第七十一章 受付経路
「受付経路」。
透は、
その言葉を紙に書いた。
窓口。
電話。
書面。
外部連絡。
既存記録。
そして、
その他。
本人申告という処理が、
どこから始まったのか。
それを確認するための項目だった。
「ここが分かれば、
少し変わるかもしれないね」
女が言った。
「はい」
「本人が直接来たのか。
誰かが伝えたのか。
昔の記録から処理されたのか」
「ただ、
それでも本人そのものは分からないかもしれません」
「どうして?」
「受付経路が『窓口』だったとしても、
誰が窓口に来たのかは、
別の記録だからです」
女は、
少し考えてから、
頷いた。
「また分離されてる」
「はい」
透は、
旧運用資料を探した。
受付経路の一覧は、
すぐに見つかった。
しかし、
説明は簡単だった。
窓口――対面による受付。
電話――音声による受付。
書面――所定書式等による受付。
外部連絡――他部署・他機関等からの連絡。
既存記録――既存情報を起点とする処理。
最後に、
その他――上記に該当しない場合。
「既存記録」
女が、
その項目を指した。
「これが一番気になる」
透も、
同じことを考えていた。
本人申告。
処理の起点。
受付経路が既存記録。
その場合、
本人が新しく何かを伝えたとは限らない。
以前に残された本人の申告を、
別の処理で利用した可能性もある。
透は、
兄の所在確認記録を確認した。
受付経路――空欄。
S―21―014。
受付経路――空欄。
「どっちも空欄」
女が言った。
「はい」
「記録されていなかった?」
「それとも、
別の場所にある?」
「分かりません」
二人は、
旧運用メモをさらに探した。
しばらくして、
一枚の資料が出てきた。
「受付経路記録省略基準」
透は、
そのタイトルを見て、
ゆっくり開いた。
中には、
いくつかの条件が書かれていた。
定型処理。
継続処理。
既存確認結果を利用する場合。
そして、
「受付経路が処理内容に影響しない場合は、省略可。」
女が、
顔を上げた。
「じゃあ、
空欄だからって、
受付経路が存在しなかったわけじゃない」
「はい」
「単に、
記録する必要がないと判断された」
「可能性があります」
透は、
その一文を写した。
空欄=不存在ではない。
以前にも、
何度も出てきた考えだった。
管理主体。
確認者。
保管場所。
番号。
そして、
今回の受付経路。
空欄は、
情報がないという意味ではある。
しかし、
その情報が存在しなかったという意味ではない。
女は、
古い資料をめくった。
「でも、
兄の記録は、
どうして受付経路を省略したんだろう」
「処理内容に影響しなかったから、
かもしれません」
「所在確認不要だから?」
「可能性はあります」
「じゃあ、
誰が申告したかも、
必要な情報ではなかった?」
透は、
少し考えた。
「少なくとも、
その処理を完了するためには、
必要なかった可能性があります」
女は、
黙った。
それは、
彼女にとって、
少し重い意味を持っていた。
兄が何を言ったのか。
兄がどこにいたのか。
それを知りたい。
しかし、
記録を作った側にとって、
その情報は必要ではなかったのかもしれない。
だから、
残っていない。
透は、
彼女の顔を見た。
「ただ、
別の記録がある可能性はあります」
「……うん」
「処理に必要な情報と、
後から確認するための情報は、
同じとは限りません」
「それは、
今までと同じだね」
「はい」
午後。
二人は、
受付経路そのものではなく、
受付記録の管理方法を調べ始めた。
すると、
古い資料に、
一つの分類があった。
一次受付記録。
処理記録。
照合記録。
結果記録。
四つに分かれている。
「また四つ」
女が言った。
「はい」
「これ、
一つの出来事を、
四つの記録に分けてる」
「正確には、
四つの目的で残している」
「同じことじゃない?」
「少し違います」
透は、
説明書きを指した。
一次受付記録――
「何を受け付けたか」。
処理記録――
「何を処理したか」。
照合記録――
「何と何を照合したか」。
結果記録――
