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嘘の向こう側  作者: 亀


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第八十八章 別管理

「J―3」


透は、その番号を紙に書いた。


その下に、


「担当者個人情報――別管理」


と記した。


女は画面を見ながら言った。


「また別管理」


「うん」


「でも、今までの『別管理』とは少し違う」


透は頷いた。


これまで出てきた「別管理」は、業務記録や個人識別情報を分離するためのものだった。


しかし今回のJ―3は、


「担当者個人情報」


そのものを管理するための区分らしい。


透は検索結果を開いた。


J―3。


管理名称――担当者個人情報管理。


対象――業務担当者。


主な項目――氏名、所属、権限区分、在籍期間。


保存方法――別管理。


業務記録との直接連結――原則不可。


女が最後の一行を読む。


「業務記録との直接連結、原則不可」


「うん」


「だから、担当者が誰だったのかを、業務記録から直接追えない」


「そういう設計になっている」


透は少し黙った。


「じゃあ、M―2―Aも」


「J―3に直接つながるわけじゃない」


「でも、M―2―Aを使った人間がいたことは、別の記録には残っている」


女が頷く。


「その別の記録を探す」


透はJ―3の検索欄を開いた。


検索条件に、


参照者コード――M―2―A。


と入力する。


結果は一件。


しかし、表示されたのは人の名前ではなかった。


「参照権限区分――旧M―2系統」


「所属――非表示」


「有効期間――非表示」


そして、


「個人識別情報――参照制限」


透は画面を見た。


「やっぱり見えない」


女が言う。


「でも、M―2―AがJ―3と関係していることは分かった」


「うん」


「ただし、M―2―Aが一人の人間を指すのか、複数の担当者が共有したコードなのかは分からない」


「そこも重要」


透は頷いた。


以前の「参照者コード管理表」。


担当者が交代しても、処理区分が変わらなければ参照者コードを変更しない。


つまり、M―2―Aというコードは、人間そのものではなく、処理上の役割を表している可能性がある。


それなら、M―2―Aを追っても、最初から一人の人物に辿り着くとは限らない。


「これ、少し分かってきた」


女が言った。


「何が?」


「記録の中では、人が何度も別の形に分かれている」


透は黙って聞いた。


「業務コード」


女が指を一本立てる。


「N―07」


「うん」


「参照者コード」


もう一本。


「M―2―A」


「うん」


「権限区分」


さらに一本。


「K―14」


「うん」


「担当者個人情報」


最後に画面を指した。


「J―3」


女は手を下ろした。


「全部、人間が仕事をするための情報だけど、それぞれ別の管理になっている」


透は頷いた。


「だから、一つのコードから人間全体を復元しようとすると、途中で必ず切れる」


「その切れたところが、別管理」


「そう」


透は画面を見た。


「でも、別管理だからといって、完全に無関係ではない」


女が言った。


「うん」


「関係を示す参照だけは残る」


「そう」


「だから、線は切れているんじゃなくて、直接つながらない」


透はその言葉を書いた。


「切断ではなく、分離。」


女はそれを読んだ。


「前より少し正確かもしれない」


透は頷いた。


「分離されているから、別々に見える。でも、仕事の中では参照される」


「その参照履歴だけが残る」


「うん」


二人はJ―3の参照履歴を調べた。


すると、一件だけ表示された。


参照日――兄が南区へ入る前日。


参照理由――担当者交代確認。


参照元――M―2―A。


関連業務コード――N―07。


透の手が止まった。


「また前日」


女も画面を見た。


「名称継続確認と同じ日」


「うん」


「しかもN―07」


「そう」


だが、今回はさらに一つ違う項目があった。


「担当者交代――あり」


女が読んだ。


透はその言葉を何度か確認した。


「担当者交代があった」


「この記録では、そうなってる」


「じゃあ、M―2―Aを使っていた人が交代した?」


女は首を横に振った。


「そこは分からない」


「そうか」


「担当者交代の対象が、誰なのか書かれてない」


透は頷いた。


担当者交代。


それが、


M―2の担当者なのか。


N―07の担当者なのか。


窓口担当なのか。


別の業務の担当者なのか。


記録には書かれていない。


「担当者交代」という言葉だけが残っている。


透はその違いに気づいた。


「ここでも、言葉だけじゃ足りない」


