第九十三章 継続性
「業務継続性確認――対象業務」
透は、その項目を開いた。
表示されたのは、一つの業務コードだった。
「N―07」
女が言った。
「またN―07。」
「うん。」
「でも、N―07はもうC―12に移管されている。」
「そう。」
「じゃあ、なぜ今もN―07が残っているの?」
透は移管履歴を開いた。
「旧業務コード――N―07」
「新業務コード――C―12」
「移管理由――業務継続」
「旧記録――分離保存」
女が画面を見た。
「つまり、N―07そのものが現在も動いているわけじゃない。」
「たぶん。」
「でも、旧記録を参照するときには残る。」
「そう。」
透はさらに下へ進んだ。
そこに、別の項目があった。
「継続対象――処理手順」
女が言った。
「人じゃない。」
「うん。」
「記録でもない。」
「処理手順。」
透は詳細を開いた。
「旧処理手順を、新処理環境において継続使用する場合に設定。」
その下には、
「対象――所在関連処理」
とあった。
女は少し考えた。
「じゃあ、N―07が残っているのは、仕事が残っているから?」
「そういうことだと思う。」
「担当者が残っているからではない。」
「そう。」
「場所が残っているからでもない。」
「うん。」
女は黙った。
透は以前、兄が残した紙に書かれていた言葉を思い出した。
「窓口が変わっても、仕事が残っているなら、同じ名前が残ることがある。」
あの言葉が、今になって少し違う形で見えてきた。
名前だけではない。
番号も同じなのかもしれない。
人が変わっても。
場所が変わっても。
会社が変わっても。
仕事の連続性を保つために、古い名称や番号が残される。
女が言った。
「じゃあ、N―07を追っても人にはたどり着けない。」
「直接は。」
「仕事にはたどり着ける。」
「そう。」
「兄は、それを知っていたのかな。」
透は少し考えた。
「知っていた可能性はある。」
「でも、断定はできない。」
「うん。」
女は紙を見た。
「『仕事を追え』って書いてある。」
「だから、仕事の線を追った。」
「そしたら、こんなに分かれた。」
透は苦笑した。
「最初から一本じゃなかったのかもしれない。」
二人は画面に戻った。
「業務継続性確認――対象業務」
N―07。
その下に、
「継続対象情報――処理手順・業務分類・旧記録参照関係」
と表示されていた。
透は一つずつ開いていく。
処理手順。
業務分類。
旧記録参照関係。
そこには、人名が一つもなかった。
女が言った。
「人がいない。」
「うん。」
「でも、仕事は残っている。」
「そう。」
「それなら……」
女は言葉を止めた。
透が待った。
「もし兄が仕事を追っていたなら、兄が探していたのは人じゃなかった可能性もある。」
透は答えなかった。
その可能性は、以前からあった。
兄が「見るだけ」と書いた日。
二十五分だけ離れた場所へ行った日。
名前を聞かなかった日。
N―07について何度も書いていた日。
それらが全部、一人の人間を探すためだったとは限らない。
場所かもしれない。
業務かもしれない。
記録かもしれない。
あるいは、それらの関係かもしれない。
透はその考えを口にしなかった。
まだ、材料が足りない。
代わりに、別の項目を開いた。
「継続対象情報――旧記録参照関係」
そこには、
「参照元――N―07」
「参照先――C―12」
「個人情報――別管理」
とあった。
女が言った。
「また分かれている。」
「うん。」
「業務はC―12。」
「個人情報はQ―1。」
「旧記録は別管理。」
「そう。」
「じゃあ、S―21―014もC―12もQ―1も、全部N―07を起点にしているけど、同じものを管理しているわけじゃない。」
透はうなずいた。
「かなり整理できてきた。」
女が言った。
「でも、整理すればするほど、兄がどこにいるのか分からなくなる。」
透は画面から目を離した。
「それは最初から分からなかった。」
「そうだけど。」
「ただ、今は『分からない理由』が少し分かってきた。」
女は透を見た。
「分からない理由?」
「情報が一つの場所にまとまっていない。」
「……なるほど。」
「誰かが全部を持っているとは限らない。」
「だから、一人に聞いても全部は出てこない。」
「うん。」
女はしばらく黙っていた。
それから、少しだけ笑った。
「それなら、兄が誰か一人を信じなかった理由も分かる気がする。」
透は何も言わなかった。
「兄は、誰か一人が全部を知っていると思わなかったのかもしれない。」
「そうかもしれない。」
「でも、それも推測。」
「うん。」
二人はまた画面に戻った。
そのとき、透は「継続対象情報」の下に、もう一つ項目があることに気づいた。
「継続対象外」
開く。
そこには、
「個人識別情報」
「旧担当者情報」
「旧参照者情報」
と並んでいた。
女が言った。
「担当者も対象外。」
「うん。」
「参照者も。」
「そう。」
「つまり、仕事は引き継ぐけど、人間関係は引き継がない。」
