第八十一章 確認結果
「確認結果――」
画面の途中で、文字が途切れていた。
透は指を動かさなかった。
女性が言った。
「開ける?」
「はい」
透が画面を操作する。
一つ下の項目が表示された。
「確認結果――一致」
女性が息を吐いた。
「また……」
透は画面を見たまま言った。
「ここでも『一致』です」
「何が一致したの?」
「そこが書かれていない」
二人は黙った。
これまで何度も見てきた言葉だった。
一致。
本人確認済。
不要。
完了。
どれも結果だけは残っている。
しかし、その結果に至った具体的な内容は別の場所にある。
あるいは、残っていない。
「詳細を開こう」
女性が言った。
透は「一致」の項目を選択した。
すると、別の画面が開いた。
そこには、
「確認方式――自動照合」
とあった。
「自動?」
女性が言った。
「人が見て判断したわけじゃない?」
「この記録だけなら、そう読めます」
「じゃあ、本人確認って……」
「人間が本人を見たとは限らない」
透は画面を下へ送った。
照合項目――登録情報。
照合対象――Q―1―117。
照合結果――一致。
確認者――該当なし。
女性が止まった。
「確認者、該当なし」
「はい」
「じゃあ、K―14も?」
「ありません」
「M―2―Aは?」
「参照者コードです」
透は一つずつ確認した。
「つまり」
女性が言った。
「誰かがQ―1―117を見て、『この人だ』と判断したわけではない」
「少なくとも、この確認処理では」
女性は画面を見たまま黙っていた。
「じゃあ、兄の記録かどうかも分からない」
「はい」
「でも、本人情報を確認している」
「はい」
「それなのに、確認者がいない」
透は頷いた。
「ここが重要だと思います」
「何が?」
「『本人確認』という言葉を、人間が本人を確認したという意味で読んではいけない」
女性はしばらく何も言わなかった。
やがて、
「登録情報との照合」
と呟いた。
「そうです」
透は画面を指した。
「ここでは、登録されている情報とQ―1―117の情報が一致した。それだけです」
「その情報が正しいかどうかは?」
「この処理では確認していない」
「本人が本当にその人かどうかも?」
「そこまでは書かれていません」
女性は椅子に深く座った。
「ずっと、本人確認済という言葉を信じていた」
透は答えなかった。
彼女が悪いわけではない。
記録にそう書いてあれば、そう読んでしまう。
しかし、記録の言葉は、その記録の中で定義された意味しか持たない。
「本人確認済」
それは、
「本人を直接確認した」
とは限らない。
「登録された情報との照合が済んだ」
という意味かもしれない。
透は新しいメモを作った。
『本人確認』
その下に、
『本人を確認したこと』
と書きかけて、消した。
代わりに、
『確認処理の名称』
と書いた。
女性がそれを見た。
「名前が変われば、意味も変わる?」
「名前そのものより、どこで使われているかです」
「同じ言葉でも?」
「はい」
「だから、記録だけ見てはいけない」
「記録の種類を見る必要がある」
女性は頷いた。
そのとき、画面にもう一つの項目が表示された。
「照合対象項目」
そこには複数の項目が並んでいた。
登録番号。
氏名表記。
生年月日。
そして、
「所属区分」。
透はそこで止まった。
「所属区分」
女性が言った。
「これ、兄の会社?」
「分かりません」
「でも、本人情報を確認するなら……」
「会社とは限りません」
透は項目の詳細を開いた。
所属区分には、さらにコードがあった。
会社名ではない。
施設番号でもない。
単純な分類コードだった。
女性が言う。
「またコード」
「そうですね」
透は少し疲れたように笑った。
「人の名前が一つも出てきません」
「なのに本人情報は確認されている」
「そう見えます」
女性は画面を見つめた。
「これだけで兄だと考えるのは危ないね」
「はい」
「でも、三日前」
「はい」
「N―07」
「はい」
「C―12」
「はい」
「M―2―A」
「はい」
「Q―1―117」
「はい」
女性はそこで言葉を止めた。
「全部同じ」
透は首を横に振った。
「全部同じではないです」
「え?」
「同じ記録の流れに出ているだけです」
「……そうか」
「コードの意味も、処理の役割も違います」
「でも、同じ日付」
「それは事実です」
透はメモに書いた。
「同日」
その下に、
「同一対象――未確認」
と書く。
さらに、
「同一人物――未確認」
と続けた。
女性はそれを見て、少し笑った。
「未確認が増えていく」
「確認できたことも増えています」
「例えば?」
透は画面を指した。
「Q―1―117には、少なくとも本人情報に関する照合処理がある」
「うん」
「その処理は自動照合」
「うん」
「確認者は該当なし」
「うん」
「参照者コードはM―2―A」
「そして、目的は業務引継ぎ」
「はい」
女性は黙っていた。
「だから」
透が続けた。
「この記録から言えるのは、業務を引き継ぐ前に、Q―1―117について登録情報との照合が行われた」
「それだけ?」
「今のところは」
女性は少し考えた。
「じゃあ、兄の所在確認とは?」
透は画面を見た。
「そこはまだ繋がっていません」
「でも、日付が同じ」
「はい」
「その三日前に、兄の所在確認が不要になっている」
「はい」
「じゃあ……」
女性は言葉を止めた。
透は彼女を見た。
「その間に何かあった可能性はあります」
「可能性だけ?」
「はい」
「記録には残ってない?」
「残っているかもしれません」
「どこに?」
透は少し考えた。
「Q―1の処理記録ではなく、その前後の受付記録」
「受付?」
「この照合が何の依頼から始まったのか」
女性が顔を上げた。
「本人申告?」
「それもまだ分かりません」
透は検索画面を開いた。
「でも、ここまで来たなら、次はそこを見るべきです」
「Q―1―117の受付」
「はい」
「誰が申請したのか」
「それも分けて考えます」
透は指を一本立てた。
「誰が申請したか」
二本目。
「どの経路から入ったか」
三本目。
「何を目的にした処理か」
そして最後に、
「誰の情報だったのか」
女性は静かに頷いた。
「入口を確認する」
「はい」
透が検索を開始した。
結果が表示される。
その中に、
「Q―1―117 受付記録」
という項目があった。
透が開く。
受付区分――業務継続。
受付経路――既存記録。
処理先――M―2。
関連業務コード――N―07。
女性が画面を見つめた。
「既存記録」
「はい」
「本人からの申告じゃない」
透は少し間を置いて答えた。
「少なくとも、この受付記録ではそうなっています」
二人は画面を見た。
「本人申告」ではない。
「既存記録」。
その違いが、今まで追ってきたものを少しだけ変えて見せた。
そして受付担当の欄には、
また何も書かれていなかった。




