第八十三章 移管前確認
次の記録が開いた。
透は、最初に日付を見た。
やはり同じだった。
兄の「所在確認:不要」が登録される三日前。
参照対象――N―07。
参照理由――移管前確認。
参照者――M―2―A。
そして、その下にもう一つ項目があった。
「参照元区分――移管一覧」
透は画面を拡大した。
「やっぱり、番号じゃない」
女が言った。
「うん」
「移管一覧そのものを見ている」
透は頷いた。
記録には、さらに続きがあった。
「確認項目――業務継続性」
「確認結果――対象」
「個人情報移管――対象外」
透はそこを見て止まった。
「個人情報移管、対象外」
女も読んだ。
「つまり、この確認では、人の情報を移すことは扱っていない」
「少なくとも、この処理区分では」
透が言った。
女は頷いた。
「だから、ここから兄の所在につなげるのは危ない」
透は何も言わなかった。
危ない。
その言葉は、以前なら「違う」という意味に聞こえたかもしれない。
今は違う。
つながらないのではなく、つなげるための材料が足りない。
透は画面を下へ送った。
そこには「関連記録」という欄があった。
一件だけ表示されている。
「C―12―041」
透の手が止まった。
「C―12―041……」
女が振り向いた。
「これ」
「うん」
以前見つけた対応表が頭に浮かんだ。
P―4―001――C―12―041。
P―4―002――C―12―042。
P―4―003――空欄。
P―4―004――C―12―044。
「じゃあ、C―12―041はP―4―001の移管先……」
女が言った。
「対応表では、そうなっていた」
透は答えた。
「でも、この記録ではC―12―041が関連記録として出ている」
「そう」
「ということは……」
女は少し考えた。
「P―4―001が、この移管前確認の対象だった可能性はある」
透は画面を見た。
「可能性だけ」
「うん」
二人は同時に黙った。
また、同じところに戻ってきた。
番号が一致する。
それだけでは、人も一致するとは限らない。
記録が関連している。
それだけでは、同じ出来事を記録しているとも限らない。
透は以前撮ったP―4―001の記録を開いた。
照会履歴。
本人確認済。
確認コード――K―14。
現在の対応先――C―12―041。
そこまでは一致していた。
しかし、P―4―001の照会理由は、
「外部照会」
だった。
「兄の記録は『本人申告』」
女が言う。
「違う」
「うん」
「少なくとも、入口が同じではない」
透は頷いた。
そして、画面の端にある小さな項目を見つけた。
「関連業務コード」
N―07。
「ここも同じ」
女が言った。
透はしばらく考えた。
N―07。
C―12―041。
K―14。
どれも一つずつなら、何度も出てきた。
けれど、同じ記録の中で組み合わされると、別の意味に見えてくる。
それでも、透はすぐには線を引かなかった。
「同じ番号がある」
「うん」
「同じ業務コードもある」
「うん」
「でも、同じ人物だという情報はない」
「ない」
「だから、まだ人物には戻せない」
女は静かに頷いた。
「記録から人へ戻るには、別の確認が必要」
透はその言葉を書き留めた。
そのとき、女が画面の右端を指した。
「ここ」
「何?」
「確認対象」
そこには小さく、
「C―12―041」
と表示されていた。
透は目を細めた。
その下には、
「確認目的――移管後業務継続」
とある。
「これ、M―2―024と同じ」
「うん」
「じゃあ、C―12―041は個人記録としてではなく、業務継続の確認対象になっている」
女が言った。
「そう考える方が自然」
透は少し考えてから言った。
「でも、C―12―041が個人情報を含む記録なのは間違いない」
「だから余計に分けて考えないといけない」
「人の記録として存在していることと、業務上の確認対象になっていることは別」
「そう」
女は画面を閉じた。
「ここまで来ると、兄が何を見ていたのか、少し分からなくなってきた」
透はその言葉を聞いて、すぐには返事をしなかった。
「最初から分かっていたわけじゃない」
「何が?」
「兄が、何を調べていたのか」
女は黙った。
「所在確認を調べていたと思っていた」
「私も」
「でも、実際に見つかるのは、所在そのものより、移管とか、業務継続とか、記録の分離ばかり」
「だから、兄が人を探していたとは限らない」
透は頷いた。
「でも、人を探していた可能性も消えない」
女は少しだけ笑った。
「そこが嫌なところ」
「うん」
「どっちにも行ける」
「だから、まだ決めない」
女は何も言わなかった。
透はもう一度、最初の記録に戻った。
兄の「所在確認:不要」。
本人申告による。
回答結果――不要。
回答者――空欄。
その三日前。
M―2―024。
移管前確認。
N―07。
C―12。
そして、その記録の関連先としてC―12―041。
さらに、そのC―12―041の旧対応先としてP―4―001。
ここまでなら、一本の線に見える。
しかし、実際には途中にいくつもの別の記録が挟まっている。
透は紙に線を引いた。
途中で何度も枝分かれさせた。
そして、最後に一つだけ書いた。
「まだ、人はいない。」
女がそれを見た。
「人はいない?」
「記録の中に、人を特定する決定的な項目がない」
「名前は?」
「ある」
「じゃあ、人がいるじゃない」
透は首を横に振った。
「名前があることと、その名前の人物が、この処理をしたことは別」
女は少し黙ってから、
「……そうだった」
と言った。
そのときだった。
画面の下に、まだ開いていない項目があることに気づいた。
「参照履歴詳細」
透が押した。
一件だけではなかった。
三件。
最初の参照。
二回目の確認。
そして、三回目。
三回目の日付は、兄が南区へ入った日だった。
透の指が止まった。
女も画面を見ていた。
「同じN―07」
「うん」
「同じM―2―A」
「うん」
「でも、確認目的が違う」
三回目の記録には、
「確認目的――処理継続可否」
と書かれていた。
透はその言葉を読んだ。
「処理継続可否……」
女が呟く。
「何を継続するかは書いてない」
「N―07の処理」
「たぶん」
透は首を振った。
「まだ分からない」
女は頷いた。
画面の最下部に、小さな注意書きがあった。
「処理継続可否の確認は、対象者の所在を直接確認するものではない。」
二人は同時にその文章を読んだ。
女はしばらく動かなかった。
透も動かなかった。
兄が南区へ入った日。
同じN―07。
同じ参照者コード。
しかし、記録上は「所在確認」ではない。
そして、その処理が何を継続するものだったのかも、まだ分からない。
透は画面を閉じなかった。
ただ、今までとは違うところを見ていた。
「兄がどこにいたか」ではなく。
「その日に、何の処理が継続されたのか」。
そこに、次の記録が残っていた。




