第九十二章 照合条件
「照合状態――条件確認中」
透は、その表示を見たまま、画面を動かさなかった。
S―21―014。
Q―1―117。
二つの記録は、関連情報として登録されている。
しかし、まだ「同一」とは記されていない。
女が言った。
「条件を開ける?」
「うん。」
透は「照合条件」の項目を選択した。
画面に、いくつかの項目が表示された。
「登録番号」
「所属区分」
「処理時点」
「旧業務区分」
「照合対象――限定」
女が眉を寄せた。
「氏名がない。」
「ない。」
「生年月日も。」
「ない。」
「じゃあ、何を照合しているの?」
透は一つずつ確認した。
「登録番号。」
「所属区分。」
「処理時点。」
「旧業務区分。」
女はしばらく黙っていた。
「これだけ?」
「少なくとも、この照合では。」
「でも、登録番号が同じなら、本人が同じとは限らないんじゃない?」
「その通り。」
「所属区分が同じでも?」
「同じ。」
「処理時点が同じでも?」
「同じ。」
女は画面を見た。
「じゃあ、これは何を確認しているの?」
透は少し考えた。
「二つの記録を、同じ人として扱っていいかどうかではなく……」
そこで言葉を止めた。
「同じ処理上の条件に置けるかどうか。」
女は透を見た。
「ずいぶん違うね。」
「うん。」
「でも、記録には『関連あり』と出る。」
「そう。」
「人が見たら、同じ人の記録だと思うかもしれない。」
「だから、注意書きがある。」
透は画面を下へ動かした。
そこには小さく、
「関連情報は、対象者の同一性を保証するものではない」
と表示されていた。
女が笑った。
「また書いてある。」
「うん。」
「システムのほうが、こっちより慎重だ。」
透も少し笑った。
「人間のほうが勝手に意味を足すから。」
女はその言葉を聞いて、黙った。
しばらくして、彼女が言った。
「でも、どうしてS―21―014とQ―1―117が関連したの?」
透は照合履歴を開いた。
そこには、
「関連業務コード――N―07」
「移管先――C―12」
「旧業務区分――N―08」
とあった。
「N―07とC―12。」
「それだけ?」
「もう一つある。」
透は画面を拡大した。
「処理時点。」
「同じ?」
「完全には同じじゃない。」
「どういうこと?」
「S―21―014の処理時点は、兄の『所在確認――不要』が登録された日。」
「Q―1―117は?」
「その三日前に分離処理。」
女は考え込んだ。
「じゃあ、時系列は……」
透がノートに書いた。
「三日前――Q―1―117分離」
「当日――S―21―014」
「その後――関連照合」
女はその三行を見た。
「これだけ見ると、つながっているように見える。」
「そう。」
「でも、分離処理は一括。」
「うん。」
「つまり、Q―1―117だけのために行われた処理とは限らない。」
「そう。」
「それなら、日付の近さだけでは足りない。」
「うん。」
透はペンを置いた。
「だから、照合条件を見る。」
女がうなずいた。
「条件の中に、兄の記録を特定できるものがあるか。」
「そう。」
二人はもう一度、画面を確認した。
登録番号。
所属区分。
処理時点。
旧業務区分。
どれも、兄個人を直接示しているわけではない。
透は一つの項目を開いた。
「登録番号――部分一致」
女が言った。
「部分?」
「完全一致じゃない。」
「どこが一致しているの?」
透は詳細を表示した。
しかし、番号そのものは伏せられていた。
表示されたのは、
「先頭区分一致」
「管理区分一致」
「末尾――参照対象外」
という情報だけだった。
女が言った。
「それなら、なおさら同一人物とは言えない。」
「そう。」
「むしろ、同じ管理区分に属しているというだけじゃない?」
「可能性はある。」
透は少し黙った。
「でも、これだけでは何のために関連付けたのか分からない。」
「業務のため?」
「たぶん。」
「人のためではなく?」
「少なくとも、直接的には。」
女は画面を見た。
「じゃあ、ここにも『人』と『仕事』の線がある。」
透はうなずいた。
「ずっと同じところに戻ってくる。」
「N―07もそうだった。」
「うん。」
「名前も。」
「番号も。」
「本人確認も。」
「記録も。」
女は少し考えた。
「もしかすると、この話で追いかけているものは、最初から人だけじゃなかったのかもしれない。」
透は答えなかった。
その言葉は、妙に残った。
兄を探している。
そう思っていた。
しかし、実際に追いかけているのは、
兄が残した記録。
兄が関わった業務。
兄が見た名前。
兄が気にしていた番号。
そして、それらを管理した人間たち。
一つの人間を追っているつもりで、別々の線を追っている。
透はそのことをノートに書いた。
「人を探す線と、仕事を探す線は同じとは限らない。」
女が言った。
「でも、交わることはある。」
「ある。」
「だから難しい。」
「うん。」
そのとき、画面の下に新しい項目が表示された。
「照合後処理」
透が開く。