女が見る。


「何が?」


「担当者交代」


「うん」


「誰から誰に交代したのかがない」


「だから、交代という事実だけ」


「そう」


女は少し考えた。


「でも、担当者情報そのものはJ―3にある」


「うん」


「じゃあ、J―3を見れば分かる?」


「権限があれば」


二人はJ―3の参照権限を確認した。


そこには、


「個人識別情報の表示――制限」


「旧担当者情報――条件付き参照」


「現担当者情報――権限者のみ」


とあった。


女はため息をついた。


「また権限」


透は苦笑した。


「記録がないんじゃない」


「見られない」


「そう」


二人はしばらく黙った。


やがて女が言った。


「白石なら、知ってるかもしれない」


透は顔を上げた。


その名前が出たのは、久しぶりだった。


「かもしれない」


「昔の管理側にいた」


「うん」


「こういう記録を見ていた可能性はある」


透はすぐに返事をしなかった。


白石が何を知っているか。


どこまで知っているか。


何を隠しているか。


それは今も分からない。


そして、知っていることと、今も確認できることも違う。


透は言った。


「聞くことはできる」


女が見る。


「でも、聞く前にもう一つ確認したい」


「何?」


「J―3の記録に、担当者交代後の処理が残っているか」


女は頷いた。


「それを見る」


検索条件を追加する。


担当者交代――あり。


交代後参照――あり。


関連業務コード――N―07。


結果が一件出た。


参照日――兄が南区へ入った翌日。


参照理由――引継ぎ後確認。


参照者コード――M―2―A。


透は画面を見た。


「またM―2―A」


「交代した後も同じコード」


女が言った。


「やっぱり、M―2―Aは人そのものじゃない」


「少なくとも、一人の担当者を固定して表すコードではなさそう」


「担当者が変わっても残る」


「うん」


透はそこで一つのことに気づいた。


「じゃあ、M―2―Aを使った人間を探すより」


「M―2―Aが何の役割を表していたのかを見る」


「そう」


女は頷いた。


画面には、


「参照役割――引継ぎ確認」


とあった。


その下には、


「役割継続――あり」


と書かれている。


透は静かに息を吐いた。


「役割が残る」


「人が変わっても」


「うん」


「だから、仕事の線を追えということになる」


透は兄の言葉を思い出した。


――名前を追うな。仕事を追え。


今度は、その言葉が少し違って聞こえた。


名前を追わないというのは、人間を無視することではない。


人間を特定する前に、


その人がどの役割にいたのか。


その役割がどのように引き継がれたのか。


その仕事がどの記録に残ったのか。


そこから確認する。


透はそう考えた。


だが、まだ一つだけ引っかかっていた。


「でも……」


女が顔を上げる。


「何?」


「兄が南区へ入った前日に、担当者交代があった」


「うん」


「その翌日に、兄が南区へ入った」


「うん」


「これは、まだ偶然かもしれない」


「そう」


「でも、ここまで日付が重なるなら、少なくとも確認する価値はある」


女は頷いた。


「何を?」


透はJ―3の記録を指した。


「交代前の担当者と、交代後の担当者」


「でも見えない」


「名前じゃない」


透は画面を下へ送った。


「所属区分」


「権限区分」


「担当業務」


「その三つなら、一部表示できる」


女が画面を見る。


「交代前――旧照会業務」


「交代後――移管確認業務」


透は止まった。


「これ……」


女も気づいた。


交代前の業務。


交代後の業務。


そして、その境目にあるのが、


N―07。


さらに、交代後の処理先には、


C―12。


と表示されていた。


透はしばらく何も言わなかった。


やがて、静かに言った。


「人が交代したというより……」


女が続きを待つ。


「仕事が、別の形に引き継がれた」


その言葉を聞いた女は、すぐには答えなかった。


画面にはまだ、


「担当者個人情報――別管理」


と表示されている。


人は見えない。


しかし、仕事の移動は見える。


透は、その構造をしばらく見つめていた。


そして、画面の端に表示された一つの項目に気づいた。


「交代前業務コード」


そこには、


N―05


とあった。


「N―07の前がある」


女が言った。


透は頷いた。


N―05。


N―07。


C―12。


仕事の線が、また一つ前へ伸びていた。


そして、そのN―05には、まだ見たことのない「旧名称継続記録」が存在していた。


透はその記録を開いた。

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