える。」
「じゃあ、未移管だったのは担当者の情報?」
透は首を横に振った。
「そこまでは書いてない。」
「でもJ―3でしょう?」
「J―3が参照先になっているだけ。」
「……また?」
「うん。」
女は小さく息を吐いた。
「参照先と、参照対象は同じじゃない。」
透は頷いた。
「それに、J―3には担当者の個人情報が入っている。でも、そこにアクセスしたからといって、未移管情報そのものが担当者情報だとは限らない。」
「管理区分と対象情報を混ぜない。」
「そう。」
透は画面を閉じず、そのまま記録の前後を確認した。
統合前。
N―05、N―06、N―08。
統合後。
N―07。
その後、C―12。
そして、S―系統とQ―1への分離。
処理の流れは記録されている。
しかし、その途中に一つだけ、
「未移管」
という言葉が残っていた。
女が言った。
「移管されなかったなら、そこだけ前の管理に残った?」
「可能性はある。」
「じゃあ、旧記録と同じ?」
「違うかもしれない。」
透は該当する説明欄を開いた。
「未移管――統合後の新業務区分に直接移管しない情報。」
その下に、
「理由――情報管理目的の相違」
とあった。
女は画面を見つめた。
「また、目的の違い。」
「そう。」
「つまり、移さなかったんじゃなくて、移す必要がなかった可能性もある。」
「うん。」
「新しい業務に必要なものだけ移した。」
「そう考えることはできる。」
「でも、それなら『未移管』という言葉は少し変じゃない?」
透は少し考えた。
「新しい業務から見れば、移管されていない。」
「元の管理から見れば、残っているだけ。」
「そう。」
女は黙った。
透はノートに書いた。
「移管されていない≠消えた」
少し間を置いて、
「移管されていない≠隠された」
と書いた。
そして、その下に、
「移管されていない理由は別に確認する。」
と続けた。
女がそれを見た。
「慎重だね。」
「この記録だけで決めると、また同じことになる。」
「何を?」
「空欄や残存記録を、意味のあるものだと思い込むこと。」
女は何も言わなかった。
透は先ほどの記録に戻った。
「統合時未移管情報――あり」
さらに詳細を開く。
今度は、いくつかの分類が表示された。
「未移管区分――三件」
「業務履歴」
「旧担当情報」
「原記録参照履歴」
女が眉を動かした。
「三つある。」
「うん。」
「一つじゃない。」
「そう。」
「じゃあ、さっきのJ―3は、そのうち旧担当情報を見るための管理先だった可能性がある。」
「可能性はある。」
「業務履歴と原記録参照履歴は別。」
「そう。」
透は三つを順番に開いた。
業務履歴。
「移管対象外」
旧担当情報。
「別管理」
原記録参照履歴。
「旧管理区分に保存」
女が言った。
「全部違う。」
「うん。」
「未移管という一つの言葉でまとめられているけど、中身は三種類。」
透は頷いた。
「だから、『未移管情報』という名称だけでは、何が残ったのか分からない。」
「記録の名前が情報を簡単にしている。」
「そう。」
女は少し考えた。
「それって、今まで見てきたものと同じだね。」
「何が?」
「N―07もそうだった。」
「……うん。」
「一つの番号の中に複数の仕事があった。」
「そう。」
「未移管情報も、一つの区分の中に複数の種類がある。」
「うん。」
「だから、名前を一段細かく見ないと意味が分からない。」
透は画面を見ながら頷いた。
そのとき、旧担当情報の項目に小さな注記があることに気づいた。
「旧担当者情報――業務記録との直接連結を行わない。」
透は指を止めた。
女が聞いた。
「また、直接連結しない。」
「うん。」
「だから、J―3を見ても、その担当者がどの案件を処理したのかは分からない。」
「少なくとも、この管理表では分からない。」
「でも、担当者交代確認の記録は残っている。」
「そう。」
「じゃあ、人の情報と仕事の情報が、完全に切り離されているわけじゃない。」
透は少し考えた。
「参照する経路はある。」
「でも、直接つながってはいない。」
「そう。」
「それなら、誰が何をしたのかを調べるには、別々の記録を合わせる必要がある。」
「ただし、合わせられるとは限らない。」
女は透を見た。
「どうして?」
「個人情報側には、業務コードを直接持たせない場合がある。」
「業務側には、担当者名を持たせない。」
「うん。」
「じゃあ、両方に同じコードがあっても……」
「それだけでは同じ人とは言えない。」
女は黙った。
透は、これまで見つかった記録を頭の中で並べた。
M―2―A。
N―07。
C―12。
J―3。
K―14。
それぞれに意味がある。
しかし、それぞれの意味は重ならない。
同じ日に出てくるものもある。
同じ処理に関係するものもある。
それでも、それだけで一人の人間、一つの案件、一つの場所を指しているとは限らない。
透はノートを開いた。
そして新しいページに書いた。
「同じ時間に存在すること≠同じ対象」
女がそれを読んだ。
「また増えたね。」
「増やしたくて増やしているわけじゃない。」
「分かってる。」
二人は少し笑った。
その直後、女が画面を指差した。
「ここ。」
旧担当情報の記録の下に、もう一つの項目があった。
「交代後参照――一件」
参照日時は、兄が南区へ入った翌日だった。
参照者コード。
「M―2―A」
関連業務。
「N―07」
参照理由。
「引継ぎ後確認」
透は画面を見たまま動かなかった。
女も同じだった。
「翌日……。」
「うん。」
「でも、担当者個人情報への参照。」
「そう。」
「何を確認したの?」
透は詳細を開いた。
表示されたのは、わずか三項目だった。
「確認対象――担当者交代情報」
「確認結果――登録あり」
「業務記録への個人情報連結――なし」
女が言った。
「やっぱり、名前は出てこない。」
「うん。」
「誰が交代したのかも分からない。」
「そう。」
「でも、交代そのものは記録されている。」
「うん。」
女は画面から目を離した。
「兄が南区へ入った翌日に、担当者交代を確認していた。」
透は答えなかった。
それは事実だった。
しかし、その事実だけでは、
兄と担当者交代の関係は分からない。
兄がその業務を見ていたのか。
偶然、同じ時期に処理されたのか。
兄が別のものを追っていたのか。
そもそも、この交代が兄の見ていた業務と関係していたのか。
何も決まっていない。
女が静かに言った。
「ここまで近いと、関係があるように見える。」
「そうだね。」
「でも、近いだけ。」
「うん。」
透は画面を保存した。
そして、日付の横に一言だけ書いた。
「関連未確定」
女がそれを見た。
「それでいいの?」
透は頷いた。
「今は、それが一番正確だと思う。」
画面には、まだ別の項目が残っていた。
「交代後参照――関連処理」
その下には、
「次回確認――旧担当情報」
とだけ表示されていた。
透はそこを見た。
「まだ続きがある。」
女が言った。
「開く?」
透は少し考えた。
そして、
「今日はここまでにしよう。」
と言った。
「どうして?」
「今開くと、また次の記録を見つける。」
女が少し笑った。
「それはそう。」
「でも、記録が増えるほど、分かったことが増えるとは限らない。」
女は黙って画面を閉じた。
部屋が静かになった。
透はノートを閉じる前に、最後に一行だけ書いた。
「記録を集めることと、全体を理解することは、同じではない。」
そして、その言葉の下に線を引いた。
今度は、続きを急がなかった。




