第八十五章 関連付けの理由
透は、画面に表示された「自動関連付け元情報」をしばらく見ていた。
指は、まだその項目の上に置かれたままだった。
女は急かさなかった。
二人とも、ここまで来るのに時間がかかっていることを知っていた。
一つの番号を見つける。
その番号を調べる。
別の番号が出てくる。
さらに調べる。
そうしているうちに、最初に見ていたものが何だったのかさえ分からなくなる。
透は一度、画面を閉じた。
「一回、戻ろう」
「うん」
Q―1―117。
M―2―024。
N―07。
C―12。
そして、兄の「所在確認:不要」。
今まで見つかったものを、頭の中で並べ直す。
「Q―1―117が、兄の記録だとはまだ確認できない」
透が言った。
「うん」
「Q―1―117がN―07と関連していることは確認できる」
「うん」
「N―07が、南区に入った日に継続処理されたことも確認できる」
「そう」
「でも、その三つを一つの出来事として扱う理由は、まだない」
女は少し考えてから頷いた。
「だから、関連付けの理由を見る」
「そう」
透は再び画面を開いた。
「自動関連付け元情報」
選択する。
表示されたのは、番号ではなかった。
「関連付け方式――共通業務コード」
透は眉を寄せた。
女が先に口を開いた。
「N―07」
「うん」
「つまり、Q―1―117とその案件が関連付けられた理由は、N―07が共通しているから?」
「この記録だけなら、そう読める」
女は画面を下へ送った。
次の項目。
「補助条件――移管先コード」
C―12。
さらにその下。
「補助条件――処理継続区分」
業務継続。
透は黙った。
「名前じゃない」
女が言った。
「うん」
「生年月日でもない」
「うん」
「所在でもない」
「そう」
つまり、自動関連付けに使われた条件は、人を特定する情報ではなかった。
業務コード。
移管先。
処理区分。
それらの組み合わせだった。
透は画面を見ながら言った。
「じゃあ、Q―1―117がこの案件に関連付けられたからといって、Q―1―117の本人がこの案件の対象者だとは限らない」
「関連資料として引っ張られただけかもしれない」
「うん」
「同じ業務の記録だから」
「そう」
女は椅子に深く座った。
「また、人から離れた」
透は少しだけ笑った。
「最初から、人に近づきすぎていたのかもしれない」
女は何も言わなかった。
透は記録を一枚ずつ並べた。
N―07。
C―12。
M―2―024。
Q―1―117。
R―3―118。
P―4―001。
そこに兄の記録を加える。
「所在確認:不要」
透は最後の紙だけ少し離して置いた。
「兄の記録は、まだ別にしておく」
「うん」
「関連している可能性は残す」
「でも、同じ記録とは扱わない」
「そう」
それが今の二人にできる、一番小さな整理だった。
女はP―4―001を見た。
「じゃあ、C―12―041は?」
「それも同じ」
「Q―1―117と関連している」
「関連しているだけ」
「P―4―001からC―12―041への移管も確認できる」
「でも、Q―1―117がP―4―001から分離されたとは確認できない」
女は頷いた。
「旧参照番号が空欄だから」
「そう」
「番号がないことを、番号が消されたことと同じにしない」
透はその言葉を聞いて、少し黙った。
「それも書いておこう」
彼は紙に書いた。
「空欄は、消去の証拠ではない。」
書き終えてから、少し考えた。
その下に、
「ただし、空欄になった理由は別途確認する。」
と付け加えた。
女がそれを読んだ。
「ずいぶん慎重になったね」
「慎重というより……」
透はペンを置いた。
「前に、空白を見ると勝手に意味を入れていたから」
「今は?」
「空白を見つけたら、空白が発生する仕組みを探す」
女は小さく頷いた。
そのとき、画面の端に別の項目があることに気づいた。
「自動関連付け履歴」
透が開く。
そこには三つの履歴があった。
一回目。
「移管前確認」
二回目。
「業務継続確認」
三回目。
「関連資料整理」
それぞれに、同じN―07が付いていた。
だが、関連付け対象は毎回違っていた。
一回目――M―2―024。
二回目――C―12―041。
三回目――Q―1―117。
女が画面を見つめる。
「同じN―07でも、毎回違う記録を拾っている」
「うん」
「じゃあ、N―07は一つの記録を指しているんじゃない」
「業務の線を指している」