「処理結果がどうだったか」。
女は、
しばらく考えた。
「じゃあ、
兄の『本人申告』は、
一次受付記録じゃなくて、
処理記録に残っているだけかもしれない」
「はい」
「その場合、
本当に本人が言ったかどうかは、
処理記録だけでは分からない」
「はい」
透は、
また一つ線を引いた。
申告されたこと。
その下に、
申告した人。
さらに、
記録した人。
そして、
処理した人。
それぞれを別々に囲んだ。
女は、
その図を見て言った。
「今まで、
全部同じ人だと思ってた」
「僕もです」
「でも、
記録の仕組みを見ると、
最初から分けてる」
「そういうことです」
夕方。
一次受付記録を検索した。
兄の名前では、
該当なし。
以前使われていた名前でも、
該当なし。
しかし、
日付を指定すると、
一件だけ、
記録が残っていた。
対象者――非表示。
受付日――兄の所在確認と同日。
受付区分――本人申告。
受付経路――その他。
処理先――S―系統。
女が、
画面を見た。
「その他……」
透は、
画面を拡大した。
その他の具体的内容。
そこには、
さらに小さな項目があった。
「既定経路外の連絡を含む。」
「電話でも、
窓口でもない」
女が言った。
「はい」
「じゃあ、
誰かから連絡が来た?」
「そうかもしれません」
「外部連絡とは違うの?」
「外部連絡は、
登録された他部署や外部機関などからの連絡です」
「その他は?」
「定義が広いです」
「広すぎるね」
透は、
頷いた。
そして、
その記録の右端を見る。
受付担当――空欄。
また、
空欄だった。
女が、
小さく息を吐いた。
「また?」
「はい」
「じゃあ、
この受付記録も、
誰が受け取ったか分からない」
透は、
画面を見ながら、
少し考えた。
「でも、
処理先は残っています」
「S―系統」
「はい」
「つまり、
受付した人が分からなくても、
処理した側は分かる?」
「少なくとも、
処理系統は分かります」
女は、
そこで何かに気づいた。
「待って」
「はい」
「もし、
受付担当者が空欄なのに、
処理先だけ残ってるなら……」
彼女は、
ゆっくり言葉を続けた。
「誰が受付したかより、
どの仕事として処理されたかの方が重要だったんじゃない?」
透は、
彼女の言葉を聞いた。
そして、
静かに頷いた。
「その可能性があります」
「だから、
名前が残らない」
「はい」
「仕事だけ残る」
透は、
紙に書いた。
人の線ではなく、仕事の線。
その言葉を見た瞬間、
兄の古いメモが、
また頭に浮かんだ。
「名前を追うな。仕事を追え。」
以前は、
ただの調査方法だと思っていた。
しかし、
今は違う。
兄自身が、
同じ仕組みを見ていた可能性がある。
人の名前が消えても、
仕事は残る。
担当者が変わっても、
処理は残る。
窓口が変わっても、
同じ業務が続けば、
同じような記録が作られる。
だから、
名前を追えば、
途中で途切れる。
仕事を追えば、
別の名前の下に続いている可能性がある。
女が、
静かに聞いた。
「じゃあ、
兄は何を追っていたの?」
透は、
すぐには答えなかった。
「分かりません」
「でも、
少なくとも……」
「はい」
「この記録の仕組みを見ていた可能性はある」
「それも、
まだ可能性です」
女は、
頷いた。
それから、
一次受付記録をもう一度見た。
対象者――非表示。
受付区分――本人申告。
受付経路――その他。
処理先――S―系統。
受付担当――空欄。
その下に、
一つだけ、
今まで見ていなかった項目がある。
関連業務コード――N―07。
透の手が止まった。
女も、
画面を見た。
二人とも、
すぐには話さなかった。
N―07。
古い管理番号。
業務。
移管。
確認。
そして、
人。
何度も、
別の意味で現れてきた番号。
透は、
画面を閉じなかった。
ただ、
紙に一行だけ書いた。
「本人申告の受付経路に、N―07が残っている。」
そして、
その下に、
もう一行。
「本人ではなく、仕事につながった。」
それが、
何を意味するのか。
まだ、
分からなかった。




