第七章 誰も知らない場所
扉が閉まった。
透はしばらく、その場から動けなかった。
後ろを振り返る。
さっきまで開いていたはずの扉は、完全に閉じている。
取っ手に手をかけた。
動かない。
もう一度、力を入れる。
やはり開かなかった。
「……閉じ込められた?」
声が暗闇の中へ消えていく。
返事はない。
透は端末を取り出した。
通信状態を確認する。
圏外。
その表示を見た瞬間、心臓が速くなった。
南区は居住区から、それほど離れているわけではない。
それなのに、通信だけが突然切れている。
透は端末をしまった。
戻れないなら、前へ進むしかない。
そう考えた。
だが、その考え方にも違和感があった。
誰かが閉じ込めたのなら、なぜ殺さない。
なぜ、わざわざここへ入れる。
そして――
そもそも、なぜここに電気がある。
透はゆっくり歩き始めた。
廊下の壁には、古い案内板が残っていた。
文字の一部は剥がれている。
しかし、数字だけは読めた。
07。
その先にも、いくつかの扉がある。
どれも閉じている。
透は一つ目の扉を確認した。
鍵がかかっている。
二つ目。
同じだった。
三つ目。
扉の下から、わずかに光が漏れている。
透は立ち止まった。
誰かいる。
そう思った。
しかし、すぐには近づかなかった。
中に誰がいるのか分からない。
助けを求めている人かもしれない。
あるいは、自分をここへ呼び込んだ人間かもしれない。
透は数秒間、扉を見つめた。
そして、軽く叩いた。
コン。
返事はない。
もう一度。
コン、コン。
今度は――
中から音がした。
椅子を引くような音。
透は息を止めた。
「……誰か、いますか?」
沈黙。
そのあと、小さな声がした。
「入って」
女の声だった。
透は扉を見た。
聞き覚えがある。
だが、すぐには思い出せない。
ゆっくり扉を開ける。
狭い部屋だった。
机。
古い端末。
壁際に積まれた箱。
そして、その奥に一人の女が座っていた。
透は目を見開いた。
昼間、居住区で会った女だった。
南区へ入った兄を探していると言っていた。
「……あなた」
「覚えてたんだ」
女はそう言って、少しだけ笑った。
その笑顔には、安心したような色も、警戒しているような色もあった。
「どうして、ここに?」
透が尋ねる。
女は答えなかった。
代わりに、机の上に一枚の紙を置いた。
そこには名前が書かれていた。
透は目を落とした。
知らない名前が並んでいる。
十数人。
その中に――
昼間聞いた、彼女の兄の名前があった。
透は紙を見つめた。
「……これ、本当に?」
「私が見つけた記録」
「でも、管理側には登録されてないって……」
「そう言われた」
女は端末の電源を入れた。
画面には、古い記録が表示された。
日付。
搬入記録。
居住者番号。
移動記録。
そして、最後の項目。
南区第七居住棟 現在使用中。
透は息を呑んだ。
「これ……」
「そう」
女は静かに言った。
「ここは、閉鎖されてない」
透は画面から目を離せなかった。
だが、そのとき。
別の画面が突然立ち上がった。
警告表示。
そして、一行だけ。
第七棟内部に、未登録端末一台を確認。
透の顔から血の気が引いた。
「……僕のこと?」
女は答えなかった。
ただ、端末の時計を見た。
「もうすぐ来る」
「誰が?」
女は透を見る。
「分からない」
「分からないって……」
「ここにいる人たちも、誰がこの場所を管理しているのか、正確には知らない」
透は黙った。
管理者がいない。
そんなことがあるのか。
しかし、女は続けた。
「だから、ここで起きていることを全部知っている人もいない」
「……じゃあ、誰が嘘をついてるんですか?」
女は少し考えた。
「それが、一番分からないの」
その言葉と同時に。
廊下の奥から、足音が聞こえた。
一つ。
二つ。
三つ。
誰かが近づいてくる。
女が立ち上がった。
「隠れて」
「え?」
「早く」
透は部屋の隅へ移動した。
女は端末の画面を閉じる。
照明を消した。
部屋が暗闇に包まれる。
足音が、すぐ近くまで来た。
そして。
扉の前で止まった。
数秒の沈黙。
外から、男の声がした。
「……朝倉透」
透の身体が固まった。
「そこにいるんだろ?」
女が透を見る。
その表情から、初めて余裕が消えた。
男は扉の向こうで、もう一度言った。
「白石恒一から、伝言を預かっている」
透は息を止めた。
――白石。
その名前が、暗闇の中に落ちた。




