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嘘の向こう側  作者: 亀


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第六章 自分で決める

時計を見ると、午前零時を過ぎていた。


 透は、端末の画面に表示された写真を何度も見返していた。


 南区第七居住棟。


 古い鉄製の扉。


 その横に、確かに「07」と書かれている。


 そして、撮影時刻。


 今日、二十三時十七分。


 写真そのものは、それほど鮮明ではなかった。


 暗い。


 誰かが急いで撮ったようにも見える。


 けれど、そこに写っているものが偽物だとは思えなかった。


 問題は、その先だった。


 誰が撮ったのか。


 なぜ送ってきたのか。


 そして――


 なぜ、今も南区に人がいるのか。


 透は端末を伏せた。


 数秒後、また手を伸ばす。


 画面を開く。


 匿名のメッセージは、それ以上届いていない。


「……白石さんに聞けばいい」


 口に出した瞬間、自分でも分かった。


 それは質問ではない。


 逃げ道だった。


 白石に聞けばいい。


 白石が知っていれば答えてくれる。


 知らなければ、南区のことを考えなくてもいい。


 そうすれば、明日の朝にはいつもの生活に戻れる。


 仕事をして。


 食事をして。


 眠る。


 何も変わらない。


 透は、そう考えようとした。


 しかし、昨日までとは違った。


 以前なら、白石に聞けば終わっていた。


 今は違う。


 白石に聞く前に、もう一つ考えてしまう。


 ――白石が嘘をついたら?


 その可能性を考えた自分が、透には少し怖かった。


 白石恒一は、透がこの場所で生きていくために何度も助けてくれた。


 仕事を失いかけたときも。


 体調を崩したときも。


 危険な場所に近づきそうになったときも。


 いつも先に判断してくれた。


 だから透は、考えなくてもよかった。


 白石が言うなら、そうなのだ。


 白石が危険だと言うなら、危険なのだ。


 白石が大丈夫だと言うなら、大丈夫なのだ。


 それで困ったことは、ほとんどなかった。


 少なくとも、今までは。


 透は立ち上がった。


 窓の外を見る。


 居住区の照明が、一定の間隔で並んでいる。


 人の気配はない。


 静かだった。


 あまりにも静かで、世界のどこかで何かが起きているとは思えない。


 そのときだった。


 遠くで、小さな音がした。


 金属が擦れるような音。


 透は顔を上げた。


 音は一度だけだった。


 しばらく待つ。


 何も起こらない。


 透はゆっくりと上着を取った。


 自分でも、何をしているのか分からなかった。


 ただ、部屋に戻るという選択肢だけは、なぜか選べなかった。


 居住区の廊下に出る。


 監視カメラがある。


 透は一瞬、足を止めた。


 南区へ向かえば、記録が残る。


 そう思った。


 だが、数秒後には歩き始めていた。


 途中で一度、振り返る。


 誰もいない。


 そのまま南区へ続く通路に入った。


 閉鎖区域の手前まで来ると、警告灯が点滅していた。


 赤い光。


 一定の間隔。


 透は立ち止まった。


 ここから先へ進めば、戻れなくなるかもしれない。


 そんな大げさなことを考えたわけではない。


 ただ、これまでとは違う行動になる。


 それだけだった。


 透はポケットから端末を取り出した。


 白石に連絡する画面を開く。


 名前を押しかける。


 指が止まった。


 そして、画面を閉じた。


「……自分で見てからでいい」


 声に出した途端、その言葉が自分のものに聞こえなかった。


 誰かに言われたわけではない。


 誰かに命令されたわけでもない。


 初めて、自分で決めた。


 透はカードを取り出した。


 三日前に拾った、古い「外部作業員用」のカード。


 白石に取り上げられたはずだった。


 だが、あの日。


 白石が返してくれたあと、透は密かに複製していた。


 大したことではない。


 ただの古いカードだ。


 そう思っていた。


 端末にかざす。


 赤いランプが点灯する。


 失敗。


 もう一度。


 今度は、短い電子音が鳴った。


 緑。


 透は息を止めた。


 扉のロックが外れた。


 カチッ。


 その音だけが、やけに大きく聞こえた。


 扉を少し開ける。


 冷たい空気が流れてきた。


 南区は、廃棄された区域のはずだった。


 だが――


 暗闇の奥に、かすかな明かりが見えた。


 電気だった。


 一本だけ。


 古い照明が、弱く点滅している。


 透は動かなかった。


 その先に何があるのか。


 人がいるのか。


 誰かが待っているのか。


 それとも、ただの故障なのか。


 分からない。


 けれど、一つだけ分かった。


 今まで聞かされていた情報だけでは、この場所を説明できない。


 透は一歩だけ、中へ入った。


 その直後。


 背後で、扉が閉まった。


 ――ガチャン。


 透は振り返った。


 扉の向こう側に戻ることは、もうできなかった。

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