透はそう言ってから、少し考えた。
「少なくとも、ここでは」
女はその言葉を繰り返した。
「業務の線」
透は頷いた。
「だから、兄がその線の上にいたとしても、どの位置にいたのかはまだ分からない」
「それに……」
女が言った。
「兄が、その線を見ていたのかも分からない」
透は答えなかった。
その通りだった。
これまで二人は、兄が残した言葉を何度も見てきた。
「仕事を追え。」
「管理の線を追え。」
「番号が変わったから、別のものだとも限らない。」
その言葉は、確かに今回の記録と似ていた。
けれど、それだけで兄がこの記録を見ていた証拠にはならない。
兄自身が残した言葉と、現在見つかっている記録。
二つを結びつけるには、まだ一つ足りない。
「兄が、いつこの記録に触れたのか」
女が言った。
透は頷いた。
「そう」
「それが分からない」
「うん」
二人は「参照履歴」を開いた。
Q―1―117。
最初の参照日は、兄の「所在確認:不要」の三日前。
次の参照日は、その日。
そして、その後にも一件あった。
兄が南区へ入った翌日。
透はその日付を見た。
「翌日にも参照されている」
女が近づく。
「参照者は?」
「M―2―A」
「目的は?」
透は読む。
「処理結果確認」
二人は顔を見合わせた。
「兄が南区へ入った後も、同じ記録が参照されている」
「そう」
「でも、まだ誰が参照したかは分からない」
「M―2―Aは担当者そのものじゃない可能性がある」
「うん」
「じゃあ、これも人には戻せない」
透は画面を見たまま頷いた。
そのとき、彼は一つの違和感に気づいた。
「……待って」
「何?」
「参照履歴の順番」
透は画面を上から下まで見直した。
三日前。
当日。
翌日。
日付は連続している。
だが、三つとも処理目的が違う。
引継ぎ前確認。
処理継続可否。
処理結果確認。
「これ、最初から一つの案件を追っていたんじゃないかもしれない」
女が聞き返す。
「どういう意味?」
「同じ記録を、別の処理がそれぞれ参照している」
「一つの記録に、複数の仕事が重なっている?」
「たぶん」
「じゃあ……」
女は少し黙った。
「Q―1―117そのものが重要だったとは限らない」
透は頷いた。
「そう」
「ただ、必要な情報がそこにあった」
「そういう可能性もある」
また一つ、見方が変わった。
これまで二人は、Q―1―117という番号そのものを追っていた。
しかし、番号が重要なのではなく、その記録の中に含まれていた何らかの情報が、複数の処理から参照されていたのかもしれない。
透はメモを書き換えた。
「Q―1―117を追う。」
その一行を消す。
そして、
「Q―1―117が、何のために参照されたかを追う。」
と書いた。
女はその文字を見た。
「少しずつ変わってきたね」
「何が?」
「探し方」
透は答えなかった。
画面には、まだ一つだけ履歴が残っていた。
「参照内容区分」
そこには、
「旧記録確認」
と表示されている。
そして、その隣に小さく、
「対象――一部情報」
と書かれていた。
透はその文字を見た。
「一部情報……」
女も画面に顔を近づける。
「全部じゃない」
「うん」
「じゃあ、Q―1―117の中身を全部見ていたわけじゃない」
「そう」
透は画面を閉じた。
今まで探していたのは、
誰が、
誰を、
どこで、
何のために、
確認したのか。
しかし、実際の記録はもっと細かく分かれていた。
誰かが全部を見たのではない。
必要な部分だけが、別の処理から参照される。
そして、その参照が何度も繰り返される。
透は最後に一つだけ書いた。
「記録は、全部を渡さなくても仕事を続けられる。」
その下には、女が一言だけ付け足した。
「だから、残っているものだけで、全体を決めてはいけない。」
透はその文章を見た。
そして、次の検索欄に目を移した。
「参照内容区分――一部情報」
その詳細を開く。
そこには、まだ一つだけ項目が残っていた。
「参照された情報――氏名表記」
透の指が止まった。
女も黙った。
氏名表記。
それは、これまで何度も見てきた項目だった。
名前。
役割名。
二つの名前。
同じ名前。
違う名前。
そして、名前を追うなという兄の言葉。
透は画面を見た。
今度は、すぐに開かなかった。
名前が出てきたからといって、また人に戻ってしまう。
だからこそ、次に確認すべきなのは、
「どの名前だったのか」
ではなく、
「なぜ氏名表記だけが参照されたのか」
だった。




