第八十章 旧番号を持たない記録
Q―1。
その文字を見つめたまま、透はしばらく黙っていた。
「分離後個人識別情報の参照管理」
画面に表示された説明は、それだけだった。
女性が言った。
「個人識別情報を扱う場所」
「正確には、参照管理です」
「保管場所ではない?」
「まだ分かりません」
「そうだった」
女性は小さく息を吐いた。
透はQ―1の管理区分詳細を開いた。
そこには、いくつかの項目が並んでいた。
旧管理区分。
分離日。
分離理由。
参照対象。
旧番号の扱い。
参照権限。
透は上から順番に確認した。
旧管理区分――P―系統。
分離理由――個人識別情報の管理分離。
参照対象――個人照会履歴。
旧番号の扱い――保持しない。
「P―系統から分離された」
女性が言った。
「うん」
「そして、旧番号を保持しない」
「そう書いてあります」
透はもう一度、その項目を見た。
「P―4―003がQ―1に移ったとしても、Q―1側には003という番号が残らない」
「だから検索しても出てこない」
「可能性はあります」
「でも、P―4―003が移ったとは書いてない」
「はい」
女性は少し黙った。
「結局、まだ兄とは繋がらない」
「そうです」
「ただ、記録の仕組みは少し見えてきた」
透は頷いた。
これまでの記録を思い返す。
P―4。
M―2。
Q―1。
同じ個人に関する情報だったとしても、それぞれ違う役割を持つ可能性がある。
P―4は過去の照会履歴。
M―2は原記録や分離記録を参照するための処理。
Q―1は分離後の個人識別情報を参照するための管理区分。
そして、それぞれで番号の扱いまで違う。
「旧番号を保持しない」
透は呟いた。
「この仕組みだと、昔の番号から現在の記録を探せない」
「そうだね」
「でも、逆はできるかもしれない」
女性が振り向いた。
「逆?」
「現在の記録から、過去の番号を参照する」
「それなら003が見つかる?」
「分かりません」
「でも、可能性はある」
「はい」
透はQ―1の画面を下へ移動した。
そこに、
「現行参照番号」
という項目があった。
その横には、別の番号が表示されている。
透は目を細めた。
「これ」
女性が近づいた。
「何?」
「Q―1の中では、P―4の番号を使ってない」
「さっきの説明どおり」
「でも、別の番号体系を使っている」
「Q―1―」
女性が読み上げる。
「117」
透は頷いた。
「これが現在の参照番号」
「P―4―003とは全然違う」
「だから、番号だけでは追えない」
「じゃあ、何で対応させる?」
透は画面の項目を見た。
対象種別。
登録日。
分離日。
処理目的。
そして、
「旧参照履歴番号」
という項目があった。
その欄は空欄だった。
女性が言った。
「空欄」
「また」
「どうして、ここだけないんだろう」
透は答えなかった。
空欄にはいくつもの理由がある。
未入力。
対象外。
別管理。
旧記録の欠落。
あるいは、意図的に記録しない項目。
今までの経験から、それを一つに決めることはできなかった。
「空欄の理由を探しましょう」
「どうやって?」
「同じQ―1の別の記録を見る」
女性は頷いた。
Q―1―116。
旧参照履歴番号――P―4―021。
Q―1―118。
旧参照履歴番号――P―4―025。
Q―1―119。
旧参照履歴番号――P―4―026。
そして、
Q―1―117。
空欄。
女性が画面を見た。
「また、一つだけ違う」
透も同じところを見ていた。
「116、118、119には旧番号がある」
「117にはない」
「でも、現行番号は存在する」
「Q―1―117」
「はい」
女性は少し考えた。
「つまり、現在の記録は存在する」
「そう見えます」
「でも、過去との対応だけが切れている」
「可能性があります」
透はQ―1―117を開いた。
処理目的――個人識別情報参照。
登録区分――分離後。
原記録区分――旧個人照会履歴。
参照履歴――あり。
旧参照番号――空欄。
「旧参照番号がない」
「でも、原記録区分は旧個人照会履歴」
女性が言った。
「つまり、何かしら過去の記録を引き継いでいる」
「そうとも限りません」
「どうして?」
「原記録区分が『旧個人照会履歴』だからといって、P―4―003そのものとは限らない」
女性は黙った。
透は続けた。
「P―4には003以外にもたくさんある」
「そうだった」
「だから、ここから003に繋ぐには、もう一つ条件が必要です」
「何?」
透は項目を見た。
「分離日」
Q―1―117の分離日。
それを確認する。
女性が、P―4―003の最後の記録日を開いた。
二つの日付を並べる。
「近い」
「はい」
「同じではない」
「そうです」
「でも、分離対象としてはあり得る?」
「日付だけなら」
女性は少し考えた。
「他には?」
「処理目的」
「同じ?」
「違います」
P―4―003。
照会理由――本人申告。
Q―1―117。
処理目的――個人識別情報参照。
同じではない。
ただ、無関係とも言い切れない。
透は画面を見つめた。
「この二つを繋ぐには、変換記録が必要ですね」
「P―4―003からQ―1―117へ変換された記録」
「はい」
「それがない」
「今のところは」
女性は黙った。
そのとき、画面の下に小さな文字があることに気づいた。
「参照履歴――あり」
「開ける?」
「開いてみます」
女性が押した。
新しい画面が表示された。
参照日。
参照区分。
参照理由。
参照者コード。
そして、
「参照対象」
Q―1―117。
透は一瞬、何も言わなかった。
「この記録」
女性が言った。
「誰かが見ている」
「はい」
「いつ?」
透は日付を見る。
兄の「所在確認:不要」が登録される三日前。
女性の顔から表情が消えた。
透も画面を見つめる。
参照者コード――M―2―A。
参照理由――引継ぎ前確認。
参照対象――Q―1―117。
関連業務コード――N―07。
移管先――C―12。
すべてが、三日前の記録と重なっていた。
女性が小さな声で言った。
「これ……」
透はすぐに答えなかった。
確かに、今までで最も多くの項目が重なっている。
しかし、
Q―1―117が兄の記録だという証拠はない。
P―4―003がQ―1―117だという証拠もない。
ただ、
P―4―003と同じように、Q―1―117にもN―07とC―12とM―2―Aが出ている。
そして日付も近い。
透は画面を保存した。
「まだ決めません」
女性が透を見る。
「でも、ここは追える」
「うん」
「次は、M―2―AがQ―1―117を何のために参照したのか」
「引継ぎ前確認」
「その確認内容」
「それを見れば、少なくとも何を確認していたのか分かるかもしれない」
女性は頷いた。
透は詳細画面を開こうとした。
その瞬間、
『確認内容は別管理』
という表示が出た。
二人とも黙った。
また、別管理。
しかし今回は、その下に参照先が表示されていた。
「M―2―A―確認記録」
透が読み上げる。
女性が画面を見た。
「開いて」
透が押した。
画面が切り替わる。
最初に表示された項目は、
「確認対象――Q―1―117」
その下に、
「確認目的――業務引継ぎ」
さらに、その下。
「確認項目――本人情報」
透の手が止まった。
女性も画面を見つめた。
そして、その次の項目には、
「確認結果――」
とだけ表示されていた。
まだ、その先は開かれていなかった。