透は少し考えた。
「制度上は、そういう設計なんだと思う。」
「でも、人間は別。」
「うん。」
「前の担当者が知っていることを、次の担当者が全部知っているとは限らない。」
「そう。」
「逆に、次の担当者が持っている情報を、前の担当者が持っていたとも限らない。」
「うん。」
透はその言葉を聞いて、ノートに書いた。
「業務の継続≠情報の完全な継続」
その下に、
「担当者の交代≠知識の移転」
と書いた。
女がそれを見た。
「これ、かなり重要じゃない?」
「たぶん。」
「だとしたら、今まで聞いた人たちの証言が食い違っていても……」
「それだけでは誰かが嘘をついているとは言えない。」
「知らなかった可能性がある。」
「そう。」
「古い担当者は古い情報を知っている。」
「新しい担当者は新しい情報を知っている。」
「でも、その間が完全にはつながっていない。」
「うん。」
女は少し黙った。
「それなら、社会の中では、嘘をついていなくても違う話になることがある。」
透は彼女を見た。
「そうだと思う。」
「それが一番厄介。」
「うん。」
その言葉の後、部屋は静かになった。
透は画面を閉じずに、さらに下へ進んだ。
「継続対象外――旧担当者情報」
その横に、小さく、
「参照時は別管理台帳を確認」
と書かれている。
透はそれを開いた。
別管理台帳。
J―3。
また、その名前が出た。
「担当者個人情報管理」。
透はJ―3の履歴を開いた。
以前見つけたものと同じだった。
担当者交代確認。
M―2―A。
N―07。
そして、交代後確認。
M―2―A。
透はしばらく画面を見た。
女が言った。
「ここでも同じ。」
「うん。」
「人は変わっている。」
「でも、コードは同じ。」
「だからM―2―Aは人ではなく、処理の役割。」
「そう考えるほうが自然。」
女は頷いた。
「でも、実際に誰がいたかは分からない。」
「J―3を見れば、担当者情報があるかもしれない。」
「でも、業務記録とは直接つながらない。」
「そう。」
「また分かれている。」
「うん。」
透は一度、椅子から立ち上がった。
窓を少し開ける。
外の空気が入ってきた。
机に戻ると、女が一枚の紙を見ていた。
「これ。」
「何?」
「さっきの一覧。」
彼女が指差した。
「Q―1―117。」
「うん。」
「その隣に、小さく『継続対象外――旧担当者情報』とある。」
透は画面を確認した。
確かに、Q―1―117の関連項目として、
「担当者情報――別管理」
と表示されている。
女が言った。
「これって、前の担当者を探せるってこと?」
透は少し考えた。
「探せる可能性はある。」
「じゃあ、探そう。」
透はJ―3の検索画面を開いた。
検索条件に、
「N―07」
を入力する。
いくつかの結果が出た。
その中に、一件だけ、
「交代確認――個別参照」
という記録があった。
日付は、
兄が南区へ入る前日。
透の手が止まった。
女も気づいた。
「前にも見た日付。」
「うん。」
だが、今回は別の項目が表示されていた。
「参照理由――担当者交代確認」
「旧業務――N―05」
「新業務――N―07」
「個人情報参照――なし」
透は画面を見た。
女が言った。
「個人情報を見ていない。」
「そう。」
「じゃあ、兄の情報を確認した記録ではない。」
「少なくとも、この処理では。」
女は黙った。
透はさらに下へスクロールした。
すると、その下に、
「交代後確認対象――N―07」
「引継ぎ確認――継続」
とあった。
そして最後に、
「旧担当者情報――参照不要」
と表示されていた。
女が言った。
「参照不要。」
透はその言葉を見つめた。
「所在確認――不要。」
「参照不要。」
二つの言葉が並んだ。
似ている。
だが、同じではない。
透は画面を閉じた。
「また、言葉だけでは判断できない。」
女が頷いた。
「でも、少なくとも一つ分かった。」
「何?」
「兄が南区へ入る前日に、N―05からN―07への交代処理があった。」
透は頷いた。
「それは記録にある。」
「そして、その交代処理では個人情報は参照されていない。」
「うん。」
「だから、兄の記録と直接結びつけることはできない。」
「そう。」
女はしばらく考えてから言った。
「じゃあ、次に見るべきなのは、N―07になった後に何が変わったのか。」
透は画面を見た。
旧業務。
新業務。
担当者。
参照権限。
処理手順。
そして、その先にある現在のC―12。
まだ線は続いている。
ただし、人を追う線ではない。
仕事がどのように残り、
どの情報が引き継がれ、
どの情報が切り離され、
何が最初から引き継がれなかったのか。
透はノートの最後に一行だけ書いた。
「引き継がれたものだけを見るな。」
少し考えてから、もう一行を足した。
「引き継がれなかったものを確認する。」
そして、画面に残されたN―05の古い処理記録を開いた。
その中に、
まだ一つだけ確認していない欄があった。
「旧業務終了理由――詳細」
透は、その項目を選択した。




