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嘘の向こう側  作者: 亀


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第五章 信じるということ

透は、端末の画面を閉じた。


 心臓が、いつもより速く動いている。


 ――南区を調べるなら、誰にも言うな。


 そして、


 ――特に、白石恒一には。


 何度読み返しても、意味は変わらない。


 誰かが自分に警告している。


 だが、その誰かが誰なのかは分からない。


 どうして自分に送ってきたのかも分からない。


 それ以上に分からないのは、最後の一文だった。


 なぜ恒一の名前を知っているのか。


「……そんなわけない」


 透は小さく呟いた。


 恒一は、自分を助けてくれた。


 居住区に来たばかりの頃、何も分からなかった透に仕事を教えてくれた。


 食料配給の手続きもしてくれた。


 体調を崩したときには、医療区まで付き添ってくれた。


 危険な場所へ行こうとしたときも、何度も止めてくれた。


 そんな人が、自分に何かを隠している。


 そう考えるほうがおかしい。


 透はそう結論づけようとした。


 だが、今朝の恒一の表情が頭に浮かんだ。


 外部作業員用のカードを見た瞬間。


 ほんの一瞬だけ見せた、あの表情。


 知らない人の顔ではなかった。


 知っている人の顔だった。


 少なくとも、透にはそう見えた。


 その日の夜。


 恒一から連絡が来た。


『今日は帰りが遅くなる』


 短いメッセージだった。


 透は画面を見つめる。


 いつもなら、


『分かりました』


 と返すだけだった。


 しかし今日は、指が止まった。


 何と返せばいいのか分からない。


 聞きたいことはある。


 南区のこと。


 消えた記録のこと。


 昼間に会った女性の弟のこと。


 そして、自分に届いたメッセージのこと。


 けれど、聞くのが怖かった。


 答えを聞くことよりも。


 答えを聞いたあと、自分がどうすればいいのか分からなくなることが怖かった。


 結局、透は端末を置いた。


「……明日でいい」


 そう言い聞かせた。


 その夜、眠りにつく直前。


 端末が一度だけ振動した。


 新しいメッセージ。


 送信者は、また不明だった。


『信じることと、何も疑わないことは違う。』


 透は画面を見つめた。


 その文章の下には、写真が一枚添付されていた。


 開く。


 暗い場所で撮影された写真だった。


 古い建物。


 錆びた扉。


 そして、その扉の横にある番号。


 ――07。


 南区第七居住棟。


 透の呼吸が止まった。


 写真の隅には、撮影日時も表示されていた。


 今日。


 午後十一時十七分。


 つまり、この写真を撮った人間は。


 今も、南区にいる。


 透は画面を閉じなかった。


 今までなら、誰かに相談していた。


 恒一に。


 でも、その名前を思い浮かべた瞬間、昼間のメッセージが蘇った。


 ――特に、白石恒一には。


 透は初めて、自分一人で答えを出さなければならない場所に立たされていた。


 そして、まだ何も決められなかった。

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