第七十八章 参照者コード
参照者コード。
透は、その文字を画面の中央に残したまま、検索欄を開いた。
「これを検索する前に」
女性が言った。
「うん」
「何を知りたいのか、決めておいた方がいい」
透は頷いた。
「コードの持ち主を知りたい、では駄目ですね」
「どうして?」
「そのコードが人を直接示しているとは限らないからです」
女性は黙って透を見る。
「前にK―14で同じことをした」
透は続けた。
「K―14を見つけて、誰が使っていたのかを考えた。でも、K―14は権限体系のコードだった。人そのものじゃなかった」
「今回も同じかもしれない」
「はい」
透は検索欄にコードを入力した。
結果が表示された。
最初の記録。
参照者コード――M―2―A。
処理区分――旧記録確認。
次。
参照者コード――M―2―A。
処理区分――引継ぎ前確認。
さらに、
参照者コード――M―2―B。
処理区分――原記録照会。
透は画面を止めた。
「M―2―A」
「複数ある」
「はい」
「同じ人?」
「分かりません」
女性が少し笑った。
「またそれ」
「でも、本当に分からない」
透は記録を開いた。
M―2―A。
参照日時。
参照理由。
参照対象。
参照結果。
しかし、氏名欄はない。
所属欄もない。
職員番号もない。
「人の名前がない」
女性が言った。
「はい」
「じゃあ、参照者コードは何?」
透は画面を見つめた。
「参照者を管理するためのコードかもしれません」
「それなら、誰が見たのか分からない」
「そうです」
「でも、いつ誰かが見たかは分かる」
「そこは残っています」
二人は記録を並べた。
M―2―A。
同じコード。
別の日付。
別の処理。
一つは引継ぎ前確認。
一つは旧記録確認。
さらに別の日には、外部照会の記録にも出ていた。
女性が眉を寄せる。
「同じコードが、違う仕事をしている」
「あるいは」
透は言った。
「同じ仕事を別の人がしていて、コードだけ同じだった」
「担当者が交代してもコードが変わらない?」
「可能性はあります」
「それなら、また仕事の名前と人の名前を分けないといけない」
透は頷いた。
「そういうことです」
彼はメモを書いた。
「M―2―A=人?」
その横に、
「未確認」
と書いた。
さらに、
「M―2―A=参照権限?」
その横にも、
「未確認」
と書く。
女性がそれを見て言った。
「全部、未確認だね」
「今は」
透は答えた。
「未確認のままにしておいた方がいいです」
そのとき、女性が別の記録を開いた。
「これ」
画面には、
「参照者コード管理表」
と表示されていた。
「管理表?」
透が覗き込む。
そこにはコードの分類が並んでいた。
M―2―A。
M―2―B。
M―2―C。
それぞれに、
「原記録参照」
「旧資料確認」
「外部照会」
という区分が付いている。
透は一瞬、息を止めた。
「やっぱり」
「何?」
「参照者コードじゃない」
女性が画面を見直す。
「どういうこと?」
「少なくとも、単純な意味での参照者コードではないです」
透は指で画面を追った。
「M―2―Aは、人を指定していない」
「仕事を指定している?」
「それも断定できません」
「じゃあ?」
透は少し考えた。
「参照する権限の種類、あるいは参照処理の区分」
女性は黙った。
「人ではなく、処理側の分類」
「そう」
「だから、同じコードが別の日にも残る」
「そう考えると自然です」
透は画面を拡大した。
さらに下に、注記があった。
『担当者交代時も、処理区分に変更がない場合は参照者コードを変更しない。』
女性が読んだ。
「担当者が交代しても変えない」
「はい」
透は、兄のメモを思い出した。
『交代したら、前の人間を探すな。』
そして、その下。
『前の処理を探せ。』
透はしばらく黙った。
「……これ」
女性が言った。
「兄が書いたものと同じ考え方」
「似ています」
「かなり」
「でも、これも証拠にはならない」
女性は黙った。
「分かってる」
彼女は小さく答えた。
透は画面を見た。
今まで追ってきたものが、少しずつ別の形に見えてきた。
K―14。
N―07。
C―12。
M―2。
それぞれが人を示しているように見えた。
しかし、記録を一つずつ確認すると、実際には、
権限。
業務。
移管先。
参照処理。
そうした分類として存在している可能性が高かった。
「だったら」
女性が言った。
「人はどこに残ってるの?」
透は答えなかった。
それが、今までで一番重要な問いに思えた。
コードは残っている。
仕事も残っている。
処理も残っている。
しかし、人間そのものは、別の記録にしか残らない。
「個人記録」
透が言った。
「P―4」
「でも、P―4―003は空欄」
「はい」
「じゃあ、P―4から別の場所へ行った?」
「その可能性はあります」
「M―2?」
「それも違うと思います」
女性が少し驚いた。
「どうして?」
「M―2は参照する側の処理だからです」
「じゃあ、参照される側は?」
透は画面を見た。
「そこです」
M―2の記録には、
「参照対象区分」
という項目があった。
その右側には、
「P―系統」
とだけ書かれている。
女性が息を止めた。
「P―系統……」
「P―4ではない」
「でも、P―系統」
「はい」
「じゃあ、P―4―003がそこにある可能性は?」
透は少し考えた。
「あります」
女性の表情が変わった。
「でも」
透は続けた。
「P―4―003そのものがあるとは限らない」
「……どういうこと?」
「P―系統という大きな分類の中に、別の管理区分があるかもしれない」
「P―4から別の区分へ移された?」
「それもまだ分かりません」
画面の右端に、参照対象番号が表示されていた。
その番号は、
003ではなかった。
別の番号だった。
女性が言った。
「また違う番号」
透は頷いた。
「でも、ここで一つ分かりました」
「何?」
「P―4―003が空欄だからといって、記録がなくなったとは限らない」
女性は画面を見た。
「別の管理区分に移った可能性がある」
「はい」
「でも、それを確かめるには」
透は画面を指した。
「P―系統の管理区分一覧が必要です」
二人は検索を始めた。
しばらくして、一つの古い資料が見つかった。
タイトルは、
「P―系統管理区分変更履歴」
だった。
透が開く。
そこには、過去の変更が並んでいた。
P―1。
P―2。
P―3。
P―4。
そして、その下に、
「P―4―個人別照会履歴の一部を、M―2参照対象管理へ分離」
という記録があった。
日付は古い。
だが、P―4―003の記録より後だった。
女性が画面を見つめる。
「分離された」
「はい」
「じゃあ、P―4―003が空欄なのは……」
透は答えなかった。
その代わり、変更履歴の次の行を読んだ。
『分離対象については、旧番号を保持しない。』
女性が言葉を失った。
「旧番号を保持しない」
「そう」
「じゃあ、003は?」
透は画面を見た。
P―4―003。
そこには、かつて存在した番号だけが残っている。
現在の記録には、その番号がない。
けれど、消えたわけでもない。
番号だけが過去に取り残されている。
透は小さく息を吐いた。
「だから、003を追っても見つからないんだ」
女性は画面を見たまま言った。
「じゃあ、何を追えばいい?」
透はしばらく考えた。
そして、
「003が分離された先」
と答えた。
その瞬間、変更履歴の一番下に、まだ開いていない項目があることに気づいた。
「分離先管理区分」
その右側には、
「M―2」
と表示されていた。
二人は、同時に画面を見た。
今度は、まだ何も言わなかった。