そこには、
「S―系統――継続」
「Q―1――参照可能」
「C―12――引継ぎ確認済」
とあった。
女が言った。
「Q―1は?」
「参照可能。」
「つまり、Q―1―117がS―21―014に紐づいた?」
透は首を横に振った。
「そこまでは書いてない。」
「じゃあ?」
「Q―1側の情報を参照できる状態になっただけかもしれない。」
「また違う。」
「うん。」
「『参照可能』と『参照した』も違う。」
透はその言葉を聞いて、画面を戻した。
「そうだ。」
「何?」
「前にもあった。」
「何が?」
「権限と操作。」
女が黙る。
透は続けた。
「参照できる権限を持っていることと、実際に参照したことは違う。」
「だから、Q―1が参照可能になったからといって、誰かが個人情報を見たとは限らない。」
「そう。」
「でも、実際に参照した履歴があれば別。」
「うん。」
透は「参照履歴」を開いた。
そこには一件だけ記録があった。
「参照日時――記録あり」
「参照者コード――M―2―A」
「参照対象――Q―1―117」
「参照目的――引継ぎ前確認」
女が画面を見る。
「やっぱりM―2―A。」
「うん。」
「何を見たの?」
透は詳細を開いた。
そこには、
「参照項目――個人識別情報」
「参照結果――取得済」
とだけあった。
女が言った。
「内容は?」
「表示されない。」
「名前も?」
「ない。」
「住所も?」
「ない。」
「生年月日も?」
「ない。」
女は少し考えた。
「じゃあ、見たことは分かる。」
「うん。」
「何を見たかは分からない。」
「そう。」
「誰が見たかも分からない。」
「M―2―Aは個人コードじゃないから。」
女はため息をついた。
「分かることが増えているのに、肝心なところはまだ分からない。」
透は苦笑した。
「調査って、そういうものかもしれない。」
女は答えなかった。
そのとき、透の目に別の項目が入った。
「参照後処理――情報更新なし」
透はそこを開いた。
「更新――なし」
「削除――なし」
「追加――なし」
「移管――なし」
透は静かに画面を見た。
女が聞いた。
「つまり?」
「見た後、記録は変更されていない。」
「それは重要?」
「少なくとも、誰かが見た直後に情報を書き換えた記録はない。」
「でも、別の場所で変更された可能性は?」
「ある。」
「同じシステムの外なら?」
「分からない。」
女は少し黙った。
「じゃあ、この記録だけから、誰かが何かを操作したとは言えない。」
「うん。」
「逆に、何もしていないとも言えない。」
「そう。」
透は画面を閉じた。
窓の外は、もう暗かった。
部屋の中だけが、画面の光で照らされている。
女が言った。
「最初は、もっと簡単だと思っていた。」
透は彼女を見た。
「何が?」
「兄を探すこと。」
透は少し考えた。
「今も?」
女は答えなかった。
代わりに、机の上に置いてあった古い紙を手に取った。
そこには、兄が残した短い言葉がある。
「管理の線を追え。」
「ただし、線が一本とは限らない。」
女はその紙を見ながら言った。
「これを書いたとき、兄はこういうことを知っていたのかな。」
透は紙を見た。
「分からない。」
「前なら?」
「前なら、知っていたと思ったかもしれない。」
「今は?」
透は少し考えた。
「知っていた可能性はある。」
「それだけ?」
「それ以上は言えない。」
女は紙を折りたたんだ。
「そう。」
二人の間に沈黙が落ちた。
その沈黙の中で、透は一つのことに気づいた。
これまで見つけてきた記録の多くには、
「誰が」
という項目がなかった。
代わりに、
「何のために」
「どの業務で」
「どの管理区分で」
「どの記録を参照したか」
が残っている。
人間を中心に作られた記録ではない。
仕事を中心に作られた記録なのだ。
だから、人を探そうとすると、必ずどこかで空白が生まれる。
透は新しいページを開いた。
そして、短く書いた。
「人を探すなら、人の記録だけを見るな。」
その下に、
「仕事の記録だけでも足りない。」
さらに一行。
「両方の間にある空白を見る。」
書き終えたところで、画面に一つの通知が出た。
「関連照合――更新」
透は顔を上げた。
先ほどまで「条件確認中」だった表示が変わっている。
「照合状態――条件確定」
そして、その下に新しい一行があった。
「照合理由――業務継続性確認」
透はその文字を見た。
女も見た。
二人とも、すぐには何も言わなかった。
それは、兄の所在を確認する理由ではなかった。
少なくとも、記録にはそう書かれていない。
業務継続性。
ただ、それだけだった。
しかし、その「業務継続性」のために、
S―21―014とQ―1―117が一度、同じ照合線の上に置かれていた。
透は画面を閉じなかった。
まだ一つだけ、確認していない項目があった。
「業務継続性確認――対象業務」
そこを開けば、
なぜこの二つの記録が同じ線に置かれたのか。
その理由が、もう少しだけ見えるかもしれなかった。




